かたかたかた…。
密やかに窓を叩く音に、楊ぜんは顔を上げた。手にあった絵本を置くと、 窓辺に歩み寄り、小さな手でカーテンを引っ張った。
そこにある姿に、きょとんと目を丸くする。
「望?」
慌てて窓を開く。
「よーぜん、わしをかくまうのだっ」
涙目で声を上げるのは、綺麗な桃色の晴れ着を着せられた、向かいの家に住む望だった。





窓のすぐ外にある樹の枝から、小さな体はぴょんと勢いをつけて飛び込んできた。
しかし着慣れないその服が災いして、枝に裾を取られてバランスを崩す。
「のわあっ」
「あぶないっ」
伸ばした手で楊ぜんは望を引っ張り込む。 勢いのままに転がり込んだベットの上、二人はもつれる様に転がった。
「望、だいじょうぶ?」
楊ぜんは隣に転がる望を覗き込む。望は額を打ったらしく、 う〜、と唸り声を上げながら体を起こした。
「どきどきしたのだ」
「こっからはいっちゃだめっていわれてたのに…」
見つかれば、またこっぴどく怒られてしまう。
「きんきゅうじたいだったのだ」
それより。
「どうしたの、そのかっこ…」
改めて、楊ぜんは望の姿をまじまじと見つめた。
望は楊ぜんと同じ歳の男の子である。 ちょっと細くて小柄ではあるが、れっきとした男の子。
だけど今望が身につけているのは、 女の子の着物。頭の上には大きなひらひらのリボンまであしらわれている。
「にげてきたのだ」
今日は望の家に、親戚が遊びに来ているらしい。 優しくて美人の、歳の離れた公主という大学生のいとこなのだが、 彼女に付き合って遊んでいるうちに、こんな格好をさせられてしまったらしい。
「わしはいやだといったのだ」
泣きそうになりながら、望はぎゅっと着物の袖を握った。 その指先、ちっちゃな丸い爪ひとつひとつに、桜貝色のエナメルまで塗られている。
乱れた裾と、曲がったリボンを直してやりながら。
「でも、すごくかわいいよ、望」
望はむっと唇を尖らせると、楊ぜんを睨みつけた。
「わしはおとこなのだ」
こんな女の子みたいな服を着せられても、ちっとも嬉しくない。
ぶう、 とほっぺたを膨らませる様子に、楊ぜんはにこにこ笑って、いきなりぎゅっと抱きしめた。
「なんなのだ、よーぜん」
ばたばたともがくがかまわず、 望の頭を小さな手で、なでなでと撫でる。
「だって望、おにんぎょうさんみたい」
すごくかわいい。
「おんなあつかいするでない〜っ」





「楊ぜん」
ノックと共に掛けられる声に、二人はぎょっと目を合わせた。
窓から入ってきたのがバレては怒られてしまう。わたわたと慌てふためき、 取り敢えずはと、楊ぜんのベットの布団の中に潜り込んで望は身を隠す。
タイミングよろしく、望が隠れて一拍の時間を置いて、楊ぜんの父親が扉から顔を出した。
少しくるりと部屋の中を見回して、不自然に膨らんだ楊ぜんのベットの布団に目を細めた。 その視線に気が付き、楊ぜんは出来るだけさり気ない風を装って、ベットの膨らみを背中に隠す。
「な、何?」
「今、丁度、向かいの望君の親戚の方が来られたんだ」
びくん、と布団の小山が波打った。
「ふ、ふうん」
「ケーキを買ってきたから、 一緒に食べないかと、お前を呼びに来たんだが」
楊ぜんは、視線を後ろへ投げる。
「えっと…えと…」
「よかったら、行ってきなさい」
穏やかな顔は、 何処か可笑しそうな微笑を浮かべている。
「悪いことをしたと、公主さん、謝っていたよ」





ぱたんと扉が閉じられて。
もそもそと、布団の中から望が頭を出した。むう、と唇を尖らせる 望を、楊ぜんはちらりと振り返る。
「…ケーキ、あるんだって」
ぷいっと望はそっぽを向いた。
「…食べに行く?」
ぶう、とほっぺたを膨らましたまま。
「いこう?」
「…よーぜんは、けーきがたべたいのか?」
だったら、一人で行けばいい。 意地っ張りなそれに。
「でもぼく、望といっしょにたべたい」
ぎゅっと手を握り、 よいしょ、と立ち上がらせたる。そのまま手を引くと、望はのろのろした足取りでついて来た。





「おぬしがけーきをたべたいから、わしもついてってやるのだぞ」
「うん」
「わしはまだ、おこっておるのだからな」
「うん」
「けーきなんかにつられてないのだ」





そこのところ、きっちりしておいてほしいのだ。





end.




子供、書きやすいんです
2003.02.24







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