Be My Fruity Baby <1/1> 「明けまして、おめでとうございます」 「おう、今年もよろしく」 きちんと正座をして頭を下げる菊に合わせ、ギルベルトも姿勢を正してぺこりとお辞儀する。 それに倣って、ルートヴィッヒも丁寧に頭を下げた。 「あけまして、おめでとうございます」 普段はキッチンにあるテーブルで食事をするが、元旦である今朝の朝食は客間のこちらにするらしい。 広めの炬燵の中央には、重箱と呼ばれる漆器の容器に入った、彩り鮮やかな料理が、既に綺麗に並んでいた。 見た目も華やかで麗しく、細やかに手間の掛けられたそれは、日本の伝統的な正月料理らしい。 更に、繊細で独特の形をした酒器、凛と艶のある半月型のランチョントレイ、 金銀のリボンがあしらわれた袋に収められた箸、などなど。 凛とした艶のある黒を基調として、まるでアート作品のごとくセットされた卓上に、二人の兄弟は目を瞠った。 「凄いな」 「これ、全部お前が作ったんだろ」 初めて目にするおせち料理の数々に、義理の兄弟は感心したように声を上げる。 見事な料理も、統一感のあるテーブルセッティングも、まるでプロの仕事のようではないか。 「今年は頑張りましたよー」 誇らしげに、えへへと菊は笑う。 その彼女も、普段と違い、今日は奥ゆかしげな着物を着ている。 淡いクリーム地にピンクの梅花が散らされたそれは、派手な華やかさこそないが、素朴で、シンプルで、 初々しく、持ち前の雰囲気と相まって、とても良く似合っていた。 「ルッツ?」 掛けられた声に、ルートヴィッヒははっと我に帰った。 どうやら自分が思った以上に、ぼんやりと見入っていたらしい。ああ、いや。青い視線を彷徨わせる。 元々菊は日本人らしいオリエンタルな顔立ちをしているが、民族衣装を纏うとそれが強調され、 可憐でありながら、しかしきりりと筋の通った潔ささえ感じさせる。 それにしても、身体に布を巻き付け、紐で纏めるというこの形状は、考えようによっては随分心許無い物だ。 しかも、意外とはっきりする体の線、伸ばした時にちらりと覗く腕の細さ、 ひらりと垂れた袖に気を使う仕草には、何処か柔らかな優雅さと色気さえ漂う。 「ルート君?」 どうかしましたか?ことりと小首を傾ける菊に。 「あ、その…とても、着物姿が似合っていると思って…」 こほんと小さく咳をして、消え入りそうな小さな声。 それに、菊は驚いたように瞬きし、そして笑った。 「ありがとうございます」 ルート君にそう言って貰えると、久しぶりに引っ張り出して着付けた甲斐がありますね。 「この着物、実は祖母が縫ってくれたものなんですよ」 幼い頃に亡くなった菊の祖母は、和裁や着付けの講師をしていて、生前は常に和服を身につける人であった。 倉庫には今でも祖父や祖母の古着が大切に残されており、昔は父も室内着に祖父の着物をよく着ていた。 同様に、菊も幼い頃は良く着せて貰っていたので、和服は着慣れている。 「さ、先ずは一献どうぞ」 酒器を掲げる菊に、おうとギルベルトは手元の盃を手に取った。 漆塗りのそれにとくとくと日本酒を注がれる。 零れそうになる手前、おっとっと…慌てるように、くいと一気に煽った。ぷはあと息を吐いて。 「美味いな、これ」 「ルート君も如何ですか」 日本酒、大丈夫ですか? 「あ、ああ。頂こう」 取り皿の脇に置かれていた艶やかな漆塗りの盃を取ると、菊がにこにこ顔で日本酒を注ぐ。 一見水にも見える透明なそれは、屠蘇と呼ばれる日本酒らしい。 