貴方の不在とそれぞれの証言





楊ぜんの足取りは軽かった。
何と言っても一ヶ月に及ぶ、要塞地への単身赴任(何?)。 やっと帰ってこれたのは、途中結果の報告の為の、たった一日だけだけど。
それでも 愛する人にひと目でも会えるのならば、やはり心も足取りも浮き立つのは、 当然至極の話な訳で。





<黄兄弟の証言>
「あれ、楊ぜんさん」
渡り廊下を歩いていると、声をかけてきたのは、 くわえ煙草の黄天化。一緒にいるのはその弟、天祥だ。
二人とも剣を持っているところを見ると、 どうやら稽古の最中であったらしい。
「やあ、久しぶり」
「要塞建設、もう終わったさ?」
いや、と笑って首を振る。
「今日は報告だけだよ、師叔は何処にいるか知ってるかい?」
天化と天祥は、二人目を見合わす。
「…さあ、執務室じゃねえさ?いっつもそこだし」
「えっと…僕も知らない」
そのぎこちなさに、気がつかなかったのは、 やはり気持ちが先走っていたからか。
「そう、ありがとう」
爽やかな笑顔を残して去ってゆく、美丈夫の後姿を見送りながら。
「兄さま…良かったのかなあ」
つんと服の裾を 引っ張りながら、天祥は声をかける。
「ま、これぐらい、罪にはならないっしょ」
その内、誰かが教えるっしょ。それに、一緒に知らないふりをした天祥だって、同罪さ。
二人はそのまま稽古に戻った。





<姫発の証言>
「よお、元気そうじゃねえか」
執務室にいたのは、この周の国の若き王、 姫発であった。
「で、もう要塞の方は出来たのかよ」
「いえ、まだ少し。でも、そう時間は とらないでしょう」
ふうん、と何処か面白くなさそうに、姫発は頷く。
どうやら周公旦は、 席を外しているようだった。それでもこの王が逃げ出さないように、 椅子にロープで縛り付けられている所が、何とも哀愁を誘う。
「ところで、太公望師叔は…」
「ああ、あいつねー」
すっとぼけたような声。
「今日は休みを 貰ってたぜ、よくわかんねーけどさあ」
休み?楊ぜんは眉をひそめた。
おかしい。だって、今日ここに報告に戻ってくるという事は、前々から連絡を送っていたはず である。軍師である彼が知らないわけはない。
「何か急用が出来たのですか?」
「さあなー。まあ、このところ忙しかったから、たまにゃ、 ゆっくりしたくなったんじゃねえの?」
もともとあいつはサボり魔だし。 単なる報告だけなら、別に太公望でなければならない訳じゃなし。
窓の外へ目を向けながら、心の中で舌を出したのを、勿論楊ぜんは気がつかない。





<武吉の証言>
簡単な報告が終わり、執務室を出る。
城内で砂ぼこりを立てて走り回るその姿を見つけると、楊ぜんは声をかけた。
「あっ、楊ぜんさん。お久しぶりです」
自称太公望の弟子は、屈託のない 笑顔で走り寄ってきた。
「ねえ、武吉くん。太公望師叔を知らないかい」
私室にも行っては見たのだが、どうやらそこも不在であった。スープ−シャンの 姿も見えないところから察するに、何処か遠くへ行ってしまったのかもしれない。
「おししょーさまでしたら、今日は仙人界へ帰るって言ってましたよ」
はきはきと答える 様子に、裏はない。
「仙人界へ?」
何だろう。原始天尊さまにでも、呼ばれたのだろうか。
「大事な御用って言ってたかい?」
いいえ。ぶんぶんと武吉は首を振った。
「そうは言ってませんでした。何でも、知り合いに顔を見せに行くそうです」
知り合いねえ。仙人界での彼の知り合いは、山ほどいるし。
とりあえず、楊ぜんは 哮天犬を繰り出した。





<白鶴の証言>
「おや、楊ぜんではないですか」
ばさばさと飛び寄ってくる 白鶴に、楊ぜんは笑いかける。
「やあ、白鶴。太公望師叔が、 仙界においでだって聞いたんだけど」
そうなんですか?
どうやら白鶴は知らなかったらしい。ということは、原始天尊さまに 呼ばれたのではないことは、とりあえず確定した。
「知り合いに顔を見せにきたって言ってたみたいだけど、 心当たりはないかな」
ふうむ、と白鶴は小首を傾げて考える。太公望師叔の 知り合いと考えて、まず思い立つ人は。
「普賢真人さまでは…ないでしょうかねえ」
何せ二人は同期で仙界入りをして以来、本当に仲の良い親友同士である。 とりあえず、太公望と一番親しい人物として、白鶴が真っ先に思い浮かべるのは 彼だった。





