ありったけの優しさと、想いをこめて。




花束をきみに





救急車が到着すると、院内はにわかに騒がしくなった。
幼稚園のスクールバスと、トラックが接触事故を起こしたらしい。手のあるドクターと ナースは、速やかに自分の取るべき行動へ移る。
「クリリン君、他病棟の 手隙のドクター、呼んできて!」
整形外科担当であり、この病院の副院長でもあるブルマが、 傍にいた外科担当のドクターに声をかける。
「判りました」





お見舞いですか。
アレンジしたのは、綺麗なピンクの花を中心に取り入れた、可愛らしい花束。
角を曲がればすぐ大きな大学付属病院があるので、 ここのフラワーショップで、見舞い用の花束を購入する客は多かった。
「うーん、まあ、そんなもんかな」
きっとこれは、女性への贈り物なのだだろう。





幼馴染だった。
彼の両親は、小さい頃に事故で他界している。だから、祖父が彼の保護者であった。
彼女の母親も同じく、病気で早くに亡くしている。そんな家庭の事情から、彼女は幼い頃から、 家事の切り盛りをこなしていた。
しっかり者で世話好きの彼女と、 マイペースでとぼけたような彼。傍で見ていると妙にアンバランスにも思えるが、 二人は案外上手くかみ合っていた。
家もすぐ傍だったし、何より彼の祖父と彼女の父が、同じ拳法の道場に通っている。 だから自然に、付き合いも家族ぐるみにものとなっていて。
「二人とも、仲が良いのう」
子供のときから、そういわれることも多かった。
「おめえ達、おっきくなったら結婚すっか?」
冗談めかした彼女の父親の言葉に。
「ケッコンって、何だ?」
「夫婦になって、ずーっと一緒にいることだ」
フウフというのは よく判らないが、彼女とずーっと一緒にいることに対して、彼には笑って頷いた。
勝手な事決めるなと彼女は怒っていたが。
でも、それでも。
「おら、ずっとおめえの面倒見なくちゃなんねえのか?」
諦めに似たような声を上げながら、 ころころと笑い声を上げていた。





店を出ると、ぽつぽつと雨が降り出してきたところだった。 店員が傘を貸そうかと申し出るが、すぐそこまでだからと辞退する。
「サンキュー」
降り出した雨の中、店員から受け取った 花束を庇いながら走った。





大きな弁当箱を手渡され、彼は嬉しそうに笑った。
「サンキュー」
小学校までは給食があったが、中学からは弁当持参になる。 祖父との二人暮しの彼の家では、当然弁当など誰も作らない。 見かねた幼馴染が、毎朝二人分作って手渡してくれるようになったのは、入学して 間もなくの事だった。
「食ったら、ちゃんと弁当箱、返すだぞ」
「毎朝、悪ぃな」
にこにこ笑う彼に、彼女は困ったように笑う。
「別にええだよ」
自分の分を作る、ついでのようなものだし。
「そういえばおっとうが、またじいちゃんと飯食いに来いって、言ってただ」
「判った。じっちゃんと、またそっちに行くさ」
家も近いし、男やもめだし。 おまけに彼女の作る料理は、やたらと美味い。だからという訳でもないのだが、週に一度は こうして祖父と二人、彼は彼女の家に遊びに行く。
こんなところはもう、 半ば親戚のような関係に、近いのかもしれない。





