ANGELIC TONE
<26>





女王就任式当日。
聖地は華やかなお祭りムードに満ちていた。
それもそうだろう、 今回の女王交代は、随分久しいものである。新たに誕生する宇宙の女王を祝おうと、 聖地は大変な賑わいを見せていた。





「さっきもね、花火が上がっていたよ」
王宮の廊下を渡りながら、 正装に身支度を整えた緑の守護聖普賢は、隣に並ぶ水の守護聖竜吉公主に説明した。
「それがさあ、太乙が売った花火らしいんだけど」
すっごく可笑しくてさ、その花火。
「あやつらしいのう」
笑い声を響かせながら、二人は王宮の控えの間に入る。そこには既に、 他の守護聖や教官ら、メンバーが揃っていた。
「あれ。なんだ、太乙もいるんだ」
「まあね」
折角のあの子の晴れ舞台だし。これでも、私だって一応関係者の一人だからね。
「なあ親父、お袋は来てるさ?」
「ああ。今朝早く、聖地に着いてな」
「父様、 後で焼きそば買ってね」
「異母姉様、お加減は大丈夫ですか」
「そう、心配するでないよ」
各々の会話がささめく中。闇の守護聖玉鼎は、 部屋の隅にぽつりと佇む、蒼い姿に目を細めた。
「楊ぜん」
名を呼ばれ、 感性の教官は顔を上げた。歩み寄ってくる己の師を前に、ゆったりと一礼する。
「式典を終えると、すぐ聖地を出ると聞いたが」
「…はい」
既に、 身の回りの整理は終えている。この就任式を終えると、その足で聖地を発つ予定だ。
「そうか…残念だな」
「師匠の期待に添うことが出来なくて、申し訳ありません」
丁寧なそれに、玉鼎は苦笑しながら首を横に振る。残念だと言ったのは、そんな意味ではない。
「この聖地で、一緒に職務に就けなくなるのが、少し寂しいだけだよ」
今までのように、 簡単に顔を合わせる事も出来なくなるからね。
闇の守護聖玉鼎は、 守護聖に決定してから聖地に赴くまで、若干のブランク期間があった。 理由は就任の話が申し出された時、彼にはまだ歳若い弟子が居たからである。 彼が成人するまで待って欲しいという希求があった為、特例として、 闇の守護聖が聖地に不在の時期があったのだ。
弟子が成人し、聖地に赴いた後、 その弟子に感性の教官の話が持ち上がった時、玉鼎は酷く喜んでくれた。 楊ぜん自身に、女王試験への興味は皆無であった。しかし聖地には尊敬する師が居るし、 自分の親代わりになってくれた人への恩返しにでも、期待に応える事が出来れば、 と教官の任を承知する事を決めたのだ。
「…すいません」
「誤る事は無い」
それが自分で決めた事ならば、師であろうと父親であろうと、口を挟む事ではないのだから。
「楊ぜん」
「はい」
「お前は、私の自慢の弟子だよ」
もう、 私の期待には十二分に応えてくれている。だから。
「お前は、自分の為に、 自分の道を選びなさい」
私の期待や、他への配慮の為に生きるのではなく。
「お前が幸せになることが、私の幸せに繋がるのだよ」
「…師匠」
きっと。
この地を離れてしまえば、二度と再開することは無くなってしまうだろう。 聖地は一般の宇宙とは違い、時間の流れさえ隔たれた空間に存在する。 余程の何かが無い限り、再開できる可能性は限りなく低いだろう。これは、 師として、父親としての最後の言葉なのだろう。
はい、と言ってしまえば良いのに。 しかし今の楊ぜんに、頷く事は出来なかった。その代わり、自嘲するように笑う。
「何だか…師匠の前に居ると、僕はいつまで経っても子供みたいですね」
ふっと、玉鼎は穏やかな笑みを浮かべた。
当然だろう。親にとって自分の子供は、 どんなに大人になっても、年老いても、いつまでも子供に代わりは無いのだから。
やがて。
小さな音を立て扉が開き、守護聖筆頭聞仲と、王立研究院責任者、 周公旦が姿を現した。これで、メンバー全員が集まった事になる。
一同が揃った事を確認すると、聞仲は手短に最期の連絡を皆に伝えた。慣れた調子で、 質問やその他の受け答えを終えると、一度ぐるりと皆を見る。
そして。


