それはとある物語
<後編>





武闘大会当日。





沢山の出場者がいる中、武闘大会の予選は行われました。 とりあえず姫も、腕慣らしに予選に出場し、 難なく出場権を手に入れました。
八人の強者が残り、後は公開武闘場で、決戦が行われます。 姫はその中の優勝者と、対決する事になりました。本来なら、一般参加者と 同じ待遇で対戦するつもりでありましたが、王にどうしてもと泣きつかれて断念したのです。
「ったく、おっとうは大袈裟だなあ」
姫は休憩室で一人、休憩しています。
武術を始めたのは、あの時のあの彼に少しでも近づきたかったから。
姫にとって、 あの男の子は初恋の人だったのです。 姫が自分より強い相手でなければ結婚しないといったのは、強かった あの少年の面影を追っていたからなのでしょう。
しばらくそうしていると。
突然、わあ、と武闘会場の方で、ものすごい 歓声が沸き立ちました。
近くを通った係の者に尋ねた所。
「どうやら一人、とてつもなく 強い青年がいるらしい」
とのことです。
会場がこれほどまでに 沸き立つともなると、その者、大した腕利きなのでしょう。
優勝候補になりそうだし、 一応顔でも見ておくか。姫は軽い気持ちで休憩室を出て、父のいるテラスへと向かいました。
「おお、チチ。おめえも見てみろ。あの選手、えれえ強えぞ」
しかもその形は、どうも 王の兄弟子のものに、酷似しているらしいのです。
どれどれ、と姫は王の指差す方へ 視線を向け。
そして驚いて、目を見開きました。





武闘大会最終決戦。
姫は公開武闘会場に姿を現しました。
最後は、今大会の 優勝者と、姫との対戦なのです。優勝したのは、やはり、あの青年。
ただ彼は、 これが単なる武闘大会と思っていたらしく、最後に現れた姫の姿に、びっくりしていました。
「最後の対戦相手って、おめえのことかあ?」
大観衆の中、きょとんとした目で 姫を見つめます。
そして。
「…あれ?おめえ、どっかで会ったことねえか」
ぴきっと、姫の 顔が引きつりました。
「おめえ、孫悟空だろ?」
「あ?ああ」
出場受付の際、名前を 提示したので、名前を知られててもおかしくありません。
姫は一目見て、すぐに判りました。だってあれからずっとずっと、 忘れずに彼のことを憶えていたのですから。
ぐっと姫は拳を握って睨み据えますが、彼の方は、 彼女が何をそんなに怒っているのか判りません。
「あのさあ、おめえ…」
開戦の銅鑼が鳴りました。
姫は空かさず間合いを詰めます。次々に繰り出される拳を、しかし彼は危なげなく 避けました。やはり大会の優勝者。流石の姫も、どうやら彼には実力が及びません。
「おめえ…やっぱりおらと会ったことあるだろ」
緊張感のない声で問い掛けます。まるで相手にされていないような呑気な様子に、 姫はますます腹が立ちました。
「おらに勝てたら教えてやるだよっ」
吐き捨てる言葉に。
「…よし、判った」
にこっと笑うその顔は、 あの時と変わりがありません。きっと彼は、あの頃と同じまま、そのまんま大きく なったのでしょう。
彼は勢いをつけて振り下ろされる姫の手首を、動きに添うようにひょいと掴み、 そのままぐいっと引き寄せました。 いきなりバランスが崩れた所、彼は素早い身のこなしでその背後に回りこみます。
華奢な腰を掴まれ、持ち上げられたと思った瞬間。
「…あ、れ?」
すとん、と姫は、 武舞台の段上から、下ろされました。
頭に血が上っていたので、舞台のぎりぎり端っこまで 来ていた事を、姫はすっかり失念していました。
今大会のルールにおいて、勝敗は、 選手自身が負けを認めた場合、 戦闘不能とみなされた場合、舞台上から落ちた場合、とされています。
そのあまりにあっけない勝敗の結果に、観客は勿論、姫もただ呆然とするばかりで。
ただ 一人、彼だけがにこにこと笑ってこちらを見ていました。
「おら、勝っちゃったぞ」
しゃがみこみ、舞台上から姫を見下ろしています。
そして
「おめえ、もしかしてチチか?」
じっと覗き込む澄んだ目。
彼は、チチを覚えていたのです。
「…んだ」
何となく、決まり悪げにそっぽを向いて、姫は答えました。
「やっぱりそっかー。随分変わっちまったなあ」
言いながら、骨の太い大きな手を 伸ばしました。チチの手首を取ると、舞台の上に引っ張り上げます。
(…あの時と、同じだな)
初めて彼に出会ったときも、こうして手を引っ張って 立ち上がらせてくれました。 幼い頃と同じ感覚に、チチは瞬きしました。
「…おめえは、あんまし変わってねえな」
「そっか?」
見た目はすっかり変わってしまったけれど、仕草も笑顔も人懐っこい目も、 中身はあの頃と同じままだと姫は思いました。
「なして、あれから来てくれなかっただ?」
俯き、涙を抑えて尋ねます。
「おら…待ってたのに」
「うーん、これでもいろいろあってさあ」
へへへと彼は笑います。大会で優勝を逃した後、新たに修行をしなおしたり、 死んだ祖父の形見を探して回ったり、悪い奴に命を狙われたり、彼は彼なりに 大変だったのです。
「でもさ、この国にくるたびに、おら、おめえを探したんだぞ」
彼が知っていたのは、「チチ」という名前だけ。この名前で探せば、すぐに見つかるとは 言っていても。沢山の人の住む城下町で、 名前だけで人を探すのは、とても大変な事です。
確かにこの国の姫君の名前も チチですが、流石にまさか一国の姫君だとは思いませんでした。
でも、と青年は、姫の手を取ります。
「良かったな、また会えて」
子供のように無邪気な笑顔に、姫はやっと笑顔を見せました。





