きらいだいきらい





 襖を開いた途端、台湾はむすっと半眼になった。
 部屋の座卓の前にあるのは、欧米系特有のがっしりした骨格を持つ大きな背中。 この国ではほぼ見ることの叶わない、光に溶け込みそうなプラチナブロンド。 そして、しなやかな筋肉と骨が筋張った太い首筋。
 この純和風の部屋に、浮いているようにも、馴染んでいるようにも見えるそれ。 玄関にやたらと大きなスニーカーがあったから、もしかしてとはと思ったけれど。
 言葉無く目の前の後ろ姿を睨んでいると、動かないこちらの気配に、それがくるりと振り返った。 真っ直ぐと向けられる、特徴的なグラデーションを担った夕日のような紅色の瞳。 長い睫毛がぱちりと瞬く。
「よお、台湾」
 なに突っ立ってんだよ。 座れば? 机の前に置いてある座布団を顎で示すプロイセンに、台湾は顔を顰める。
「……ナンで、プーがいるノヨ」
 不機嫌な声を隠しもしない台湾に、 プロイセンは全く気にした様子も見せず、再び手元の携帯ゲーム機に視線を落とす。
「良いだろ、別に」
 ぴこぴこと器用に指を動かす様をじろりと睨み、室内に入ると、 中央の長方形の座卓、彼の座った隣の辺に、やや力を込めてどすんと腰を落とす。
「プー、日本サンのトコ、入り浸り過ぎネ」
 この所、特にそうだ。最近は遊びに来る度に、いつも先に彼がここに座っているように思う。 しかも、いつも同じ場所。きっと、自分の定位置ような気分でいるのだろう。 だがそこは、彼がいないとき、いつも台湾が座っている場所でもあった。 ちなみに、いつも日本が座る定位置の隣の辺で、微妙に彼に近くて、手を伸ばせば届く場所で、 テレビを付けた時にそっと彼の横顔を伺うのに最も適した特等席でもある。
「それを言うなら、お前もだろ」
 お前こそ、しょっちゅうここに顔出しているじゃねえか。つーか、プー言うな。その響き、誤解を招く。 偉大なるプロイセン様と呼べ。
「私は、当然だヨ」
 何と言っても日本とはお隣同士だし、最近はいろんな面で交流も盛んだ。 周辺国が何かと騒がしい昨今、親しい隣国が話し合いをする事だって多々ある。
「それに今日は、私はお仕事でここに来たもン」
 ちゃんとお仕事を済ませてから、友好を深める為にココに来たのヨ。プーみたいに、暇じゃないネ。 つーんとそっぽを向いての憎まれ口に、おうコラ、プロイセンは上げた顔を顰める。 元より切れ長の目の持ち主だ、そんな顔で凄んで見せると険悪どころか、凶悪ささえ滲み出る。 しかし、台湾は怯まない。ここで怯んでなるものか。
「言うじゃねえか」
「事実だヨ」
 大体、プーは日本サンにくっつき過ぎネ。用事も無いのに日本に来たり、 国同士の関係以上に妙になれなれしかったり、意味もなくやたら構ってきたり、必要以上に密着しようとしてきたり。 健全な国家として、男女なら兎も角、同性ばっかりがイチャイチャするのは、どう考えても非生産である。 そんなの、絶対おかしいヨ。
「男同士でくっついてイイのは、エロ同人の中だけネ」
「エロかよっ」
 思わず声を上げるプロイセンに、台湾は更に腹が立つ。 つまり、既にこの国に置いて一大産業のひとつにさえなっているサブカルチャーに対し、彼は理解が無いのだ。
 流行も、楽しみも、萌えも、価値観も、サークルスペースも共有できない癖に。なんで、なんでこんな奴が。
「んな事言ったら、俺達の存在自体、ある意味非生産だぞ」
 その個性こそは国民を反映しているが、男女の性を有する理由を、誰も正確に答えることなど出来ない。 第一、異性別を持つ国家同士が恋愛に発展したとしても、人間の有するそれとは性質が違うのだ。 更に突っ込んで考えれば、国の象徴が人型を取ること自体に意味が無い。
