本田さんちの菊さん





「……で、こっちが従業員室でい」
 休憩室も兼ねてるから、暇な時は他のバイト連中もここに居る事が多いわな。
 最初の内は、誰かと一緒に配達して。で、様子を見て、一人で廻って貰うことになるな。 慣れるまでちっと大変かもしれねえが、まあお前さん、若し、元気だし、体力もありそうだし。 ウチは常連さんも多いから、しっかり頑張ってくれよ。
「うん、任せといてくれよっ」
 無精髭の生えた彼は、この支店の店長らしい。 後ろうなじのくりんとしたくせ毛が気になるけれど、でも貫録があって、気さくで、優しそうだ。
 よおし、今日から頑張って働くんだぞ。
「おっ、と」
 小さな着信音に、彼はポケットから携帯電話を取り出して、耳に当てる。 うん、おう、判った、直ぐそっちに行くから。そんな会話を終えると、電源を切って困ったように笑う。
「悪い、新人。ちょっと行ってくるわ」
 多分、直ぐ終わると思うから。ちっとだけここで待っててくんねえか。
 そろそろ、うちのバイト連中も来ると思うから。ま、こまけえ事は、そいつらにも聞いてくれ。 おめえと似たような年頃だし、何だかんだと面倒見のいい奴らばっかだから、直ぐに慣れると思うぜい。
「うん、判ったんだぞ」
 悪いな。そう言葉を残すと、無精髭の店長は軽く手を振り、あちらへ続く扉を開いた。
 ぱたんと閉じられて三秒後、背後にあった別の扉がきいと開く。


「はよーございまーす」


「……お?」
 入れ替わるように入ってきた男は、露骨に眉を潜めた。
 俺より少し年上かな。もしかすると彼が、店長の言っていた俺と同じ年頃のバイト連中、なのかな。 初めて目にするバイト仲間だ。やっぱり、最初の挨拶は大事だよね。
「やあっ、はじめまして」
 笑顔で手を差し出すと、訝しげな目を向けられる。 なんだい、ぶっとい眉毛と相まって、あんまり感じの良くない男なんだぞ。
「なんだ、お前」
「今日から新しく入った、バイトなんだぞ」
「……ふうん」
 差し出した手を無視し、眉毛男はすっと横を通り過ぎると、壁に掛けられたスケジュールボードの前に立った。 なんだい、ますます感じが良くないんだぞ。
 むっとするこちらに背を向けて、眉毛は棚に置いていた冊子のひとつを手に取り、慣れた手つきで捲る。 へえ、来て早々、早速仕事を始めるなんて。感じは悪いけど、もしかすると仕事熱心な人かもしれないな。 俺も見習わなくちゃいけないんだぞ。
「……ああっ?」
 大袈裟に上がる声に、思わずびくりと肩が上がる。 ぱらぱらと、忙しなく何度も台帳を捲る様子は、見つからない何かを探しているようだ。 そして、手を止めると、ぎろりと険悪な眼差しで、こっちを睨みつけてくる。
「おう、新人」
「なんだい?」
「お前が来る前に、誰かここに来なかったか」
「さあ? 俺はついさっき、店長に連れられてここに来たばっかりだからね」
「じゃあ、犯人はお前かっ」
 入ったばっかりの癖にいい度胸じゃねえか。言っとくがな、今度という今度は、絶対俺は引かねえぞ。
 びしっと鼻先に冊子を突き付けられ、思わず寄り目になった所で。


「ボンジュール。美しいお兄さんが来たよー」


「……あれ。君、誰?」
 眉毛が入って来たのと同じ扉が開き、軽い投げキッスと共に登場したのは、無精髭を生やした男だ。 肩に掛かりそうな金髪を一纏めにして、なんだか軟派な感じだけど、でもこの人もここのバイトなんだろうか。
 ふんっと眉毛は荒い鼻息をつくと、くるりと背を向けた。
「今日から来た、新人だとよ」
「あ、そう。ふーん。へーえ、そうなんだ。よろしくねー」
「うん、よろしくお願いするんだぞっ」
 手を差し出すと、無精髭の男はにっこり笑って握り返してくれた。 こっちの人はフレンドリーらしい。でもちょっと、顔が近くないかい?
「なかなか可愛いじゃん。初々しくて。俺達より年下だよね」
 なんか、鼻の下の伸びたによによ顔。なんか、熱っぽくはあはあ荒い息。 なんか、握手に重なるもう一つの手が、こっちの手を撫でくり回してくるんだけど……。
「おい、髭っ。新人に手ぇ出してんじゃねえっ」
「え、俺。出された手を握っているだけだけど?」
「離せ、変態。つか、お前も抵抗しろっ」
 油断して、カマ掘られても知らねえぞ。割り込むようにして、眉毛は密着してくる髭の手を引っぺがす。
「早速セクハラかましてんじゃねえ、このクソ髭っ」
「えー、まだこれからじゃん」
 握手を離した手が、わきわきと動いている。どうやら俺は、セクハラの危機に面していたらしい。 感じが悪いと思っていた眉毛だけど、意外にも悪い人じゃないのかもしれないな。 もしかして、店長の言っていた面倒見が良いって言うのは、こういう事だったのかな。
「別にお前を助けた訳じゃないぞ。この髭がムカついただけだからなっ」
 そう言う訳でも無さそうか。
「っていうかな。クソ髭。お前だろ。伝票盗ったのはっ」
「伝票? なんのことだよ」
「しらばっくれんじゃねえ。昨日あったのに、今日見たら無くなってんじゃねえか」
 ペしっと叩きつけるように、さっきの冊子を髭に叩きつける。 怪訝そうな顔のまま、受け取ったそれをぱらぱらと捲る。
 そして彼もまた、あれえ? と声を上げた所で。


