いちばんそばに





電話が鳴った。
「はい、もしもし…」
玄関先の廊下。うむ、うむ、と電話先に話しながら、 太公望は壁に背をもたれかけ、 そのままずるずると座り込んだ。
その横。
いつの間にやらやってきた同居人は、 太公望の話が長くなりそうだと思ったのか、ならって隣りに座り込む。
肩を触れ合わせてくる彼に、ちらりと 一度視線を向けるが、すぐに太公望は、電話の向こうの相手に意識を集中した。
無視する態度に、気を悪くした様子はないのだが。
しばしその横顔を見つめる。ことんと太公望の肩にあごを乗せる。やがて、体をもたれ かけさせてくる。
その重みに、むー、と太公望は彼を睨んだ。 ごく、ごく間近で視線が合う。
彼はにこりと笑った。
その背中の翼が、ぱさりと震える。





「さて、買い物に行くか」
すっかり日も暮れた頃。ダッフルコートを手に、 リビングでくつろぐ彼に声をかける。
彼が来てからまず変わったのが、食生活だ。
今まで一人のときは、 特に食事に気をかけることなど無かった。腹が減ったらそこら辺にあるものを食べるし、 食べ物が無くなったら、適当にコンビニで出来合いやスナックを調達するのが常だった。
だが、流石に彼にも、同じ食生活をさせるわけには行かない。(つまり、 あまりよろしい食習慣ではないと、自覚はあったのだ)
彼の背中についている白い翼。何故だかはわからないが、 不思議な事に、これは日中のみ姿を現す。
流石にこの翼をつけた姿では、近所のスーパーにつれてゆくのには抵抗がある。 ゆえに、外出はどうしても夜にならざるをえない。
別に一人で出かけても構わないのだが、 彼は一人でいることを、極端なほどに嫌がるのだ。
同じ家の中にいても、殆んど 太公望から離れない。必ずといっていいほど、同じ部屋か、さもなくば目の届く場所にいるのだ。
一人で出かけようとすると、紫の目を悲しそうに曇らせ、太公望の手を取って 離さない。そんなふうに見つめられると、どうにもこちらが悪い事でもしているようで。
どうも太公望は、彼のそんな目に弱いようだった。





「あーもー。ったく、いねーのかよ」
悪態をついて、 玄関先の扉をつま先でげしげしと蹴飛ばした。 チャイムを押しても返ってこない返事に、苛々したように親指の爪をかじる。
ここから見える限り、部屋の電気はついていないようだし、こりゃ 本当に出かけているのかもしれない。
折角わざわざやってきたのに、この仕打ちはなかろうに。 ちっと舌打ちをして、肩にかけてあった ベースギターを背負いなおし、回れ右をしかけたところ。
「…あれ、おぬし…」
あちらから、買い物袋を手に下げて、小走りで駆け寄ってくる太公望の 姿に、ほっと息をついた。
「王天君ではないか」
「てめえ、こんな時間に何処行ってたんだよ」
真っ先に出た悪態に、むっと唇を 尖らせる。
「おぬしこそ、来るなら来ると連絡ぐらいよこさんか」
言いながらポケットを探り、鍵を取り出すと、とりあえず中へと招き入れた。
「あのなあ、昼間に電話したんだぜ、オレはよお」
だが、何回コールしても、話し中で合ったらしい。そういえば、仕事の話で 長電話をしていたなあ。
「大体、こんな時間に買い物行くんなら、昼間のうちに 行けっつーの」
「何を言うか。こんな時間だからこそ、安売りしていたりするのだぞ」
「そんな事より、聞きてえことがあんだけどよ」
「なんじゃ?」
「なんなんだよ、こいつはよお」
くい、と王天君の後ろから、さも当たり前のように一緒に家に入ってくる蒼い髪の彼を、 立てた親指で示した。





