Be My Fruity Baby
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「明けまして、おめでとうございます」
「おう、今年もよろしく」
きちんと正座をして頭を下げる菊に合わせ、ギルベルトも姿勢を正してぺこりとお辞儀する。
それに倣って、ルートヴィッヒも丁寧に頭を下げた。
「あけまして、おめでとうございます」





普段はキッチンにあるテーブルで食事をするが、元旦である今朝の朝食は客間のこちらにするらしい。
広めの炬燵の中央には、重箱と呼ばれる漆器の容器に入った、彩り鮮やかな料理が、既に綺麗に並んでいた。 見た目も華やかで麗しく、細やかに手間の掛けられたそれは、日本の伝統的な正月料理らしい。
更に、繊細で独特の形をした酒器、凛と艶のある半月型のランチョントレイ、 金銀のリボンがあしらわれた袋に収められた箸、などなど。 凛とした艶のある黒を基調として、まるでアート作品のごとくセットされた卓上に、二人の兄弟は目を瞠った。
「凄いな」
「これ、全部お前が作ったんだろ」
初めて目にするおせち料理の数々に、義理の兄弟は感心したように声を上げる。 見事な料理も、統一感のあるテーブルセッティングも、まるでプロの仕事のようではないか。
「今年は頑張りましたよー」
誇らしげに、えへへと菊は笑う。
その彼女も、普段と違い、今日は奥ゆかしげな着物を着ている。 淡いクリーム地にピンクの梅花が散らされたそれは、派手な華やかさこそないが、素朴で、シンプルで、 初々しく、持ち前の雰囲気と相まって、とても良く似合っていた。
「ルッツ?」
掛けられた声に、ルートヴィッヒははっと我に帰った。 どうやら自分が思った以上に、ぼんやりと見入っていたらしい。ああ、いや。青い視線を彷徨わせる。
元々菊は日本人らしいオリエンタルな顔立ちをしているが、民族衣装を纏うとそれが強調され、 可憐でありながら、しかしきりりと筋の通った潔ささえ感じさせる。
それにしても、身体に布を巻き付け、紐で纏めるというこの形状は、考えようによっては随分心許無い物だ。 しかも、意外とはっきりする体の線、伸ばした時にちらりと覗く腕の細さ、 ひらりと垂れた袖に気を使う仕草には、何処か柔らかな優雅さと色気さえ漂う。
「ルート君?」
どうかしましたか?ことりと小首を傾ける菊に。
「あ、その…とても、着物姿が似合っていると思って…」
こほんと小さく咳をして、消え入りそうな小さな声。 それに、菊は驚いたように瞬きし、そして笑った。
「ありがとうございます」
ルート君にそう言って貰えると、久しぶりに引っ張り出して着付けた甲斐がありますね。
「この着物、実は祖母が縫ってくれたものなんですよ」
幼い頃に亡くなった菊の祖母は、和裁や着付けの講師をしていて、生前は常に和服を身につける人であった。 倉庫には今でも祖父や祖母の古着が大切に残されており、昔は父も室内着に祖父の着物をよく着ていた。 同様に、菊も幼い頃は良く着せて貰っていたので、和服は着慣れている。
「さ、先ずは一献どうぞ」
酒器を掲げる菊に、おうとギルベルトは手元の盃を手に取った。 漆塗りのそれにとくとくと日本酒を注がれる。 零れそうになる手前、おっとっと…慌てるように、くいと一気に煽った。ぷはあと息を吐いて。
「美味いな、これ」
「ルート君も如何ですか」
日本酒、大丈夫ですか?
