「まったく、何なんでしょうねー」 楊ぜんは、盛大にため息をついて見せた。 そのあてつけがましさにむっとするが、太公望はもくもくと手を動かす。 「折角のクリスマスですよ、何でわざわざバイトなんて入れるんです?」 こっちはわざわざ 休みを取ったというのに。 「仕方なかろう」 「ねえ、師叔ー」 「やかましい」 かちかちと手にしたトングを鳴らせ、顔を上げた。 「ケーキ屋はクリスマスが 書き入れ時なのだ。休めるわけ無かろうが!」 こじんまりとした街角の ケーキショップは、今日のクリスマス当日、例に洩れずに来店客で賑っていた。 本来ここでバイトをしているのは、 妹の邑姜のはずだった。しかし昨日になって、風邪で寝込んでしまい、 そのピンチヒッターを、兄である太公望が 勤める羽目になってしまったのである。 山のように積み上げられたクリスマスケーキの箱に、 一つずつ金のリボンをかたちどったシールを貼り、中身が崩れていないか確認をしてゆく。 その単純作業をする横で、楊ぜんが文句を言いに来ているのだ。 「約束してたじゃないですか、今日は二人で過ごそうって。もうずっと前から」 「だから謝ったであろう。それに、ほんとに仕方ないではないか」 息が白い。 ケーキは生ものなので、保管場所は寒い所。当然作業も寒い場所でなくてはならない。 これなら風邪も引くかもしれないな。かじかんだ指先に、はあっと息を吹きかけ、 両手を擦り合わせる。 「店長の太乙は、おぬしにもバイトを頼んだと言っておったぞ」 「冗談じゃありませんよ。貴方との約束があったのに」 大体、何故わざわざ 休みを取ったクリスマスに、 汗水流して働きたいと思うものか。 かちゃりと店先へと繋がっている扉が開いた。 「太公望、ケーキ持ってくよー」 「うむ。そっちの山が、確認済みじゃ」 店長の太乙は、 隣でふてくされて座っている楊ぜんに、にやりと笑った。 「何、まだ拗ねてるのー?」 子供みたいだなあ。肩をすくめる。 「元はといえば、貴方が師叔に頼んだのが原因でしょう」 棘を含んだ声に、へらへら笑った。 「だーかーらー。君にも頼んだんじゃないか」 二人で一緒にいれる。バイト代ももらえる。 一石二鳥だと思うけどー。 至極都合のよろしいことを、 すっとぼけたように言ってのける。 断った時点で楊ぜんは、太公望が引き受けたことを知らなかったのだ。 いや、それよりも。 せっかく二人っきりで、ゆっくりと甘い時を 過ごせると思っていたのに。せっかく二人で楽しめるように、 いろいろ予定も立てていたのに。 「今からでも、手伝う気、ない?」 バイト代、奮発するんだけどなあ。 大体、ここで太公望を 引き込んだ時点で、楊ぜんの頭数は計算済みなのではなかろうか? 「なあ、楊ぜん」 屈み込み、太公望は楊ぜんの顔を覗き込んだ。 「クリスマスなら、来年も再来年もあるではないか」 二人で一緒にいられるなら、 きっと、もっともっと何度でもある。 そんな中で、 「こんなクリスマスも、 一回ぐらいあってもよいと思うぞ」 「師叔…」 「人数も足りぬし、交代で休憩も取れぬ状態だ。おぬしが手伝ってくれると、 本当に助かるのだがのう…」 にこりと笑う。 あ、やばい。これは彼特有のおねだり モードだ。 わかってる。騙されてると判っているんだけど…。 はあ。本日幾度目になるかの溜息一つ。楊ぜんは立ち上がった。 「太乙さま、何をすればいいんですか?」 「あ、手伝ってくれるんだ。悪いねー」 あまり「悪い」と思っていなさそうな 口調で、こっちこっちと気が変わらないうちに、とっとと促してゆく。 その影で、太乙と太公望は、にやりと目配せした。 何度でも。 きっとこれからは、何度でも二人で過ごすであろう、未来のクリスマス。 ならば。 一度くらい、こんなクリスマスがあってもいい。 …かな? end. ちなみに管理人は、店長に頼まれて二日間、 店の近くのホテルに泊まりこみました。 三日目はやたらハイになって、皆に心配されました…。 2001.12.11 |