公園の傍の街路樹の根元、ひっそりと置かれたダンボール。
その上にちょこんと乗せられた麦わら帽子がもぞりと動き、 太公望と楊ぜんは驚いて足を止めた。





にゃあ、と鳴くのは小さな子猫。黒くて、耳が大きくて、瞳は綺麗な碧色だった。
「ひゃー、ちっこいのう」
ひょい、と太公望が抱き上げてみる。 生まれてあまり日が経っていないらしい。柔らかい体は、頼りないほど華奢だった。
「やっぱり捨て猫なのかのう」
「みたいですよねえ」
「では、それはなんなのだろうな」
「…さあ」
ダンボールに入れられた猫の上。 そっと乗せられたのは、綺麗な色のリボンのついた、女性用の麦わら帽子。
その存在の意味が判らず、楊ぜんと太公望は小首を捻った。
「元飼い主の、良心でしょうか」
夏の強い日差しから子猫をかばうように 乗せられていた帽子は、まだ新しいもののようである。
「どうかのう」
よく判らずに、太公望は唸る。が、ひゃあ、と小さく声を上げた。
「師叔?」
「び、びっくりしたー」
胸に抱き上げていた子猫が、 ぺろりと頬を舐めたのだ。突然のざらざらしたした舌の感触にびっくりしたのである。
しかしその声に驚いた子猫は、びくんと体を震わせ、申し訳なさそうに 身を丸くした。
「おお、すまんすまん」
びっくりさせてしまったな。 丁寧に喉の下をくすぐってやると、気持ちよさそうに目を閉じる。
「随分人懐っこい奴だのう」
「…ええ」
腕の中、大人しくじっとしている様子は、 安心しているようにも見えた。
「どうしたもんかのう」
小首を傾げて考え込み、ちらりと楊ぜんを見上げた。
「とりあえず…ミルクでも 飲ませてあげましょうか」
「そうだのう」
そのまま、近くのスーパーへ足を運びかけた時。
「あーっ」
背後から聞こえる声に、二人は振り返った。




こちらを見上げるのは、虫篭を斜めに掛けた、小さな子供。
大きな目をぱちぱち瞬きさせながら、じっと楊ぜんの腕でじっとしている子猫を見つめていた。
その泣き出しそうな目に、二人は顔を見合わせる。
「おぬしが捨てたのか?」
ふるふると子供は首を振った。
「えっと…じゃあ、帽子を置いたのは君かい?」
「帽子?」
どうやら違うらしい。
天祥と名乗るその少年の話を聞くと、彼が見つけたときには、 帽子など置いてなかったらしい。だけど見つけた子猫が可愛くて、 飼っても良いか家族に了承を得て、今慌ててこの公園に連れ帰りに戻ってきたのだ。
「…そうか」
帽子の主は、少年が発見した後に、この猫に乗せたようだ。
「案外、帽子の持ち主も、この子を拾いに帰ってくるかも知れませんね」
あの女性用の麦わら帽子は、まだ新しいもののようだし。
「ねえ、お兄ちゃん達、その子を連れてっちゃうの?」
泣き出しそうな少年に、太公望と楊ぜんは顔を見合わせる。
一番の「発見者」であり「先約」は、この少年になるか。
「おぬし、ちゃんと世話をするのか?」
「ちゃんとめんどー見るよっ」
「約束できるか?」
「うんっ」
「じゃあ、一つ条件がある」
それ。
少年が斜め掛けしている虫篭を指差した。プラスティックの籠の中には、 鮮やかな碧色のラインが入った黒い蝶々が入っていた。





「ちゃんと世話をしてやるのだぞ」
「うん」
ありがとう。元気に頷いて、 去っていく少年に手を振りながら。
「どうするんです、それ」
両の手の平の中に閉じ込めた蝶に、 楊ぜんは小首を傾げた。
「ほれ、そこの帽子」
顎で示すのは、段ボール箱に 置き去りにされた麦わら帽子。
「もしかすると、この帽子の持ち主も、 子猫を連れて帰るつもりでいたかもしれぬからのう」
子猫の代わりだ。
二人でそっと帽子の中に蝶を閉じ込める。
さて。これを見た帽子の主は、どんな顔をするのやら。
丁寧に帽子のつばに、重石代わりの小石を乗せて。
二人はくすくすとほくそ笑んだ。




end.



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2002.07.25







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