「あ、ああ。頂こう」
取り皿の脇に置かれていた艶やかな漆塗りの盃を取ると、菊がにこにこ顔で日本酒を注ぐ。 一見水にも見える透明なそれは、屠蘇と呼ばれる日本酒らしい。 ゆっくりと口を付けると、思ったよりも強い酒精が、熱を持って咽喉を通った。
「…ふむ、美味いな」
「ビールもワインも用意していますよ」
「いや、折角なので、日本式で頂こう」
それに、この酒もなかなか美味い。独特の芳香はふくよかで、しかし目の前に並ぶ料理には良く合う。
義姉さんは飲まないのか?あー、こいつは駄目だ。日本では二十歳未満の飲酒は、法律で禁止されているんですよ。 そうなのか、知らなかった。私に気にせず飲んで下さいね。もともとお酒は苦手なので。
困ったように笑いながら、菊は丁寧な仕草で酒器を傾け、二人に屠蘇を勧める。 どうやら、こうして注いで貰うのが、日本式であるようだ。
傍らにあった七輪の上では、焙られた餅がぷくりと膨らんで転がる。 焦げ色を付ける角餅を、汁椀の上に乗せながら。
「ギルベルト兄さん、お餅幾つ食べますか」
「四つ」
「ルート君は?」
「あ…兄さんと同じで頼む」
大きめの汁椀にそれぞれ先ずは二個ずつ入れて、追加の餅を焼き網の上に乗せて。
「おかわり、ありますからね」
これ以外にもまだ沢山作っているので、遠慮しないでどんどんどうぞ。
「日本酒はもっとねえのか」
「ありますけど、今は程々にして下さいね」
雑煮を入れた汁椀を差し出しながら。
「食事が終わったら、初詣に行きたいですから」











新春の空気は、きんと冷たく張り詰めている。庭の日陰には、僅かに雪が積もっていた。 昨日はかなり冷え込んだ。夜の内に、雪が少し降ったのだろう。
家の鍵を閉めると、菊は小走りに玄関口で待つ兄弟の元へ向かった。
「寒くねえか」
「大丈夫です、着物って結構暖かいんですよ」
同柄の長羽織りを纏い、襟元にはベージュのファーマフラー、 更に厚めのショールを重ねた外出装備姿で、菊は見上げる。 実は着物の下にも、ヒートテックシャツを着込んでいる。案外和服は重ね着が利くのだ。
さて、行くか。大きな二人に小さな一人が挟まれて。三人はのんびりとした足取りで、神社へと向かった。
「俺もそれ、着物って着てみてえなあ」
なあ、ルッツ。菊を真ん中に挟んで掛けられるそれに、そうだなと頷く。
「実は着れそうなもの、探してはみたんですよ」
しかし家に置いてあるものは、どれも日本人の標準体型の物ばかりである。 残念ながら長身で筋肉質のドイツ人の二人には、どう考えても無理があるだろう。
「今度、ギル兄さんとルート君に、浴衣を作りますよ」
それなら私でも縫えますから。次の夏には着れるように、頑張って用意しますね。
「大変じゃないか?」
「そうでもないですよ」
着物って、基本的に直線で出来ていますから、思ったよりも簡単な構造をしているんです。
「お前、結構器用だよな」
「是非二人の浴衣姿、写真に撮らせて下さいねっ」
ギル兄さんとルート君なら、どんな柄が似合うでしょうか。 いっそ、トーニョさんとフランシスさんも交えて、浴衣パーティーしましょうか。 素晴らしい、超私得ですね。言いながら、ぐっと拳を握りしめる。
そんな彼女のきらきらした眼差しに、優しいんだな…方やほんのりと頬を染めて、 何考えているんだ…方やげんなりとした半眼になる。両サイドからのそんな視線に、当の本人は気付かない。
三人が並んで歩く道は、普段に比べると人の通りは少ない。