仕事の合間にも、出来うる限り病室へ訪問していた。でも今日は、一日ずっと一緒に いれるから。
大きな花束を大切に 両手で抱え、目的の病室へと向かった。





高校も、同じ所へ通った。別に、申し合わせた訳ではない。 本当に偶然だった。
彼は素直に喜んだ。
どうせ弁当が目的だろう。彼女は 睨んで、それでもちゃんと、毎朝二人分の弁当を作る。中学のときと変わらず。高校には、 学生食堂があるにもかかわらず。
「なあ、付き合ってるわけ、お前達」
だから考えてみれば、そんなクラスメートの質問も、 不思議じゃないのかもしれない。
「…いや、別にそんなんじゃねえけど…」
二人の関係は、幼馴染だった。
近所に住んで、 保護者同士が仲良くて、時々家族ぐるみで家にも夕食をご馳走になりに行って。 試験勉強で判らない事があったら一緒に勉強したり、彼女の帰りが遅くなったら 迎えに行ったりもしてるけど。
やはり二人は幼馴染で。
それ以上の何かがあるわけでは決してなかった。
「じゃあ今度さ、紹介してくれよ」
なんでも、彼女を狙う男子生徒は、案外いるらしい。 驚く彼に。
「なんで?彼女、すげえ可愛いじゃん」
そうなのか?
彼は人の美醜に疎い。だからクラスメートにそう言われるまで、彼女の容姿を 意識した事はなかった。





すれ違った顔馴染みの看護婦に、声をかけられた。
綺麗な花束ですね。きっと喜ばれますよ。
「そっかな」
そう言われ、本当に嬉しそうに笑った。





彼の祖父が亡くなった。
体の調子が悪い日が二、三日続き、心配に思って病院へ行ったら、 そのまま即入院が決定。半月後にはあっけなく、他界してしまった。
葬儀が 全くわからない彼に代わって、彼女の父が殆んどを仕切ってくれた。
一切が終わって、全てが片付けられ。
妙なほどがらんとした応接間。 一人座り込む彼の背に。
「疲れたろ。腹が減ったと思ってよ」
ぱちりと電気がつけられて、いつの間にやら暗くなっていた室内に、光が生まれる。
疲れたのは彼女もそうだろう。 親戚のもういないこの家の、ほんとの親戚以上にいろいろと手伝ってくれていた。
「おめえ、全然、泣かなかったな」
彼女は家から持ってきた煮物や、 おむすびをテーブルに乗せた。
「忙しかったもんなー、 そんな暇無かったか」
彼女は彼の前に回りこみ、膝をつく。
そして手を伸ばし、俯く 彼の頭をそっと撫でた。
「もう…泣いたっていいんだぞ?」
「…じっちゃんが」
下を向いたまま、ぽつりと呟く。
「じっちゃんが…男はめそめそするんじゃないって、 いつもおらに言ってた…」
そっか。あのじいさんが言いそうなことだな。 彼女は唇だけで、柔らかく笑う。
「じゃあ、じいちゃんには黙っててやるから」
彼の頭を、胸にもたれかからせるように、抱き寄せた。
「おらとおめえの、二人だけの秘密にしてやっから」
だから泣いてもいいんだぞ。
暫しの間。
しっかりした腕が、ひどく弱々しく彼女の腰に回される。
微かに震える彼の背中を、 彼女はずっとずっと、慈しむように撫でていた。