ゆっくりと口を付けると、思ったよりも強い酒精が、熱を持って咽喉を通った。 「…ふむ、美味いな」 「ビールもワインも用意していますよ」 「いや、折角なので、日本式で頂こう」 それに、この酒もなかなか美味い。独特の芳香はふくよかで、しかし目の前に並ぶ料理には良く合う。 義姉さんは飲まないのか?あー、こいつは駄目だ。日本では二十歳未満の飲酒は、法律で禁止されているんですよ。 そうなのか、知らなかった。私に気にせず飲んで下さいね。もともとお酒は苦手なので。 困ったように笑いながら、菊は丁寧な仕草で酒器を傾け、二人に屠蘇を勧める。 どうやら、こうして注いで貰うのが、日本式であるようだ。 傍らにあった七輪の上では、焙られた餅がぷくりと膨らんで転がる。 焦げ色を付ける角餅を、汁椀の上に乗せながら。 「ギルベルト兄さん、お餅幾つ食べますか」 「四つ」 「ルート君は?」 「あ…兄さんと同じで頼む」 大きめの汁椀にそれぞれ先ずは二個ずつ入れて、追加の餅を焼き網の上に乗せて。 「おかわり、ありますからね」 これ以外にもまだ沢山作っているので、遠慮しないでどんどんどうぞ。 「日本酒はもっとねえのか」 「ありますけど、今は程々にして下さいね」 雑煮を入れた汁椀を差し出しながら。 「食事が終わったら、初詣に行きたいですから」 新春の空気は、きんと冷たく張り詰めている。庭の日陰には、僅かに雪が積もっていた。 昨日はかなり冷え込んだ。夜の内に、雪が少し降ったのだろう。 家の鍵を閉めると、菊は小走りに玄関口で待つ兄弟の元へ向かった。 「寒くねえか」 「大丈夫です、着物って結構暖かいんですよ」 同柄の長羽織りを纏い、襟元にはベージュのファーマフラー、 更に厚めのショールを重ねた外出装備姿で、菊は見上げる。 実は着物の下にも、ヒートテックシャツを着込んでいる。案外和服は重ね着が利くのだ。 さて、行くか。大きな二人に小さな一人が挟まれて。三人はのんびりとした足取りで、神社へと向かった。 「俺もそれ、着物って着てみてえなあ」 なあ、ルッツ。菊を真ん中に挟んで掛けられるそれに、そうだなと頷く。 「実は着れそうなもの、探してはみたんですよ」 しかし家に置いてあるものは、どれも日本人の標準体型の物ばかりである。 残念ながら長身で筋肉質のドイツ人の二人には、どう考えても無理があるだろう。 「今度、ギル兄さんとルート君に、浴衣を作りますよ」 それなら私でも縫えますから。次の夏には着れるように、頑張って用意しますね。 「大変じゃないか?」 「そうでもないですよ」 着物って、基本的に直線で出来ていますから、思ったよりも簡単な構造をしているんです。 「お前、結構器用だよな」 「是非二人の浴衣姿、写真に撮らせて下さいねっ」 ギル兄さんとルート君なら、どんな柄が似合うでしょうか。 いっそ、トーニョさんとフランシスさんも交えて、浴衣パーティーしましょうか。 素晴らしい、超私得ですね。言いながら、ぐっと拳を握りしめる。 そんな彼女のきらきらした眼差しに、優しいんだな…方やほんのりと頬を染めて、 何考えているんだ…方やげんなりとした半眼になる。両サイドからのそんな視線に、当の本人は気付かない。 三人が並んで歩く道は、普段に比べると人の通りは少ない。 しかし、駅前の商店街を横切って、裏通りから少し抜けると、やがて人の往来が増えて来た。 建物の狭間から茂る巨木が見えてくる頃には、ぞろりぞろりと初詣客の波が出来始める。 朱の鳥居を潜り境内に入ると、普段は厳かで静かなそこには賑やかな露店が並び、 参拝客がゆるりとした混雑具合で詰めかけていた。 