「よーう、満を期して、華麗なる俺様の到着ー」


「……って、誰だよ。てめえ」
 随分偉そうに入って来た奴が、こちらを見た途端、凄むように見下ろしてくる。 なんだかここって、口とか、手癖とか、柄とか、悪い奴らばっかりじゃないか。
「今日から新しく来たらしい」
「新しいバイトなんだって」
「あー、そういやおっさん、なんかそんな事言ってたな」
「よろしくお願いするんだぞ」
「お、ちゃんと挨拶できんじゃねえか」
 元気そうだし、体力もありそうだし、お前なかなか見所あるぜ。 言いながら、差し出した手をがっしりと握り返す。
「なんか判んねえ事があったら、俺達に聞けよ」
 ここの仕事はキツいけど、バイト代は良いし、おっさんもいろいろ配慮してくれっし、慣れると悪くねえと思うぜ。 ケセセと笑う彼に、うんと頷く。 銀の髪に赤い瞳、随分珍しい色を持ってて、目付きも悪くて、 ちょっとクセもありそうだけど、でも思ったよりも優しそうなんだぞ。
「ま、この俺様が、ビシバシ扱いてやっからよ」
 体力に気を付けて、しっかりついてこいよ。まずは、そのメタボ気味の体を鍛え直してやるから覚悟しておけ。 弱音吐いたらただじゃ済まさねえからな。返事はヤーしか認めねえ。ばしりと二の腕をを叩かれる。
「お前、そう言って胃液吐くまで扱くのやめろよ」
「前の子も、血の涙流して辞めちゃったよね。耐えられないって」
「ああ? あんなの序の口だろ」
 あいつら軟弱過ぎんだよ。んなことで、これから先、やっていけると思うか?
「ま、お前には、俺様特性スペシャル大盛り特訓プログラムを組んでやる」
 感謝しやがれ。さっき教えたよな。ほら、返事は?  詰め寄る銀髪に、さあっと血の気が引く。もしかして、そんなに厳しいなにかが待っているのかい?
「そんなことより。もしかして、これお前さんの仕業?」
「犯人はお前かあああっ?」
「のわっ、ちょ、なんだよてめえらっ」
 ぺしぺしと冊子で頭を叩く髭と、ぐいぐいと掴んだ襟元を揺さぶる眉毛に囲まれ、銀髪は声を上げる。 いてえよ、てめえら。離せっての。押し遣ると、顔に押し付けられた冊子を奪い取る。
 全く、なんだってんだよ。ぶつぶつ唇を尖らせながら、冊子を捲り、切れ長の目がぎょっと見開く。
 はあ? 攻撃的な含みのある声が上がった所で。


「おまっとうさん、皆の親分が来たでー」


「……って、自分、初めて見る顔やんなあ」
 扉を開けてやって来た彼は、こちらを見ると、へらりと暢気そうに笑う。うん、と大きく頷いて。
「今日からここにきたんだ」
「新人なんだとさ」
「よろしくしてやれよ」
「手ぇ出す時は、俺にも声かけてよね」
 あほか、お前みたいな変態と一緒にせんといてや。あと、お前もあんまり新人扱きなや。あれ普通やないで。 癖のある髪を揺らしながら明るく笑うと、彼の方から親しげに手を差し出してくれた。
「よろしく頼むわ、親分って呼んでくれてええから」
 フレンドリーで感じも悪くないし、一緒にすんなと切り捨てる位だから変態ではなさそうだし、 ほわほわしててスパルタタイプとも違うようだ。ほっとしながら手を握り返す。
「ああ、これから頑張るからね」
 意気込んで頷くと、ひらひらと手を振りながら。
「そんな気張らんでも大丈夫やって。適当に、程々にやったらええで」
「全然大丈夫じゃねえんだよっ」
「てめえの尻拭い、何度やってると思ってんだよっ」
「程々で困るのは、ここにいる皆なんだよっ」
 三人同時の総ツッコミに、えーっと彼は陽気に笑う。 もう、みんな神経質やんなあ、あんまり考え過ぎたら禿げんで。
「おい、てか、てめえに聞きてえ事があるっ」
「そうだよ、犯人はお前だろっ?」
「ふざけんじゃねえぞ、この万年トマト野郎っ」
 ほら、これはどういう事だよ。 ぺしりと叩きつけられる冊子を受け取り、なんやの、もう……不思議そうに中を捲ると。


