「あ…」
ぴしゃんと水音を跳ねさせて、千切れた釣り針と共に、 水ヨーヨーは広い水槽の中に落ちてしまった。
千切れた紙製の釣り具をぼんやりと眺める楊ぜんの横、望はむーっと店の親父を睨みつける。
「こんなので、ほんっとーにつれるのか?」
この釣道具は物凄く弱っちくって、 さっきわしが釣った時も、直ぐに千切れてしまったではないか。
「ぼったくりだのう」
おぬし、子供だと思って馬鹿にしておらんか?腕を組んで頬を膨らませる口達者な甚平姿の子供に、 店の親父はまいったなあと、笑って頭を掻いた。
「しょうがねえなあ、坊主達は」
ほら、一個だけ、好きなのを取りな。そう促されると、待ってましたとばかりに、 二人はぱっと顔を明るくさせる。
「いいの?」
「百円貰ってるしな」
「おやじ、 ふとっぱらだのう」
言っている意味が判っているのか、判っていないのか。
「じゃあ僕は…これっ」
「むー…じゃあわしは、これが良いのだっ」





「よーぜん、こっちなのだ」
ぶんぶんと手招きして、望は楊ぜんを呼んだ。
お祭の境内から出て、人気のない裏手に回って、暗い田舎道を望はずんずん行ってしまう。 街頭の明かりすらないあぜ道は、酷く物悲しい。
「ねえ、どこまでいくの?」
もうお祭の場所からは、大分遠くなっちゃったよ。何処か不安げの楊ぜんに、 望は一度振り返ると、にやっと意地の悪い笑みを向けた。
「よーぜん、こわいのか?」
むっと唇を尖らせる。
「こわくなんかないよ」
「だいじょうぶなのだ」
もうすぐだから。
「おぬしがとーきょーにかえるまでに、みせてやりたいのだ」
そのまま道を外れ、背の丈ほどに生い茂る草を掻き分け、やっと辿り付いたそこは。
「ほら、よーぜんっ」
「…わあ」
澄んだ水の流れる小川のほとりには、 無数の蛍が飛び交っていた。
ほんわりと柔らかい光が、気紛れに点滅を繰り返す。 電気では決して生まれない、不思議な優しさのあるそれに、楊ぜんは目を大きくして見入った。
「ぼく、ほたるなんて、はじめてみた」
すごいを連発する楊ぜんに、 望は自慢げに胸を反らせる。
「きれいであろう」
「うん」
「あっちにだって、 いっぱいいるのだぞ」
群になっている時もあって、もっともっとすごいのだ。
興奮したようにそう言って、望は指に水ヨーヨーのゴムをはめたまま、ぶんぶんと腕を振った。
その拍子に。


「―――あっ」


振り回した手。細い指に引っ掛けていた水ヨーヨーは、 その勢いのまま、ぽおんと高くに飛んでいってしまった。





「こっちにはないみたいだよ」
真っ暗な田舎の川辺、二人は屈みこんで、 飛んでいってしまった水ヨーヨーを探す。街灯のないそこでは、蛍の光と星明りだけが頼りだった。
「…ねえ、あしたさがそう?」
明るくなってからの方が、絶対見つかるよ。 頑なな背中に、宥めるような声をかける。
「だってあしたは、よーぜんがいってしまうひなのだ」
楊ぜんは、夏休みを利用して、この村に住む親戚の家に遊びに来ていたのだ。望は、 その隣の家に住んでいる。
仲良くなって、毎日毎日遊んだけれど。 でもそれも、もう明日で終わってしまう。
楊ぜんは明日、東京へ帰ってしまうのだから。
「よーぜんといっしょの、いろちがいのヨーヨーだったのだ」
ぐしっと小さく鼻を啜る。
「よーぜんとあそんだ、しょうこのヨーヨーだったのだ」
この夏休みの、 大事な思い出の宝物にしようと思っていたのに。大きな目から、ぽろぽろと滴が溢れ出す。
「望…」
ぐしぐしと泥だらけの手で目を擦る望の手を、ばい菌が入っちゃうよ、と止めさせる。 そして持っていた青い水ヨーヨーを指から外すと、涙と泥で汚れた望の手に乗せてやった。
「はい、これ…」
むっと望は口を尖らせる。
「これは、よーぜんのなのだ」
それに、水ヨーヨーが欲しいんじゃない。楊ぜんとお揃いの、水ヨーヨーが大事だっただけなのだ。 ぐいっと押し返す望に、笑って楊ぜんは首を振る。
「これは望がもってて?」
きょとん、と望は小首を傾げた。
「らいねん、ぼくがここにまたあそびにくるまで、 望にあずかっててほしいんだ」
望と遊んだ、僕の大切な証拠の宝物だから。
ぱちぱちと、真っ赤になった目を瞬きさせる。
「よーぜんが、 またあそびにくるまで?」
「うん」
望は手渡された青い水ヨーヨーをじいっと見つめた。
「わかったのだ」
こくりと頷くと、きりっと楊ぜんを見つめる。
「これはよーぜんがかえってくるまで、わしがちゃんとあずかっておくのだ」
だからちゃんと返して貰いに、絶対に絶対に、来年も遊びに来るのだぞ?





遠くに聞こえる祭囃子はたけなわで。
二人は蛍を見ながら、来年の遊びの計画を練った。





end.




ヨーヨーすくいの釣り針の正式名称を教えてください
2003.08.18







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