「では。就任式の間へ向かおうか」
























就任式の間の来賓席には、既に人が集まっていた。
来賓とは言っても、 この大広間に入場できる者は、ごくごく限られている。 その殆どが、今回の女王試験に何らかの形で関係した者、 もしくは守護聖や教官が招待した身内や家族であった。とは言えそれさえも、 二階の酷く離れた位置に席が設けられていた。
ざわめく大広間の声は、 守護聖や教官の入室で、更に声が大きくなる。
一番奥にあるのは女王陛下の玉座。 その玉座へと続く真紅のカーペットの両脇に、守護聖と教官は並んで決められた位置についた。
それに合わせる様に、ざわめきがゆっくりと波を引いていく。


間も無く、就任式が始まる。


「ところで、聞仲くん」
今日は又、一段と派手な衣装を身にまとった品性の教官は、 大輪の百合の花を背中に、やたらと大袈裟な仕草で聞仲に声をかける。 いささかうんざりした視線を向ける聞仲に。
「今日の戴冠式だが、及ばずながら、 僕もサポートさせていただいたよ」
その言葉の意味を、噛み締めるように一拍置いて。 ぎょっと聞仲は顔を上げて振り向いた。
「何だとっ?」
貴様。 要らん真似はするなと、あれほど釘を刺しておいただろう。
「華やかなセレモニーには、 矢張りそれなりの演出も必要だよ」
さあ、始まるよ。君も、素晴らしい僕の演出を、 愉しんでくれたまえ。
「貴様っ」
そう叫んで品性の教官の胸倉を掴んだ瞬間、 大広間の照明が、何の前触れも無く一斉に落とされた。



















しんと静まり返った大広間。
荘厳な音楽が、何処からとも無く流れてきた。 小さかったそれは、次第にどんどんとボリュームを上げてくる。そして、 一際華やかなファンファーレが鳴り響いた瞬間、幾本ものスポットライトが、 目まぐるしく闇を切り裂いた。
その光の線で初めて、 大広間一杯にスモークがたっぷり焚かれていた事に気がつく。 スモークに縁取られたカラフルな光のラインは、あちらこちらを縦横無尽に照らし出す。 今や腹の底に響くほどの大音量になったBGMとスポットライトが、何やら場内に、 奇妙な期待感を醸し出していた。
それが、不意に、ぴたりと同時に止まった。
そして。
クライマックスとも思える、壮大なファンファーレと共に、 宙を舞っていたスポットライトが一点を集中させる。それを見た瞬間、 守護聖筆頭は顔を引きつらせた。
何処から釣らされているのか、高い大広間の天井の中央、 金銀に光り輝く、見事なまでにゴージャスなゴンドラが浮かんでいた。
そしてその上。華やかなゴンドラに決して引けを取る事のない、 とてつもなく派手な衣装を身にまとった女王陛下が、両手を大きく広げ、 お色気三割増のお得意セクシーポーズで、眩いスポットライトを一身に浴びていた。
七色に光るラメの入った薄布が、ふんわりと均一の取れた体を包み込み、 後ろに背負った孔雀の羽のような飾りがひらひらと揺れている。その華やかさは、 ライトとの相乗効果で目に痛いほどであった。端に居た王立研究員の周公旦は、 今回の衣装代と演出に掛かった過剰な出費を思い、老けた柳眉に深い皺を刻んだ。
ゴンドラは、上空で優雅に揺らめきながらゆっくりと場内を一周する。 無数のスポットライトを一身に受けた女王陛下は、歓声を上げる来賓一同に手を振り、 ウインクをして、そりゃもうサービスたっぷりに応える。更に、片手の扇を振り仰ぐと、 金銀の紙ふぶきが天井から散らされる芸の細かさだ。
「す、すげえ演出だなあ」
素直に感嘆する武成王の隣、趙公明は満足げに、はっはっはと笑った。
「お色直しは、合計八回の予定だよ」
ちなみにこの衣装と演出のテーマは、 題して「麗しのクイーンオブシャングリラ」。彼女の華やかさと光り輝く宇宙の誕生を、 雄大且つゴージャスに表してみたつもりなんだが。
きゅるきゅるとゴンドラが地上に下りると、 何処からともなく現れた見目良いタキシード姿の青年二人が、女王妲己を間に挟むように現れた。 優雅な仕草で女王陛下の手を取ると、中央にある女王の座の前までスマートにエスコートをする。
一同に背を向けたまま、玉座の前でぴたりと女王陛下がポーズを取ると、両脇に立っていた彼らは、 肩に掛かっていた薄布に手をかけた。そしてドレスの裾を翻すように振り替えると同時、 ばさりとそれを左右から引き剥がす。
おおーっと、場内から声が上がった。
中から現れたのは、デコルテの広く開いた真紅のドレス。
どうやら先の衣装は、 仕掛けドレスであったらしい。金のラメが豪華に織り込まれたセクシーなそれは、 女王妲己の見事なプロポーションを、素晴らしく強調していた。
「なかなか見事な演出だろう。ちなみにこれは…」
「説明はいい」
これ以上、私を苛立たされるな。趙公明の言葉を遮り、聞仲は痛むこめかみを抑えて俯いた。