「本田さん家の伝票、出せよばかあっ」
「本田さん家の伝票、出しなさいよっ」
「本田さん家の伝票、出しやがれっ」


「……えっ?」


 一瞬の沈黙。


「隠すんじゃねえ、今度こそ俺が行くつもりだったんだぞっ」
「ちょっと、お兄さんだって、楽しみにしていたんだからっ」
「ふざけんな、てめえら元々担当地区が違うじゃねえかっ」
「え、知らんよ。持ってへんし。てか俺かて狙っててんで」
 わいのわいのと襟首を掴み、肩を揺すり、中指を立て、腕を払のける様子に。


「本田さんって誰だい?」


 一瞬の沈黙。
 四人同時に向けられる視線。


「あー、お前、来たばっかりだからな」
「この町内に住んでいる、まあ常連さんだね」
「配達依頼にって、家まで荷物を取りに行く事もあんねん」
「清楚で、奥ゆかしくて……町内一のヤマトナデシコだな」
 しみじみと項を擦り、顎を撫で、腕を組み、腰に手を当てて頷くのを見て。


「ヤマトナデシコってなんだい?」


 一瞬の沈黙。
 四人同時に零れる溜息。


「いいっていいって、お前さんには関係の無い話」
「新人だったら、他にもっと憶えることがあるだろう」
「気にせんでいいで、どうせ会う事無い人やから」
「聞かなかった事にしとけ。忘れろ忘れろ、な?」
 やれやれと首を横に振り、息を吐いて、肩を竦めて、指差して念押しされ。


「俺も会ってみたいんだぞ」


 一瞬の沈黙。
 四人同時に吐き出す声。


「はああっ?」
「ああんっ?」
「なんやて?」
「はいい?」


「上等じゃねえか、今てめえが言った事、後悔させてやんよ」
「お前みたいな餓鬼を、本田さんが相手にする訳ないだろ」
「こう、大人の恋が出来る、スマートな俺みたいな男じゃなきゃ」
「あんな、よう考えて物言いや。ここで楽しぃやりたかったらな」
 ぱきぱきと指を鳴らされ、半眼で睨まれ、鼻でせせ笑われ、笑顔で威嚇されて。


 逃げ場がないようにぐるりと囲まれた所で、かちゃりと向こうの扉が開いた。
 顔を出したのは、亜麻色の長い髪の美人だ。 こちらの異様な雰囲気に、きょとりと目を丸くする。


「どうしたの?」


 一瞬の沈黙。
 四人同時に砕ける姿勢。


「いや、今日から来た新人さんやって、今聞いててな」
「丁度、自己紹介してたところなんだよ、ねえ」
「これから仲良く、一緒に働かなきゃなんねえからな」
「やっぱり、最初の印象は大事だしな、うん」
 へらへらと握手し、肩を抱き、頭を撫で、背中を強く叩かれて。


「あら、そうだったの」
 そう言えば新しい人が来るって言ってたけど、今日だったのね。
 納得したように彼女はやって来ると、初めましてと手を差し出した。 柔らかな手を握り返すと、にっこりと素敵な笑顔が向けられる。
「よろしくね。なにか困ったことがあったら、気軽に声をかけて頂戴」
 私は事務のバイトだから、あんまり接点がないかもしれないけど。
「うん、ありがとう」
「特にここの四人、ちょっとおいたが過ぎる時があるから」
 何かあったら、我慢しないではっきり言ってね。 馬鹿で珍獣みたいに見えるけど、ちゃんとフライパンで躾けておくから安心して。


「酷いっこと言わんとってっ」
「こいつらと一緒にすんなっ」
「馬鹿って、お兄さんもっ?」
「ふざけんな、この暴力女っ」


「……なあに?」


 一瞬の沈黙。
 四人同時に引き攣る笑顔。


「いや」
「別に」
「なんもないよ」
「ううん」
 びくびくと視線を反らし、顔を背け、お愛想笑い、両手を上げて。


 じゃあ、頑張ってね。軽く手を振って部屋を横切ると、あちらの扉から彼女は出て行った。
 ぱたんと扉が閉じられる音。はああと長い溜息と共に、四人の緊張が崩れる。


「ちょお幼馴染、なんとかしてや」
「知るかよ、俺の方がなんとかして欲しいっての」
「お前らがそんなんだから、俺まで一緒にされるんだぞ」
「世の女性は、本当に強いからねえ」


 そのままそれぞれにばらける彼らの背中を、右に左にと見回して。


「で、本田さんって、結局なんなんだい?」


 一瞬の沈黙。
 四人同時に脳裏を過ぎる面影。


「言ってみれば……妖精さんのような人だな」
 可憐で、淑やかで、奥ゆかしくて、慎ましくて、清楚で、何処か儚げな雰囲気を持ってて。 そして時々きらきらとした光に包まれて見えるんだ。
 とっても神秘的な人だよ、あの人は。
「お前、一度病院で目と脳を診てもらえよ」
「表現が乙女思考過ぎて、キモイねん」
「ま、お坊ちゃんらしい少女思考だよね」