「こやつは同居人じゃ」
「同居人だあ?」
リビングのローテーブルの上、ビールのつまみを 乗せながら、あっさり紹介する。
王天君は、太公望の従兄弟に当たった。一応ミュージシャンとして、生計を立てている。
「おい、オレは知らねえぞ」
「当然じゃ、言っておらなんだからのう」
第一、おぬしはレコーディングで、ロンドンに行っておったではないか。 一度も連絡も寄越さずにのう。拗ねたように、ぶつぶつと太公望は文句をいう。
ちらりと王天君は、隣で手伝う彼を、胡散臭げに見やった。彼はその視線を、 そ知らぬようにうけ流している。どうにもすかした奴だ。ふん、と王天君は鼻を鳴らした。
「で、何者なんだよ、一体」
さあ、と肩をすくめた。そしてにやりと笑う。
「良くはわからんが…もしかすると、天使かもしれぬのう」
はあ?と間の抜けた声を上げた王天君に、ずいっと顔を寄せて、指を突き出した。 聞いて驚け。
「実はのう、陽の出ている時にはなんと。こやつの背中には翼が現れるのだ」


…間。


「あーそりゃすげえ。確かに天使かもなー」
視線を遠くに向けて、そのまんま棒読み。
「おぬし、わしを信じておらぬであろう」
はいはい。信じりゃいいんだろ、信じりゃ。 王天君は宥めるように、ひらひらと手を振った。
「むかつくのう」
のう、と傍らの彼に同意を求める。彼は一度太公望を見つめ、そして王天君を 見る。じっと探るように、しばし見つめた後。
表情も変えず、ぷいと彼は視線をそらせた。
「…って、何だぁ?その態度はよぉ」
「おぬし、天使に嫌われたようだのう」
にょほほ〜と笑う太公望に、ちっと舌打ちをした。





食べ物をテーブルの上に、一通り、並べ終えると、やっとビールのプルトップを開けた。
「で、ロンドンはどうであった?」
「別にどうってことねえなあ…ま、 刺激にゃあなったけどよ」
「そうか」
アルコールを交えながら、 王天君と太公望は、久しぶりの逢瀬に会話を弾ませる。 同い年で、絵画と音楽と分野こそ違えど、アーティストの道を歩んでいる二人だ。 子供のときから、親戚内でも、特に仲が良かった。
笑い声が上がる会話の中、
「それにしてもよお…」
ちらりと王天君は太公望を見た。
「オレは、どうもそっちが妙に気になんだけどよ…」
太公望の背後、青い髪の彼は、太公望を背後から抱きしめるようにして座っている。 華奢な腰に手をまわし、肩口に顔を埋め、時々注意を引くかのように頬擦りしてくるのだ。
むー、と太公望は、肩越しに彼を見上げた。
「普段はここまでせぬのだがなあ」
じゃあ、その普段レベルは何処までなんだよ。心のツッコミは、 とりあえず胸の内に収めておく。
「人見知りしておるのかものう」
なでなでと彼の頭を撫でてやった。彼は目を細めて笑う。太公望の視線がこちらに向けられるのが、 堪らなく嬉しいようだ。
「案外、おぬしが怖いのかものう」
にやりと意地の悪い笑みを浮かべる太公望に、それは違うだろうと思った。 王天君は、時折こちらに向けられる、敵意にも似た彼の視線に気がついている。
これは怖がっているというより、むしろ。
むしろ…あれだな。
まあ、とにかく。なんにせよ、こんなふうに目の前で平気でいちゃつかれたんじゃ、 見てる方はたまったもんじゃない。
「勘弁してくれよ…」
「む?何か言ったか」
「…なんでもねえよ」
判っているんだろうか、こいつは。昔から頭は切れるのに、妙な所で鈍かったからなあ。
「で、今日は泊まってゆくのか?」
王天君がこんな遅い時間までいるときは、大抵そのまま 一泊するのが常だった。
「ばーか、帰るよ。おまえんとこ、客用の布団、 一組しかねえだろうが」
ああ、と太公望は首を振った。どうやらその一組を、 彼が使っていると思っているらしい。
「布団なら大丈夫だぞ。こやつはいつも、わしのベットに 潜り込むのでな」
ぶっと王天君は、飲みかけたビールを吹き出した。
「汚いのう」
そばにあったティッシュ箱を、ぽんと放り投げる。
「潜り込むって…おいおいおい」
「変な想像するでない。文字通りの意味じゃ」
そうは言われても、目の前の二人の様子を見れば、想像するなという方が無理であろうに。
あーあ、こりゃ駄目だな。
王天君は半ば哀れに、半ば面白そうに、太公望を見た。 そういえば、こいつは昔から押しに弱い所が合ったよなあ。 この調子じゃあ、もう時間の問題か。
はいはいどうも、ご愁傷様。