この辺りで一番大きなこの神社は、知名度こそは高くないが、それなりに由緒のある神様が祀られている。 古来よりこの地域一帯を守り続けている、生活に溶け込んだ、大切な氏神なのだ。 「こっちです」 夏に三人で観光した際、有名な神社にも幾つか巡っていた。 ギルベルトもルートヴィッヒも、神社へ足を運ぶのは初めてではない。 手水舎で手を清め、賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二拝二柏手で拝礼する。 キリスト教徒が日本の神社にお参りする事に、今更誰も疑問は抱かない。日本の神様は寛容なのだ。 「そういえば私、去年、あれをしたんですよ」 「あれってなんだよ」 「バイトです、巫女さんの」 去年は三が日、あの恰好であそこにいました。 破魔矢とお守りを購入し、三人で御神籤の列に並びながら菊が示すのは、社務所に座る巫女姿の少女。 汚れの無い真っ白な着物と見目鮮やかな朱の袴が、引き締まった清廉な空気を醸し出していた。 「そうなのか?」 「神職のアルバイトかよ」 流石は日本、何でもアリだな。 ドイツ人の二人が驚くのも無理は無い。 しかし日本では、正月の神社のバイトはそれなりにポピュラーなものである。 あの恰好、結構寒いんですよ。でも、良い資料になりました。巫女装束は、ある意味基本ですよね。 「…なあ。それって、写真は無いのかよ」 お前のあの姿の。 「無いですよ」 だって、バイトだったんですよ。写真なんて取る暇なかったです。大体、私の巫女姿なんて誰得ですか。 「良いじゃねえか。なんつーか神聖で、特別っぽくてさ」 「ああ、清楚な感じがして、義姉さんに凄く似合うと思う」 俺も是非見てみたい。 生真面目な顔で、ルートヴィッヒも頷く。 「もう、そのバイトはしねえのか?」 「しませんよ」 「なんで」 だって。菊は、ギルベルトとルートヴィッヒを見上げる。 「だって、皆と一緒にお正月を過ごしますから」 昨年は仕事で父が渡独しており、菊は一人で正月を過ごした。 どうせ一人だからと、おせちも作らなかったし、年越し蕎麦はカップ麺だったし、 大掃除だって極簡単に済ませていた。 だって、どんなに頑張っても、正月気分を分かち合う誰かがいなかったから。 だからアルバイトに申し込んだ。 巫女バイトでもしたら、正月らしさも味わえるだろうし、収入もあって、一石二鳥だと思ったのだ。 でも、今年は違う。 大掃除も張り切ったし、年越し蕎麦も準備したし、おせち料理いだって手を掛けて、 久しぶりに着物も着た。一人だったら適当で充分だけど、誰かと一緒ならそうはいかない。 だから年末から、あれこれ随分頑張った。頑張らなくちゃいけなかった。 一人ではない年末年始は、思った以上に大忙しで、アルバイトをする暇なんかないじゃないか。 「あ、ほら。もうすぐですよ」 えーっと、お神籤はいくらでしたっけ。 バッグから財布を取り出す菊の頭上、ギルベルトとルートヴィッヒはそっと視線を交わす。 そして互いに小さく笑うと、軽く頷き合った。 「お、ルッツは吉か」 願望、身内の助けにて叶う。旅行、東に吉。病気、胃腸に要注意。 学業、真面目に励めば吉。恋愛、難有れど好転の可能性あり。ふーん、結構良い事書いているじゃねえか。 覗き込み、内容を説明する兄に首を傾げて。 「兄さんは何だったんだ」 ふふん、とギルベルトは胸を反らせて、ぺろりとそれを見せる。 「…ダイ、キチか?」 願望、時経てば叶う。旅行、全方位に吉。