「って言うか……小鳥みてえな奴だよな」
 ちっさくって、目が黒目がちで、いっつも見上げて来てさ。 親鳥の後をついてまわるみてえで、面倒見てやんなきゃなって気になっちまうんだよな。
 なんか放っておけねえんだよ、あいつは。
「あんま構い過ぎると、ウザがられんで」
「勝手に保護対象に認定されても、ねえ」
「単にうっとおしいんだよ、お前はっ」


「そうだな……例えるな、甘い蜜を湛える一輪の華だね」
 立ち振る舞いに垣間見える美意識、凛とした中に秘める独特の色気、奥行きのあるオリエンタルな神秘性。 しかも時々見せるギャップ萌え。
 お兄さんとの相性良いと思うんだよ、あの人は。
「公共の場でその表現はやめとけ、引かれるぞ」
「ざけんなっ、あいつをエロい目で見て良いのは俺だけだっ」
「お前いちいちやらしいねん、そればっかりやん」


「とにかくな……可愛いねん、ものっそい可愛いねん」
 素直で、好奇心いっぱいで、ほっぺたまん丸くって、なんやちっちゃい子みたいやねん。 もー、力いっぱいぎゅーってして、頬擦りしたくなるわ。
 可愛くてしゃあないねん、あの子は。
「前から思っていたけど、お前やっぱペド?」
「あいつああ見えて、俺らよりずっと年上なんだぜ」
「ヤバいのはお前だろうが、このショタ野郎っ」



「まあ、確かに可愛いっていうのには同意するがな」
「意外に子供っぽい所もあるしね、またそれが魅力だけど」
「あのちっせえ頭見てっと、撫で回したくなるんだよな」
「ちょっと変わってんねんけど、そこがええねん」
「初めて会った時もね、お兄さんの美しさに見惚れちゃっててさ」
「バーカ、俺を見た時だって、びっくりしてたんだよ」
「ガイジン慣れしてへんねん、驚かしたらあかんって」
「そんな所もまた、初々しくって可愛らしいけどな」


「……ふうん」


「ってか、なんやねんお前ら。もともと本田さん家は、俺の担当やってんで」
 一番最初に知り合って、二人で仲良うやってたのに、気ぃ付いたら勝手に担当外して。 なんなん、自分ら。二人の仲を引き裂く悪魔やん。俺らの邪魔せんといて欲しいわ。
「お前があの家に行ったら、そのまま帰って来なくなるからでしょっ」
「仕事放りだして、あいつん家に入り浸るからだろうがっ」
「その分、全部俺達が負担してんだよ、ばかあっ」


「大体、俺はあいつに、いろいろと教えてやってんだよ」
 言っとくけど、あいつから言ったんだぜ。世間知らずなので、いろいろ教えて下さいねって。 優しい俺様が、それを引き受けてやったんだよ。言わば師匠と弟子の関係だな。
「それ、日本人特有の社交辞令だって気付きなさいよっ」
「用も無いのに押しかける理由にはならねえんだよっ」
「そんなん、あの子は誰にかて言ってることやねんってっ」


「あのね、お兄さんみたいにね、話題とか趣味が合うならまた別だけど」
 お前さん達、あの人が優しいからって勘違いし過ぎ。表面だけのお愛想じゃなくて、 話題が盛り上がって、止めようがなくて、弾けちゃうようなパッションを感じたことってある?
「あほか、それこそが気遣いなんやって気ぃつけやっ」
「日本人のオモテナシ精神、舐めてんのお前だろうがっ」
「その変なテンションに、合わせてやってるだけだってのっ」


「お前達と違って、俺はあいつと、その、友達なんだからな」
 最初の配達の時に言われたんだよ、これから仲良くして下さいねって。 別にあいつの為なんかじゃない、拒む理由もねえし、一応紳士としてだな、友達になってやったんだよ。
「だから、仲良く、と友達、とは、また違うんだってっ」
「言葉のニュアンスを、都合良く曲解してんじゃねえっ」
「お前の幸せ回路は、呆れる通り越してムカつくねんっ」


「……へえ」


「言っとくがな、俺はあいつにマンジュウ食わせてもらったこともあるんだぜ」
 ふふんと顎をしゃくる彼に、三人は顔を上げる。

 前に、あいつの家の配達に行った時だけどよ。 チャイム鳴らしても出てくるのが遅かったから、何してたんだよって聞いたら、蔵掃除に手間取っててって言うし。 俺様掃除とかは得意だし、しょうがねえからちょっと手伝ってやったんだよ。
 お礼にって、お茶と一緒にマンジュウ出してくれてさ。 それが、あんまり美味かったから、何処の店のかって聞いたんだけどさ。 そしたらあいつ、ちょっと恥ずかしそうに教えてくれたんだよ。

「私の手作りなんですよ……って」
 照れっと頬を染めながらの一言に、三人は同時におおと声を上げた。

 よかったら、また是非お召し上がりに来て下さいって言われちまったぜ。 お好きなものってありますかって、おいおい、俺様の好みに合わせて、俺様の為に作ってくれるみたいだぜ。 まあ、お前らがどうしてもって言うなら、一口ぐらいは食わせてやっても良いけどな。