<普賢真人の証言>
「ううん、ここには来てないよ」
華奢な体に、細い肩を露出した道服。 淡い空色の髪を揺らし、普賢真人は楊ぜんの訪問に、天使の笑顔で首を振った。 ふんわりと笑う様子は、 天使と称されるのも、まこと納得できる純真無垢さだ。
ただし、その笑顔が本物でありさえすれば…。
「そっかー、望ちゃん帰ってきてるんだ」
望ちゃんですか?その親しげな呼び名に、 楊ぜんの心中は、当然あまり穏やかなものではなくて。
「じゃあ、僕の所に来てくれてもいいんだけどね」
当たり前のように言ってのける その台詞に、二人の過ごした時間と絆が感じられて。
この想いはそんなものに 負けないと思っていても…やっぱり…それなりに、気になってしまうのはどうしようもない。
「太乙の所はどうかなあ、ナタクの事もあるし」。
「…そうですね、ではそちらに 伺ってみます」
そのまま立ち去ろうとしたとき。
「ごめんね、楊ぜん。望ちゃんってああだから、君にもいろいろ苦労かけさせるでしょう」
…別に、この方に謝られる筋合いは、「これっぽっちも」ないはずなのだが。
「とんでもございません。師叔に我侭を言っていただけるのでしたら、 むしろ光栄ですよ」
にこにこにこにこと、互いに満面の笑顔での会話。
「そう、君がそれだけで満足してるなら、僕は 別にいいけど」
「ええ、師叔の為ですから」
傍から見れば、かなり妙な迫力が伴っていた。





<太乙の証言>
耳障りな機械音に、負けじと声を張り上げる。
「知らないよー、 こっちには来てないからねー」
そしてやっと、装置の電源を切った。
どうやらまた、ナタクに オプションを付けるつもりらしい。かちゃかちゃと器具を置きながら、 おかっぱ頭の太乙真人は、ゴーグルを外す。
「そっかー、あの子来てるんだ。こっちにも遊びにくればいいのにー」
ねえ、と同意を求められても困るのだが。
そしてふと、思い出したようににやにや笑う。
「聞いてるよー。君、 随分役に立ってるんだってねー」
「師叔が、そうおっしゃってたんですか?」
喜色の声を 上げる楊ぜんの肩を、ぽんぽんと叩いた。
「頼むよ。しっかりあの子をサポート してあげてよね」
当然、勿論、言われるまでもない。
「ま、君もさあ、折角こっちに来たんだから、自分の師匠に顔ぐらい見せてきなよ」
言われるままに、師匠の洞府へと向かうことにした。





<玉鼎の証言>
「太公望なら、ここに来たぞ」
楊ぜんは、危うく飲みかけたお茶を 吹き出す所だった。
「ほ、ほんとですか?」
「ああ、ついでに立ち寄ったと言っていたが…」
皆まで聞かず、楊ぜんは立ち上がった。
「すいません、師匠。もう行きますっ」
行き先も聞かず、 そのまま師匠の横を走り去ろうとする、そそっかしい弟子に。
「太公望は、竜吉公主の所へ向かったぞ」
「ありがとうございますっ」
そのまま哮天犬に乗り、飛び去った。
その後姿を 穏やかな目で見送りながら、玉鼎が取り出したのは、先日太乙が発明した携帯電話。ピッピッと ボタンを押して、耳に当てる。
「…ああ、私だ。…うむ、 来たよ。本当に言った通りだったな。そっちに向かったが…まあ…それはそうだが…」
しばし何やら話し込み、やがて電話を切った。 小さく息をついた後、玉鼎は楊ぜんの去った後へと目を向ける。
そして小さく、可笑しそうに、口元をほころばせた。





<竜吉公主の証言>
「…おぬしもこやつの事は、可愛がっておったであろう…うむ…大体 あやつはこのところ、一人で独占しすぎなのじゃ…うむ…ではな」
ぷつん、と電子音を 立てて、公主は携帯電話の電源を切った。
その向かい側。テーブルを挟んで座る太公望は、 お茶をすすりながら小首を傾げる。公主が誰と話していたのかは、判らないのだが。
「随分話し込んでいたのう」
「すまなかったのう」
綺麗な笑顔を浮かべ、公主はお茶で、乾いたのどを潤した。今あそこを出たというのなら、 程なくここに到着するだろう。このまま易々と渡してしまうのも、少々癪だ。
その前に。
「のう、太公望。ちょっと、外に出ぬか?」
スープ−シャンに乗せて欲しいといえば、太公望は気遣わしげに、眉根を寄せる。
「おぬし、体は良いのか?」
「何、少しくらいなら大丈夫じゃ」
言いながら立ち上がり、 太公望の手を引っ張った。
「さあ、ゆこう」
楊ぜんがやってきたのは、その後しばらく 立ってから。公主の付きの者に二人が出かけたことを告げられると、見るも 気の毒なくらい、がくんと脱力してしまう。