「でも、ワタシは国として、日本サンとは生産的な関係ネ」
 少なくとも、地理としては隣国である間柄、二国の親密な関係は、疑いようが無く生産的なものだ。 なにかと近隣で問題が発生しているなか、それでも日本と台湾の関係は頗る良好だ。 これが生産的と言わず、なんと言おう。
「もう、国じゃなくなったプーとは違うモン」
 事実、日本自身からも、 「台湾さんがお隣にいて下さって、本当に良かった。爺の心が慰められます」との言葉を貰った位である。 その時は、感極まってつい涙ぐんでしまい、彼に随分心配されてしまったけれど。
 ほーお。半眼でプロイセンは、何処か胡散臭げに見遣る。
「だったらお前は、正式な国だって言えんのかよ」
 ぐ、言葉に詰まる。
「そんな事……プーに言われたくナイヨっ」
 確かに、実質的にはひとつの国家として捉えられてはいるものの、台湾はその立場上、国とは認められていない。 公式な場所では自国の名前すら名乗る事も出来ず、未だ歯痒い立場に甘んじているのが現状だ。
 だけどそんなの、亡国に言われる筋合いはない。 正式に国として認められていなくとも、国として扱われることも多く、 自分もその矜持を持って国際社会に対峙していた。 それに日本だって、当たり前であるかのように、一つの国として扱ってくれているのだ。
 ただ、その指摘は、自分にとっては痛み所であった。言い返せないだけに、辛い。 もしかすると、自分が正式な国と認められないことと同じくらい、 彼にとって亡国と言われるのは痛みを担うことなのかもしれない。
 プロイセンに言われると癪だし、腹が立つけれど。 でもこの部分には、今後触れないようにしよう。台湾は心の中でそう自分に戒めた。





 失礼しますね。小さな一声の後、するりと襖が開いた。 膝をつく家主の登場に、プロイセンと台湾は同時に顔を上げる。
「日本茶ですが、大丈夫でしょうか」
 おう、良いぜ。ウン、日本茶、大好きネ。二人の声が被る。 ちらと互いに視線を合わせるプロイセンと台湾の前に、日本は穏やかな笑みのまま、 黒塗りの盆に乗せた湯呑を、丁寧な手つきでそれぞれの前に置いた。 プロイセンの前には千鳥柄のもの、台湾の前には梅柄のもの。 二人は自分専用の湯呑を、この家に置いている。 食器棚に置かれたプロイセンの湯呑を見つけた台湾が、自分のものもと買って来たのだ。
 品のある扇型の小皿に乗せた和菓子を出す彼に、台湾はびし、とプロイセンを指で示す。
「日本サン、ナンでプーがいるネっ」
 遠い欧州からこの亜細亜まで、わざわざ彼が足を運ぶ理由が判らない。 特に最近は、この家に来たらいつも彼の姿を見ているような気がする。 幾らなんでも、この遭遇率は普通じゃない。
「プロイセン君は、衣替えのお手伝いに来て下さったんですよ」
 ついでに、出しっぱなしだった炬燵布団を仕舞うのも手伝って下さって。今日は随分助かりました。
「そんなの、ワタシが手伝いに来るネ」
 お隣なんだから、一言言ってくれればスグに飛んでくるヨ。 直行便だって増やしたンだから。
「女の子に、そんな事させられませんよ」
 結構な重労働なんですよ。それに、炬燵布団を仕舞う場所は、奥の棚の上なんです。 プロイセン君は背も高くて力もあるので、それに頼らせて頂きました。 穏やかな日本の声に、ケセセと耳障りな笑い声が重なる。
「ま、俺様の手に掛かりゃ、あっという間だからな」
 胸を逸らせるプロイセンに、ええ本当にと日本は頷く。 つーか、なんであんな危なっかしい場所に仕舞おうと思うんだよ。 あそこが丁度良いんですよ。隙間にぴったり収まって。 あれ、取り出すのも大変だろ。冬に出す時には、ちゃんと俺様を呼べよ。 そのやりとりに、むすっと台湾は唇を尖らせた。なんだこの、ナチュラルに次に繋がる会話は。