「お前、意外にやるじゃん」
「手作りって、むっちゃレアやん」
「だろ? そうだろーっ。お前ら、存分に羨ましがりやがれ」


「バーカ、羨ましくなんかねえよ」


「俺なんかな、あいつに紅茶を淹れてやったことがあるんだからなっ」
 ふふんとほくそ笑む眉毛に、三人は同時に振り返った。

 ちょっと前だけど、あいつの家の配送に行ったんだ。 受け取った荷物に、ちょっと残念そうな顔をするから、どうしたんだって聞いたんだよ。 そしたらどうも、常飲しているお茶を切らしてて、漸く到着したと思ったら、別の商品だったようだ。
 丁度その時、俺が常飲している紅茶を持っててな。 飲んでみないかって言ったら、ティーバッグ以外の紅茶を飲んだ事がないって言うんだよ。 仕方無いから、台所にあるものを借りて、俺が淹れてやったんだけどよ。

「こんな美味しい紅茶初めてです……って」
 さっと頬の血の気を差しながらの一言に、三人ははっと目を瞠った。

 今まで飲んでいたものと全く違うって、凄く感動されてさ。 紅茶を分けてやったけど、こんな風に自分では淹れられませんって言うから、 飲みたくなったら俺が淹れてやるって約束したら、可愛らしく頷くんだよ。 まあ、お前らがどうしてもって言うなら、一緒に飲ましてやっても良いけどな。


「そんなアプローチもあってんな」
「何気に、ポイント高けえぞ」
「頼まれたら嫌とは言えないからな。まあ、存分に悔しがって良いぞ」


「えー、実はそうでもないけどねー」


「だって、お兄さんなんて、漫画の貸し借りをする仲なんだよね」
 てへっと肩を竦めて笑う髭に、三人は同時に眉を潜める。

 割と最近お話だけどさ、あの人の家に配送に行ったんだよね。 でさ、その荷物のパッケージが、ちょっと普通の本屋さんには置いていない、 特殊な薄い本を置いているネットショップのだった訳。
 もしかして同士なのかなーって、思い切って聞いたのよ。 最初はとぼけていたんだけど、俺も同じだからって言ったら、すっかり意気投合しちゃってね。 萌え語りが、半端無く盛り上がっちゃってさあ。

「私の神作家さんの本をお貸ししますね……って」
 ほわっと頬を上気させながらの一言に、三人は同時にはあ? と口を開いた。

 好みとか傾向とかも被っててさ、語り出すしたら止まらなくって、もう参っちゃう。 まさかこんなお話が出来る人とお知り合いになれるなんてって、目をきらきらさせて言うのよね。 まあ、お前達がどうしてもって言うなら、二人が今嵌っている漫画を貸してあげても良いけどさ。


「マニア同士の世界かよ」
「確かに俺には判んねえな」
「この漲るテンションをお前達が理解するのは、ちょっと難しいだろうね」


「てか、俺かて共通の話題ぐらいはあんねんで」


「実はな、いっつも一緒にゲームしてんねんけどな」
 へらっと朗らかに笑う親分に、三人は同時に肩を揺らす。

 初めの頃やねんけど、担当やったからいっつもあの子ん家に配達してたやんか。 伝票見てたら分けんねんけどさ、結構あの子ゲーマーやねんで。 新作ソフトとか、お気に入りの続編とか、よお予約して買ってんねん。
あん時も、限定パックの箱やったから、あー中身はアレやなーって直ぐ判ってな。 渡す時に、もしかしてゲーム好きなんって声かけてん。 俺もそのゲーム好きやねんって言ったら、えっらい話が弾んでなあ。

「オンラインクエストを一緒にして下さい……って」
 ぽっと頬を赤らめながらの一言に、三人は同時にええっと身を引いた。

 フォローし合って、苦労しながら、クエストを乗り越えて。こう、築き上げる信頼関係って言うんかな。 武器とか得意技とかかぶってへんし、俺らな、足りない所を補い合える最強コンビやねんで。 まあ、お前らがどうしてもって言うなら、一緒にクエストしたってもええけどな。


「二人で苦楽を乗り越えて、か」
「頼りになるアピールも出来るしね」
「ゲームをしながらおしゃべりも出来るしな、むっちゃ楽しいねん」


「てかなあ、てめえら一体何やってんだよ」
「それはこっちの台詞やっちゅうねん」
「いつの間に、なに皆して抜け駆けしてんのさ」
「あんな、一番付き合い長いんは俺やねんで」
「お前達みたいな馬鹿はお呼びじゃねえんだ」
「てめえみてえな変態にゃ言われたかねえな」
「だから、お兄さんの忠告は聞きなさいって」
「あいつに近付くんじゃねえよ、ばかあっ」