しかし、駅前の商店街を横切って、裏通りから少し抜けると、やがて人の往来が増えて来た。 建物の狭間から茂る巨木が見えてくる頃には、ぞろりぞろりと初詣客の波が出来始める。 朱の鳥居を潜り境内に入ると、普段は厳かで静かなそこには賑やかな露店が並び、 参拝客がゆるりとした混雑具合で詰めかけていた。
この辺りで一番大きなこの神社は、知名度こそは高くないが、それなりに由緒のある神様が祀られている。 古来よりこの地域一帯を守り続けている、生活に溶け込んだ、大切な氏神なのだ。
「こっちです」
夏に三人で観光した際、有名な神社にも幾つか巡っていた。 ギルベルトもルートヴィッヒも、神社へ足を運ぶのは初めてではない。
手水舎で手を清め、賽銭を入れ、鈴を鳴らし、二拝二柏手で拝礼する。 キリスト教徒が日本の神社にお参りする事に、今更誰も疑問は抱かない。日本の神様は寛容なのだ。
「そういえば私、去年、あれをしたんですよ」
「あれってなんだよ」
「バイトです、巫女さんの」
去年は三が日、あの恰好であそこにいました。
破魔矢とお守りを購入し、三人で御神籤の列に並びながら菊が示すのは、社務所に座る巫女姿の少女。 汚れの無い真っ白な着物と見目鮮やかな朱の袴が、引き締まった清廉な空気を醸し出していた。
「そうなのか?」
「神職のアルバイトかよ」
流石は日本、何でもアリだな。 ドイツ人の二人が驚くのも無理は無い。 しかし日本では、正月の神社のバイトはそれなりにポピュラーなものである。
あの恰好、結構寒いんですよ。でも、良い資料になりました。巫女装束は、ある意味基本ですよね。
「…なあ。それって、写真は無いのかよ」
お前のあの姿の。
「無いですよ」
だって、バイトだったんですよ。写真なんて取る暇なかったです。大体、私の巫女姿なんて誰得ですか。
「良いじゃねえか。なんつーか神聖で、特別っぽくてさ」
「ああ、清楚な感じがして、義姉さんに凄く似合うと思う」
俺も是非見てみたい。 生真面目な顔で、ルートヴィッヒも頷く。
「もう、そのバイトはしねえのか?」
「しませんよ」
「なんで」
だって。菊は、ギルベルトとルートヴィッヒを見上げる。


「だって、皆と一緒にお正月を過ごしますから」


昨年は仕事で父が渡独しており、菊は一人で正月を過ごした。 どうせ一人だからと、おせちも作らなかったし、年越し蕎麦はカップ麺だったし、 大掃除だって極簡単に済ませていた。
だって、どんなに頑張っても、正月気分を分かち合う誰かがいなかったから。
だからアルバイトに申し込んだ。 巫女バイトでもしたら、正月らしさも味わえるだろうし、収入もあって、一石二鳥だと思ったのだ。
でも、今年は違う。
大掃除も張り切ったし、年越し蕎麦も準備したし、おせち料理いだって手を掛けて、 久しぶりに着物も着た。一人だったら適当で充分だけど、誰かと一緒ならそうはいかない。 だから年末から、あれこれ随分頑張った。頑張らなくちゃいけなかった。
一人ではない年末年始は、思った以上に大忙しで、アルバイトをする暇なんかないじゃないか。
「あ、ほら。もうすぐですよ」
えーっと、お神籤はいくらでしたっけ。
バッグから財布を取り出す菊の頭上、ギルベルトとルートヴィッヒはそっと視線を交わす。 そして互いに小さく笑うと、軽く頷き合った。





「お、ルッツは吉か」
願望、身内の助けにて叶う。旅行、東に吉。病気、胃腸に要注意。 学業、真面目に励めば吉。恋愛、難有れど好転の可能性あり。ふーん、結構良い事書いているじゃねえか。
覗き込み、内容を説明する兄に首を傾げて。
「兄さんは何だったんだ」
ふふん、とギルベルトは胸を反らせて、ぺろりとそれを見せる。
「…ダイ、キチか?」
