それは、古代中国。
天空には仙人、地上には人間が住む神話の時代の物語。





「…と言う訳で、おぬしにはその任務を遂行してもらいたいのじゃ」
一通りの説明を終えると、 仙界の教主である原始天尊こと亀仙人は、真っ白いあごひげを撫でながら、 サングラスの奥の瞳を光らせた。
その一番弟子たる孫悟空は、ふうんと頷きながら、 つい先程手渡された巻物を眺める。長ったらしい年寄りの話は、どうもややこしくって、 イマイチ良く判らない。
「えっと。つまり、ここに名前が載ってる奴は、悪い奴なんだな」
「…まあ、そう言う事になるのかのう」
「おらは、こいつらをやっつけちまえば良いんだよな」
否、やっつけるのではなく、所謂封神しなくてはいけないのだが。どうも彼の口から聞くと、 微妙にニュアンスが違って聞こえてしまう。
「悟空よ、わしの話を聞いておったんかい」
「おら、難しい事は良く判んねえよ」
へへ、と悪びれずに笑う様子に、 亀仙人はたらりと汗を流す。
本当に、仙界と人間界の命運をこやつに任せてしまって、 大丈夫なのだろうか。しかし目下の所、適役は彼以外には思い浮かばないのも事実である。
「おぬしに、宝貝を授けよう」
海亀よ。声を掛けると、傍らに控えている老いた海亀が、 恭しく一本の棍を掲げた。
「これは、如意棒と言う宝貝じゃ」
「如意棒?」
うむ、と亀仙人は頷いた。宝貝とは、仙人の能力を何倍にも高めるスーパーアイテムである。 きっと、おぬしの役に立つであろう。
「それと、もう一つ」
騎獣代わりに、これも使うが良い。示したものは、すい、と悟空の前に滑り込んできた、 ふわふわと真綿のようなそれ。
「これは、筋斗雲じゃ」
意のままに操る事が出来、 しかも良い子しか乗る事が出来ない、不思議な雲である。本来ならば、 霊獣が良かったのだろうが、おぬしならきっとこいつも使いこなせるであろうと…。
「じゃあ、おら行って来るな」
懇々と続く亀仙人の話を皆まで聞くこともなく、 ひょいと筋斗雲に飛び乗ると。
「これ、悟空っ」
話は最期まで聞かんかい。
「まったなー、じっちゃーん」
こうして孫悟空は、仙界最高教主に命じられ、 封神計画を遂行する為に人間界へ、とっとと旅立ってしまった。





筋斗雲で去り行く、そのきらりと光る後姿を見送りながら。
「悟空さん…大丈夫でしょうかねえ」
亀仙人の脇に控える海亀は、ぽつりと呟いた。 その一層不安を煽るような響きの声に、ううむ、と亀仙人も眉間の皺を一層深める。
数ある弟子の中でも悟空は、飛び抜けて優秀な実力の持ち主だ。この仙界に置いて、 彼の実力に叶う者は居ないだろう。
とは言え、その腕っ節だけで乗り越えられるほど、 封神計画も単純なものではない。今悟空に話して聞かせた説明だけではない、 裏の部分さえ存在する、重要な計画だ。
「…まあ、手は打つつもりじゃ」
長い髭を撫でながら、亀仙人はちらりとそちらを振り返った。
謁見室の隅、少し離れた柱の影から姿を現したその姿に、脇で控えていた海亀は、 きょとんと目を丸くした。
「これはこれは。チチさんじゃありませんか」
艶やかな長い黒髪を束ねた彼女は、大きな瞳に含んだ険を隠そうともせず、 つかつかと亀仙人の前までやって来る。そして、不機嫌そうな顔のまま、 ちらりと悟空の去った窓の向こうへと師線を流した。
「…今のが、孫悟空だべか」
うむと亀仙人は頷いた。
「あっだら、ぼーっとした男に封神計画を任せて、 本当に大丈夫なんだべか?」
胡散臭そうに腕を組み、ふんっと息をつく。
「これ、そんな言い草も無かろう」
亀仙人の直弟子である悟空は、チチの師であり父親でもある牛魔王とは同格に当たる。 チチにとっては目上の存在であり、師叔と尊称で呼ぶのが礼儀であろう。
「武天老子さまは甘ぇだよ」
この封神計画には、人間界と仙界の命運も掛かっている。 只、邪心を持つ仙人を封じれば良いだけの問題ではないのだ。
「だから、 おぬしを呼んだのではないか」
封神計画執行人である孫悟空のサポートとして。
むう、とチチは口を詰まらせた。少しの間、師線をめぐらせて思考を巡らせ、 そうしてふうと肩を落とす。
「判っただ」
今だ不満そうな顔を隠さず、 渋々と言った体でチチは承諾の言葉を吐く。確かに、封神計画を仙界教主の一番弟子に任せる事は、 当然の人選であろう。例えそれが、仙界でも有名な、能天気武道馬鹿であろうとも。
「但し、一つだけ条件があるだよ」
ぴしっと人差し指を立てて、亀仙人を見据える。
「おらは、孫悟空の事を良く知らねえだ」
めっぽう腕が立つという噂は聞いたことがあるが、 それ以外の事は何も知らない。
「本当にあの男が、封神計画を実行できる器を持っているか、 おらにテストさせてくんろ」
その上で、彼のサポートをするか否かを決めさせてもらうだ。
「手厳しいのう」
「当然だべ」
腕を組み、鼻息高くチチは言ってのけた。
「もしもおらの目に充分叶う相手なら、サポートだろうが結婚だろうが、 何だってしてやるだよ」
そんな強気なチチの発言に、亀仙人は溜息をつく。
「…ま、良かろう」
おぬしの思うようにすれば良い。





かくして。
各々の運命を絡ませて、封神計画は開始されたのであった。





end.




封神演技をご存じない方には
本当に申し訳ありません
2003.12.12







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