エプロンをつけて、キッチンの前に立つと、太公望は気合を入れて腕まくりをした。
さて、買い置きは何があったかのう。なにせこの家の主人は、まめに自炊もする。 ついでにこちらの好物も熟知しているので、冷蔵庫の中はいつも、それなりに 充実していた。
「…なんじゃ、賞味期限が明日ではないか」
まだ半分以上残っている 牛乳パックを手に取り、ふむ、と考えた。
冷凍室には鶏肉も入っている。人参やじゃが芋は当然常備されているし、 野菜室にはブロッコリーも入っていた。
よし、決めた。
今夜のメニューはシチューにしよう。





あまり手馴れたとは言えない手つきで、太公望は野菜を刻む。
別に子供じゃあるまいし。そりゃあちょっとばかり不器用であることは否定しないが、 それでも料理ぐらいそれなりに出来なくは無いのだ。それなのに、いつもあやつは しつこい位に心配ばかりする。
そう、そうだ、そうなのだ。
あやつは、いちいち何でもしつこいのだ。
今日だって。そりゃあ確かにあやつの言う通り、 こちらはそんな、何でもかんでも口に出して、「気持ち」を伝えたりしないかもしれない。
でも人間、得手不得手がある。
それに、考えてもみろ。嫌いな奴と、こうして会ったりするか?あの男は、それこそ 大安売りのように毎度毎度こっぱずかしい台詞を真顔で言ってはいるが、 それと同じものをこちらにも求めるのは、大きな間違いだっつー事にまだ気が付かんのか?
大体、「気持ち」なんて、簡単に言葉になんか出来る訳が無い。 なのに、しつこくしつこく何度も聞いてきて。ちょっと誤魔化してはぐらかすと、 拗ねて、怒って…。





「――つっ」
刃で切った指先を、太公望は慌てるように口にした。 口の中にじんわりと広がる鉄分の味に眉を潜める。
「…いた…」
ちらりとそちらの部屋、ぴったりと締め切られた扉へ視線を送り、小さく溜息をついた。





切った鶏肉と人参とじゃが芋と玉葱を軽く炒めると、コンソメソースの入った鍋に入れた。 ついでにローリエの葉も一枚放り込み、蓋をして火加減を見る。
さて。次はルウを作ろうか。
以前妹の邑姜が家で作って教えてくれたのを見ていたから、 作り方は覚えている。
冷蔵庫からバターを出すと、 フライパンで熱して溶かし、それに小麦粉を振る。
で、確かそれを牛乳で伸ばすのだな。何だ、市販のルウ無しでもちゃんと出来るではないか、 凄いぞ、わし。





野菜に火が通る間に、サラダも作った。鍋に先程作ったルウを入れ、 とろみが出るまで弱火で煮る。塩コショウで味を整えたところで、一口味見をした。
「…よし」
ちゃんと、完璧に、間違いなくクリームシチューの味だ。
エプロンを外して、 閉じられた扉を見て、むうっと唇を尖らせて。「よし」と自分に気合を入れると、 控えめにノックをして、そっと扉を開けた。
「楊ぜん」
その背中に声をかける。
「夕飯、作ったぞ」
反応の無い背中に近づき、そっと横顔を伺う。
「よーぜん」
反応は無く、その目はまっすぐ前を向いて、むっつりしたまんま。
やれやれまだ怒っておるのか。心の中で太公望は、ひっそりと息をついた。
「シチュー、出来たぞ」
食わんのか?広い背中にもたれかかる様にして、背後から抱きつき、 肩の上にあごを乗せる。
「楊ぜん?」
折角わしが作ったのに。
「…そうやったらいつも僕が許すって、師叔、そう思っているでしょう」
「でも、こうせずとも、おぬしはわしを許すだろう?」
間近で視線が合う。
「だからわしは、おぬしの為に、シチューを作ったのだ」
食ってくれるであろう?
伺うような視線をしばらく見つめ、参ったなあと言う様に、やっと楊ぜんは苦笑した。
結局、どうやったって、この人には勝てないらしい。諦めたように肩を竦め、 回された腕に、そっと手を添えた。
「どうしたんですか」
これ。指に巻かれた傷テープを見つめる。
「ああ、さっき包丁で…な」
大したことは無い。ひらひらさせる手を取って、 祈るようにそっとその上に唇を寄せる。
「気をつけてくださいね」
楊ぜんの目が余程辛そうに見えたので、 太公望は素直にうむ、と頷いた。
よいしょと楊ぜんは立ち上がる。
そのまま、背中にぶら下がったままの太公望を引きずりながら、 並べられたシチューの元へと向かった。




end.




現代パラレルなので、生臭OKです
昔、こんなCMありませんでしたっけ?
2002.10.07







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