願望、時経てば叶う。旅行、全方位に吉。病気、治り早し。学業、目標を高く持って良し。 恋愛、素直になれば吉。
「ま、これが俺様の実力って事だよな」
自慢げに言い切るが、これはあくまで占いであって、当人の実力とは関わりが無いと思うのだが。 眉間に皺を寄せるルートヴィッヒににやりと笑いながら、ギルベルトは隣に並ぶ小さな旋毛を見下ろした。
「おい、お前は何だったんだ?」
じいっと見つめる菊の手元、長細い紙をひょいと覗き込み、 大きく書かれた文字を読み取ると、ギルベルトはぷっすーっと吹きだした。
「凶かよ、お前はーっ」
すげえ。こんなの、マジで引く奴いるんだな。 ぎゃははと大笑いする兄に、ルートヴィッヒは「兄さん」としかめっ面で諫め、菊は顔を上げて頬を膨らませる。 何なんですか、もう、笑い過ぎですよ。
「それは、あまり良くないのか?」
「ええ…まあ」
「一番悪いヤツだよ」
ケセケセ笑いながら、菊の手からみくじ箋を奪う。
なになに。願望、困難多し。旅行、失せ物に注意。病気、治り難し。学業、地道に励めば好転す。 恋愛、他人に惑わされること多し。によによ顔で読みながら。
「なんだよ、全然良い事書いてねえじゃねえか」
「気にしません。だって、ただのお神籤ですから」
要するに今現在が一番悪いだけで、これ以上悪くはならないってことでしょう。そう考えればいいんです。
「それに、ちゃんと結べば厄除け出来るんですよ」
お守りも買いましたし、悪いお神籤を引いた人は、高い場所に結べば充分厄除けが出来るんですから。 つん、とそっぽを向く菊に、へーえ、そうなのか…とギルベルトは目を細めた。
社務所の横には、みくじ掛けが設置されている。 既に無数のみくじ箋が結ばれ、折り畳まれたそれらが、まるで飾りのように連なっていた。
「高い所に結べば良いんだな」
ルッツ、それ貸せよ。
差し出された手に、反射的にルートヴィッヒは持っていたみくじ箋を差し出す。 受け取ると、手早く細長に折り畳み、ルートヴィッヒのそれを、菊の手の届かない一番高い場所に括りつけた。
ウサギの耳のように飛び出た端の先に、今度はギルベルトが引いたみくじ箋を括りつける。 そして更にその飛び出た端先に、ギルベルトは菊の引いた凶のお神籤括りつけた。
「これで一番高くなったんじゃねえか」
ルートヴィッヒの先にギルベルト、ギルベルトの先に菊、それぞれのお神籤が、連なるように重なり、 しっかりと結びつけられている。何かに似ているな、と菊は頭を巡らせた。 ああ、そうだ、親亀、子亀、孫亀だ。
でもこうして見ると、僅かではあるものの、菊の結んだお神籤が、誰のものよりも高い場所にある。
「こうすりゃ、ばっちり厄除け出来んじゃね?」
何と言っても、ルッツの吉と、俺様の大吉が、お前を支えてやっているんだからな。 誇らしげににやりと笑う義兄を、菊はぽかんと見上げる。
そして、堪らず大きな声で笑った。
今年最初の大笑いであった。











さて、そろそろ帰りましょうか。並んで出口へと向かいながら。
「しかし、寒いな」
「家に帰ったら、栗ぜんざいがありますよ」
年末に届いた父のお歳暮で、レトルトパックになったものがあったんです。 お正月に食べようと思って、取っておきました。
顔を上げたタイミングで、ぴるぴると電子音楽が流れた。菊の携帯電話らしい。
バッグの中を探るが、 慌てて携帯電話を取り出した拍子に、中に入っていた諸々も一緒にばらばらと落としてしまった。 どうやら、早速お神籤が当たったらしい。
あわあわする菊を手の平で制して。
「良いから、先に電話に出ろ」
