ひきこもりとうさぎがパーティを組む回



 よし、これで全部揃ったでしょうか。
 確認の為にいま一度、備え付けの専用メールボックスを開く。薬草、毒消し薬、パワフルドリンク、湿布に携帯用砥石、ケムリ罠、トリモチ弾、その他エトセトラエトセトラ……依頼書と見比べて、漏れがないかを指さししながらチェックした。よし、大丈夫。個数も間違いない。
 今回はちょっと多めだけれど、もしかすると何処かに冒険の最中なのかもしれない。若いっていいですね、物覚えも早いし、チャレンジ精神があるし、何より、バイタリティがあって。親指を立てながら当たり前なんだぞ! と笑顔でウインクする金髪の青年を脳裏に浮かび、くすりと小さく笑み零れる。
 諸々のアイテムを纏めて、唐草模様の風呂敷に丁寧に包み込むと。
「さて、ぽち君」
 名を呼ぶと、もこもこ毛並みの小型犬が、尻尾を振りつつ歩み寄り、足元でちょこんとお行儀良くお座りした。
 見上げる黒く円らな目。良い子ですねえ。ほわほわと小花を散らしながら、その首に荷物の入った風呂敷包みを結びつけた。
「すいません、またお遣いをお願いします」
 前と同じ所なので、間違えることは無いですよね。よしよしとその頭を撫でると、得たりと鼻を鳴らす。家の扉を開けば、賢い忠犬はそのままとことこと外に出て、あっという間に見えなくなってしまった。
 それを見送り、ふうと一息。うーんと伸びをすると、裏手の菜園へと足を向けた。
 先ほどのアイテム製作に使ったので、育てた作物も大分減ってしまった。また耕して、種を植えて、今度は何を植えようか。片手間に作った畑ではあるが、これだけ繁昌に彼からのアイテム製作の依頼が来るのなら、もう少し広めに拡張した方が良いのかも知れない。そうだ、折角だし、家の周りをリフォームしても良いかもしれない。書斎とか、ぽち君の部屋とか、いっそ工房も作ってみようか。
 なんといっても「ファンタリア」は、自由度が高く、なんでも出来る世界だ。
 住民同士でパーティを組んで冒険するもよし、秘境に隠されたアイテムを収集もよし、コロッシアムに出場して最強の戦士を目指すもよし、商売をしてお金を稼ぐも良し。それぞれの職業に合わせたやり方で、それぞれに見合ったペースで、それぞれが堪能できるようになっている。
 バリバリのインドア派、出来る事なら人様との接点は最低限に、鎖国したままの一生を過ごしたい……そんなひきこもり体質の自分にも、楽しむ余地はそれなりに用意されている。この世界の醍醐味を少々外してはいるだろうが、自給自足のここでの生活は、ある意味自分の夢でもあった。
 鍬とスコップは、まだ使えましたよね。一応、予備分を作っておきましょうか。それから、作物の種も仕入れなくちゃ駄目ですね。
 つらつらと考えながら角を折れ、裏手に作ったささやかな家庭菜園が見えた瞬間、目の前の事態に思わず立ち尽くした。
「おやまあ。これは……」
 まず目に入ったのは、家庭菜園仕掛けていた罠に引っかかり、上下逆さに足元から釣り上げられた小さな白い――子供? なのだろうか、これは。逆立てた短く白い髪からは、ぴょこりと特徴のある長い耳が覗き、重力と慣性の法則にしたがってゆらゆらと揺れている。白いマントの隙間から、不機嫌そうな赤い瞳が、同じ視線の高さから半眼でじとりとこちらを睨み付けていた。
「うさぎさんのモンスターなんていらっしゃるのですね」
 初めて見ましたが、なんと愛らしい。
 思わず目をキラキラさせて手を伸ばそうとしたところ、触れる直前逆さうさぎは「ちげえっ」と声を上げた。喋った。びくりと一瞬身を固くする。喋ると言うことは、つまりこれはこの世界の住民と言うことか。うさぎは腕組をして、逆さ吊りにされた体をぐるぐると回転させるままに。
「このトラップは、てめえがしかけたのか」
「ええ、はい」
 この辺りは、レベルの高いモンスターこそいないものの、うっとおしくまとわりついてきたり、集団で活動するような細々とした下級のモンスターが多く出没する。時折家の窓を壊したり、庭の菜園を荒らしたりするので、周囲にトラップを張り巡らせていたのだが、これはとんだ獲物がかかってしまったようだ。
「すいません。冒険者さんのお邪魔をするつもりはなかったのですが」
 罠を外しますから、じっとしていて下さいね。ふわふわしたうさぎ耳の付いた頭を、宥めるように優しく撫でる。その丁寧な手付きに、わざと大仰にふんと鼻を鳴らした。
「……まあ、おれさまもちっとゆだんしてたしな」
 確かに、この森に入ってから、やけに小うるさいモンスターと遭遇が続いていた。危険を感じるレベルではないが、妙な睡眠魔法を使ったり、こちらのアイテムを奪って逃走したり、しかも碌に経験値の足しにもならず、とにかくウザいのである。
 罠が外れると、ころりと小さな体が転がった。ばつが悪そうに起き上がり、ぱんぱんとほこりを払う。やや俯くと、ぴこぴこ動く大きなうさみみがよく見えて、自然口元が綻んでしまう。獣人種族うさぎ属性でしょうか。これは和みます。
「お怪我はありませんか」
「おー」
 元々、動きを止めるだけの簡単なトラップではあるが、なにせ子うさぎさんだ。大事が無くて良かったです。膝を付き、視線を同じ高さにして小さなかんばせを覗き込むと、彼は唇を突き出して、その赤い瞳でじっとりとねめつける。
「むこうのむらで、このもりにがくしゃがいるってきいてきたが。おまえのことか?」
 うーん、と少し考えて。
「それが私を示しているのかは判りませんが。とりあえず私は学者で、ここに住んでいます」
 ただ、元より学者を職業に選ぶ者はかなり少ない。この近辺の村は一つしかなく、そこに最近アイテムを買いに行ったことがあった。その時に覚えられたのかも知れない。
 ふうん。少し考え、まあいいかとしろうさぎは向き直った。重要なのは学者、であっる。誰、は大した問題ではない。
 によ、と何処か強かな笑みを浮かべると、うさぎは腰に手を当てて、実に生意気そうに仁王立つ。
「おい、おまえ」
「はい?」
 さっと手を差し出して。
「おれさまとパーティをくめ」