病気、治り早し。学業、目標を高く持って良し。 恋愛、素直になれば吉。 「ま、これが俺様の実力って事だよな」 自慢げに言い切るが、これはあくまで占いであって、当人の実力とは関わりが無いと思うのだが。 眉間に皺を寄せるルートヴィッヒににやりと笑いながら、ギルベルトは隣に並ぶ小さな旋毛を見下ろした。 「おい、お前は何だったんだ?」 じいっと見つめる菊の手元、長細い紙をひょいと覗き込み、 大きく書かれた文字を読み取ると、ギルベルトはぷっすーっと吹きだした。 「凶かよ、お前はーっ」 すげえ。こんなの、マジで引く奴いるんだな。 ぎゃははと大笑いする兄に、ルートヴィッヒは「兄さん」としかめっ面で諫め、菊は顔を上げて頬を膨らませる。 何なんですか、もう、笑い過ぎですよ。 「それは、あまり良くないのか?」 「ええ…まあ」 「一番悪いヤツだよ」 ケセケセ笑いながら、菊の手からみくじ箋を奪う。 なになに。願望、困難多し。旅行、失せ物に注意。病気、治り難し。学業、地道に励めば好転す。 恋愛、他人に惑わされること多し。によによ顔で読みながら。 「なんだよ、全然良い事書いてねえじゃねえか」 「気にしません。だって、ただのお神籤ですから」 要するに今現在が一番悪いだけで、これ以上悪くはならないってことでしょう。そう考えればいいんです。 「それに、ちゃんと結べば厄除け出来るんですよ」 お守りも買いましたし、悪いお神籤を引いた人は、高い場所に結べば充分厄除けが出来るんですから。 つん、とそっぽを向く菊に、へーえ、そうなのか…とギルベルトは目を細めた。 社務所の横には、みくじ掛けが設置されている。 既に無数のみくじ箋が結ばれ、折り畳まれたそれらが、まるで飾りのように連なっていた。 「高い所に結べば良いんだな」 ルッツ、それ貸せよ。 差し出された手に、反射的にルートヴィッヒは持っていたみくじ箋を差し出す。 受け取ると、手早く細長に折り畳み、ルートヴィッヒのそれを、菊の手の届かない一番高い場所に括りつけた。 ウサギの耳のように飛び出た端の先に、今度はギルベルトが引いたみくじ箋を括りつける。 そして更にその飛び出た端先に、ギルベルトは菊の引いた凶のお神籤括りつけた。 「これで一番高くなったんじゃねえか」 ルートヴィッヒの先にギルベルト、ギルベルトの先に菊、それぞれのお神籤が、連なるように重なり、 しっかりと結びつけられている。何かに似ているな、と菊は頭を巡らせた。 ああ、そうだ、親亀、子亀、孫亀だ。 でもこうして見ると、僅かではあるものの、菊の結んだお神籤が、誰のものよりも高い場所にある。 「こうすりゃ、ばっちり厄除け出来んじゃね?」 何と言っても、ルッツの吉と、俺様の大吉が、お前を支えてやっているんだからな。 誇らしげににやりと笑う義兄を、菊はぽかんと見上げる。 そして、堪らず大きな声で笑った。 今年最初の大笑いであった。 さて、そろそろ帰りましょうか。並んで出口へと向かいながら。 「しかし、寒いな」 「家に帰ったら、栗ぜんざいがありますよ」 年末に届いた父のお歳暮で、レトルトパックになったものがあったんです。 お正月に食べようと思って、取っておきました。 顔を上げたタイミングで、ぴるぴると電子音楽が流れた。菊の携帯電話らしい。 バッグの中を探るが、 慌てて携帯電話を取り出した拍子に、中に入っていた諸々も一緒にばらばらと落としてしまった。 どうやら、早速お神籤が当たったらしい。 あわあわする菊を手の平で制して。 「良いから、先に電話に出ろ」 拾っておいてやるから。 