「だあああ、もうっ、やかましいねんっ」
 団子のように衝突する中、一人大きな声を上げて制する。


「これだけは言うつもりは無かってんけど、お前らに教えたるわっ」
 お前らがショックを受けると思って、秘密にしていたけど。しゃあない、とっておきの秘密を教えたる。

「俺と本田さんはな、一緒にデートする仲やねんで」
 ざわ……、動揺する空気に、ふんと鼻を鳴らす。

 ほら、俺らゲームが好きやろ。 特に今一緒にやってるのって、えらい人気のシリーズで、よお大会イベントも開催されたりすんねん。 まあ、大会に参加せえへんでも、会場に行っただけで限定アイテムとか貰えるし、 折角やし、面白そうやし、一緒に行ってみいへんかって誘ってんやんか。
 そしたら、ごっつ喜んでくれてなあ。ずっと行ってみたかったらしいけど、一人で行くには気ぃ引けてたみたいで。 楽しかってんでー。 二人であちこち回ってんけど、人が多いやろ、はぐれたらあかんって手ぇ繋いだら、ものっそい顔赤くしてな。 もー、可愛らしいやろ。

「ちなみに、その時一緒にお揃いで買ったの、これやねん」

 カーゴパンツのポケットから取り出す携帯電話。 恐らくゲームのキーアイテムであろう、謎のマスコットがぶら下がったストラップが付いていた。


「バーカ、一緒に出掛けるぐらい、別にどうってことねえよ」
 お前らが妬みやがると思って、秘密にしてなかったけど。しかたねえ、とっておきの秘密を教えてやるぜ。

「実はな。あいつ、よく俺の家まで遊びに来んだよ」
 なに……、狼狽した空気に、へっと鼻の下を擦る。

 ほら、俺様犬が好きだろ。 あいつも家にぽちを飼っていて、すっげえ可愛がってるじゃねえか。 俺も大型犬を三匹飼っているぜって言ったら、すっげえ食いついてくっからさ。 家もそう遠くねえし、良かったら見に来いよって誘ったら、すげえ乗り気になって家に来たんだよ。
 俺様の犬を見て、すごくお行儀良いですねって感心するから、 犬の躾け方とか、訓練の仕方とかも教えてやるようになってさ。 ぽちも俺の犬たちとも仲良いし、これってもしかすると、家族ぐるみの付き合いってやつじゃね?  たまに申し合わせて、ドッグランで落ち合ったりもするんだよな。

「ちなみに、時々一緒に散歩したりもするんだぜ」

 ジーンズの後ろポケットから取り出す一枚の写真。 皺になったそれには、三匹の犬達とぽちに囲まれた、笑顔の二人が写っていた。


「そんな事ぐらいで自慢げに語ってんじゃねえよ、ばかあっ」
 お前達が悲しむと思って、黙って隠していたけどな。仕方無い、とっておきの秘密を教えてやる。

「俺なんかな、あの人を家に泊めた事があるんだからな」
 どよ……、驚愕した空気に、ふうと眉尻を下げる。

 ほら、風邪引いて、バイトを途中で上がらせてもらった時があっただろ。 あれって丁度本田さん家に配送に行った時で、あの人に顔色が酷いですよっ指摘されたんだよな。 家の方を呼びましょうかって言われて、一人暮らしだからって答えると、 わざわざ俺の家まで送ってくれたんだよ。
 病院に行きますかって言われたけど、動くのもしんどいし、市販の風邪薬を飲んで寝たんだけどさ。 目が覚めたら翌日の朝。で、顔を上げたらあの人がいるんだよ。 顔色良くなってますねって、額に手を当てられて、夢じゃないって判ってさ。 あの人、一晩中俺についててくれて、これがどういうことか判るかおい。

「ちなみに、その時あの人が作ってくれたおかゆがこれだ」

 バッグのポケットから取り出すスマートフォン。 その壁紙には、カフェオレカップに入った粥と、湯気でぼやけた笑顔が写っていた。


「まあ、所詮そんな程度だろうよ、お前さん達との関係は」
 お前さん達が絶望すると思って、内緒にしていたんだけど。仕方無いな、とっておきの秘密を教えてあげる。

「俺は、あの人の家に泊めてもらったりしているから」
 ぎょ……、戦慄した空気に、はあと肩を竦ませる。

 ほら、用事が出来たって、仕事休んだ時があったよね。 あれ、実はあの人から電話でお呼び出されたの。 何かあったらお手伝いするよって、前々から電話番号は渡していたんだよね。 貴方しか頼れる人がいないんですって言われちゃ、お兄さんとしては放っておけないでしょ。
 すぐさま家に向かって、もうそのまま二人で修羅場に突入、貫徹で作業しちゃった。 三徹で充血した眼を潤ませて、本当にすいません、ありがとうございますって、ものすっごい感謝されてさあ。 二人で迎えた朝の太陽は、黄色かったなあ。あ、勿論、原稿は間に合ったよ。

「ちなみに、二人の共同作業で作り上げた作品はこれ」

 鞄の中から取り出す一冊の薄い本。 特殊加工を施したフルカラー表紙には、やたらと瞳が大きなキャラクターが描かれてあった。


「てかねえ、何なのよ、そのお揃いのストラップってっ」
「あいつはな、誰が病気になっても同じことするんだよっ」
「どうせまた、酒飲んでまっぱで寝ててんやろ、自業自得やんっ」
「あのね、俺は戦力なの。お前らじゃ絶対無理なのっ」
「マニアの専門用語なんか判るかっ、つまりどういう事だよっ」
「泊まりって言うけど、結局手伝わされただけじゃねえかっ」
「それ、お前やなくて犬に会いに来てんねんっ、勘違いすんなやっ」
「お前ら、あの人の純粋な優しさを利用してんじゃねえっ」


