![]() 「荷物は積んだか」 「はい」 「弁当とおやつは」 「ここにあります」 「戸締りはしたか」 「全て確認しました」 「よし、忘れ物はないなっ」 「一つだけあります」 「なぬ?」 「ほら、行ってきますのキ・スですよ」 よし。 「行くぞ、楊ぜん。さあトナカイに変化せよっ」 ナチュラルに無視を決め込み、 師叔はきりっと赤い帽子を被る。 「いえ、師叔。わすれものが…」 空飛ぶソリに乗り込むと、星空を指差し、高らかに声を上げた。 「わしらを待っている、世界の良い子達の為にっ」 世間では「恋人同士の甘い夜」なんて言われるクリスマスだが、 サンタクロースとトナカイにとっては、一年で一番忙しい日。 何と言っても、一晩で世界中の子供達へのプレゼントを、配り切らなくてはいけないのだ。 普段はのんびりしてて怠け者の彼だけれど、流石にこの日ばかりは、そうもいかない。 日頃のサボり癖を返上して、 サンタクロースの勤めを果たすべく、きりきりきびきびと己が務めに没頭する。 「楊ぜん、次はここだ」 「次はあっち」 「さあ、向こうまで飛ぶのだ」 「馬鹿者、プレゼントが違うっ」 「楊ぜん、それを取ってくれ」 「では、これをここの家に持っていくのだ」 「次はこれを持ってゆけ」 「遅いっ、こっちも持っていかんかいっ」 向こうの空が白々としてきた頃、何とか全てのプレゼントを配り終えた二人は、 やっとの思いで帰路へとついた。 瞬く空の星も、 ゆっくりとゆっくりと太陽の光に溶け込む。 「師叔、夜が明けましたね」 今年も二人の共同作業、一緒に頑張りましたよね。 紫色に染まりつつある 明けの空はとっても綺麗で、何となくロマンティックな心地で掛けた声に返されるのは。 「やかましいっ、折角気持ち良くうたた寝ておったのに、起こすでないっ」 朝日がやたらと目に沁みるのは、徹夜の寝不足の所為だけではないのかもしれない。 「師叔、遅くなりましたけど、これから二人でクリスマスしましょうよ」 「むー、わしは疲れたのだ」 「すぐ、とっておきのご馳走作りますから」 「明日にせんか」 「だって、今日じゃなきゃ意味無いですよ」 「疲れとらんのか、おぬしは」 「ケーキもありますし…あ、ワインも開けましょうね」 「わしはもう寝るー」 「愛が足りない…」 「はあ?」 服の裾を掴み、むすっと拗ねたように 睨み付けるトナカイを、太公望は片眉を吊り上げて見上げる。 「世間ではクリスマスと言えば、 恋人同士の祭典じゃないですか」 「おぬし、認識が間違っておるぞ…」 第一、何時恋人同士になったのだ。 「せめてプレゼントしてくださいよ」 クリスマスらしい、 二人の時間を。 「大体。師叔は僕に、一度もクリスマスプレゼントをくれた事がないです」 人に夢を与えるのがサンタクロースの使命じゃ、とか何とか言っときながら、 一緒にいる片腕兼(自称)恋人には、ちっとも甘い夢を見せてくれないんだから。 サンタとトナカイという切っても切れない関係同様、人生のパートナーとしての関係も (但し、最初は無理矢理強姦犯罪まがいに)、築き上げてきた二人である。 それなのに。見も知らぬ人にプレゼントを贈るくせに、 パートナーであるトナカイには、クリスマスプレゼントの一つもくれたことがない。 「だあほ。当然であろう」 サンタクロースは、 個人的にクリスマスプレゼントを贈ってはいけない決まりになっているのだ。 「でも僕は毎年、貴方に贈っているのに…」 「おぬしはトナカイだからのう」 「何だか、理不尽です。その決まり」 むすうっと膨れっ面をする楊ぜんに、 諦めを込めた溜息を一つ。 「…プレゼントすればよいのだろう?」 その甘い二人の時間とやらを。クリスマスプレゼントを渡す事は出来ないけれど。 「今日一日頑張った、その労わりのプレゼントだ」 途端、トナカイ楊ぜんは、機嫌よろしく頷いた。 「…って、おぬし、毎年わしに、何をプレゼントしておるのだ?」 貰った記憶はないのだが。 そりゃあ勿論。自信たっぷりの笑顔で。 「恋人同士の甘い夜を…」 いつもよりサービス満点三割増に。 言い終える前に、強烈なアッパーカットが炸裂した。 end. サブテーマ「うちの師叔は甘くない」 カッコいい楊氏の書き方、ご教授ください(涙) 2002.12.19 |