吐く息は白い。 最初は、この風が吹きさらしの割り当て場所に、寒い寒いを連発していた。 しかし、忙しさからか慣れからか、その内そんな感覚さえも麻痺してしまう。 指先は真っ赤になってはいるものの、既に先端の感覚はない。はあっと息を当てたのは、 暖を取る為ではなく、薄い和紙を捲る滑り止めの為だった。 通っている高校は、校則でアルバイトは全面禁止とされている。但し、 唯一例外として許可されているのが、年末年始、神社の巫女と郵便局の年賀状配達だった。 半日の講習と、大晦日と三が日のみ拘束のアルバイトだし、 軽い気持ちで学校の友人と一緒に参加した。 生まれて始めてのアルバイトで任されたのは、 おみくじ係。百円玉を貰って、出した番号の御神籤を手渡せばいいだけのものは、 アルバイト初心者にとって、妥当といえば妥当であろう。 最初こそ手間取ったものの、忙しささえ厭わなければ、難しい事は何もない。 (むしろお守りや破魔矢等の販売の方が、お金の計算もあるし、大変そうだ) 最初は緊張と焦りと戸惑いばかりだったのだが、すぐに手際も慣れてきて、 要領も何とか覚えることができた。 そろそろ休憩交代かな、時間が気になりだした頃。 「チチ」 耳に馴染んだ声に、びっくりして目を丸くした。 「よお」 にこにこと人懐っこい笑顔に、思わずこちらも笑顔になった。 「悟空さ」 巫女姿で、余り外はうろつかないように、と注意されている。 裏手にある来客用棟。正月三が日の間、ここはアルバイト要員の、臨時休憩室に宛がわれていた。 暖房の効いた座敷の中は、同じく休憩交代のアルバイト員が数名が、のんびりまったり寛いでいる。 チチが悟空を連れて入ってくると、 気さくな賄いのおばさんが、二人に振る舞いぜんざいを渡してくれた。 「悟空さ、今日のバイトは終わっただか?」 「ああ、今終わってきた」 朝の配達を終えて、 その足でこの神社にやって来たらしい。 ストーブに当たっていると、 自分の体が相当冷え切っていたのが、今更ながらに自覚できた。 冷えのぼせて、 ほっぺたが真っ赤になっている。 「寒そうだな、あそこ」 チチがさっきまでいた、 おみくじコーナーの事を言っているらしい。 確かに。屋根がついているだけの小屋で、 足元の見えない所に置かれたストーブが、せめてもの暖である。 「悟空さだって、 寒かっただろ」 早朝の郵便配達だ。今朝は一段と冷えていたと言っていた。 「おらは、ほら、体動かしてたから」 寒い事には違いないが、 チチのように座りっぱなしではなく、自転車で配達していた。体を動かしていたので、 その熱で然程寒さは感じなかった。 「悟空さはいつまでバイト、入っているだ?」 「三日までだぞ」 じゃあ、チチのバイトと全く同じ日数か。 「終わったらさ、 ちっと遅いけど、二人で初詣しねえか」 そうだな。悟空は笑って頷いた。 ぜんざいも食べ終えて。さて、と悟空は立ち上がる。 「じゃ、おらもう行くな」 「帰るだか?」 「バイトで早起きだったからなあ」 明日も朝早くから、バイトがある。 とりあえず、家に帰って寝不足を解消したい。 「わざわざ来てくれて、ありがとうな」 「バイト、頑張れよ」 「そっちこそ」 ポケットに突っ込んだ片手に思い出し、そうだと悟空は行きかけた足を止めた。 「チチ、これやるよ」 ぽん、とチチの手に乗せたのは、使い捨てカイロ。郵便局の配達に、 寒いだろうからとポケットに忍ばせていたのだが、バイト帰りの悟空には、もういらないものだ。 ほんわり暖かいそれを、チチは笑って受け取った。 「ありがとう」 「…そう言えば、まだ言ってなかっただな」 「何を?」 大切な事だべ。 「新年の挨拶」 あけましておめでとうございます。 今年もどうぞ、よろしくな。 end. 私の高校の校則がそうでした 誰も守っちゃいませんでしたが 2003.01.01 |