嘘だろ?
チチは絶句した。





今日はバレンタインデー。
世間のお祭りムードの例外でなく、 チチも大好きな恋人と共に、この日を共に過ごす。
なんと言っても食欲旺盛な悟空だ。 やっぱりチョコレートのプレゼントは欠かせないだろう。普通のチョコレートだったら 物足りないかもしれないし、高級トリュフなんて、味の違いも判らないに違いない。
好きな食べ物は?
そう聞いたところ。チチの作ったもんなら何でも好きだぞ。 などとまあ、聞いてる方がこっぱずかしい返事を、天然で返してくれるような人だから。
だから。
お菓子の本を買って、材料を買って、少し凝ったチョコレートケーキの制作に取り掛かったのだ。
自慢じゃないが、チチは自分の料理の腕を、自惚れでなく自負している。母親が早くに 無くなって、父親との二人の生活。子供の頃から家事全般は、チチにとっては必須の事で、 それなりに年季も入ったもの。
高級料理店も顔負け、とまでは流石に言えないが。それでも そこそこ問題なく、こなす事が出来ていると思っていた。
なのに。
ああ、なのに。
「…なして、こうなっただ?」
本の通りに作ったつもりだった。別に何処かに問題があったとも思わない。
それなのに。 焼き上がりの時間にオーブンから取り出してみると、そこには本に載っている写真とは、 似ても似つかない出来上がりの、へしゃげたチョコレートケーキ。
べちゃりとした 形は、理想の出来上がりとは、あまりにもかけ離れてて。
ケーキ型にこびりついたスポンジを、 ひとかけら、ぱくりと口に入れてみる。
味は…別に問題ない。本の通りの材料で作ったんだから、 美味しくなければ、もうそれは完璧に本のせいだろう。
だけど。
これじゃ、バレンタインに 恋人にプレゼントできる出来ではない。
あーあ、とチチは椅子に座り込み、 テーブルに突っ伏した。
こんな事なら、前日にでも、試しに先に作ってみるべきだった。今から作り直したんじゃ、 とてもじゃないが、間に合わない。
ほら、時計を見れば、もう時間じゃないか。
作り立てを 食べて欲しかったから、ぎりぎりの時間に約束したのが仇になってしまった。





「チチ?」
家にやって来た悟空は、チチの落ち込んだ様子に目を丸くした。
「どうかしたのか?」
慣れた調子で、家に上がりこむ。 チチは視線を落としたまま。
「…あの…あのな、悟空さ…」
「ん?」
にこりと暖かい笑顔。なんだか泣きたくなってっきた。
じわっと涙腺が緩みそうになるチチに、悟空の方が慌ててしまう。
「わわっ、おい、チチ。ほんとにどうしたんだ」
「あのな、あのな…バレンタインの チョコレートケーキな…」

――― 失敗してしまっただ。

ぱちぱちと瞬きし、悟空は肩を下ろした。
「なあんだ、そんな事か」
「…だって…折角美味しいの、作ろうとしたのに…」
肩に手を乗せ、とりあえず悟空は、チチをダイニングテーブルの椅子に座らせた。
テーブルの上には、ついさっきまで取りかかっていたのであろう、 ケーキの材料や本やらが、無造作に乗せられてある。
その一つ。小さなココア缶を手に取って。
「…なあ。鍋、借りっぞ」
脱いだコートを椅子の背もたれにかけると、キッチンに向かった。
「それって、食べれねえのか?」
ふるふると 首を振る。味には問題ない。
「じゃあ、一緒に食おうや」
勝手知ったるように冷蔵庫を空け、 中から牛乳パックを取り出す。
「…でも…ちゃんとしたのを作りたかっただ」
「じゃあさ、もう一度作ろう」
今度は二人で。
「…もう、材料ねえもん」
「だったら買い物に行こう、―――これ飲んだら」
ことりとチチの前に出されたマグカップ。
ほかほかと湯気立つその中身は、ホットミルクココア。
にこにこ笑って、悟空はチチを覗き込む。





落ち着いたら、一緒に買い物に行って、ケーキの材料を買おう。
そして今度は一緒に、再チャレンジで作り直そう。
チチはマグカップに口をつける。
甘くて甘くて。
そしてほんのちょっぴり。
ホットココアはほろ苦かった。




end.




女の子の、こーゆーノリの可愛らしさは好きです。
書いてる当人にゃ、微塵もございませんが。
2002.02.01







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