「ああーっ、いい加減にしなさいっ、お前さん達っ」


「そこまで言うなら、言っちゃう。もう言っちゃうよ?」
 これだけは、俺の胸に秘めておこうと思ったんだけどね。 でも、このままお前達に中途半端な希望を持たせたままの方が不憫だって、気が付いちゃった。 ここできっぱり、その変な夢を止めてあげるっ。

「俺と本田さんは、ずばり相方と呼ばれる関係なんだよ」

 好みも近いし、ジャンルもカプも被っているし、つまり今後、このまま一緒に活動する可能性もあるわけ。 これ、判る? 言わば、パートナーだよ?
 そうなるとさ、なにかと一緒に行動する事も当然増えるんだよ。 一緒にイベント行ったり、サークル参加したり、締め切り前になったらお互いの家に泊まり合ってさ。 修羅場を乗り越えて、萌えを共有し合って、一緒に創作活動をしながら、 もうパートナーっていうより、寧ろそこに愛が生まれるのが普通だと思うわけ。
 疲れた大切な相方に、俺の愛情込めた美味しい手料理なんか作って、食べさせてあげたりして。 あの子、結構なグルメだから、きっと俺の料理の腕に感動してくれると思うんだよね。 こんな美味しいご飯、毎日食べられたら幸せですねって、きっとにっこり笑って言ってくれちゃうよ。
 そこでお兄さんは、甘く微笑んでこう言うの。 そんなのお安い御用だよ、寧ろ俺としては、サークル活動としてだけじゃなく、 私生活に置いても、恋の相手としても、ずっと君の相方になりたいな……って。

「お前、何処まで行き過ぎた妄想してんねんっ」
「だから、オタクの専門業界なんて判んねえよっ」
「願望だけでモノ言ってんじゃねえ、エロ髭っ」
「あーもー、これだから、この世界の判らない連中はっ」


「あっそ、じゃあ、俺もとっておきを教えたるわ」
 これだけは、ほんっまに誰にも言ったらあかんって思っててん。 でも、これ以上お前らのその訳の判らん妄想には我慢できへん、親分もう愛想が尽きた。 ここでさっぱり、その夢を消したるわっ。

「俺と本田ちゃんは、言わば運命共同体やねんで」

 実はな、後で驚かそう思て内緒にしててんけど、ゲームの大会に二人の名前でエントリー済みやねん。 ペアの二人チームの部門でな。
 多分あの子の事やから、すっごい真面目に考えるやろな。 でもこういうのって、お祭りみたいなもんやし、参加して、楽しむことに意義があるもんやん。 親分が出てみたかったし、それに折角二人で沢山遊んだし、その記念になると思うねんって言ったら、 あの子優しいもんな、絶対オッケーしてくれると思うわ。
 折角大会に出るねんから、勿論それなりの結果は狙うつもりやで。 それには、今まで以上に、二人の息がぴったり合うようにするのが一番やと思うねん。 お互いの理解を深める為には、やっぱり日常生活でも、もっと親密になるべきやわ。 信頼関係を育んでいかなあかん。
 そこで親分が、こう言う訳やん。 今までかて二人でいろんなクエストしたけど、一緒に乗り越えてきたやんか。 だから今度は、ゲームの中だけやない世界でも、二人で一緒に楽しみたいねん……って。

「妄想乙っ、ゲームじゃなくて現実を見ようよっ」
「てめえ、本人の許可も取らずに勝手な事してんなっ」
「髭の妄想の方が可愛く見えるレベルじゃねえかっ」
「お前らはな、俺らの仲良しっぷりを判ってへんねんっ」


「ったく、お前達に、ほんっとうの事言ってやるよっ」
 これだけは、お前らの為に触れないでおいてやろうと思っていた。 でも、幾ら紳士な俺でも流石にいろいろと限界にきちまった、これ以上付き合っていられるか。 ここではっきり、その夢を終わらせてやるよっ。

「俺と本田さんは、一緒に住もうかと思っているんだ」

 ほら、さっき言った風邪の時のお礼で、あいつに花を渡したんだよ。 俺が自分で育てた、あの人に似合うだろうなって選んだ薔薇の花を。
 そしたら、すごく喜んでくれてな。 あんまり嬉しそうな顔をするから、その苗木を分けてやることになったんだよ。 薔薇ってのはな、お前らが思っている以上に手が掛かる植物でな、 特にあれは特殊な品種だから、俺が毎日通って手入れしてやらなきゃ駄目だろうな。 うん、絶対にそうしなくちゃだめだな。
 場所は、そうだな、縁側から良く見える位置にするつもりだ。 手入れに訪問した俺を、とびきりの笑顔で迎えてくれて。 蕾が出来る頃には、今以上にもっとお互いに親しくなっている筈だ。 花が咲くのが楽しみです。でも花が咲いてしまうと、もう来て下さらなくなるんでしょうか。
 そこで俺は、紳士的にこう言うんだよ。 馬鹿だな、俺は薔薇だけじゃなく、君へも愛情を注いで、二人の関係を育てたつもりだ。 お前が一人に耐えられないなら、俺がずっと傍ににいてやるよ……って。