「あはん。太公望ちゃーん」
玉座に腰を下ろした女王陛下が、ぱちんと指を鳴らせる。 すると、正面口に一筋のスポットライトが差し込まれた。 小刻みなドラムの音と共に、ゆっくりと閉じられていた扉が、左右に大きく開かれる。
そこに、新たな女王陛下となる太公望が、ちょこんと立っていた。
じゃじゃーん、と派手な効果音楽に、太公望はびくっとうろたえる。
「な、何なのだ。この戴冠式は」
歴代の女王陛下達は、本当に毎回、 こんな戴冠式を行っていたのか?
「さあ、こっちにいらっしゃーいん」
ひらひらと手を振る現女王陛下に誘われ、ゆっくりと太公望大広間へと足を踏み込んだ。
女王の玉座までのその左右には、今までこの女王試験を支えた守護聖と教官が、 厳粛な面持ちで軽く頭を垂れて控えていた。その間を、次期女王候補は、 真っ直ぐ前を見詰めて歩く。
今まで聖地で共に過ごしてきた、守護聖と教官。 それぞれの前を通る時、それぞれの思い出が、脳裏を過ぎった。
眠ってばかりだったが、何かと役立つ情報を教えてくれた、夢の守護聖、 太上老君。まるで実の姉のように優しかった、水の守護聖、竜吉公主。懐が深く、 いつも熱心に教授してくれた、精神の教官、武成王。何も判らなかった当初から、 親友のように接してくれた、緑の守護聖、普賢真人。
そして。
さらりと流れた蒼い髪が、太公望の目の端に留まった。
皆と同じく頭を垂れたその姿勢は、 表情を伺うことが出来ない。太公望は歩調を緩める事も無く、速めることも無く、 正面を見据えたまま、その前を通り過ぎた。


玉座の真正面、足を止める。


「太公望ちゃん。女王試験、よく頑張ったわねん」
試験は、ぶっちぎりで貴方の勝利よん。
妲己は優雅に立ち上がると、己の頭に掲げていたティアラを、両手でゆっくりと外した。
「これを頭に乗せた瞬間から、太公望ちゃんは新しい宇宙の女王陛下になるのよん」
華奢な作りの豪華な王冠。それを譲り受ける為に、この聖地に赴き、この女王試験を受けたのだ。 その願いが叶う、まさに夢の瞬間である。


