「おーそーいっ」 開口一番、チチは声を上げた。 ははは、と悟空は頭を掻いて、苦笑いする。 「わりい、会議が遅れちまって…」 もう、と唇を突き出す。約束の時間から、三十分は過ぎているのだ。 この冬の寒空の中、一人待たされる身にもなってみろ。 「大体、悟空さが、言ったんだぞ」 せっかくだから、クリスマスに一緒に 食事をしようと提案したのは、チチの方だった。 食事に行くにも、クリスマスとも なれば、やはり何処もいっぱいで。だからあらかじめ席を予約しておいた方がいいだろう。 そう思って、何か食べたいものはないかと聞いた所。 「おら、チチの作ったもんが 食いてえな」 と、至極簡単な答えが返ってきた。 料理を作るのは構わない。 でも当日は仕事があるし、終わってから作り始めるとなれば、随分時間がかかってしまう。 まあいいか。前日に下準備だけ済ませておけば、 時間が短縮できるだろう。 なら父に一言、言っとくか。 別に悟空が家に食事に来る事は、 珍しくない。チチの父親は悟空を気に入っているし、チチに呼ばれてご飯を食べに来る事は よくあった。 だからクリスマスにチチの作ったものが食べたいといわれれば、 こちらの家で三人で、という常のパターンがまず出てくる。 ぷっとチチは吹き出した。 「なーんか、折角のクリスマスだってのに、色気ねえだなあ」 恋人と、父親との 三人ってのも。 「じゃあ、おらの家にすっか?」 その一言で、決定した。 「買い物は、済ましておいてくれただか?」 「ああ、ばっちりだ」 ちゃんと掃除もしておいたぞー。 これらはチチから悟空への指令だった。 悟空の家で料理は作るから、家の掃除を済ませ、材料をそろえておくように。 前日までに材料を買っておいて貰うようにと、買い物リストまで渡しておいた。 どれも、悟空の好きなものばっかりできるように。 「慣れてねえ台所だから、あんまし美味く作れねえかも知れねえぞ」 「大丈夫だって。 チチの料理、充分うめえから」 笑顔で言われて、嬉しいやら照れくさいやら。 「おらも手伝うからさ」 「あったりめえだ」 ぷいっとそっぽを向く。 その顔も、なんだか楽しそうだ。 よいしょ、とチチは肩にかけていた バッグをかけなおす。今日は少し大きめのバッグ。中には料理のときに使う エプロンと、悟空へのクリスマスプレゼントが入っている。 気に入ってくれると いいんだけれど。 イルミネーションがきらきら光る町の中、二人は足早に駅へと向かう。 流石に今日は、人の通りも多いようだ。 カップルがやたらと目に付くのは、気のせいだけではなかろう。 「…わあっ」 それ違う人に肩をぶつけられ、チチはよろめいた。 「大丈夫かあ?」 悟空が振り返る。 「うん」 とはいえ、駅に近くなるにつれ、人ごみはますます 酷くなってゆくばかりで。 「ほら」 差し出されたのは、悟空の大きな手。 何気なく出されたそれを、 しばし見つめ。 「わっ。おい、チチ」 その腕に、飛びつくように抱きついた。 「なんだよ〜」 「これくらい、ええだろ」 クリスマスなんだし。 くすくす笑って覗き込む。 まいったなあ、と言いながら、それでも悟空は拒絶しない。 ふと、くしゅんと悟空はくしゃみする。 「寒いか?」 「おら、寒いの苦手だからな〜」 言いながら、鼻の下を擦る。 そうだ、とチチはかばんの中を探った。 もう少し後でちゃんと 渡そうと思ったけど、まあ、いいか。ごそごそと、中から綺麗なリボンをつけた 紙袋を取り出す。 「悟空さ」 「ん?」 「はい、クリスマスプレゼント」 両手でぽん、と悟空の手の上に乗せる。 きょとんとする悟空の前で、ごそごそと チチは中身を取り出した。それをふわりと悟空の首に巻きつけてやる。 コートに合わせた、落ち着いた色合いのマフラーだった。 「ほんとは編もうと 思ったんだけどなー。ま、今年はこれで、勘弁してけろ」 あったかいだろ。 「サンキュー、チチ」 嬉しそうに笑う。その顔をチチが、悪戯っぽく覗き込んだ。 「…で、悟空さは、おらにプレゼント、用意してくれてるだか?」 「あ…えーっと」 悟空は視線を泳がせる。そんな様子に、くすくす笑った。 「ま、悟空さが、そーんな気の利いたこと、するわけねえべなー」 端から期待はしていない。 「そんなことねえぞー」 「ほんとに?」 さて、どうやって渡そうか。 コートのポケットの中に入っている、小さな指輪のケース。 チチが腕を絡める、その反対側にあるそれを、そっとポケットの中で握った。 end.
悟空さには会社員よりも 小学校の先生あたりが似合いそうだ。 …はっ、しまった!今年のイブは、振替休日だった; 2001.12.11 |