駅近くのファッションビル。 その上の階にあるコーヒーショップ、 その窓に面したカウンター席。時間つぶしに広げた雑誌をめくる手を止め、 楊ぜんはぼんやりと窓の外へと目を向けていた。 「楊ぜん」 名前を呼ばれ、そちらへ目を向けると、なかなか来なかった待ち人が、 やや慌てた様子で頭を下げた。 「すまぬ、遅れてしまった」 申し訳なさそうに 伺う目。息が少し上がっているのは、ここまで走って来たからだろう。 「いえ、遅くなるって言ってましたしね」 「しかし、一時間も…」 「ねえ、それよりも」 あれ、乗りましょう。 にっこり笑って窓の外、隣のビルの大きな名物観覧車を指差した。 エレベーターを上がると、案外な人数が列を作って待っていた。 「これに乗るのか?」 「はい」 乗車券を買ってきますから、 先に並んで待っててくださいね。 何やらいそいそと券売機へ向かう背中を見送りながら、 とりあえず、言われるままに乗車の列へと並んだ。 …それにしても。 ちらりと回りに並ぶ列の人々を眺めながら、 太公望は肩を竦めて身を小さくした。 連休前でもあるし、こんな時間だし。まあ、当然といえば当然なのかもしれないが。 兎に角ざっと見回してみても、男同士でここに並んでいるのは、自分達だけかもしれない。 それ以外は男女のカップルばかりが、占めていて、何やらいたたまれない心地になってくる。 「どうしました?」 「あー、いや、その」 ちらりと周りへ巡らされる視線に、 察しの良い男は、ああ、と頷いた。 「師叔、誰も僕らを気になんて止めてませんよ」 どうせカップル達は、自分達の世界に入っているのだ。こんな所で男同士が観覧車の 列に並んでいようと、知ったこっちゃ無かろう。 「普通にしておけばいいんです。下手に挙動不審だと、かえって奇異の目で見られますよ」 「わしはおぬしと違うのだ」 「もー、ほら次ですよ、観覧車」 「師叔、こっち」 乗り込んだ観覧車、向かい側に座ろうと腰を降ろしかけるが、 有無を言わさない笑顔で、楊ぜんは自分の隣を示した。 中腰のまま固まった太公望に、 「危ないから座ってください」と係りの者が声をかける。 溜息一つ。 どうせ上に上れば、観覧車の中など誰にも見えないか。 のそのそと並んで座ると、背中でかしゃんと扉が閉められた。 ゆっくりと観覧車は上昇する。 隣の美丈夫は、何やら嬉しそうに、 にこにこと腰に手を回してきた。 「手を離せ、だあほ」 「見えませんよ、外からじゃ」 腰なんて。これぐらい良いでしょう?それ以上は何もしませんから。 言いながら、ほら、と隣のビルを指差した。そこは、さっきまで楊ぜんが待っていた コーヒーショップのカウンター席。内側からの照明で、中の様子が良く見える。 「あそこに座ってたらね、この観覧車、よく見えるんですよ」 こちらから見えるということは、あちらからも見えるということで。 「この時間でしょう?乗っているのはカップルばっかりで。見てたら何だか悔しくなっちゃって」 貴方がなかなか来ない事が、無性に切なくって。だから、待ち合わせ場所に来たら、 逆にあそこの客に見せ付けるように、絶対この観覧車に乗ってやろうと思ってたんです。 「…おぬし、それだけの理由で、これに乗ろうなんて言ったのか?」 「それ以外に理由が必要ですか?」 不思議そうな眼差しを暫し見つめ、 かくりと太公望は肩を落とした。いやもう、この男のこんな子供っぷりなんて、 別に今更驚く事ではないのだが。 「でもほら、綺麗でしょう」 眼下に広がる夜の街の夜景に、まあのう、と太公望は軽く頷いた。 「あ、ほら見よ」 満月。 「そういえば、今日は十五夜だったかのう」 「そうですね」 観覧車の頂上、普段、地上にいる時よりは、もう少し月に近い場所で、 まあるい月を二人で見上げた。 end. 大阪にある有名な観覧車を利用するカップルへ一言 上の階の劇場エントランスから、かなり丸見えです(笑顔) 2002.09.21 |