「師叔はココアがいいんですよね」
「うむ、マシュマロも忘れるなよ」
「いくつ入れますか?」
「いっぱい入れてくれ」





「映画ですか?」
「うむ、普賢が貸してくれたのだ」
「聞いたことのないタイトルですね」
「実はわしもだ」
普賢曰く。 笑いあり、サスペンスあり、感動ありの超お勧め作品らしい。国内では一部の 映画館でしか上演されなかったのであまり知名度はないのだが、 そちらの業界では有名な映画祭でも賞を取った、掘り出し物の秀作なのだそうだ。
幼馴染だけあって、普賢はこちらの好みなんかも熟知している。 その彼があれだけ薦めるのだ、まあ、外れはないだろう。
テレビの前にクッションを並べ、床に置いたトレイの上にはビスケットとポテトチップス。
それに。
「はい、どうぞ」
熱いですよ。楊ぜんの作ったマシュマロ・イン・ミルクココアの マグカップ。
さあ、これで準備は万端だ。太公望は、リモコンのスイッチを押した。





物語中盤。軽いテンポで始まったストーリーは、やがて緊迫したサスペンスへと 移行される。
へえ、結構面白いな。 既に冷めてしまったコーヒーを啜りながら、楊ぜんはちらりと隣に座る横顔を垣間見た。
無意識に小さなクッションを抱いているのは、どうやら彼の癖らしい。 真剣に画面に見入っている様子は、何だかかわいいなあと口元をほころばす辺り、 傍から見れば、惚気を通り越して色ボケである。
にこにことしたその視線に気がつき、 太公望は怪訝そうに目を向けた。
「…何じゃ」
「いえ」
にっこりした笑顔に、 むうっと唇を尖らせる。
「こっちを見とらんと、 映画を観んか、映画を」
テレビ画面を指差して、睨み付ける。
殆ど無視はしているが、この男、映画館なんかでも、スクリーンではなく こちらをじいっと見ている時がよくある。寒い答えが返ってきそうなので、 あえて理由を聞いたことはないのだが。
それでも、折角の映画を前に、 ちゃんとしっかり観なくては、一緒にいてて何だか腹が立つ。
「ちゃんと観てますよ」
嘘をつけ、嘘を。
そう言いながら、こちらに向けられる 視線に、太公望はぷいとそっぽを向いた。





「…うわっ…」
びっくんと太公望は肩を竦めて、小さな声を漏らした。
映画は盛り上がり、スリリングなシーンが続いている。
「…わっ…わわっ」
その画面に釘付けになりながら、太公望はびくびくと身をすくませ、 クッションを抱く腕に力を込めた。
何だか小動物を思わせる様子に、 楊ぜんは小さく笑うと、そっと立ち上がる。そしてゆっくりと背後へ回ると。
「…こら」
そのまま後ろに座り、腰に腕を回してきた。
「何なのだ、おぬしは」
「いいじゃないですか」
僕、結構怖がりなんですよね。 言いながら、ぎゅうっと太公望を抱く腕に力を込める。
「師叔だって、ほら、 抱きしめてるでしょう」
クッションを。だから僕にも抱きしめさせてくださいよ。
訳の判らない理屈に、むすっと太公望は不機嫌な顔をする。
「わしは別に怖いわけではない」
ただちょっと、驚いているだけなのだ。
駄目なのだ、と以前言っていた。
ホラーやオカルト事態は別に大丈夫なのだが、 驚かされたりびっくりするシーンには、本当に弱いらしい。もう来る、もう来る、 と流れを判っていながらも、どうもお約束な反応をしてしまうようなのだ。
「判ってますって」
ほら、映画。大事なシーンを見逃しちゃいますよ。
頭の後ろから促され、ふん、と画面へ目を向けた。





クライマックスに差し掛かり、BGMが物悲しく流れる。
緊迫したサスペンス物かと 思いきや、それなりの人間ドラマも織り込まれ、なかなか感動的な締めくくりとなっていた。
楊ぜんの腕の中、太公望はもそもそと手を伸ばし、傍にあったティッシュの箱を手繰り寄せる。
一枚抜き取り。
「ほれ」
背後から抱きしめる楊ぜんの手に握らせてやった。
「…あ…すいません」
涙声でそれを受け取る。くすんと鼻を啜る音が、頭上から聞こえた。
駄目なんですよね、と以前言っていた。
楊ぜんはどうもこういった感動シーンに 弱いらしい。特に家族や動物を取り扱ったようなドラマは、どうしても お約束な反応をしてしまうようなのだ。
腰を抱いた腕を、ぽんぽんと宥められる。
涙を拭いたティッシュをくずかごへ放り投げ、楊ぜんは太公望の髪に顔をうずめた。




end.




望ちゃんって、自分があんまり泣けない分
人の涙にはとことん弱そうですね
2002.10.30







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