     ○

 改めまして……と、お互いにプロフィールカードを交し合う。これがこの世界では一般的な挨拶だ。カードに目を通し、おやと目の前の子うさぎとを見比べる。
「聖騎士さん、なのですね」
 おう、どや顔で頷くしろうさぎに、口元が緩むのが止まらない。「かわいいは正義」とは、よくぞ言ったものだ。
 小さな背中には、彼の身長程もある長さの西洋の剣が背負われている。白マントには黒の十字架が縫い取られ、内側にはちゃんと騎士らしい鎧も纏っていた。立派なものである。
 聖騎士は、その名の通り、神聖な力を宿した騎士だ。
 西洋系の剣全般を扱い、身体能力と知謀に長け、その上聖属性の魔法も扱える。基礎能力は高く、しかも万能型故に人気はあるのだが、しかしその分レベル上げが非常に難しい。普通に冒険を積んで経験値を上げるだけではレベルが上がらないと言われており、結局潜在能力を自由に扱えるまでに至らず、途中で挫折する者が多いらしい。
 そんな前知識の元、カードに記載されているそのレベルに思わず二度見してしまった。これは凄いです。ひょっとすると、うさぎの種族は聖騎士に向いているのであろうか。人(?)は見かけによらないと言うが、それはうさぎにも当て嵌まるらしい。
 解りやすく驚きと感心が滲む眼差しに、うさぎはふふんと不敵に唇を吊り上げた。ま、隠していても仕方ねえから、一応お前に教えてやんよ。
「いまのこれは、あくまでもかりのすがた。しんのおれさまじゃねえ」
 仮の姿、ですか。きょとんと見守るその前で、鼻の下を親指で擦ると、飛び上がるような身のこなしで一歩距離を取る。

「きしんのごときけいりゃくでにしのみやこをまもりぬき、そのなをたいりくにとどろかせた、ちぼうとさくりゃくのてんさい」
 ばさりとマントを翻し、背中の刀をすらりと抜く。そして慣れた調子で逆手に握り直し、腰を落としてすちゃっと目の前に構え。
「しろいひかりとしっこくのやみのせいきしとは、おれさまのことだっ」