 この二国に深い関係があることは、台湾も知っている。 鎖国を終え、西洋諸国に対抗できるよう、近代化を目指す日本を指導したのが、当時のプロイセンだ。 幼い小鳥が一番最初に目にしたものを親だと思い込むように、 世界に疎かった日本に、彼の強烈なインプリンティングが刻まれたのであろう。 日本の中には、今でも根深い部分にプロイセンの影響と、そして決して消えない敬意が残っている。
 しょうがないネ。日本サン、素直だし、新しいモノ好きだし、好奇心も強いし、それに結構ミーハーだモン。 一時的とは言えイロイロ教えてくれた人を、無下にできない人だから。 優しくて、律儀で、義理堅くて、真面目で、決して与えて貰った恩義を忘れない人だから。 そんな所も素敵ナンだけど。
「プロイセン君、お饅頭は程々にして下さいよ」
 差し出された和菓子をものの三口でぺろりと平らげた後、 プロイセンは座卓の中央に置かれていた菓子鉢の蓋へと手を伸ばしていた。 あんこが苦手な欧州人が多い中、彼はやたらと饅頭を気に入っている。 それを知っているからなのだろう、日本の家にはいつも饅頭が常備されていた。
「おう、判ってんよ」
 言いながら、プロイセンは小振りの饅頭を一口で頬張る。 なにが判っている、だ。机の上に放られた薄桃色の包装紙を見ながら、台湾は内心で毒づく。 綺麗な和紙で個包装されたそれは、日本でも老舗の店の人気商品だ。 しかも、季節によって餡を微妙に変えた、季節限定のものである。 果たしてスナック菓子の如く無遠慮に頬張る彼が、それを理解できているとは思えない。
 勿体無い。折角の和菓子が、全く以って勿体無い。
「台湾さんは召し上がらないのですか?」
 伺う日本に、はっと台湾は顔を上げた。白餡は苦手だったでしょうか。 眉尻を下げる彼に、慌てて台湾は首を横に振る。そんなこと、ある訳が無い。
「ダッテ、日本サンのお菓子、とってもkawaiiモン」
 見た目もステキだし、形も凝っているし、色も綺麗だし、スグに食べるのが勿体無いヨ。 もうちょっとkawaiiを堪能してから、ゆっくりと味わうネ。
「それに、そのお饅頭のお店も、有名なんでショ?」
 示すのはプロイセンの手元、無造作に包装を開けた二つ目の饅頭。 私、知っているヨ。昔から何代も続いている、すごく古い老舗だって。
「おや、よく御存知ですね」
「ウチでは日本サンとこのグルメ情報、とっても人気ネ」
 その和菓子のお店の事だって、ウチの日本の特集番組で紹介されていたヨ。 旅行のガイドブックにも載っているネ。
「それはそれは」
 えへへとはにかむ台湾に、思わず日本は蕩けるように笑み崩れる。 自分を卑下しがちではあるが、それでも彼は自国文化に誇りを持っている。 褒められたり、感心されたりすると、とても喜んでくれると台湾は知っていた。
 そのほのぼのしい空気を横目に、ふんとプロイセンはわざとらしく鼻を鳴らせた。 面白くなさそうに見遣る視線に、台湾はふふんと勝ち誇ったように唇を吊り上げる。 碌に見もせず三口で食べてしまうような輩に、彼の繊細でさり気ないこだわりが判るもんか。
 突然。机に手を突いたプロイセンが、ずいと身を乗り出した。
 強い目力で正面から射抜かれ、台湾は思わず身を竦める。 彫りの深い欧州系の顔立ちは、こちらに馴染みが薄いだけに、 表情が消えると、何を考えているのか全く読めなくなってしまう。 無言の威圧感に気後れしてしまいそうな自分を叱咤し、負けじと台湾は眉間に力を込めて見返す。 なにヨ、別になにも、変なコトは言ってないデショ。
 ぬっと伸ばされた筋肉質な手に、一瞬びくりと肩を震わした瞬間。
「いっただきー」
「あーっ」