でも、今。
自分は何を、こんなにも苛立っているのだろう。


「さあ。わらわがこの王冠を、太公望ちゃんの頭に乗せてあげるわん」
そこに、 跪きなさいん。
玉座へ続く階段の一番下。示されるままに、太公望は膝をついて、 頭を下げた。それを見て、妲己は階段を降り、次期女王陛下の前に立った。
繊細な細工を施された、輝くティアラはこの宇宙の女王である証。それを一度、高く掲げる。
そして、誰にも聞こえない、二人の間だけのささやかな声。
「太公望ちゃん、 本当にそれで良いのん?」
答えはない。
妲己は微かに目を細め、そして小さくくすりと笑うと、 ゆっくりとその王冠を太公望の頭へと下ろしていった。
ゆっくりとゆっくりと、 スローモーションのようにじれったい程の速度。小さな頭の上へ、女王の王冠が下ろされて。


そして、その頭上に王冠が乗せられる寸前。
がしっ、と小さな手が、細くしなやかな手首を掴んだ。


一瞬、宮殿内にいた全員が、何があったのか理解出来ずに目を見張る。





あらん。
長い睫をぱしぱし瞬きさせる女王の腕の下、太公望は女王陛下の手を握り締めたまま、 ぽつりと呟く。
「…ムカツクのう」
ムカツク。本当に腹が立つ。
「あはん。太公望ちゃん、どうしたのん?」
驚いたように首を傾げて見せるが、 その声は何処か落ち着いていた。
「このままじゃ、収まらんのだ」
とにかく、 腹が立って仕方ない。これじゃあおちおち、女王就任も出来やしないじゃないか。
「少しだけ、待っておれ」
返事を待たず、掲げられていたティアラをむんずと掴むと、 太公望はすっくと立ち上がった。そして陛下に背を向けると、ざわめき始めた大広間を、 ぐるりと振り返る。
そしてつかつかと、怒りさえ感じる勇み足で、 もと来た道を引き返した。
守護聖筆頭の前を抜け、王立研究院責任者の前を通り。


立ち止まったのは、感性の守護聖、楊ぜんの目の前。


しん、と驚きに静まり返る広間の中。
じろりと睨み付ける大きな瞳は、 まっすぐに楊ぜんを映し出している。そんな太公望を、楊ぜんは眩しそうに見つめ、 きゅっと唇を噛み締めて視線を落とした。
ふう、と呼吸を一つ。
「おぬし、わしに聞きたい事は無いのか」
視線さえ合わせず、 感性の守護聖は俯いたまま、反応を返さない。
この、意気地なしめ。 太公望は、片目を細めて腕を組んだ。
「無いのかっ?」
念を押す彼に、漸く顔を上げた。泣き出しそうな瞳の彼は、辛そうに首を振る。 小柄な女王候補を見下ろすと、改めて儀礼通りに丁寧に頭を下げた。
「新女王陛下のこの度の就任、誠に喜ばしく思っております。今回より、 感性の教官として女王選出の試験に参加させて頂けた事は、私としても非常に光栄であり、 とても有意義で素晴らしい、貴重な経験となり―――」
型通りの祝辞が終わる前に、 太公望は手にあったティアラを、ぺいっと楊ぜんに叩き付けた。
女王の証であるティアラの乱暴な扱いに、一同はぎょっとする。只一人、 叩きつけられた楊ぜんだけは、ぽかんと太公望を見つめた。
「おぬしなあ…」
最後の最後まで、全く腹の立つ奴だ。そんな事を言っているのではないぐらい、 判っている筈だろうが。
「取られたくない、と言ったではないか」
「えっ?」
「おぬし。わしを誰にも取られたくはないと、言ったであろうっ」
新しい宇宙なんかに取られたくないと、言ったくせに。
「言いました。でも…」
もう、単なる女王候補と教官ではない。あの時とは立場が違うのだ。
言葉を詰まらせる楊ぜんに、太公望は微かに眉根を寄せて、視線を足下に落とす。
「それとも…単なる戯れの一つだったのか」
聖地という隔離されたこの地、 この限られた期間。退屈を紛らわせるのに、丁度良い相手とでも思ったのか。 適当に相手をして、恋愛ゲームを愉しむには、確かにもってこいの存在か。
しかも、女王になった暁には、何の後腐れもなく別れる事が出来るのだから。 これほど都合の良い相手もいないだろうに。
「違うっ、僕はそんな―――」
「じゃあ、どうして、おぬしはわしの話を聞こうとしないのだっ?」
昨日。
ちゃんと、おぬしに自分の気持ちを伝えておきたかった。それなのに、 聞こうともしなかったじゃないか。顔を合わせようとしなかったじゃないか。
「結局、わしの言葉なんか、おぬしにとってはどうでも良かったのだな」
一人で悩んで、一生懸命考えたのに。
「…わし一人…馬鹿みたいだ」
ぽつりとした声。
楊ぜんは辛く眉根を寄せ、絞り出すように声を発する。
「だって…聞いてしまえば、もう戻れなくなるじゃないですか」
例えばそれが、拒絶の言葉であったなら。無かった事として、聞かなかった事として、 これ以上傷つかなくて済む。
そして万が一、それが望んだものであったなら。 きっともう、矜持も立場も職務も責任も、何もかもをかなぐり捨てて。
「…僕はもう、貴方を離せなくなってしまいます」