すいません。肩を竦めながら、菊は急かす携帯電話のボタンを押して耳に当てた。 もしもし…話しながら、人の流れの邪魔にならないように、そっと通りの端へと移動する。 その背中を視界の端に入れながら、砂利の上に転がった諸々を二人で拾い上げた。 ハンカチ、小銭入れ、カードケース、そしてこれは…。 手に触れたそれに、ルートヴィッヒが瞬きしたと同時に。 「お、ルッツ。ちょっと待ってろ」 「あ?ああ…」 拾った菊の持ち物をぽんと弟に預けると、ギルベルトはあちらの屋台へと向かった。 何を買うつもりなのやら。呆れながらも、ルートヴィッヒは拾ったそれを、確かめるように見つめる。 手に取ったのは、小さな携帯型の音楽プレイヤー。見覚えはある。 クリスマスのプレゼントとして義姉に貰ったものと、同じタイプの色違いだ。 そういえば、皆で色違いのお揃いだと言っていたな。 しかし、親指でなぞったそのボディの裏面には。 「ほらよ、ルッツ」 ひょいと紙コップを差し出され、暖かいそれを受け取る。 あちらの屋台で買って来たのだろう。湯気の立つそれは、白く、何やら小さな粒が入っていた。 見た事の無い飲み物に眉を潜めると。 「甘酒だ」 結構美味いぞ。薦められるままに口を付ける。 ほわりと広がる甘みの中に、微かにジンジャーの風味が隠れていた。 ほうと息を吐き、目の前、同じく紙コップに口を付ける兄の横顔を眺める。 穏やかにも見える真紅の視線の先には、参道の隅で電話に頷く、菊の小さな姿があった。 「…兄さん」 呼ばれてこちらを向く兄に、手にあったそれを見せる。 手の平に乗った小さな携帯音楽プレイヤーに、ギルベルトは不思議そうに瞬きをした。 「これは、兄さんのではないのか?」 菊の鞄に入っていた。 ほらと示したのは、その裏側。 目を引くような華やかなピンク色のボディの裏側には、ひらがなで「ぎるべると」と名前が刻まれている。 それを眺め、しかしギルベルトは笑って首を振った。 「いや、菊のだぜ」 俺のは持っているからな。 言いながら、カーキ色のモッズコートのポケットを探り、同じ型の音楽プレイヤーを取りだした。 そちらは、深みのあるダークグレーカラーである。 「ほれ」 にやりと笑って見せた裏側には、同じくひらがなで名前が刻んでいた。 但し、そちらには「きく」と書かれてある。ルートヴィッヒは眉間に皺を寄せた。 「…どうして、名前が逆なんだ?」 どうしてって。ギルベルトはポケットにそれを仕舞い込みながら、唇を尖らせる。 「え、俺、黒が良かったし」 だから、あいつのと取り換えたんだよ。あっさりとした答えに、思わずルートヴィッヒは凝固した。 義姉がこのプレゼントを購入した際、それぞれ渡す相手に合わせて色を選んでいた事は聞いていた。 ギルベルトの大学の友人達にはその瞳の色と同色を、ルートヴィッヒには髪の色と近い黄色をチョイスしたらしい。 恐らくそれに習って、兄には瞳に近い色のピンクを、自分用には髪に近い色の黒を選んだのだろうと想像できる。 それなのにこの兄は、単に自分の好みに合わないからと、彼女の選択をあっさり覆したのだ。 「大体、カッコ良いこの俺様に、ピンクは似合わねえっつーの」 やっぱ、渋くてびしっと決まった黒だろうがよ。第一、ピンクなんて女用じゃねえ? てかさ、普通女だったらピンク色の方が喜ぶだろ?だから、優しい俺様が取り換えてやったんだよ。 「…兄さん」 低い声を絞り出す弟に、何だよ、兄は実に不思議そうな目を向けてくる。 