ぬくぬくと暖房の効いた応接間。
炬燵の上におせち料理と皿を並べ終えると、チチは台所の方へ 首を伸ばした。
「どうだ、暖まっただか?」
コンロの前に立つ悟空は、声をかけられ、 少し首を傾げる。
「うーん、よくわかんねえ」
そろそろ充分じゃないかと思うけど。少し眉をひそめ、チチは立ち上がり、ひょいと 鍋の中を覗きこんだ。
ぐらぐらと煮え立つ湯の中。
「あー。これじゃあ、熱すぎでねえか」
慌てて火を止め、布巾で熱くなりすぎた燗を取り出した。
「日本酒は、人肌でええだよ」
そうなんか?日頃滅多にアルコールを口にしない悟空には、熱燗の適温など判りようもない。
もう、しょうがねえな。
呆れながらも目が合うと、ぷっと吹き出した。





正月元旦。
父親の牛魔王は、知人達と一緒に、年末年始にかけてスキーへ旅行に行ってしまった。
帰ってくるのは、二日の夜。それまで一人じゃ物騒だし、寂しいからと、 こうして元旦朝早くから、悟空が上がりこんでいた。
炬燵に向かい合わせになると、にこっと笑って、二人同時に頭を下げる。
まずは、この一言。
「あけまして おめでとう、悟空さ」
「おめでとう、チチ」
今年もどうぞ、 よろしくお願いします。





七輪の上に乗せた小餅が、程よい色加減で膨れ上がり、ころりんと転がる。
「悟空さ、お餅幾つ食うだ?」
「うーん、 おら、いっぱい食べてえなぁ」
「はいはい」
笑いながらお雑煮に焼けた餅を放り込み、 雑煮の椀を手渡した。受け取ると嬉しそうに、早速頬張る。
「うめえな、これ」
「そうか?よかっただー」
これだけたくさんの量を、こんなに おいしそうに食べてくれたなら、がんばって前日作った甲斐もあるものだ。
「おっとうは、今頃スキーしてるんだべかなあ」
時計を見ながら ぽつりと呟いた。
「チチも行きたかったか?」
スキーの話は、 一応チチも誘われていたのだけれど。
「まあ、おらとしては、チチ、スキーに行かないでくれて、良かったなー」
「なして?」
「だって、スキーに行ってたら、こんな風に一緒にいれなかったろ?」
さも当然のように、けろりと素のままで言い放つ。
ぱちぱちとチチは瞬きして、 一度俯き。そして顔を上げると、にやりと笑った。
「どうせ悟空さの事だから、 おせちが食べれるから、 とか言う理由なんだろ」
「…まあ、そうだけど」
それだけじゃねえぞ。
「どっちにせよ、おら、スキー滑れねえだからなあ」
実は、今までスキーに行ったことがない。
「チチだったら、すぐ滑れるようになっぞ」
こう見えても、チチの運動神経は悪くない。悟空もそれは知っている。
「悟空さは滑れるだか?」
ああ、と頷いた。
「なんだったらさ、今度一緒に行こうか」
近場なら、充分日帰りでも行ける。
「おらが教えてやるぞ」
「悟空さが?」
ああ。暫くその自信たっぷりな顔を見つめ、 チチは苦笑した。
「なーんか、大丈夫かなあ」
「なんで。ちゃんと教えるぞ?」
確かにこの男、滑れることは滑れそうだけど。
野生児そのままの悟空なら、スキー場の 暴走族になっているか。さもなくば本能と勘のままに身体で覚えているだけで、 人に教えるのは不向きじゃないのか?
「信用ねえなあ」
むう、と唇を尖らせる。
くすくすとチチは笑った。
「わかったわかった、信用するだよ。悟空さのこと」
途端に悟空はにっと笑う。
「じゃ、決まりだな」
いつ行く?壁にかけたばかりの、 真新しいカレンダーに視線を向ける様子に、チチは慌てた。
「もう決定なのか?」
「ああ」
「でも、おらウェアも板も、持ってねえよ」
「レンタルがあるって」
どこら辺がいいかなあ。悟空の頭の中では、もう既に近場の雪の状況の心配へと移行していた。
「これから雪も良くなっていくし、シーズンだからな」
いっぱいいっぱい行こうな。
一緒に。
笑顔で告げられ、チチは何となく頬を緩ませた。
「いっぱいいっぱい行くんだったら、 やっぱ、ウェア買ったほうがいいかな」
「ああ、買った分だけ、滑りに行こう」
「悟空さ、買いに行くの、付き合ってけれな」





「じゃあ、まずは。おせち食べたら、神社にお参りに行かねえとな」
「なんで?」
「ちゃんと、神様にお願いしておくだよ」
ちゃんと滑れるようになりますように。 怪我をして、足を折ったりしませんように。
それから。それから。





今年もずっと。
これからもずっと。二人で一緒にいれますように。




end.




管理人はスノボの方が好きです。
すっとこどっこいな、へっぽこ若葉マークですが。
2001.12.31







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