「お〜い、チチ〜」
テラスで大会の成り行きを見ていた王様が、 慌てたように舞台上へやってきます。この国の王様はとても庶民的で、 こんな行いも、今更誰も驚きません。
はあはあと息を切らして、 王様は二人の前に立ちました。
「おめえにちっと聞きてえことが、あんだけんどよ」
青年の顔をまじまじと見つめます。
「参加者名簿を見たけんど、おめえの名前、孫悟空って言うんだべ?」
「ああ、そうだ」
「おらの兄弟子の名前が、孫悟飯っつーだけんど…」
きょとんと青年は目を丸くしました。
「孫悟飯は、おらのじっちゃんだ」
あんれまー。王はたいそう驚きました。
そういえば、王の兄弟子は、小さな子供を拾って育てていると言っていた記憶があります。
「そっかー、おめえがそうかー」
王は大層喜びました。
「おめえなら、チチの婿殿に 大歓迎だー。こいつはめでてえなぁ」
「ムコドノ?」
彼はこの大会が、 姫の婿選びのためのものだとは、全く知りませんでした。 たまたまこの国に来て、チチを探していたら武闘大会をしていたので、 神様のもとでの修行の成果を試すために、出場したに過ぎません。
それでも。


「…ま、いっかあ」


どうやらこの青年は、あまりものを深く考えない性質のようでした。





その後、青年は姫と結婚して、二人の子供を儲けることになります。
桁外れに強かったこの青年は、後々幾度となくこの世界の危機を救う、最強の勇者となります。
王様としては少々不向きな性格ではありましたが、後に二人の間に生まれた 長男が立派に国を引き継ぎ、王国はとても繁栄しました。




さて、物語の締めくくり。





「二人は末永く、幸せに暮らしたということです」




end.




個人的に、天下一武闘会での再会のシーンでは、
あんな形ででもチチさんに、拳はふるって欲しくなかったです。
このレベル希望。夢見すぎ。
2001.12.15







back