神社の正月は忙しい。 何と言っても、神社が脚光を浴びる、一年に一度のメインイベントが 正月なのだ。 神社の神主の孫として生まれた太公望も、本人の意思に関わらず、 年の末からあれやこれやと手伝わさるのが常だった。 家業が家業だから、仕方ないと言えば 仕方ない。今更そんな事に文句を言うつもりもないのだが。 それでも。それにしても… 「こりゃ。いつまで準備に手間取っておるのだ」 早くせんかい。 祖父の怒声に太公望は、鏡の前でとほほと項垂れた。 毎年元旦、通例として、この神社では巫女舞いが行われる。 巫女舞いとは言うものの、女性しか出来ないわけではない。事情で巫女が不在の時には、 その代理が舞う時も少なくはなかった。 太公望も子供の時は、何度となく代理を務めたことがある。 とは言え。 「うう…高校生になってまで、こんな事をせねばならんとは…」 今年に限って、 何故か巫女の手配がつかなかったのだ。子供の代理も探したが結局見つからず、 強引なまでの白羽の矢が、無理矢理太公望に当てられた。 幼い頃から、 当たり前のように家業を手伝っていたので、巫女舞いは既に幾度か経験済みだ。 舞いも手順もそれなりに覚えてはいるので、適材と言えばこれ以上の適材もない。 「おお、良く似合っておるではないか」 控えの間にやってきた神主である祖父は、 巫女姿の孫の晴れ姿に、嬉しそうな声を上げた。 「やかましい、くそじじいっ」 代理であるから、当然と言えば当然なのだが。巫女舞い代理は、そのまんま、 巫女の女衣装を身に付け、化粧を施さなくてはいけないのだ。 「何、臍を曲げておる」 「女装を褒められて、嬉しいわけなかろう」 そちらな趣味の持ち主でも無し。 只ですら、自分の発育途上な身長と貧相な体型が、それなりにコンプレックスでもある。 「女装と言うな。歌舞伎の女形と同じじゃ」 神聖なる巫女舞いに、なんちゅう言い草をする。 「神主さま、こちらにおいでですか?」 襖越しにかけられた声に、太公望はぎょっとした。 うむ、はいれ。返事を待って開かれた戸のむこうから、浅葱袴の美丈夫が顔を見せた。 「楊ぜんか」 神楽の準備が終わったので、確認に来て欲しいとの伝言を受けたらしい。 判った、と出て行きかけて。「先にお主に預けておこうか」頼んだぞ、 と小さな鞄を楊ぜんに渡して、控えの間から姿を消した。 で。 残された二人。 「とってもお似合いですよ、師叔」 「嫌味かい」 「やだな、違いますよ」 僕は本気で、本心で言っていますよ。 「ならばおぬし、相当目と頭がおかしいらしいのう」 ぶすうっと不貞腐れた顔でそっぽを向く。そんな太公望に、楊ぜんは嬉しそうに膝を寄せてきた。 「へえ、ちゃんとお化粧もするんですね。可愛いなあ」 笑顔で覗き込み、 丁寧に髪を撫で付けてやる。それを太公望は、不機嫌に払いのけた。 「大体、 何でおぬしがここにおるのだ」 「アルバイトですよ、言ったでしょう」 猫の手も借りたいほどに忙しい正月の神社。毎年若干名だけ、臨時のアルバイトを募集していた。 太公望の同級生である楊ぜんは、それに申し込んだのである。 太公望の家業は知っている。 どうせ正月は、そちらの手伝いに忙しくて、ほとんど一緒にいられないだろう。 ならばこうした方が、ずっと一緒に傍に居られる。しかもバイト料も貰えて一石二鳥と、 彼なりに考えたらしい。 「神主さまも、久しぶりに師叔の舞いが見れると、 喜んでらっしゃるんですよ」 口ではあんな風に言っていますけどね。 まあ、じじいも歳だし、「死ぬ前にもう一度、孫の神楽舞いを見てみたいのう」等と、 何処まで本気か判らない事も言っていた事も知っている。 だからこれもじじい孝行と思って、普通は元服まで(つまり小学生)の子供にさせるような 巫女舞いを、しぶしぶながらも引き受けたのだ。 「太公望、時間じゃぞー」 祖父の呼び声に、わかったと気のない声を返し、 面倒臭そうに立ち上がる。 「頑張ってくださいね」 気合の全く見られない力加減で片手を挙げ、巫女姿の太公望は、襖のあちら側へと消えていった。 まあ、あの人のことだから。口ではやる気のない様子でも、きっちりするべき事はするだろう。 「…じゃあ、こっちも準備するか」 神主に渡された鞄の中身は、 太公望の舞を録画する為に、こっそり準備したデジタルビデオカメラ。 「ダビング用テープ…やっぱり保存用に、もう一本買っておこうかなあ」 ビデオカメラの入った鞄を小脇に抱え、楊ぜんはいそいそと舞台へ向かった。 end. 神社の祭事に関しては 全くのデタラメでございます 2003.01.01 |