拾っておいてやるから。 すいません。肩を竦めながら、菊は急かす携帯電話のボタンを押して耳に当てた。
もしもし…話しながら、人の流れの邪魔にならないように、そっと通りの端へと移動する。 その背中を視界の端に入れながら、砂利の上に転がった諸々を二人で拾い上げた。 ハンカチ、小銭入れ、カードケース、そしてこれは…。
手に触れたそれに、ルートヴィッヒが瞬きしたと同時に。
「お、ルッツ。ちょっと待ってろ」
「あ?ああ…」
拾った菊の持ち物をぽんと弟に預けると、ギルベルトはあちらの屋台へと向かった。 何を買うつもりなのやら。呆れながらも、ルートヴィッヒは拾ったそれを、確かめるように見つめる。
手に取ったのは、小さな携帯型の音楽プレイヤー。見覚えはある。 クリスマスのプレゼントとして義姉に貰ったものと、同じタイプの色違いだ。 そういえば、皆で色違いのお揃いだと言っていたな。
しかし、親指でなぞったそのボディの裏面には。
「ほらよ、ルッツ」
ひょいと紙コップを差し出され、暖かいそれを受け取る。 あちらの屋台で買って来たのだろう。湯気の立つそれは、白く、何やら小さな粒が入っていた。 見た事の無い飲み物に眉を潜めると。
「甘酒だ」
結構美味いぞ。薦められるままに口を付ける。 ほわりと広がる甘みの中に、微かにジンジャーの風味が隠れていた。
ほうと息を吐き、目の前、同じく紙コップに口を付ける兄の横顔を眺める。 穏やかにも見える真紅の視線の先には、参道の隅で電話に頷く、菊の小さな姿があった。
「…兄さん」
呼ばれてこちらを向く兄に、手にあったそれを見せる。 手の平に乗った小さな携帯音楽プレイヤーに、ギルベルトは不思議そうに瞬きをした。
「これは、兄さんのではないのか?」
菊の鞄に入っていた。
ほらと示したのは、その裏側。 目を引くような華やかなピンク色のボディの裏側には、ひらがなで「ぎるべると」と名前が刻まれている。
それを眺め、しかしギルベルトは笑って首を振った。
「いや、菊のだぜ」
俺のは持っているからな。 言いながら、カーキ色のモッズコートのポケットを探り、同じ型の音楽プレイヤーを取りだした。 そちらは、深みのあるダークグレーカラーである。
「ほれ」
にやりと笑って見せた裏側には、同じくひらがなで名前が刻んでいた。 但し、そちらには「きく」と書かれてある。ルートヴィッヒは眉間に皺を寄せた。
「…どうして、名前が逆なんだ?」
どうしてって。ギルベルトはポケットにそれを仕舞い込みながら、唇を尖らせる。
「え、俺、黒が良かったし」
だから、あいつのと取り換えたんだよ。あっさりとした答えに、思わずルートヴィッヒは凝固した。
義姉がこのプレゼントを購入した際、それぞれ渡す相手に合わせて色を選んでいた事は聞いていた。 ギルベルトの大学の友人達にはその瞳の色と同色を、ルートヴィッヒには髪の色と近い黄色をチョイスしたらしい。 恐らくそれに習って、兄には瞳に近い色のピンクを、自分用には髪に近い色の黒を選んだのだろうと想像できる。
それなのにこの兄は、単に自分の好みに合わないからと、彼女の選択をあっさり覆したのだ。
「大体、カッコ良いこの俺様に、ピンクは似合わねえっつーの」
やっぱ、渋くてびしっと決まった黒だろうがよ。第一、ピンクなんて女用じゃねえ? てかさ、普通女だったらピンク色の方が喜ぶだろ?だから、優しい俺様が取り換えてやったんだよ。
「…兄さん」
低い声を絞り出す弟に、何だよ、兄は実に不思議そうな目を向けてくる。
「少しは義姉さんの気持ちを考えろ」
折角彼女なりに考え、選んでくれたのだ。 しかも名前まで刻んであるものなのに、どうしてそう無神経な事を言う。