 さっと台湾の前に置かれていた和菓子を手掴みすると、そのままぱくりとかぶりついた。 もっもっと頬張るプロイセンに呆然とし、そして我に帰る。
「プー、なにするネーっ」
 酷いヨ。折角日本サンが用意してくれた、綺麗でkawaii和菓子なのに。
「お前がいつまでも食わねえからだろ」
 何だかんだと言い訳がましい言葉を並べて、本当は食べたくねえお前に代わって食ってやったんだ。 むしろ、美味しく食ってやった、優しい俺様に感謝しやがれ。
「食べたくなかったンじゃないモンっ」
 食べたかったモン。嘘じゃないモン。ゆっくり味わいたかっただけなんだモン。 人聞きの悪いコト言わないでヨ。
「日本サン、プーのいってるコト、違うヨっ」
 私、日本サンのお菓子、大好きだから。本当だヨ。本当なんだから。 必死なあまりに涙目になる台湾に、日本は眉尻を下げて微笑む。
「判っていますよ、台湾さん」
 宥めるように苦笑する彼の表情が、言葉が、まるでどちらにも受け取れるようで、台湾はぶんぶんと首を横に振る。 違う、違うヨ。本当だヨ。こんな誤解は絶対にされたくない。
「プロイセン君、何をするんですか」
 全く以って大人気ない。それに、お行儀が悪いです。
「うるせー。お前も悪いんだよ」
「ナンで、そこで日本サンが悪くなるのヨっ」
 悪いのはそっちダヨ。全部、全部プーが悪いヨ。なんでそこで、人の所為にするネ。 ぽこぽこと頭の上から湯気を出す台湾に、お前は黙っていろとプロイセンは腕を組む。
「日本、こいつを指導したのはお前だよな」
 少し間を開けて、はいと日本は肯定する。二国が深く交わった期間は短い。 それでも、彼女の近代化への礎を教えたのは、間違いなく日本である。
「指導した者の立場から見て、今のこいつをどう思っている」
「どう……とは?」
「国としての、自覚に欠けてるとは思わねえのか」
 他国と対面しても、挨拶も返さず。国力差も弁えずに、あからさまに敵意を剥き出しにして。 これが俺様だから良いものの、他の国相手じゃ、無礼と取られても仕方ねえんじゃねえか。 お前の所のジュキョーだっけ? では、年上に対して敬意を示す事が美徳なんじゃなかったのか。
 それだけじゃない。国と国とは、いつどんな関係になるか判らない。 隣国同士が親しくするのは構わないが、しかし今の亜細亜の情勢上、シビアな一面だって多々ある筈だ。 特に彼女は、本人の意思や自覚に関わらず、あの長老大国の一地方として見なされる立場である。 そんな中、さっきの和菓子で示した如く、下手な油断がどう転ぶか判ったもんじゃない。 俺はお前にそれを指導した筈だ。お前はそれに、深く共感した筈だ。 なのにお前は、こいつにそれをきちんと教えたのか?  大国に飲み込まれたままのこいつの現状は、お前にも一因があるんじゃねえか?  つーか、お前は俺様以外の奴に、あんな顔見せてんじゃねえよ。
 きりりと表情を引き締めたプロイセンの指摘に、日本は姿勢を正して座り直す。
「……仰るとおりです」
 確かに。申し訳なさそうに視線を落とす日本に、驚いたのは台湾だ。
「ナンで? そんな訳ないヨっ」
 今の自分の立場に不本意を感じることこそあるが、しかしそれと日本とはまた別の話だ。
「でも。確かに私は貴方を教育した過去があります」
 短期間であったとはいえ、当時様々な面で必死だったとはいえ、貴方の近代化を指導したのはこの私。 貴方はとても優秀でした。 そんな貴方を、貴方が望む国家へと導けなかったのは、全く以って、師であった私自身の不徳の成す所です。
「弁解もございません、師匠」
 そして、台湾さん。時世が許さなかったとは言え、師である私の力不足、本当に申し訳御座いません。 頭を下げる日本に、慌てて台湾は押し留める。
