逢えないけど、季節は変わるけど。




さくら坂





幾度になるのか、貴方のいないこの季節。





「ほう、綺麗だのう」
咲き乱れる桜の花に、太公望は嬉しそうな声をあげた。
「姫発辺りが、花見酒をしようと言っておったが」
成る程、頷ける美しさである。
城下から少し離れた場所。なだらかな並木の坂道に桜が咲いていると聞いて、 太公望と楊ぜんは二人、散策ついでにやって来た。
朝歌にやってきて、仙道の仕事は、少しづつ減って来ている。周王朝の成った今、 もはや仙道のするべきことはない。残るは妲己。彼女を倒せば、全ての封神計画が終える。
全てが、終わってしまう。
「ねえ、師叔」
「ん?」
「封神計画が終わったら、貴方は何をしたいですか?」
少し、間が空いて。
太公望は困ったような笑顔を浮かべた。
「…今はまだ、そんな事 考えられぬよ」
目の前にあることだけで精一杯で。
「そんなこと言わないで、 考えてみてくださいよ」
簡単な事でいいんです。 そんなに深くは考えないで下さいね。
そう断りを付け加えた。
そうだのう。暫し太公望は考えた後。
「桃を食って、だらだらしたい」
返ってきたのは、実に彼らしい、至極あっさりとした答え。
「結局それですか」
かくりと楊ぜんは肩を落とした。
「そういうおぬしこそ、何がしたいのだ?」
「そりゃもう。師叔と一緒に旅行にでも行って、 のんびり温泉でも浸かりながら、あんなことやこんなこととかそんな事まで、二人でしっぽりと…」
「止めんか、だあほっ」
ぺし、と打神鞭で楊ぜんの頭を叩く。
「痛いなあ」
聞かれたから、正直に言ったのに。
ぶつぶつと愚痴る楊ぜんをジト目で睨み、 ふーっと溜息をついた。
「…おぬし昔、姫発に聞かれた事があったそうだのう」
進軍中の時、 姫発にこの戦争が終わればどうするのか、質問されたことがあった。
その時の楊ぜんの 答え、皆で仙人界にでも引っ込むと言っていたのを、太公望は後になって人伝に聞いたのである。
「もう、引っ込むにも、仙人界はなくなってしまいましたけどね」
困ったように笑う。表情に暗いものはなく、ただその事実に苦笑しているようだった。
「新たな仙人界が、必要になりますね」
「…うむ」
妖怪仙人達は、 現在ビーナス達が上手くまとめてくれているが、それでもいつまでもこのままでは いられない。何らかの処置が必要だ。公主の身体も心配である。
「たとえ妲己を倒したとて、貴方にはまだまだやる事は残っていますよ」
封神計画だけが、貴方の人生の全てではない。
目が合う。
揺らめくような藍の瞳が、 痛いような光を宿していた。
だから楊ぜんは身を屈め、瞳を閉じて太公望の頬に唇を当てた。
「痛っ」
ぺちんと額を叩かれて、すぐに楊ぜんは唇を離す。
むーっと太公望は 楊ぜんを睨みつけた。
「ったく、油断も隙もない」
何を考えているのやら。
ぶつぶつ言いながら顔を背け、手の甲でごしごしと頬を拭う。
「ひどいなあ」
キスして欲しそうな顔してましたよ。冗談めかした言葉にじろりと睨みつけるが、 その頬はほんのり赤く染まっていた。
それを誤魔化すように。
「…しかし仙人界の事は、早急に手を打たねばなるまい」
それは、太公望とて考えている事だった。太乙に話してはいるが、幾ら彼でも妖怪を 含む全仙人を収容できるほどの場所を作り上げるには、それ相応の時間が必要になる。
問題は山積みなのだ。
「楊ぜん、おぬしは新たな仙人界について、どう考える」
そうですね。
楊ぜんは長い睫毛を少し伏せて考え、丁寧に言葉を紡ぐ。
…これは、僕の夢、みたいなものですが。
「全ての仙道を、一つの仙界に統合したいです」
今までは、人間出身の仙人が主だった崑崙と、 妖怪仙人が主だった金鰲との二つの仙人界に隔てられていた。
もしも。
新たにこの手で 仙人界を作り上げていくとするならば、そんな区分のない、全てが平等で偏見のない、 新しい仙人界にしたかった。自分の出生を負い目に感じる事のないような、そんな仙人界を 生み出したい。
それが楊ぜんの願いでもあった。
「憧れ、なんですけどね」
現実には、そう容易くいくわけがないことは、充分に承知している。
でもいつかは。
貴方が僕の全てを受け入れてくれたように。
「おぬしらしいのう」
にこりと笑う。





でもね。
でも、この夢は、貴方が傍にいなくちゃ 駄目なんです。
どんな夢も、どんな憧れも、全てはそこから始まるんです。






「風が…」
ざあっと風にあおられて、桜の花びらが舞い散る。
流れる桜の花びらを、 惜しむように見送る、幼さの残る横顔。ふいに、抱きしめたい気持ちでいっぱいになって。
「のわっ」
いきなりしっかりと抱きしめられ、思わず声を上げた。
抵抗する小さな体。 それに構わず、楊ぜんは拘束する力を強めた。
「師叔」
「な、なんじゃっ」
「ずっと一緒にいましょうね」
擦り寄るように、髪に顔を埋める。
「ずっと二人で」
切実な響きに、太公望は身を捻り、正面から目を合わす。
藍い瞳は、とても綺麗な色だった。 桜の花びらに埋もれそうなそれは、何故だろう、悲しみに似た色をしていた。
「…のう。のう、楊ぜん」
一度しか言わぬから、 ちゃんと聞いておくのだぞ。
桜色に染まる頬。
「あのな、わしはな…」





貴方がここにいた。
貴方に恋をしていた。
その時唇が形取った言葉は、いつまでも忘れる事はないだろう。






あの頃は本当に、ただお互いの存在が真実だった。
何も知らなかった、その時だからこそできた、あまりに 無邪気すぎた約束。
でも、きっと。あの人は忘れていない。
貴方は今も、貴方のまま。





僕の想いが、今も愛のままであるように。




end.




某福山氏の「桜坂」より
ちなみに、個人的楊ぜんさんソングは
同氏の「Heaven」です。これは不動
2002.03.25







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