だあほが。
消え入りそうな声で、ぽつりと呟く。





「わしはもう…戻れなくなっておるのだ」





「…師叔」
呆然とした声でその名を紡ぎ、俯く顔をそっと伺う。 その表情を確認する事はできなかったが、覗いた小さな耳朶は真っ赤に染まっていた。
「では、教えて頂けますか」
僕に伝えたかったと言う、貴方の本当の気持ちを。
優しく、それでも切羽詰ったような声。俯いたまま、落ち着かせるように軽く肩を上下させると、 一歩、二歩と歩み寄り、ぎゅっと楊ぜんの服の裾を引っ張った。





ここまで言ったのだ。
「感性を教える教官ならば、それぐらい察しろっ」
この、馬鹿楊ぜん。
もたれるように、小さな頭をそっと寄せた。









「太公望師叔っ」
感極まったように、強引な力で楊ぜんは太公望の腕を引き寄せた。 その反動で軽く反り返る華奢な体を抱きしめ、上向いた顎に手を添えると、 そのまま唇を重ねる。
(そ、そこまでしろとは、言っておらんーーーっ)
しかも長いし。









やっと。
やっと深い唇が離れた時、既に太公望の息は、すっかり上がってしまっていた。 いきなりなそれに怒鳴りつけてやろうかと睨み上げるのだが、うっとりとした楊ぜんの顔に、 その気も削げてしまう。
「好きです、貴方を心から愛しています」
逞しい腕にしっかりと抱きしめられると、今更ながらに、気恥ずかしさが込み上げてきた。
「女王妲己」
良く通る声が、部屋中に響き渡る。妲己は、あはん、と声を上げた。
「この人は誰にも渡しません。たとえ新宇宙であろうとも、女王陛下、貴方であろうとも」
「あらん。太公望ちゃんは、もう新しい女王になると、決まっているのよん」
正しく今、この就任式で。
「わらわはこの宇宙の全てよん。 わらわの決定は、絶対だわん」
それを逆らうと言うのなら、今この瞬間より、 楊ぜんは次期女王を誑かした不埒者として、全宇宙から追われる犯罪者になってしまう。
「ならば、どこまでもこの人を連れて、宇宙の果てまでも逃げて、そして」
そして。
「二人で幸せになります」
蕩けそうな笑顔で、腕の中にいる人を伺った。
「一緒に…来て下さいますよね」
良いですね?
確信した質問に、 うう、と太公望は唸った。
「は、恥かしいから…」
早く連れて行ってくれ。
可愛らしいその様子に、楊ぜんは感極まったように、ちゅと額にキスをする。
そして。
「行きましょう、太公望師叔」
しっかりと手を握ると、玉座に座る女王に背中を向け、 二人は駆け出した。





「ご主人っ」
「すまぬ、スープー」
「楊ぜんっ」
「師匠、すいませんっ」





でも、二人はこれを選んだから。





手を繋いだまま、振り切るように大広間を飛び出す二人の後姿。
それを見送り、頃合いを計って、 妲己は爪の整った指をぱちんと鳴らす。
勢いのまま王宮を飛び出した二人の背後で、 宮殿に設置されている祝いの鐘が、計算したようなベストタイミングで高らかな音を奏でた。



