「やめてヨ、日本サンっ」
 そうじゃない。 確かにこうなってしまったけれど、それが仕方のない、 他に余地のない時流であったのは、台湾自身も良く判っている。 それに、今の自分を決めたのは、自分の上司なのだ。 関係を引き離されることを余儀なくされた日本が、責を背負う謂われは無い。


「日本サンの所為じゃないヨ、悪いのは全部私だヨっ」
「ほーお、自分で認めたか」


 はっと、台湾は顔を上げる。
 視線を向けると、そこにあるのはニヨニヨと、実に、実に腹立たしいしたり顔でこちらを眺めるプロイセン。 悪いのは自分だと認めた言葉を口に、しまったと唇を抑えた。
「悪いのは、全部お前なんだろ」
 自分でそう言ったんだもんな。全部自分が悪いって。 つまり、俺様はなーんにも悪くねえってことだよな。ま、判りゃいいんだよ、判りゃ。
 ひらひらと手を振るプロイセンに、かーっと頭に血が上る。 嵌められた。日本を引き合いに出せばこうなる事を、彼は最初から判っていたのだ。
「ズルいヨ、プーっ」
「バーカ、策士って言え」
 へらりと舌を出す馬鹿面に、ますます気持ちが逆なでさせられる。 なにそれ。なんなの、その訳判んない、上げ足を取るような屁理屈。馬鹿にして、馬鹿にして、馬鹿にして。
「プーなんか、大っ嫌いヨっ」
「おーおー、嫌いで結構」
 ばかばかばかっ。ぽかぽか拳を振り上げる台湾に、プロイセンはケセケセ笑い声を上げる。 餓鬼は直ぐに癇癪起こしやがる。こんなの、痛くも痒くもねーよ。
「ばかーっ」
「台湾さん、落ち着いて下さい」
 ね、机を回り込んだ日本が、宥めるように振り上げる手を抑える。 振り返った台湾は、思わずその胸に顔を埋めてしがみ付いた。 あっ、てめえ。非難の声なぞ知るものか。悪いのは、全部、全部そっちなのに。
 そんな彼女の頭を優しく撫でながら。
「女の子に対して……全くプロイセン君は」
 咎める視線で見遣ると、ふんと腕を組んだ。
「お前、女に甘過ぎ」
 言っとくけどな、女なんて生き物は、男が思っている以上に強く、逞しく、計算高く、そしてえげつない。 三枚ペチコートの頃に嫌という程思い知らされた。 女だからと甘く見てたら、マジ、フライパンで痛い目見るぞ。 つーか、お前は俺以外の奴の頭を、撫でてんじゃねえよ。
「それは、プーの自業自得ネっ」
 フライパンなんて、誰の目から見ても明らかじゃないか。 ハンガリーサンに言い付けるヨ。がばりと顔を上げる台湾に。
「ほらみろ、女ってのはずるいもんだよ」
 自分の手に追えない悟ると、直ぐ人に助けを求める。自分の力で何とかしろっての。 それとも、自分の手を汚したくないってか?
「そんなコトないモンっ」
「しかも、直ぐ感情的になる」
 話も聞かずに、癇癪起こして喚き散らす。で、呆れてこっちが折れるまで、絶対に自分を曲げないのだ。 マジ、始末に負えねえ。
「そんなコトないモンーっ」
「もう、プロイセン君っ」
 意地悪ですよ、そんなふうに言うもんじゃありません。貴方、判って言っているでしょう。
「すいません、台湾さん」
 プロイセン君は、昔からちょっといじめっ子な所があるんですよ。 口が悪いのは昔からなんです。私もよくからかわれました。気にしちゃ駄目ですよ。
 穏やかに背中を宥める日本に、台湾はふるふると首を横に振る。 どうしてプロイセンの口の悪さを、日本が謝るのか。 そう言葉で伝えたいのに、そうするとまたきっと彼は、その事で反射的に謝罪を口にするのだろう。 彼に謝って欲しい訳じゃない。
「お菓子は、また御用意しますから」
 今度はもっと、美味しくて可愛らしいものを探して来ます。 だから機嫌を直して下さい。折角遊びに来て下さったんですから。ね?
