「ほら、これだぞ」
絶対、絶対、間違えるでねえぞ。
きりっと睨みつけるような目で覗き込まれ、手渡されたのは細長いリーフレット。
とある化粧品メーカーのそれを開くと、お目当ての商品には、 ご丁寧にくるりと赤い丸印が書き込まれてあった。





チチが言うには、「クリスマスコフレ」というらしいそれは、この季節のみの数量限定販売される、 化粧品のセットらしい。
普段彼女がお気に入りで使っている化粧品に、 このキットでのみでしか購入できない、限定カラーが登場するようだ。チチは、 どうしてもそれが欲しいと主張している。
だが数量限定の人気商品、 しかもあれこれとおまけの商品が付属しつつ、お得な価格でセットになったコフレである。 当然ながら、チチと同じ考えを持つ世の女性は多いもの。予約をうっかり忘れたのが運のツキ。 既に予約分は全て終了、残りは当日店頭販売のみになってしまった。
しかも、 タイミングが悪い事は重なるもので、その日に限ってチチは海外へ出張の予定があり、 仕事を休むことも出来ない。
なので、悟空に白羽の矢が当たった訳である。





「…って言われてもなあ」
大体、指定されたデパート。しかもコスメフロアなんて、 チチに付き合って付いて来た時こそあれ、一人で足を踏み入れるなんて初めての経験である。
途方に暮れつつ、華やかな店内をぐるりと見回す。場所が場所だけに、 当然ながら男性客は悟空一人。
参ったよなあ。かしかし頭を掻きながら、悟空ははあ、 と溜息をつく。
それでも、頼まれて承知したのは自分だし。あれだけ欲しがっていた物だし。 第一、あれだけしっかり念を押されたのだ。その上で、 結局手に入れられなかった…なんてチチに言ったその直後の反応は、 考えるだけでも恐ろしい。
まあ、とりあえず。要は、指定されたものを買えば良いんだ。
そう納得し、子供のお使いよろしく、指示されたコスメカウンターへ、 右往左往しつつも足を向けた。





「はい、こちらでございますね」
赤丸のついたリーフレットを差し出した悟空に、 美容部員は愛嬌のある笑顔で、目的のキットをカウンターに乗せた。 ちなみにチチの話では、この店員は時折人が変わったように、粗暴になるとは聞いていたが、 どうやら今日は違うらしい。
「今日は、彼女のお使いですか?」
にこやかに尋ねられ、 いやあと頭を掻くと、くすくす笑いながらも、彼女は困ったように小首を傾げた。
「いかがしましょうか…このセットのこちらの商品ですが、お客様のご希望の色を、 選んで頂くことになっているんですよ」
話を聞くと。 このキットの一つに含まれているアイシャドウ、 複数ある色からどれか一つを選択するようになっているらしい。
「どの色が良いか、 お伺いしていましたか?」
「いやあ…」
そう言えば、何も聞いていなかった。
恐らくチチも忘れていたのだろう、そんな話はちっとも言っていなかった。
「そっかあー、参ったなあ…」
携帯電話で聞こうかとも思ったが、出張先は海外である。 残念ながら、気軽に電話で聞ける状態ではない。
困り果てる悟空に、店員は。
「…じゃあ、こちらの中からどうですか?」
複数あった候補の中、示したのは三色。 話を聞くとこの三つは、今回のキットのみ販売される、特別限定色であるらしい。成る程。 どうせなら、普段では購入できないものを選べば良いのかと納得する。
まずは選択肢は狭まったものの。さて、この中からどれを選んでよいのやら。
眉間に皺を寄せて、真剣な顔で考え込む悟空に、いつも彼女が使っている色は?好きな色は? 彼女は色白?普段どんな洋服を着ている?店員が助け舟を出す。
そうは言われても、 イマイチはっきり答えられない悟空が、決断した言葉は。





「お客様は、彼女にどんな色のイメージがありますか?」
「彼女にどんなお色が似合うと思いますか?」





「あー…そういえば、そうだったべ」
小さなレストランで、二人向かい合わせ。 テーブルの上に出張のお土産を並べつつ、チチは瞬きしながら大きく頷く。
けろりとしたその言葉に、悟空はちぇっと唇を尖らせた。
「おら、すっげえ困ったんだぞ」
その言い方が子供じみていて、思わずチチは吹き出してしまう。
「すまなかったな」
あははと笑いながら謝るが、それがちっとも悪びれていないから、悟空はむすっと頬杖をついて、 そっぽを向いてしまった。
「おらがどうしても欲しかったのは、別のものだったからなあ」
最大の目的は、キットに入っていた、エッセンシャルオイルとフェイスパウダーだったから。 実はそれ以外にはとりたてて興味がなく、別に何でも良かったのだ。
「なんだよそれ」
折角一生懸命選んだのに。それじゃあ、尚の事、悪いじゃねえか。
むすっとしたまま、 悟空はややぞんざいにテーブルの上に戦利品を乗せる。 今回のキット専用に作られた可愛らしい紙袋に、チチは嬉しそうに破願した。
「ごめんごめん、悟空さ」
でも、本当にありがとな。
満面の笑みでコフレを受け取るチチに、むっつりしながらも、 まあこんなに喜んでもらえるならば…と、ひとまず気持ちが慰められる。 きらきらした目で紙袋を覗き込む様子は、何だかこちらまでうきうき気分が伝わってきそうだ。
「…で、悟空さは、おらに何色を選んでくれたんだ?」
ちらりと悪戯っぽい視線に、 軽く睨み返し。
「文句言うなよ」
今、何でも良いって、言ったんだからな。
「それは、 どうだかなー」
何てったって、悟空さが抱いている、おらのイメージカラーらしいから。 それは乙女心としても、やっぱり重要且つ、大問題なトコロだろう。
「あ、これだな」
優雅な曲線のコンパクトを、ゆっくりと袋の中から取り出して。
ふむと眺めて、ぱくんと開く。





さて、その色は合格?




end.




イメージは、結局見送ったアユーラの10thコフレ
去年はゲランとルナソルとBOKを買いました
2006.10.30







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