ざわめく王宮、大広間。
「それにしても、あんたもよくやるぜ」
全く。 傍らに控えていた王天君が、こっそりと声をかけ、呆れたように溜息をついた。
「ま、これで今回も、あんたの思い通りに事が進んだ訳か」
ちっと、ひやひやしたけどな。血の気の悪い色の唇を歪ませてにやりと笑うと、 妲己はあはんと笑って肩を竦める。
女王候補の発見は、同時に女王交代をも意味する。 しかし妲己は試験の度に、女王候補が自らその資格の辞退を促すよう、 霊獣である王天君に指示をしていた。
女王妲己の願いは、この宇宙の支配者になる事。 この宇宙の、真の意味で太母になる事である。現状況が変化する事は、 彼女にとって好ましい事ではない。
「あらん。わらわは、 太公望ちゃんが本気で女王就任を希望すれば、交代するつもりだったわん」
くすくすと笑う、その笑顔の底は伺えないが。
「でも、太公望ちゃんは自分で、 女王の座よりも楊ぜんちゃんを選んだのよん」
それに、きっと。 宇宙の女王になるよりも、こうした方があの二人も幸せになれるでしょおん。
「で、いっつもオレが悪者になるんだよな」
あーあ、やってらんねえぜ、全くよお。 うんざりとした溜息をつく王天君に、妲己はくすくす笑った。
「そんな事ないわよん」
坊やは影の功労者だものん。
「全てが丸く収まったのは、王天君ちゃんのお陰よん」
きっと楊ぜんちゃんも太公望ちゃんも、王天君ちゃんに感謝こそすれ、恨んでなんかいないわん。


放り出されたままだった、ティアラ。
足下まで転がってきていたその女王陛下の象徴を、 貴媚が手に取った。ぴこぴこと足音を鳴らせながら、それを妲己の前まで持って来る。
「はい、姉さまっ☆」
「ありがとう、貴媚ん」
妲己は、差し出された王冠を手に取った。 そして、にっこりともう一人の女王候補に微笑む。
「貴媚はどう?女王陛下になりたいかしらん」
尋ねられ、うーんと貴媚は首を傾げ、 そしてにこっと笑う。
「貴媚、良く判んないっ☆」
「あはん、馬鹿な子ねえん」
「だって貴媚、スープーちゃんのお嫁さんになりっ☆」
だから、女王陛下にはなれない。 笑顔一杯で言い切る義理の妹の頭を撫で、妲己は自ら女王の王冠を、頭上に掲げた。
そして、大広間に佇む全員に、声を上げる。
「さあ。就任式は出来なくなったけれど、 これから先は、わらわの女王復帰式よーん」
わらわは何事も、ド派手な事が好きなのん。 式は今まで以上に、華やかに続行しましょうねえん。
何処から取り出したのか、 「祝・女王復帰」と書かれたたすきを斜めがけ、セクシーポーズで声高らかに宣言した。














「こんな就任式、前代未聞です…」
王立研究院責任者でもあり、 女王試験の一抹の記録係でもある周公旦は、老け顔を厳しくしかめて、 長い溜息をついた。
全く。過去に色んな女王や女王候補はいたが、 まさか就任式の最中に逃亡だなんて。こめかみを抑える王立研究院責任者に、 女王妲己はくすくすと笑った。
「今回も、ちゃんと記録として残さなくちゃ駄目よねん」
あはん、たいへーん。お気楽な言葉に、周公旦はもう一つ重たい溜息が漏れる。
「しかし、何と記せば良いのでしょうか」
そうねん。
「物語の最後は、 いつも決まっているものだわん」
決まっている?不思議そうに伺う周公旦に、 女王は色気たっぷりにウインクをして見せた。





そう、物語の最後はいつも決まっている。









「愛する二人は、末永く、幸せに暮らすものなのよん」
























かくして、女王試験は終了した。





その後、再び女王試験が開催されたか。
姿を消した女王候補と教官の二人が、どうなったのか。














それはまた、別の物語。
















Happy end.




こんなに長いお話を書いたのは
生まれて初めての経験でした
のんびりペースに長々とお付き合い下さって
本当に、本当にありがとうございました
2004.01.17







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