今夜の夕食は素麺と天婦羅にしましょうか。 近所のスーパーで買出しの最中、 夏野菜を選んでいる最中の楊ぜんが提案した。 「何だか今年は、 素麺をいっぱい食った気がするのう」 「すいません、嫌いでしたか?」 「いや、 嫌いではないが」 只、去年に比べると、良くメニューに出て来たような気がするから。 「実は、今年のお中元の頂き物で、重なってしまったんですよ」 最近は朝夕が随分涼しくなってきた。素麺が美味しいシーズンも、もうすぐ終わりだろう。 だからつい、早く食べきらなくては、と思ってしまうのだ。 「まあ、わしはかまわんが」 素麺は好きだし、楊ぜんの作る天婦羅は美味いし。ショッピングカートを押しながら、 傍にあった茄子と南瓜を籠の中に入れた。 「丁度、夏が終わりになって、 素麺も食べ切れそうですね」 「うう、夏も終わりかー」 むしろその言葉に、 何だか寂しさが引き起こされる。 何より、太公望としては。 「これの季節も終わりなのかのう…」 隣の果物コーナー、桃のパックを手に取り、 頬擦りしながらしみじみ切ない声を上げた。そのまま何気ない素振りで、 買い物篭に乗せる事は忘れない。 しょうがないなあ。ちゃっかりしたそれに、 楊ぜんは横目に苦笑した。 「夏の終わりは何だか寂しいのう」 随分珍しい太公望の感傷的な言葉に、楊ぜんは少し目を丸くした。 「師叔でも、そう思うんですね」 「でも、とはなんだ」 失礼な。 「僕は、 どちらかといえば、夏より秋が好きですからね」 「そうなのか?」 「だって暑かったら、 師叔、傍によるだけで怒るでしょう?」 だから、抱きしめる事もままならない。 そのくせクーラー嫌いなので、冷房を入れようとすると怒るのだ。 「不純な奴だのう」 桃の季節が終わるのが物悲しく感じるのと、どちらが不純か、微妙なところだが。 レジへ行き、精算を済ませると、店員が数枚の券を手渡してくれた。 「なんじゃ、これは」 「商店街の福引券ですね」 どれどれと券を見ると、どうやら今日が最終日ではないか。 スーパーを出ると、とりあえず二人は抽選会場へ向かった。 貰ったチケットは三枚。 チケット一枚で一回くじが引けるらしい。 「おお、わしはあれが欲しいっ」 一等賞の旅行宿泊券は既に誰かに奪われているが、 二等のメロンと桃の詰め合わせと四等の地酒セットは、まだ残っている。 「よーし、楊ぜん。 わしに任せよ」 わしはくじ運は良いのだ。 そう主張しながら、 抽選コーナーの簡易テントへ向かうと。 「あっ、こんにちわ。おっしょーさまと楊ぜんさん」 くじの係員は、太公望と楊ぜんを見るなり、嬉しそうに声を上げた。 「武吉ではないか」 「はいっ」 僕、ここでバイトしているんです。おっしょーさま、福引に来たんですね、 頑張ってください。 元気いっぱいに笑顔を返す彼は、病気の母親と暮らす、勤労青年である。 ついでに、太公望の後輩でもあった。 「よーし。二等か四等、出て来るのだっ」 ぺしっと三枚の福引券を武吉に手渡すと、何やら気合を込めて、福引に挑んだ。 楊ぜんのマンションまでの帰り道。 太公望は、福引の商品を小脇に抱え、 面白くなさそうにとぼとぼ歩く。 「…惜しかったですよね」 「…むー」 貰ったのは、参加賞のポケットティッシュと六等と三等の商品。三回の福引で、 全て参加賞でない辺りは、自称通り、くじ運はあんまり悪くはなさそうなのだが。 「今日は、そっちを食べましょうか」 三等賞の商品は、木箱に入った素麺の詰め合わせセット。 やはり今年は素麺の当たり年であるらしい。もう少し、素麺メニューが続きそうだ。 「夕飯食べたら、これ、やりましょうよ」 三等は素麺なのだが、もう一つ、 六等の賞品は花火のセットであった。 「うむ、そうだのう」 かなかな…。 「お、ひぐらし」 何処か寂しげな蝉の鳴き声に、二人はのんびりと並んで家路に向かう。 日が落ちるのは随分早くなってきていた。 end. 引越しをするまで、毎年夏休み最後の日には 幼馴染と花火大会をしておりました 2002.08.24 |