「よお、調子はどうだ?」
病室に入ると、ほら、とベットの住民に、 何処かしら自慢げに花束を見せる。
「ちゃんとおら、覚えてたんだぞ」





「これ」
不機嫌そうに、彼女は一通の手紙を渡した。綺麗な薄いピンク色の 封筒には、女の子らしい可愛い字で、隅っこに名前が書かれてある。
「何だこれ」
「ラブレター」
きっぱりと答え、彼女はつんとそっぽを向いた。
何でも、あまり話もしなかったようなクラスメートから、彼に 渡してほしいと頼まれたらしい。
「なんでおらがこんなこと…」
ぶつぶつと彼女は 唇を尖らせる。膨らんだほっぺたに、彼はにっと笑った。
「妬いてんのか?」
かちんと彼女は振り返った。
「だーっれが、 おめえなんかにやきもち妬くだよっ」
唾を飛ばさん限りに苦ったらしく吐き捨てられ、流石に怯んでしまう。
「告白すんなら、直接自分でしろって思っただけだ。利用されてるみたいで、 腹が立っただけだっ」
べっと舌を出し、ぷいっと背中を向けると、ずんずんと歩いてゆく。
「なあ、聞けよ」
「返事だったら、おらを挟まず、直接 自分で言ってけれ」
「待てって」
彼女の肘を掴む。
「おめえさ、これ、おらに 渡すのってどう思った?」
訝しそうに、彼女は片眉を吊り上げて、彼を振り返った。
そんな彼女を、彼はにこにこと、だけど真剣な目で見つめる。
「おめえから、誰かの書いたラブレター受けとんのって、おら、結構傷つくんだぞ」
きょとん、と彼女は目を丸くした。
「おめえさ、おらのこと、どう思ってる?」
その言葉に、彼女は大きな目を、更に大きくした。
「おらは、おめえが誰かから ラブレター貰うのって、すげえ嫌だ」
彼は笑みを消し、真摯な瞳で彼女を見つめる。
「おら以外の、誰かのものになるの、絶対嫌だ」
ぽかんと口を開けて、呆けたまま 言葉も無い彼女に、彼は照れくさげに笑った。





花瓶に活けた花を、ベットのサイドテーブルに置く。他愛も無いことを話しながら、 ベットの端に腰を下ろして。
そして仕事柄にしては無骨なその指で、 頬にかかるその長い黒髪を、丁寧に撫で付けてやった。





補習授業の終わった、遅くて暗くなった帰り道。近所に住む彼が彼女を 家まで送って帰るのは、既に決まり事のようになっていた。
彼は既にスポーツ推薦の話が決定している。 補習など必要ないものに思われるのだが、短期大学を受験する彼女が受けると言うと、 当然のように彼も受講した。
「やっぱりおめえ、あそこに決めたんだなあ」
「ああ。あっこの大学だったら、途中で学部変更もできるみてえだし」
ぷっと彼女は吹き出した。
「学部変更って、おめえ、医者にでもなる気か?」
彼の行く大学は、付属病院もある、医学部が有名な大学だった。
「スポーツ推薦ったって、いつスポーツできねえ 身体になるか、わかんねえからな」
だから学部変更可能の大学に決めたのだ。 案外ちゃんと、考えているようである。
しかし。
「スポーツできねえって…」
「いつ事故とか、病気で身体を壊すか、判んねえだろ」
じいちゃんだって、あんなに元気だったのに、あっという間に死んじまった。
その呟きに、 彼女は眉をひそめる。縁起でもない事を言う。
「…おら、この年で、おめえの介護なんてしたくねえぞ」
ぽろっと本音が垣間見えるような、 一足飛んだ彼女の言葉に、彼は明るく笑った。
「してくれんのか?動けねえ身体になったら、 おらの世話」
悪戯っ子のようなその目に、べっと舌を出す。
「冗談じゃねえ」
彼女は呆れたように、それでもくすぐったそうに肩を竦めた。
「…まあでも、おらの誕生日を覚えられるようだったら、考えてやってもいいかな」
「ほんとか?」
笑顔で覗き込む彼が、あまりにもあけすけで。 彼女は気恥ずかしく、頬を赤くして 顔を背けた。
「考えてやっても!だからな」
「約束だぞ、それ」
彼は笑って念を押した。
でも、どうして誕生日なのだろう。





