この男はくだらない事ですぐに拗ねる。 ああ、もう、それは今に始まったことじゃないのだ。 「何ですか、これ」 低い声で、太公望の左の手首を取って、それを睨みつけた。 太公望の左の薬指にはめられた、シルバーアクセサリーのリング。毒々しいデザインのそれが、 今の太公望のファッションに合わせた物でない事は明らかだ。 「…貰ったのだ」 「誰に」 「………知り合い」 「僕の知っている奴ですか」 「さあのう」 たかが指輪ぐらい、誰から貰っても良かろうに。面倒臭げにぷいっとそっぽを向いた。 「誰からですか」 言い含めるような口調。いつもよりもトーンの低い声には、 妙な迫力が担っている。握った手首にも、無意識であろう、力が込められた。 「…王天君」 その名前を出すと、楊ぜんは切れ長の目を攻撃的に細めた。 王天君は、太公望の同じ歳の従兄弟である。背格好は似ているのだが、タイプは全然正反対。 しかしながらお互いはそれなりに気が合うのだが、どうも楊ぜんは王天君が気に入らないらしい。 「何故、彼から指輪なんて貰ったのですか」 言いたくないのでかわしているのだが、 それが益々楊ぜんの機嫌を損ねてしまう。 「師叔…」 凄んだ声。流石にこれ以上惚けると、 かえって妙な誤解を招いてしまう。そう判断した太公望は諦めて、口を開いた。 「貰ったんじゃなくて、はめられたのだ」 口に出して言った後、 ちょっと嫌な言い方だなと気が付いた時にはもう遅い。 「…彼に、指輪をはめられたのですか。 左の薬指に」 目が据わっている。どうやら変な形で誤解をしたらしい。 おもむろにぐいっと太公望の手を引くと、楊ぜんは薬指にはめられた指輪を、 力任せに外そうとする。 「―――っつーっ、痛い、楊ぜんっ」 いささか乱暴な力に、 太公望が悲鳴を上げた。 「取れませんね…」 「痛いっつーとるだろうが。取れないのだ」 埒があかないと判断した楊ぜんは、立ち上がり、太公望の腕を引いて洗面所まで連れてきた。 蛇口をひねって水を出し、脇に置いてあった手洗い用の液体石鹸のポンプを押す。 そして、 手にたっぷりと石鹸を取ると。 「手、貸してください」 「こら、痛いと言っておるだろうが」 「じっとしてて」 「痛っ、こら、指が抜けるっ」 「もう少し、我慢して下さい」 「止めんか、痛いっつーとろうがっ」 「もうちょっと…」 「痛、いたたたーーっ」 からん。 音を立てて落ちたシルバーリングは、水の勢いに流されて、 そのまま水道管の奥へと流れてしまった。 「ね、取れたでしょう」 にっこり笑う楊ぜんと、指輪の抜けた手を見比べる。 リングの外れた後、細い指には白くリングの型がついていた。 実家に遊びに来た王天君と喋っている時、どちらが小柄で華奢な体型をしているか、 と言う話になった。 「おぬしの方が小さいに決まっておるだろう」 いっつもまともな食事も取らず、サプリメントと健康補助食品ばかりに頼っているくせに。 「てめえの大食らいと一緒にすんなよ」 第一、あれだけ食べていて、 それでも体型を維持しているのだ。一体どんな新陳代謝をしているのだ、この体は。 そんなどんぐりの背比べのような事を言い合って。で、取り出したのは、 王天君の小指につけていたシルバーリング。 「おめーなら、これもはまるだろうよ」 「んなわけあるかい、そんなちっこい指輪」 「やってみりゃ判んだろ、ほれ、手ぇ貸せよ」 「い、痛い痛いーっ、無理にはめるなーっ」 「ほーれ見ろ、入っただろ」 そうして、 そのままリングは抜けなくなってしまった。 幾ら無理矢理捻じ込んだとは言え、 小指用の小さなリングが薬指に入ったのだ。自分の細っこい体が恨めしくて、出来る事なら、 黙ったままにしておきたかったのに。 「ここに指輪をはめても良いのは、僕だけなんですっ」 真剣な目できっぱりと言い切る楊ぜんに、 太公望は呆れた顔をした。年頃の夢見る娘じゃあるまいし、何を乙女な事を言っているのやら。 「全く、冗談じゃないですよ」本当は、僕だけがリングをはめるのが許される場所なのに。 たとえ悪戯でも、絶対に許せる事じゃない。僕は傷ついたんですよ。 切々と恨み言を述べながら、 力いっぱい抱きついてくる大きな子供の背中を宥め、太公望は溜息を一つ。 水道管に流してしまったシルバーリング。一点もののレアなアクセサリーだから、 取れたら絶対返せよと王天君は言っていたような気もするのだが。 「ま、いっか」 end.
王天君と師叔の従兄弟設定が好きみたいです 2003.05.10 |