「少しは義姉さんの気持ちを考えろ」 折角彼女なりに考え、選んでくれたのだ。 しかも名前まで刻んであるものなのに、どうしてそう無神経な事を言う。 全身から発散される怒りのオーラに、気圧されながらギルベルトはたらりと冷や汗を流す。 お前怖いよ、マジで。 「べ、別に構わねえって、菊も言ったんだぜ」 元々自分はどの色でも良かったし、名前を刻んだ後だけど、兄さんがそれで良いなら構わないって。 嘘じゃねえよ。 じろりと睨む目は、弟ながらも迫力がある。 引きつりながらも説明する兄に、暫しの間を置いて、ふうと息をついた。 兄はこの手の嘘はつかない。この言葉は恐らく真実だ。 そして、粗暴に見えるが、意外に人の心の機敏には聡い。 こうして平気な顔で口に出来るという事は、つまり彼の言う通り、菊は本当に気にしていないのだろう。 先程のお神籤でのやり取りを思い出す。 遠慮が無く無神経な事を口にはするが、それでも兄は、何が彼女を喜ばせ、安心させるかを知っている。 何をするにも一歩考え込んでしまう自分とは違い、ごく自然に、気負いもなく。 しかし、それでも、自分は…。 「…ルッツ?」 何かを考え込むように瞳を伏せる弟に、ギルベルトはぱちくりと瞬きする。 その横顔に眉を潜め、唇を引き締め、視線を逸らし。そして少しの躊躇の後、言葉を紡ごうと口を開いた瞬間。 「ギルベルト兄さんっ、ルート君っ」 父と義母からの電話でした。 声を上げ、走り寄る菊に、二人は同時に顔を上げる。 「…って、何飲んでいるんですか?」 二人して、私が電話をしている内に。 「酒だよ、甘酒」 ちょっと俺には甘いけどな。お子様のお前にゃ、酒は飲めねえだろ。 「甘酒はお酒じゃありません」 それにはアルコール分が入っていませんから。 「買ってこようか」 屋台は直ぐそこだ。 ルートヴィッヒが足を向け掛けようとするのを、否、と止めて。 「飲むか?」 ギルベルトは自分の口を付けた紙コップを、そのまま菊に差し出す。 ちょっとしか飲んでねえし、俺には甘過ぎるからな。欲しけりゃ残りはお前にやるよ。 「あ、下さい」 紙コップを受け取ると、菊は躊躇無く、ギルベルトが口を付けたカップに口を付ける。 ゆっくりと口に含むと、暖かいですね、白い息を吐いてふにゃりと笑った。 「親父さん達は、何て言ってたんだ?」 ああ、そうです。菊はほっぺたを赤くして、大きく頷く。 「二人とも、もうこっちの空港に到着したみたいですっ」 年末からの雪の影響で、新年早々あちらこちらの交通機関が麻痺している。 二人が乗る予定であった飛行機も運航を見合わせており、 もしかすると状況の如何では、今日中に帰れなくなるかもしれないとも心配していたのだ。 しかし、こちらの空港に到着したとあらば、遅くとも夕方までには家に到着出来るだろう。 「初めてですよね、家族が全員日本に揃うのって」 家族が揃う事さえ滅多になかった。もしかすると、ドイツの結婚パーティー以来かもしれない。 それが新年の一番最初の日に、こうして一家全員揃う事が出来るなんて。 「お正月に家族皆が一緒だなんて、何だか今年は、すごく幸先良さそうです」 嬉しそうに告げる菊に、にかりとギルベルトは笑う。 ほら見ろ、さっきのお神籤の厄除けが、早速効いてるじゃねえか。 「言っただろ、俺とルッツがお前を支えてやるって」 だからお前は、そうやって笑っていりゃ良いんだよ。 判ったか、菊。 end. 栗ぜんざいは、大阪の千鳥のお店の季節限定品 アップルと掛けて果物がらみのスイーツと、キスがテーマでした 2011.01.12 |