急いでやってきたのだろう。切羽詰ったような大きな瞳で見上げる。 そのこめかみには、汗が伝っていた。 目と耳が大きくてな。瞳はとても綺麗な碧色で、黒くてまだちっちぇーんだ。 でもすっごく大人しかったし、きっとすごく聞き分けも良いに違いねえ。 チチは悟空の手を引っ張りながら、事細かに説明する。 本当はおらが飼ってやりてえんだ。でも、おっとうはアレルギーがあって、 猫だけはどうしても駄目なんだ。 とは言え、悟空はマンション住まいである。 当然ペットは禁止であったはずだ。 とりあえず、チチに袖を引かれながら、 管理人に何と相談しようか考えていた。 チチは、麦わら帽子を置いてきたらしい。 だってこの夏の炎天下の下、 小さな子猫が一人でいるのだ。そのまま連れて行っても良かったのだが、 生憎チチは大荷物を両手いっぱいに持っていたので、どうしてもできなかったのである。 (荷物の内容は、大食らいの悟空の食料品でもあるのだが) 「ほら、あそこだ」 駅から悟空のマンションに向かう途中にある、小さな公園。 その傍の街路樹の根元、ひっそりとダンボール箱が置かれていた。 小走りに寄って二人覗き込むと、見覚えのある 麦わら帽子がちょこんと乗せてあった。 「…あれ」 「どした?」 「おら、こんなの置いてなかっただ」 帽子のつばに、小石が乗せてある。 まるで帽子が飛んでいかないように、重石にしてあるかのようだ。 もしかすると、通りがかりの子供が、悪戯半分に乗せたのかも知れない。 酷い奴もいるもんだ。帽子の下には命ある動物がいるのに、 これじゃあ閉じ込めてるみたいじゃないか。 小石を退かすと、チチはそっと帽子を取り上げた。 「…あれ」 「…えっ?」 帽子の中から姿を見せたのは、目と耳が大きくて、 黒くてちっちゃい子猫の姿ではなかった。 飛び立ったのは、一匹の蝶々。 黒くて碧色のラインが入ったそれは、子供の頃の記憶で、確かアオスジアゲハと 呼んでいたような気がする。 まるで目覚めたばかりでもあるかのように、蝶々はひらひらと頼りなく宙を舞う。 そして、何処か危なげな様子でそのまま飛び立ってしまった。 きょとんと目を丸くして立ち尽くし。 二人、見詰め合った。 「嘘じゃねえだよ」 目と耳が大きくて、瞳は綺麗な碧色で、 黒くてちっちゃくて、大人しかったんだ。 誰も拾ってやらなかったら死んでしまいそうなくらい、生まれたばかりで頼りなくって。 でも、すごくすごく、可愛かったのだ。 ぶつぶつそういうチチの隣、並んで歩く悟空は苦笑した。 「嘘だったなんて、言ってねえよ」 「…でも…」 「もしかすると、チチがおらの所に来る間に、誰かが連れて帰ったのかもしれねえな」 そんなに可愛いかったのなら。 「じゃあ、あの蝶々は何なんだ」 「…さあ」 帽子の中に、身代わりのように入っていた蝶々。 偶然なのか必然なのか。あの子猫のように 真っ黒くて、あの子猫の瞳のような碧色のラインが羽に入っていた。 「子猫を連れてった、お詫びじゃねえのか」 もしかすると。 むすっと、チチは唇を尖らせた。 「おらの方が、先に見つけたのに」 「だからだって」 先に見つけた帽子の主に、ささやかな謝罪を込めて。 「だったらきっと、優しい人だったんだろうな」 「そうかな…」 「きっとそうだって」 ふう、と吐息を一つ。少し小難しい顔で考えて。 「そっだな」 にこりと笑ってチチは悟空を見上げた。 手に持っていた麦わら帽子を軽く叩いて、頭の上に乗せる。 そして二人顔を見合わせ、くすくす笑った。 end.
あんまし夏っぽくないのは、 実は春用に考えていたからです(爆) 2002.07.25 |