「あはん、太公望ちゃんじゃない」 「おお、偶然だのう」 「そうだわん。 太公望ちゃんに、これあげるわん」 渡されたのは、リボンのついた小さなラッピング袋。 中身はチョコレートボンボンが、数個入っていた。 「大量の買い物をするならば、空いている 平日の方が楽なのだ」 にこにこ笑顔で説明する太公望が行き着いたのは、 電化製品ショップ。物色するのは、ミニコンポとオーブントースター(最近壊してしまったらしい)。 ついでに米屋へ行って、十キロの米を一袋。その後リカーショップで、缶詰と缶ビールと ボトルワインをしこたま購入。 成る程、車で行こうと言った訳か…。 その日を空けたと告げたとき、 いくら鈍いこの人でも、少しぐらいは察してくれるかな、等と甘い考えを持った。 だから、一日付き合って欲しいと言われた時は、本当にびっくりしたし、 やっぱりものすごく嬉しかった。 だが当日になって、 それは単に車という「足」が必要なだけだった事実を、つくづく思い知らされてしまう。 まあ…それでも。 こうしてこの人と一緒に過ごせるならば、 それもまた嬉しくもあったりするのだから、重症といえばその通り。 今更、それに否定はしない。 でも、そんな 自分に苦笑いできる余裕があったのも、それを目撃するまでの話。 ケーキが美味しいと評判の喫茶店。車に荷物を詰めた後、窓の外を向くスタイルの カウンター席で、とりあえず休憩する。 「今日は、たくさん付き合わせたのう」 しかし楊ぜんは仏頂面。むすっと不機嫌そうに頬杖をついて、ずっとそっぽを向いたまま。 「疲れたか?」 「いえ…大丈夫ですよ」 「無理矢理引っ張りまわして、怒ったか?」 「いいえ」 「何か、気に触る事でも言ったかのう」 「違います」 「…どうしたのだ?」 ――― じゃあ。 「せめて。それ、一口下さい」 せめて? 指を差すのは、太公望の前にある、 食べかけのチョコレートケーキ。 「…おぬし、甘いもの、大丈夫なのか?」 「ええ、少しぐらいなら」 怪訝に思いながらも、フォークと皿を 渡そうとしたところ。 彼は、あーんと口を開けて、少しこちらに身を寄せた。 それが意図する事を察し、暫し呆れたように見つめる。それでも、仕方がないと言う様に、太公望は フォークでひとかけら突き刺して。 「…ほれ」 開けた口に、食べさせてやった。 ブランデーの効いた、濃厚な味のチョコレートケーキは、甘くてほろ苦い。 「おいしいですね」 「うむ、そうであろう」 「とりあえずこれで、師叔から頂いたことにしましょう」 チョコレート。唇だけでその名詞を形作る。 「はあ?」 「覚えてらっしゃらなかったんでしょう?今日が何の日だったか」 バレンタインですよ。 言葉も無く、太公望は目を瞬かせる。 「さっきだって チョコレート、貰ったでしょう?」 女性から。しかも、僕の目の前で。 きょとんと目を丸くして、暫しの間。 むーっと太公望は、楊ぜんを睨みつけた。 「おぬしもしかして、 そんなことで機嫌が悪かったのか?」 「そうですよ」 しらっと肯定する。 「だって師叔、バレンタインなんて、すっかり忘れているみたいだし」 頬杖をついて、ぷいと拗ねたように、視線を窓の外へ移す。 「あんなの、ただの義理ではないか」 大方、配り回ったその残りなのだろう。 ほんとに本命だというのなら、偶然で出会って、渡すような真似をするわけ無い。大体、 貰った安っぽいチョコを見れば、それぐらい判るようなものであろうに。 「それでも、僕は嫌なんです」 だって。僕に何もくれないくせに、人から貰うなんて。 「だーっ。このだあほがっ」 がさごそと、ぺしゃんこのリュックの中をかき回す。 「子供か?おぬしはっ。呆れてものも言えんわ」 財布を取り出し、テーブルの上の 伝票を手にすると、乱暴に立ち上がった。そして。 ぺしっ。 その胸に、叩きつけるように投げ渡された、小さな四角い箱。 シックな包装で綺麗にラッピングされたそれに、えっと楊ぜんは固まる。 「こんなもんをちゃんと準備しとった、わしも大馬鹿だっ」 「…すうす?」 「おぬしなど知らんっ。そこで一生拗ねていろ」 だあほ。 ぷいっと背を向けると、 そのまま荷物を持って、レジへと向かう。小さな背中と、手にあるその箱を見比べて。 「ま、待ってくださいよ、師叔」 慌てて追いかけ、ひょい、と太公望の手から、レシートを奪った。 むすっと 不機嫌そうな大きな目が、下から睨みあげる。 「ここはわしが奢るといったろう」 今日一日付き合わせたお礼に。 「僕に出させてください」 僕から貴方へ。 バレンタインのチョコレートケーキとして。 「…やっぱしわしが払う」 「ええ〜、すうす〜」 「その代わり、今日の夕食、おぬしはわしにご馳走するのだ」 精々美味いものを食わせろ。 「お任せあれ」 作りますか?出かけますか? 「デザートにチョコレートが食べれるなら…」 どちらでも。 end. ホワイトチョコが大好きです 濃厚なトリュフチョコには、たまに負けます 2002.02.02 |