ページを開いて、テーブルの上に伏せた本。それをを開いて見直して。 そして悟空はふう、と息をついた。 一週間ほど前、本屋で随分時間をかけて吟味し、 選んだのは数冊に及んだ。更にその中から考えて考えて、考え込んだ上での 選択がこのページ。 「…こんなもんかなあ」 首を捻り、小首を傾げた。 一週間ほど前、チチにホワイトデーのリクエストを聞いた。 どうにも悟空には、 女性の貰って嬉しがるようなものが何なのか、よく判らない。ならばいっそ、欲しいものを リクエストしてもらって、それをプレゼントする方が、双方共に良いだろうと思ったからだ。 それにチチは苦笑した。お返しといっても、バレンタインだって、 ご大層なものをプレゼントした訳じゃない。 悟空を相手に、今更海老で鯛を釣るような事をする気もなかった。 だけど。 「…なあ。何でもいいだか?」 「ああ」 とりあえず、べらぼうに無茶なものでなければ、 リクエストに答えるつもりだ。 「じゃあ一つだけ、お願いしていいだか?」 「何だ?」 で、これ。 チチのリクエストは、決して無茶なものではなかったが、 少々頭を悩ますものであった。 「カレーとか、カップラーメンとか、そんなのは却下だぞ」 つまり、悟空の手料理が食べたいらしいのだ。 悟空は早くに両親を亡くしていた。 育ててくれた祖父も、もう随分前に他界している。一人暮らしは長いので、身の回りのことは、 そつなくとはいかずとも、適当に、問題のないレベルまでならば、何とかこなす事が出来ていた。 だから料理だって、やろうと思えばできない事はない。今までだって、 毎日外食を続けていた訳でなく、 自分で適当に作って食べていた。 そのはずなのではあるのだが。 どうにも、「自分が食べるもの」と「人に食べさせるもの」とは、随分勝手が違うらしい。 自分が食べる分には、味付けがどうであろうが見てくれがどうであろうが、 文句も何もあるわけでなし。不味くなければ食べていたし、それ以外はそれなりに処置していた。 自分の食べたい物を食べればいいだけだから、別に何の不都合も感じない。 しかし誰かの為に作るとなれば、当然そうはいかないのだ。 これで味は悪くないか、盛り付けはおかしくないか、メニューのバランスは悪くないか。 そんな、今まで考えもしなかった事ばかりが気になってしまう。 思えば、チチはいつも 何でもないように、料理を作ってくれていたな。 チチの作った料理は、何でも悟空の 口に合っていた。味覚が近いのかもしれない。悟空にとって、チチの作った料理は、どれも 本当に美味しいものだった。 料理に慣れていることは、勿論あるだろうけれど。 それでもいつもメニューが重なる事もなく、ひょいひょいと難なく作ってくれる。 たった一度の手作り料理で、こんなにもあれこれ悩んでしまう自分とは大違いだ。 それを思えば、すごいな、と改めて感心してしまう。 ホワイトデーまでの一週間で、やたらと メニューを厳選して、何度か試しに作ってみて。多分、これなら大丈夫だとは思うけれど。 それでも、何度味見をしても、これが果たして美味しいのかそうでないのか、 自分ではイマイチよく判らないのだ。 「本の通りには作ってんだけどなあ…」 チチは、こんな風に、料理に悩んだりするのだろうか。 なんて事ないようにいつも作ってはくれていたが、 実はものすごく考えてくれていたのかもしれない。 「何だかすげえなあ」 …とはいえ、あまりのんびり感心してる場合ではないか。 時計を振り返ると、もうすぐ時間だ。 チチが仕事を終えて、 ここまで来る時間を考えると、もうそろそろやってきてもおかしくない。 それを思い、悟空は慌てて残りのメニューに取り掛かった。 「ほら、ケーキ買ってきただよー」 小さなケーキの箱を、何処か自慢げに両手で掲げる。 「夕飯の後、食おうな」 悪戯っぽく笑って片目をつぶってみせた。 「で、悟空さは、今晩おらに何を食わせてくれるだか?」 美味しいもん、作ってくれただか? 身を乗り出して覗き込むチチに、へへへ、と頭を掻く。 「あんまし自信ねえけど」 それでも一生懸命作ったぞ。 「チチ、食ってくれっか?」 「もちろん」 で、本日のメニューは? 誰かの為に食事を作って、それを「美味しい」と言ってもらえる幸せ。 その言葉が、最後の調味料。 end.
悟空さは、料理とかもそれなりにこなす人だと信じています。 2002.03.07 |