<太公望の証言>
「…やっと見つけましたよ、太公望師叔」
公主と二人並んで、 のんびりほっこりと浮き岩に座っているその後ろ。低い声は、少々機嫌が悪いようである。
「楊ぜんではないか」
哮天犬から降りて、二人のもとへとやってくる姿に、 太公望は心底驚いていた。
「なんじゃ、おぬし。 要塞はどうした」
「ご連絡差し上げたでしょう。今日はその中間報告の日ですよ」
はて、と太公望は不思議そうな顔をした。
太公望が姫発から聞いていたのは、明日の はずだったのだが。だからこそわざわざ、明日であったはずの休みを、 今日に変更してもらったのである。
「せめて、何処に行くのか、誰かに一言伝えておいて下さいよ」
と言われても。姫発は勿論、 出かけしなに出くわした天化と天祥にも、行き先は伝えておいた はずなのだが。
くすくすと笑い声が上がるのに気がつき、太公望と楊ぜんは 公主を振り返った。
「おぬし。人間界にも、敵は多そうじゃのう」
公主の言葉に、 楊ぜんは目を丸くした。
「さて、私はそろそろ帰るよ」
にこりと 笑って、立ち上がる。まあ、少しぐらいはサービスしてやるか。
「太公望、スープ−シャンを借りるぞ」
洞府へと送ってもらったら、スープ−シャンには そのまま先に、人間界へ帰らせるから。二人は一緒に、哮天犬で帰ると良い。 そう言い残すと、公主はスープ−シャンに乗って、さっさとその場を 立ち去った。
後に残った二人は、呆然とそれを見送る。
「なんなのだ、一体…」
ぽつりと呟く太公望を、楊ぜんは背後からぎゅっと抱きしめた。 力加減のないその腕に、「ぐえ」と色気のない声を上げる。
「な、なんじゃ、楊ぜん」
苦しくてもがくのだが、当然それは許されなくて。
「…会いたかったんですよ、師叔」
切なげに耳元で囁かれれば、暴れる体も徐々におとなしくなった。
「公主さまに呼ばれて、仙界へ戻られたのですか?」
「う、うむ…」
休みの日があれば、顔を見せに来てくれと、前々から言われていたのだ。
明日は楊ぜんが、要塞から帰ってくるとは聞いていたし。それに丁度、 楊ぜんの師匠に当たる、玉鼎に聞いておきたいこともあった。
仙界へ行ってくると話した時、 姫発などは、帰りは明日なっても構わないと、えらく気前良く見送ってくれたのだが…。
「おかしいのう」
太公望は首を傾げた。





「…全く、油断も隙もないな」
二人、哮天犬の背中に乗り、のんびりと人間界へと向かう最中、 楊ぜんはぽつりと呟く。
「何か言ったか?」
風にあおられた小さな呟きは、太公望の耳まで届かなかったようだ。
いいえ、別に。耳元でそう言うと、楊ぜんは、太公望の腰に回していた腕に、 ぎゅっと力を込める。
「そういえば、何故、師匠のところへ行ったのですか?」
ぎくりと太公望は顔を引きつらせた。
「あ、いや…ちょっとな」
珍しく言いよどむ様子に、楊ぜんはその顔を覗き込む。
「師叔?」
「な、何でもないよ」
ぱたぱたと手を振り、誤魔化すように笑う。
焼けた夕陽のせいか、その顔が、いやに耳まで真っ赤に見えた。





さて、太公望は玉鼎に、一体何を聞きに行ったのか。
それはとりあえず、今は内緒ということで…。




end.




800カウントHIT、水瀬ゆいさまよりのリクエスト。

楊太でお願いしますv
私も師叔至上主義(笑)なのでたくさん愛されてるような・・。
両想いだけど楊→太みたいな・・???
パラレルでも原作沿いでもいいです!!

・・こんなんでよろしいのでしょうか。(汗)

(メールより抜粋)


管理人と同じく、望ちゃん至上主義だということで、
皆に愛される望ちゃんを目指してみました。
しかし何故、管理人が書くカップリングは甘くならないんだ?
ゆいさま、折角のリク、申し訳ございません。
これに懲りずに、またキリリクしてやってくださいませ。
2001.12.21







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