 だからと言って、今目の前に全く同じものを出されたとて、この腹立たしい感情が収まる訳じゃない。 涙目で唇を噛み締めて俯く台湾に、うーんと首を傾げて困ったように視線を彷徨わせる。
「なんでしたら……今から買いに行きましょうか?」
 その言葉に、流石に台湾は顔を上げ、慌てて首を横に振った。
「そんなっ。いいヨ、日本サン」
 そんな事をさせたくて怒ったんじゃない。 第一、何故プロイセンのフォローを、彼がしなくちゃいけないのか。
「このお店、実はここからそう遠くないんですよ」
 台湾さんのお陰でしょうかね。最近は観光客にも人気でして、新しくご近所に支店が出来たんです。 今夜の夕食の材料を買い出しに行く予定でしたし、そのついでに寄れるような場所なんですよ。
「そうだ。よろしければ、一緒に行きましょうか」
 出来たばかりの綺麗なお店でして、可愛らしい和菓子とか、ちょっと変わった季節限定品とか、 日持ちのするものも沢山並んでいるんです。 台湾さんでしたら、きっとお気に召すかと。 そこで、お好きなものを選んで下さい。 そうそう、奥には喫茶室もありまして、米粉で作った和風のケーキとか、 この店舗のみのオリジナルメニューもあるんです。 私もまだ利用した事が無かったのですが、二人で一緒に入ってみましょうか。
「行くっ」
 好奇心を煽る説明に引き込まれ、浮上した気持ちで台湾は頷いた。
「へえ、面白そうじゃねえか」
「プロイセン君は、お留守番ですよ」
 師匠は二人分のお菓子を食べて、もうお腹がいっぱいでしょう。私と台湾さんと、二人で行ってきます。 ぴしりと言い切る日本に、台湾はぱあっと笑顔になり、プロイセンはむうっと唇を突き出した。
「こら、てめえ。俺様を仲間外れにすんじゃねえよっ」
「自業自得です」
 なにはともあれ、彼女にと用意したお菓子を食べてしまったのは事実です。 それに流石に食べ過ぎですよ、糖分の取り過ぎは体に良くありませんから。
「行こうっ、日本サン」
 今、行こう。スグ、行こう。 プロイセンがこれ以上食い下がって来ない内に、急かせるように台湾は日本の腕を引いて立ち上がる。 はいはい、笑いながらよいしょと腰を上げ、不満顔のプロイセンを見下ろしながら。
「さつま芋、沢山買ってきますから」
 今夜はてんぷらが食べたいって言っていたでしょう。 プロイセン君の好きなさつま芋のてんぷら、沢山作りますね。 他に、食べたい具はありますか。
「……海老。でっかいやつな」
 ちゃんと買ってくるってんなら、お掃除名人の俺様が風呂掃除しといてやんよ。
「助かります」
 尖らせた唇のままの拗ねたような口ぶりに、くすくす笑って頷く。 どうやら、少々調子に乗り過ぎたとの自覚はあるらしい。
「日本サン、早く早くっ」
 もたもたしていたら、いつ気まぐれなプロイセンの気が変わってしまい、強引に一緒に付いてくるかもしれない。 立ち上がった日本の背後に回ると、ぐいぐいと台湾はその背中を押す。
 大丈夫ですよ、台湾さん。お店は逃げたりしませんから。 穏やかに笑いながら障子を開き、一歩外へ足を出して、行ってきますと言い残す。 軽く手を上げるプロイセンに手を振った所で、台湾はそれを遮る様に、更にその背を押して日本の足を促す。 半開きの襖障子に手をかけて、一度振り返ると。
 だいっきらい。
 唇だけでそう告げて、べえ、と舌を出すと、ぴしゃりと台湾は襖を締めた。





 遠ざかる足音。玄関の締められた気配。 一人残された部屋で、プロイセンは眉間に皺を寄せる。 両手を後ろにつくと、不貞腐れた顔で天井を見上げた。
「……俺様だって、そうだっつーの」
 距離が近くて。同じアジアで。仲が良くて。趣味も近くて。関わりの深い、特別な関係を持っていて。 性別的にも違和感がなくて。並んで立つと、妙にお似合いで。 正式に認められていなくとも、実質的には「国」であって。 自分の気持ちに正直に、ひたすら真っ直ぐにあいつを慕う事が出来て。
 そんな、お前が。
「大っ嫌いだよ」
 思った以上に子供っぽい響きを含んだ自分の声に、誤魔化すようにちぇっと舌打ちをひとつ。 そして、きっちりと締められた襖に向かって、さっきの台湾よりも百倍威力のあるべえ、をやり返した。




end




但しこの二人は、どんなに喧嘩しても「険悪」にはならないと思う
師匠の真のライバルは、眉毛やヒーローではなく、女性陣でしょ
2013.07.22







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