師匠の私と弟子の彼





上司の命令で、弟子をとる事になった。
欧州の先進国たるらしい彼が、何の酔狂でこんな東洋の果てにまでやって来たと言うのだろうか。 甚だ疑問であったのだが、曰く、長生きの秘訣を知りたいらしい。 自覚は無かったが、彼らにすればどうもこちらの年齢は、化石にも等しい長さであるようだ。
貴方はそんなに長生きしたいのですか?問えば、ケセセと耳障りな笑い声を上げて否定する。
俺はいいんだよ、別に。だけど弟には長生きして貰いてえ。何せあいつは、ゲルマン民族の悲願だからな。
何処か達観した物言いに、こちらとしても何を教えて良いのか判らないまま、師匠とやらを引き受けた。


しかしまあ。早々に後悔する羽目になった。
何せこの弟子、口が悪い、態度はでかい、落ち着きが無い、不遜で無礼で偉そうで、しかも何かとやかましい。
せめて師に対して言葉使いだけでも改めるよう説いた所、お前馬鹿かと何故かこちらが呆れられる。
俺達の国じゃ、先生も生徒も対等なんだよ。 大体、教えを請いに来たっつーても、属国になった訳じゃねえ。 それに、今でこそ師弟関係を結んでいるが、いつ敵対するか判らない世の中だ。 いちいち敬語とか礼儀とか考えていたら、情勢が変わった時に対応しきれねえぞ。
成程。言われてみれば、一理あるのかもしれない。
屁理屈に聞こえなくもなかったが、彼なりの持論があるのだろうと、半ば無理やり納得することにした。


とは言え、頭は良いらしい。
飲み込みが早く、勘も良く、頭の回転も早く、こちらの教えを即座に理解する様には、素直に感心する程だ。 しかも、元より勤勉な性分らしく、見えない所での努力を怠らない。 印象に反して真面目であったり、己に厳しく妥協をしない、そして妙に義理堅く、 存外に律儀で、やたらと子供っぽい癖に懐の深さも備え持つ……そんな面は好ましい。
きちんと指導をしてやりたい。正しく伸ばしてやりたい。成長を見守ってやりたい。 己の持つ全てを教えてやりたい。次第に彼に対し、そんな感情を抱くようになる。
不肖の弟子ほど何とやら。 自分にとって彼は、馬鹿で、優秀で、心配で、馬鹿で、危なっかしくて、放っておけなくて、馬鹿で、 しかし何より可愛い、そんな大切な弟子であった。


しかし、最近悩みがある。
一言で言えば、双方の習慣の違いだ。


「バーカ。ハグなんて挨拶だろ、挨拶」
「キスぐれえでうろたえるなよ、変な奴だな」
「なんでそんな離れんだよ、もっと俺様の傍にいやがれ」


どうも彼の国では、こちらに比べると、非常にスキンシップが過多であるらしい。
あまりにも差のある海外の習慣に、戸惑いを口にするけれど。


「こんなの、俺の所では普通だぜ」


至極生真面目な顔で返されるから、そうなのかと受け止めざるを得ない。
だが―――果たして、本当に?
本当に、そうなのだろうか?


「んな顔すんなよ、俺様が撫でてやるぜ」
「疲れたのか?爺だもんな、ほら膝枕してやる」
「仕方ねえだろ、キモノじゃおんぶ出来ねえんだから」
「着替え、手伝ってやんぜ。師匠を手伝うのも弟子の務めだからな」
「風呂で背中を流してやるってのは、こっちじゃ労わりの行為なんだろ?」
「来いよ。眠れねえ師匠に、弟子の俺様が添い寝してやるよ」


疑問詞を浮かべながら、二人で収まる些か窮屈な布団の中。
頭の下、疑問の余地さえ与えぬ自然さで回された腕枕は筋肉質で、しっかりとした力強さを予感させる。 恐らく、この腕で以て力尽くで組み伏せられでもすれば、こちらじゃ太刀打ちできないだろう。
密着した身体の距離は、幾ら彼の国では普通だと言われても、こちらではそうじゃない。 睫毛を震わせる吐息に、伝わる心臓の音に、無意識に身体に力が入るのは仕方無かろう。
それに気付いたのであろうか、彼はその大きな掌で、宥めるようにこちらの背中を撫でた。


「ところでさあ……オシショウサマ」


背中に回されていた手が、腕から肩へと辿った。存外に形の良い指の背が、そっと顎の線をなぞった。
頬に掛かった髪をひと房、戯れのようにくるりと指先に絡めて。


「夜の授業の方は、いつ俺様に教えてくれるんだ?」


障子越しの月明かりが、端正な顔立ちを妖しく引き立たせる。
含みを込めて細まる目は、実に、実に楽しそうであった。




end.




師弟が反対だったら〜ちょっと如何わしいver.
ブログの小ネタのつもりが、長くなったのでこちらに
とりあえず、師匠は逃げた方が良いと思う
2012.08.04







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