しとしととした雨音に、意識が浮上する。ころりと寝返りを打って、悟空は窓へと目を向けた。
「…雨か」
小さな呟きに、隣に転がっていたチチもぱちりと目を覚ませ、 同じように顔を上げて外を向く。
「今日は雨だな…」
あーあと溜息をつき、 寝起きのぼんやりした声で呟いて、もそもそとそのまま仰向けに寝転がった悟空の上に乗っかる。
「これじゃあ悟空さ、今日は修行に行けねえだな」
「そっだなー」
参ったなあ、と言いながら大あくびを一つ。
笑顔でこちらを覗きこんでいるチチと、 おはよう、と朝の挨拶を交わした。





チチは雨が嫌いだ、と言っていた。
「だって、洗濯物は乾かねえし、買い物にも行けねえもん」
傘をさしても服が濡れるし、ぬかるみを歩けば泥だって跳ねてしまう。 だから雨の日はずっと家にいるもんだ。まるで子供にそう言い聞かせるように、 言い聞かせてくる。
悟空としては、濡れてしまえば動きは鈍くなるし、 足だって滑りやすくなるし、そういった面ではちと困るかなあと思う程度。 好きか嫌いかを問われれば、むしろ少々面倒臭いかな、と答えを出す程の認識しかない。
とは言え、毎日洗濯してくれるチチに、何も感じていない訳じゃない。 雨の日に外へ修行へ出るのを控えるのは、細々と身の回りの世話を焼いてくれるチチへの、 悟空なりの配慮であった。それに、家の中でも体を鍛える方法はそれなりにある。
しかし、現状はそう上手くいかないようだ。


「こら、悟空さ。そっちは駄目だべ」
「そこも…ほら、ぶつかっちまうだろ」
「あー、あそこは、今そんな場所ねえだよ」


ここ数日の芳しくない天気のせいで、外に干せない洗濯物が張り巡らされる室内。 せめて簡単なトレーニングをしようとすると、チチの静止の声が上がる。 所狭しと干されたそれらに占領され、 どうにもまともに体を動かせるだけのスペースが確保されないのだ。
仕方ないと、外へ出ようとするのだが。
「こら。何処へ行くだ、悟空さ」
悟空さの濡れた道着は、一体誰が洗うと思っているだ。きりっと怒ったような目でそう言われれば、 反論も無く、チチに従うしかない。
「でもさ、おら何もする事ねえもん」
「だったら、おらの手伝いをしてくんろ」
とりあえず、 言われるままに手伝いを始めたのは良いのだが。
これがまあ、いっそ潔いくらいに役に立たない。 掃除をさせれば家具を壊し、洗い物をさせれば食器を割り、洗濯させれば衣類を破く。 手伝うどころか、逆にいらぬ仕事を増やす羽目になってしまった。





怒ったというよりも、呆れたようなチチを横目に。
「おら、やっぱ修行に行くわ」
かしかしと頭を掻いて、困った顔で悟空は言った。えっとチチは顔を上げる。
「何で」
「だってよお…何だか居場所ねえもん」
トレーニングするスペースも無く、 手伝えば返って足手まといになるし、かといって忙しく動き回るチチの横で、 何もしないのもどうも居たたまれない。
「おら、邪魔だろ?」
「そんな事ねえ」
「でもなあ…」


「だって今日は、折角の雨でねえか…」


修行に行かずに、家にいなくちゃ駄目だ。
拗ねたように悟空を引き留め、 そしてふと、思い出したように傍にあった引き出しをごそごそと探る。
「なあ、悟空さ」
ちょいちょいと手招きしてリビングへと招き、チチは床の上に置いてあるクッションに腰を下ろした。
そしてぽんっと、自分の膝を叩く。
「悟空さの居場所は、ここ」
ほら、 耳掃除してやるだよ。
耳掻き片手に、にこりと笑った。





膝枕で耳掃除をしてもらいながら、のんびりと窓の外を見やる。しとしとと降り注ぐ雨脚は、 朝から一定に保たれたまま。
「雨、止めねえなあ」
「明日もこんな天気って言ってただ」
今朝見たテレビの天気予報では、もう暫く、こんなぐずついた天気が続くらしい。
「これじゃ悟空さ、明日も修行に行けねえだな」
雨が嫌いなチチは、 そう言って嬉しそうに笑った。





end.




お布団干したい…
2003.06.25







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