「寒っ、てめえ本気で、そんなめでてえ事考えてんのかよっ」
「純和風の日本庭園に西洋薔薇なんて、俺の美意識が許せないよっ」
「お前の妄想には、ムカつく通り越して殺気を憶えるわっ」
「つまり、いつこうなってもおかしくない状況なんだよ、ばかあっ」


「ああもうくっそ、こうなったら真実を教えてやんよっ」
 これだけは、隠し通しておいてやろうと思っていたんだけど。 でもお前らのお花畑な妄想聞いて、これはがっつり釘刺しとかなきゃやべえって、マジ悟ったぜ。 ここですっぱり、その夢を断ち切ってやんよっ。

「俺と本田は、家族になるかもしれないんだ」

 お互い犬を飼って、一緒に遊ばしているって言っただろ。 あんまり仲が良いからさ、いっそ結婚させてやろうか、なんて思っている訳だよ。
 実はさ、定期的に犬の訓練学校に通っているんだけどさ、うちの犬の子供を欲しいって人がいるんだよな。 で、その相手に、ぽちはどうかなって。あ、勿論ぽちの気持ちは尊重するぜ。 でも、ぽちと俺様の犬の子供が生まれたら、すっげえ可愛いと思うんだ。んで、絶対賢いぜ、間違いねえよ。
 ある程度までは、俺がばっちり子犬の世話をしてやるよ。 でも本田は責任感が強いからな、私もお手伝いしますって言うだろうな。 二人で一緒に、ちっさい子犬達を付きっきりで育てて、ちゃんとした飼い主に譲ってやってよ。 それを見送りながら、寂しくなりますねってあいつが呟くんだよ。
 そこで俺様が、こう言ってやるんだよ。だったら、一緒に住めばいいじゃねえか。 ぽちと俺様の犬も、子育てが終われば離ればなれって寂しいと思うぜ。 いっそお前も俺様と結婚して、皆で家族になろうぜ……って。

「犬をダシにして、妙な計画立ててんじゃねえよっ」
「まず前提として、ぽちもお前の犬も、全員オスだからっ」
「お前、そこは純血種との間の子犬の事なんちゃうんっ」
「うるせえ、俺様と犬の幸せ家族計画の邪魔すんなっ」


「大体、そんなふざけた妄想、叶う訳ねえあらへんやろっ」
「あの人が優しいからって、つけ上がるな、ばかあっ」
「もー、お前さん達、がっつき過ぎ。優雅さに欠けるんだよっ」
「あいつはなあ、誰が風邪を引いても、同じ事すんだよっ」
「てか、本人の意思も聞かず、勝手な事してんなよっ」
「お前ら、もうちょっと遠慮しいや、あつかましいねんっ」
「萌えも理解できないくせに、口出ししないでよねっ」
「俺様の明るい未来に、ケチつけてんじゃねえっ」


 かちゃりとした音に振り返る。開いた扉から、さっきの美人が手招きをした。
「あ、新人君、こっちこっち」


「親分とあの子はな、選ばれたパートナーやねんでっ」
「お兄さんとあの人はね、魂で引かれ合っているんだよ」
「俺とあの人とは、運命で結ばれているんだよばかあっ」
「俺様とあいつは、前世から深く繋がっているんだよっ」


 隣の部屋に入って、ぱたんと扉を閉じる。途端、彼らの声が小さくなった。


「おう、待たせたな、新人」
「あ、店長」
「皆に自己紹介は終わったか」
「うん、ばっちりなんだぞ」
 ぐっと親指を立てると、店長はにかりと笑った。 そっか、ちょっと個性は強い奴らばっかりだけど、まあ仲良くやってくれや。
「じゃあ、早速だけど配達に行くぜい。今日は俺と一緒だ」
 こっちだと案内されて、車庫へと向かう。配達車には、既に荷物は積んであるようだ。
「ほら、これが配達分の伝票の控えだ」
 ぱさりと手渡される冊子は、さっき皆が捲っていたものとよく似ている。へえ、こんな風になっていたのか。 ぱらぱらと中を見て、そしてその中の一つ、記載された名前に目が止まる。
「今日は少ねえから、ついでに別の奴の担当分の荷物も配達に行くからよ」
「別の担当分の荷物?」


「本田さん家の菊さんに持って行く荷物だぜい」


 示されるままに助手席に乗り込むと、運転席に乗り込んだ店長がエンジンをかける。 それを横目に、ばたんと音を立ててドアを閉めながら。
「俺、なんだかここの皆と、仲良くやっていけそうな気がするんだぞ」
 軽い振動。ははっと軽快な笑い声。
「ほう、そいつぁ頼もしいぜい」
 引き延ばしたシートベルトをかちりと締める。それを確認すると、店長は車を出発させた。




end.




アドリブ劇の傑作「青木さん家の奥さん」のパロ
舞台を意識して会話文にチャレンジしたけど……難しかった
配達員の制服が一番似合うのは、サディクさんだと思う
2013.09.21







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