全身から発散される怒りのオーラに、気圧されながらギルベルトはたらりと冷や汗を流す。 お前怖いよ、マジで。
「べ、別に構わねえって、菊も言ったんだぜ」
元々自分はどの色でも良かったし、名前を刻んだ後だけど、兄さんがそれで良いなら構わないって。 嘘じゃねえよ。
じろりと睨む目は、弟ながらも迫力がある。 引きつりながらも説明する兄に、暫しの間を置いて、ふうと息をついた。
兄はこの手の嘘はつかない。この言葉は恐らく真実だ。
そして、粗暴に見えるが、意外に人の心の機敏には聡い。 こうして平気な顔で口に出来るという事は、つまり彼の言う通り、菊は本当に気にしていないのだろう。
先程のお神籤でのやり取りを思い出す。
遠慮が無く無神経な事を口にはするが、それでも兄は、何が彼女を喜ばせ、安心させるかを知っている。 何をするにも一歩考え込んでしまう自分とは違い、ごく自然に、気負いもなく。
しかし、それでも、自分は…。
「…ルッツ?」
何かを考え込むように瞳を伏せる弟に、ギルベルトはぱちくりと瞬きする。 その横顔に眉を潜め、唇を引き締め、視線を逸らし。そして少しの躊躇の後、言葉を紡ごうと口を開いた瞬間。
「ギルベルト兄さんっ、ルート君っ」
父と義母からの電話でした。 声を上げ、走り寄る菊に、二人は同時に顔を上げる。
「…って、何飲んでいるんですか?」
二人して、私が電話をしている内に。
「酒だよ、甘酒」
ちょっと俺には甘いけどな。お子様のお前にゃ、酒は飲めねえだろ。
「甘酒はお酒じゃありません」
それにはアルコール分が入っていませんから。
「買ってこようか」
屋台は直ぐそこだ。 ルートヴィッヒが足を向け掛けようとするのを、否、と止めて。
「飲むか?」
ギルベルトは自分の口を付けた紙コップを、そのまま菊に差し出す。 ちょっとしか飲んでねえし、俺には甘過ぎるからな。欲しけりゃ残りはお前にやるよ。
「あ、下さい」
紙コップを受け取ると、菊は躊躇無く、ギルベルトが口を付けたカップに口を付ける。 ゆっくりと口に含むと、暖かいですね、白い息を吐いてふにゃりと笑った。
「親父さん達は、何て言ってたんだ?」
ああ、そうです。菊はほっぺたを赤くして、大きく頷く。
「二人とも、もうこっちの空港に到着したみたいですっ」
年末からの雪の影響で、新年早々あちらこちらの交通機関が麻痺している。 二人が乗る予定であった飛行機も運航を見合わせており、 もしかすると状況の如何では、今日中に帰れなくなるかもしれないとも心配していたのだ。
しかし、こちらの空港に到着したとあらば、遅くとも夕方までには家に到着出来るだろう。
「初めてですよね、家族が全員日本に揃うのって」
家族が揃う事さえ滅多になかった。もしかすると、ドイツの結婚パーティー以来かもしれない。 それが新年の一番最初の日に、こうして一家全員揃う事が出来るなんて。
「お正月に家族皆が一緒だなんて、何だか今年は、すごく幸先良さそうです」
嬉しそうに告げる菊に、にかりとギルベルトは笑う。 ほら見ろ、さっきのお神籤の厄除けが、早速効いてるじゃねえか。
「言っただろ、俺とルッツがお前を支えてやるって」





だからお前は、そうやって笑っていりゃ良いんだよ。
判ったか、菊。




end.




栗ぜんざいは、大阪の千鳥のお店の季節限定品
アップルと掛けて果物がらみのスイーツと、キスがテーマでした
2011.01.12







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