連休を利用して、近場に一泊旅行にでも行こうかという話になった。
車で行こうか、電車で行こうか。北へ行くか、南へ行くか。 双方の希望を可能な限り叶えるべく、 ガイドブックと旅行雑誌を参考に、悟空のマンションの日当たりのよい窓辺にて、 ちょっとした作戦会議を開いていた。
いろんな観光案内を見ていると、 その内、一泊だけじゃ物足りなさが出てきてしまう。せめて二泊。 出来ることなら、一週間ぐらいのんびり遠くに行きたいな。でもそれぐらい休みがあるのなら、 いっそ海外に行きたい。海外だったらあそこにも、あそこにも行ってみたいかな。
暖かい休日の午後、コーヒーカップとクッションをお供に、 のんびりとした会話を交わしていた。





悟空が目を覚ました時、窓から差し込む陽光はずいぶん長く伸びて、うっすらと オレンジ色に染まっていた。
どうやら、ごろごろ寝転がって雑誌を眺めている内に、 いつの間にか眠ってしまったらしい。
ごろんと寝返りを打つと、自分の 体の上に掛けられていた毛布に気がついた。どうやら、チチが掛けてくれたらしい。
「…あれ?」
寝ぼけ眼で周りを見回すが、部屋の中には誰もいない。 トイレにでも行っているのかとも思ったが、どうやらそうでもないらしい。
何も告げずに帰ったりはしないだろう。今日は夕食を食って帰ると言っていたので、 恐らくは、近所のスーパーにでも買出しに行ったのか。
…一緒に買出しに行こうって言ってたよな。
起こしてくれても良かったのに。 チチは、気を使って寝かせてくれていたのであろう。でも、目が覚めて、 あると思った姿がいないのは、 何だか無性に寂しくて、理不尽と分かっていながら腹が立った。
傍に置いてあったトレイの上、 腹這いになったまま、少し残っていたコーヒーをぐいっと一気にあおる。
冷めた苦味がちっとも美味しくなくって。
だから悟空は毛布に包まって、もう一度横になった。 寝ている内に帰ってくるだろう。そう思って目を閉じた。





次に目が覚めた時。窓にはカーテンできちんと閉じられていた。
真っ暗い部屋の中、 毛布の中からもそもそと身を捻って顔を上げる。引き戸の隙間から、 隣室の明かりが筋を作って差し込んでいた。
ことこととした鍋に火のかかった音。 食器を洗っているのであろう気配。それに混じって微かに聞こえる鼻歌。
まどろんだ意識が覚醒する中、ゆっくりとそれを理解して、 悟空はふんわりと口元をほころばせた。
「悟空さ?」
起きたのか? 気配に気がついたのか、扉越しに掛けられるその声に、悟空は慌てて毛布をかぶった。





「悟空さ」
そっと控えめに引き戸を開けて、チチが電気のついていない リビングに入ってきた。そのまま、窓辺に丸まったままの悟空の傍ら、 膝をついて覗き込む。
目を閉じたまま反応の無い寝顔を、暫しじっと見つめて少しの間。 ぱちぱち瞬きをすると、小さく溜息をついて手を伸ばし。
「痛っ」
ぴんっと人差し指で、悟空の鼻先を弾いた。
「やーっぱり、狸だったか」
目覚めたばかりにしてはクリアな反応に、 チチはくすくす笑う。
「ひでえなあ」
ついさっきまで、本当に寝てたんだぞ。 体を起こし、拗ねた顔でぷいとそっぽを向く悟空に。
「何だ、機嫌悪いのか?」
「…別に」
悟空にしては珍しい、何か不機嫌そうな声。
「どうしただ?」
「何でもねえ」
その真意を探るような、まじまじとしたチチの視線がくすぐったい。 何となく、どう切り替えしてよいか分からない空気の中。
「寂しかったか?」
チチがなでなでと頭を撫でてきた。
「目が覚めたら一人で、寂しかったか」
「何で、途中で起きたの分かったんだ?」
驚いて声を上げる悟空に、チチは目を見開く。
そうではなく、今暗い部屋に一人でいたから、そう聞いただけだったのだが。
「買い物行ってる間に起きたのか?」
「…あ」
ぷっとチチは吹き出した。
「何だ…悪かったな、一人ぼっちにしちまって」
くすくす混じりの声に、 あしらわれているのかな、と思ったが、チチにそんなつもりは無いらしく、 酷く優しい笑顔がそこにある。
寂しかったか。そう言いながら、こつんとおでこを合わせ、チチはにこりと笑う。
「…なーんか、不思議だな」
「何が?」
どうもチチには、 何でもお見通しされてるような気がする。
それでも。
「何でもねえ」
なでなでと頭を宥められる、 小さな子供相手のようなそんな仕草。それさえも、チチにされるなら嫌じゃない。
「腹減っただけだ」
誤魔化すように、悟空はチチの肩に顎を乗せた。




end.




チチさんは姉さん女房かなり希望
…すいません、また外してますか?私
2002.10.08







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