 謎のポーズできりりと見得を切るうさ耳子供騎士に、たっぷりカウント二十の沈黙の後、漸くはあと間の抜けた声が上がった。
「んだよ。リアクションうすいな」
 もっと俺様に驚けよ。ぷっぷくぷーと唇を尖らせると。
「あ、いえ。すいません」
 でも、凄いですね、そうなのですか。無難そうな言葉を並べているが、とりあえず話を合わせている感、満載である。ジト目で睨み付けると、誤魔化すように曖昧な笑いが返された。
「すいません……あの、どうも世間に疎くて」
「みてえだな」
 思った反応が返ってこない張り合いの無さからか、唇を尖らせながら剣を仕舞い込む。短い手足でちょっともたついている辺りは、ご愛嬌どころか、ご褒美ですね。
「まだ小さいのに、立派なうさぎさんなのですね」
「だから、うさぎじゃねえっ」
 小さくもねえよっ。があっと声を上げて身を乗り出す。感情のままにぺしぺしと腕を上下させているが、うん、かわいいは正義ですね。
「だからこれは、まほうをかけられた、かりのすがたなんだよっ」
「はあ」
「あいつらのせいで、おれさまだけが、こんなすがたになっちまったんだっ」
 そう、あのクエストもそうだった。
 クエストに誘われた時、推奨レベルとの差がかなりあったので、流石にこれは止めた方が良いって言っただろうが。前も無理かと思っていたけど、なんとかクリアできたじゃん……って、あれは俺様の作戦が良い方に転がったからだろうが。ガンガン押し切ったら、意外となんとかなるもんやで……って、それをフォローする俺様の身にもなれって言ってんだろうが。俺は止めとくからとはっきり言ったのに、だからなぜそこで勝手に一緒にエントリーする?
 そして、その結果がこれだ。
「もうあいつらとは、ぜってーパーティなんかくまねえからなっ」
 一連を思い出してか、憤慨したように涙目で鼻息を荒くさせるうさぎに、おやまあと小首を傾ける。
 元々、やけにバランスの悪い組み合わせだったのだ。三人とも戦闘タイプの職業だし、片や力任せに大斧を振り回して仲間に大怪我負わせるような脳筋野郎だし、片や自分は殆ど戦わず最後に美味しいとこだけちゃっかり掻っ攫う計算野郎だし。振り返れば、俺様ばっかり損な役回りしていた気がする。
 だけど、あいつらが一緒に冒険に行こうって、皆で行ったら楽しいからって、俺様の事頼りにしているからって言うからさあ。
 ぐすっと鼻を啜りながらのそれに、言葉を失う。哀愁漂ううさぎさんの背中は小刻みにぷるぷる震えていて、ごめんなさい、お気の毒にとは思いつつ、ものすごくかわいいですね。
「もとにもどるには、としょかんをしらべるのがはええとおもってよ」
 こんな魔法など聞いたことが無く、勿論解く方法も検討が付かない。果たしてどれぐらい続くものなのか、または時間の経緯で勝手に消え去るものなのか、それさえも解らない。なので街にある図書館を調べれば、元に戻る方法が分かるかもしれないと考えたのだ。
 但しそれには、「学者」と言う職業を持つ者が必要となる。
「そのお姿でも、充分素敵ですよ」
 そんなに悲観されなくても。ふわふわだし、もふもふだし、ぷにぷにだし、とっても可愛いし、とっても魅力的ですよ。
「い、や、だ」
 歯を剥いて、きっぱりと否定する。
 こんなの、小鳥のようにカッコ良い俺様じゃねえ。あいつらには散々笑い飛ばされるし、子ウサギ扱いされるし、からかわれるし。第一この姿じゃ、折角俺様が編み出した必殺技が決まらねえ。
 これは、由々しき非常事態、この世界で生活する聖騎士としての俺様の死活問題なのだ。
 下唇を噛み締めながらの訴え、そのなんと悲壮な事よ。そしてファンシーな事よ。きっとその友人たちは、からかっているのではなく、惜しんでいるのではなかろうか。てか、必殺技? なにそれ、ちょっと見てみたい。
「だから、おまえのちからをかしてくれ」
 お前のことは、出来うる限り、俺様が守ってやる。だから、俺様の力になって欲しいんだ。やけに漢前な台詞ときりりと見上げる紅い瞳に、思わず胸がきゅんとなる。だけど……。
「私、この森から殆ど出たことがありません」
「おう」
「冒険とか、クエストとかの経験はありませんし」
「おう」
「プロフィールカードでお判りの通り、レベルももの凄く低いし」
「そうだな」
「恐らく、貴方の足手まといになってしまいます」
 碌に戦えないし、力も無いし、特殊能力もありませんし。この世界のルールや常識にも疎くて、きっと呆れられてしまうかも知れません。
「そんな私でも……貴方の力になれますか?」
 こくりと頷くと、うさぎは小さな手を差し出した。
「おまえのちからがひつようなんだ」
 真剣な眼差しににこりと笑い、頷く。解りました。差し出された小さな手を握りしめる。
「では、よろしくお願いします」
「パーティ、せいりつだな」
 ファンファーレが鳴った。契約成立。
 ささやかな冒険の始まりである。





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