「あけましておめでとうございます」
モーターボートの上、まずは一同ぺこりと頭を下げた。
「俺っちが、今回ガイド役を勤める天化さ」
よろしく。 鼻の頭に傷のある快活そうな青年は、元気いっぱいに挨拶をした。
「二人とも、船酔いとかは平気さ?」
これから午前と午後、二回のダイビングを 予定している。目当てのものを見つけるのに、少しでも移動時間を短縮する為、 船に乗ったきりになってしまうのだ。
「こやつなど、ここに来る船の中、眼鏡をかけて本を読んでおったぞ」
「師叔こそ船の中で、ずっとお菓子を食べ散らかしていたじゃないですか」
この島には飛行場が無く、ルートは全て、長時間の船便のみである。それでこの様子なら、 どうやら心配はなさそうだ。くすくすと天化は笑った。
「以前、何度か見つけたスポットを中心に潜るけど。ま、がんばって見つけるさ」
なんといっても自然のものだから。百パーセント見られるとは限らない。
「うむ、よろしくたのむぞ」
「がんばりましょう」





「師叔、ピグミーシーホースって、ご存知ですか?」
事は、楊ぜんのこの言葉から 始まった。
何でもタツノオトシゴに良く似た海洋生物で、最近では国内でもよく 確認されているらしい。ちょうどタツノオトシゴを空気でぷくっと膨らませて、 もっともっと小さくしたような容姿であるそうだ。色もカラフルな赤色で、中には 黄色の珍しい品種まで見つかる事があるという。可愛らしい姿から、ダイバーに 人気急上昇の海洋生物である。
それを正月に見に行かないか、と言い出した。
「しかし正月なんて、今からじゃ何処もいっぱいであろう」
「今年は案外狙い目なんですって」
世界情勢の物騒なこの年、正月の旅行客は、例年に比べて大幅に落ちてしまったらしい。 だから案外、いきなりの予約でも、すんなり引き受けてくれる可能性が高いのだ。
その言葉通り。キャンセル空きが出たとかで、幸運にも電話問い合わせ二件目で、 今回のダイビングツアーをゲットできた。
「しかしなんで、わざわざ冬の正月に、ダイビングなのだ?」
ダイビングは 勿論好きなのだが、やはり水の中に潜るイメージから、夏のスポーツのように思える。
とは言え、国内でも沖縄などでは、充分年間を通してダイビングを 楽しむ事が出来るのだ。陸上よりも水温が高いため、水中にいたほうが暖かだったりもする。
「名前ですよ」
ピグミーシーホースの。
言われても太公望には、どうもピンと来ない。
「ほら、海の馬って意味でしょ?」
そこまで言われて、やっと納得した。
「干支の縁起に便乗するのも 面白いかなって」





「みんな、がんばってね」
おさげ髪を揺らし、親指を立てる彼女は蝉玉という。今回の、モーターボートの運転手だ。
「おいしいお雑煮とお餅、用意して待っているから」
陸地に帰る時間短縮の為、昼食は船の上で取る。留守番役の蝉玉が、 待ってる間に作っておいてくれるのだ。
「見つかるといいわね、ピグミーシーホース」
「うむ、楽しみじゃ」
目的のスポットに到着すると、 船はエンジンを止めた。
「さて。じゃ、準備するさー」
三人はスーツの上から、 重たい機材を取り付け始めた。陸の上では自由な身動きもままならない程の重機材だが、 海の中に入ると、全く重みを感じなくなる。
「二人、バディ(ペア)になって、 俺っちの後について来るさ」
「うむ」
「はい」
準備が整うと、天化、太公望、楊ぜんの順に、船の上から 海へと落ちてゆく。
皆が、一旦船から下りたことを確認し、天化は立てた親指を 下に向けて、潜水を示した。
太公望と楊ぜんは、人差し指と親指でリングを作って、 オッケーサインを出す。水中では会話が出来ないので、ダイビングでは、 こうやって身振り手振りのジェスチャーで、 意思疎通を図る。
三人、ジャケットの空気を抜くと、そのまま 静かに潜水を開始した。
今日は水温も高く、寒さはさほど感じない。 海も静かで、視界も充分広かった。この調子なら、もしかして見つけ出せるかもしれないな。
海底に足がつく。
先に待っていた天化が、 二人の姿に手を振り、そして親指で進行方向を示した。
二人、頷く。
並んで泳ぐ中、ふと太公望の手に、楊ぜんの手が絡んできた。ちらりと顔を合わせ、目で笑う。
そのまましっかりと手を繋いで。





ゆったりと、海の中。
今年最初の水中探検を開始した。





end.




管理人の心の欲求の表れ。
この時期、ピグミーシーホースが見れるかは未確認。
一応、小笠原という設定でどうぞ。
2001.12.31







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