「大丈夫」
元気付けるように声をかけ、その小さな白い手を取って、包み込むように握り締める。
「おらが絶対、おめえを治してやっからな」





「…あれ?」
冬の寒い日の帰り道。白い息を吐きながら、 彼はコートのポケットの中を探り、声を上げた。
「どしただ?」
「おら、教室に手袋忘れちまったみてえだ」
振り返ればまだ校門が見える位置で、立ち止まる。
「悪ぃ。ちっと待っててくれねえか?」
走って取ってくっから。
信号も丁度変わったところだし。さっさと彼は、横断歩道を渡ってしまった。
それを何となく微笑みながら見送り、コートのポケットに手を突っ込んで、「あ」と 彼女は気がついた。
ポケットから手を出すと、そこには彼の手袋。そうか、 そういえば今朝、寒そうだからって貸してくれて、そのまますっかり忘れていたのだ。
「嫌だなあ」
慌てて彼を呼ぶのだが、 どうやら声は届かないようで。
だからその背中を追いかけようと、彼女は横断歩道を渡った。
それは信号が、点滅から赤に変わった直後。
彼の背中を見つめる彼女は、 その時周囲に気を配る事を すっかり忘れていて。角を曲がったばかりの乗用車は、急いでいたのか 信号を見切っていて。アクセルを強く踏んだまま、減速する事はなくて。
何の気なしに、彼が彼女の方を振り返った瞬間でもあった。
耳につんざくブレーキ音。
続いて鈍い衝撃音。
一瞬の出来事は、全てスローモーションに、 網膜に焼きつく。
そして。


そして彼は、彼女の名前を叫んで、走った。


































「おらな、結婚するなら、誕生日がいいな」
「何で?」
「おめえ、忘れっぽいからな。これだったら、両方、憶えてもらえるだろ?」


































「なあ、チチ」
彼は彼女の名前を呼ぶ。
何度も何度も、ありったけの優しさを滲ませて。
「おら、忘れてなかっただろ?」
寄せた肩を抱きしめる力を込めて、 こつんと額を合わせた。
「だから、早く目ぇ覚ましてくれよ?」
そして一緒に、 もう一つの記念日を重ねよう。
そのまましっかりと胸に抱き寄せ、彼女のぬくもりを確かめるように、 目を閉じた。



















某大学付属病院、脳外科病棟の一角。この辺りは、主に事故などで脳に障害が出たり、 脳死状態のまま目を覚まさない 入院患者の病室が多かった。
「あれえ?」
一室から 出てくるその姿に、クリリンは素っ頓狂な声を上げた。その声に気がつき、よお、と片手を上げる 彼に、そのまま走り寄る。
「悟空、お前、今日は非番じゃなかったのか?」
「ん?へへへ」
曖昧に笑う様子に、 クリリンははたと、今しがた出てきた病室に気がついた。
「…そっか、今日は彼女の誕生日 だったよな」
悟空は毎年、この日だけは忘れない。
わざわざ休みを入れ、 勤務先の病院に入院させた彼女のもとに、大きな花束を届けにやってくる。 そして日頃忙しくて会えない時間を埋めるように、一日彼女の傍にいるのだ。
少し笑ったその顔が、妙に寂しげに見えて。 クリリンは何処か辛く、眉を寄せた。
「…何か、騒がしいな」
向こうの病棟の 騒がしさが、こちらまで伝わっている。
そうだ、とクリリンは顔を上げた。
「事故があったんだ、幼稚園のスクールバスの」
手隙のドクターを探していて。
その言葉に、悟空は一瞬に 顔を引き締める。
「判った。おらもすぐ行く」
「すまん、頼む」
今しがた出てきた病室を、一度振り返り。
脳外科担当の医師である悟空は、ざわめく救急病棟へと走った。





ありったけの優しさと、想いをこめて。
いつか来る、未来の記念日の為に。
花束をきみに贈ろう。




end.




2222カウントHIT、ひぐまどさまよりのリクエスト。

題して『結婚記念日』
悟空はそんな毎回覚えているはずも無いと思いますが・・・
悟空もふっと思いつき、内緒でチチのために何かをしてあげる。
みたいなほのぼのストーリーなんかいいかな〜と思いました。

(メールより抜粋)


…はい、ほのぼのではございません。
むしろ痛いです(滝汗)。
いえ、あの、リク内容を外すのが、当方のポリシー!
というわけでは、決してないのですが、
何だかすんごい空振り状態…。
記念すべき2002年最初のキリ番で、
せっかく素敵なリクを下さったのに。
す、すいません。ひぐまどさま。書き逃げしますっ。(泣)
2002.01.17







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