結局、終電に間に合うであろう時間、王天君は家を出ることにした。 それを玄関先まで出て、見送る。
「気をつけてな」
酒も入っておるのだから。
「ああ」
ポケットに手を突っ込み、 太公望と対峙する。その後ろには、寄り添うように彼も立っていた。
ふん、と 王天君は、可笑しそうに鼻で笑う。
「また、遊びに来てくれ」
「その内、な」
じゃあ、と振り返りかけ、ふと思い出したように向き直った。
「…なあ、そうだ」
ちょいちょいと、太公望を招きよせる。
「なんじゃ?」
無防備に歩み寄る太公望に、空かさず肩を掴み、そのまま顔を引き寄せた。
唇が重なる、と思った瞬間。
ぐいっと彼が、背後から太公望の腰を抱き、王天君から些か乱暴に 引き離した。状況がよく判っていないのは、太公望ただ一人。
「な、なんじゃ」
大きな目を瞬きさせて、王天君と、自分を背後から庇うように抱きしめる彼とを見比べた。 怒ったような彼の目が、きっと王天君を睨み据えている。
ぷっと、王天君は吹き出した。そしてさも可笑しそうに、くっくっとお腹を 抑えて笑いをかみ殺そうとする。
「ははは、っかしいの。おめえら」
ばーか。
笑いながらそう言い残すと、王天君はくるりと背を向け、 おざなりに片手を上げて見せると、そのまま行ってしまった。
「なんなのだ、一体…」
きょとんと太公望は、その後ろ姿を見送った。





突然。ひょい、と体が浮き上がる。
「なっ…おいこら」
背後から抱き上げられる形で、 太公望はそのまま彼に家の中まで連れ込まれる。ぱたんと戸口を閉めると、 やっと彼は太公望を開放した。
「こら、おぬし」
いきなり、なんじゃ。 眉をひそめ、彼を見上げた。
だが、酷く真剣な目で覗き込む彼の目に、気圧されてしまう。
「なんだ、おぬし… 王天君が気に入らんのか?」
悪い奴ではないのだがのう。まあ、 少々誤解はされやすいのだが。
ぶつぶつと呟く、小さな唇。
そっと 彼は、長い指でそれをなぞった。
驚き、 無意識に身を引いたが、とん、と背中を壁に阻まれた。
「さっきのか?ふざけただけで、何もされておらぬわ」
彼は片手を壁につき、太公望を 囲い込む。
上から覗き込み、悲しそうな目で見下ろされると、はあ、と太公望は息をついた。 だからこやつのこんな目には、どうにも弱いのだというのに。
「だいたいなあ、あやつは…」
言いかけた言葉は、彼の唇で塞がれた。
すぐに離れる柔らかい感触。
次の句も忘れて、真ん丸い目で彼を見上げる。切なそうな紫色の目が、 じっと覗き込んでいた。それをまじまじと見つめ、やがてかくりと呆れて肩を下ろす。
「おぬしなあ…それ、判ってやっとるのか?」
困ったように告げる太公望に、紫の瞳はひどく真摯に揺らめいていて。
もう一度、彼の唇が降りてきたとき。太公望は諦めたように、溜息をもう一つ。


そして、それでも目を閉じた。




end.




50カウントHIT、 広瀬ユウさま よりのリクエスト。

●雨の日に天使を拾う、のつづき。
もしくは、
●楊ゼンVSフッキ(ORスースOR王天君)バトルシーン。
とりあえず二つ考えたのですが、
cotton様の書きやすい方をひとつお願いいたします。
…というか色気もくそもないリクですみません〜(><。)
あ、あの、こんなリク受け付けられるか!
と思ったら容赦なく断ってくださってかまいませんので!
DBがお好きだということなので、
こういうジャンプ定番の戦闘シーンとかも
ひょっとしたら書いてくださるかしら…などと思ってつい…。

(メールより抜粋)


二つをミックスしてみましたが…バトル?
…外しております。(超笑顔)
せっかく 素敵なリクをいただいたのに、
お詫びするしかないです。大変申し訳ございません。
しかも、こんな 素晴らしい頂きもの まで…v
ユウさま、リクエスト&素敵イラ
本当にありがとうございました!
2001.12.14







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