人里離れた山の奥深く。 そこには一匹の妖怪が一人、寂しく住んでおりました。 真っ暗な意識が、ゆっくりと浮上する。太公望は眩しさに瞼を瞬かせ、 ぼんやりとした頭で身じろぎした。その途端、後頭部に走った鈍痛に顔を顰めた。 その痛みに気憶が蘇る。そうだ。自分は確か妖怪が住むとか言う噂の山にやってきたのだ。 山道を歩いていると、牙の大きな見たことも無いモンスターに出会って、 走って逃げて、何かに足を取られて、そのまま中途半端な高さの崖に転げ降りて。そして、 そして…? 「大丈夫ですか」 涼やかな声と共に、優しい指先がそっと肩に添えられる。 顔を顰めてそちらを向くと、鮮やかな青が目に入った。 「…ここは…」 「ここは僕の住む家です」 貴方、崖から落ちて、脳震盪を起こしていたんですよ。 紫色の瞳を曇らせ、心配そうに覗き込む秀麗な顔に、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。 にこりと安心させるように微笑むその顔は、目を奪われるほど綺麗だった。 青年は、自らを楊ぜんと名乗った。 話を聞くと、この山でずっと暮らしているらしい。 父親代わりの師匠を亡くしてからは、一人ぼっちだったようだ。 「何故、こんな寂しい所に、一人ぼっちでおるのだ」 「…師匠の言いつけなんです」 師であり、捨てられ児であった僕をここまで育ててくれた、父親代わりでもあった人。 彼を助ける為に命を落としてしまったらしいその人の言葉を、今もずっと守り続けているのである。 「そう言う貴方こそ、こんな何も無い山に、何故やってきたのですか?」 近くの村の住人は、昔から妖怪が出ると言われるこの山に、誰も近付こうとしないのに。 「わしは探し物があってのう」 普賢の作ってくれたレーダーでは、 確かにこの辺りに反応があったはずなのだが。懐をごそごそと探りながら。 「のうおぬし、こんな珠を見たことは無いか?」 そういって取り出したのは、 丁度手の平にすっぽり収まる大きさの、黄金に輝く水晶球。 ほわんと光を放つそれに、楊ぜんは驚いたように目を見開いた。 「…それ」 「知っておるのか?」 楊ぜんは椅子から立ち上がると、 部屋の角にあった小さな棚の一番上の引き出しを空けた。 そして。 「死んだ師匠の形見の品なのですが…」 丁寧に取り出したそれは、 正しく太公望が持っているものと同じ水晶球。 「おお、それだっ」 嬉しそうな声を上げると、楊ぜんの手からそれをすくい取る。 「これは四星球だのう」 見てみろ。促されて覗き込むと、水晶球の中心には四つの星が輝いている。 並べてみると、太公望の持つ水晶球には星が二つあった。 「それは一体、何なのですか?」 「これは、ドラゴンボールと言うのだ」 世界中に散らばった七つの珠を集めて、 シェンロンを呼び出すと、何でも一つだけ願いを叶えてくれる奇跡の珠である。 その説明に、楊ぜんはへえ、と目を丸くした。 「そうだったんですか…」 知りませんでした。 「これでわしの夢に一歩近付いたぞ」 一万年に一つしか実を結ばないと言われている伝説の仙桃を、食べ切れないほど沢山、 神龍に出してもらうのだ。にょほほ、と笑顔で喜ぶ太公望の横。楊ぜんは真剣な眼差しで、 手にあるドラゴンボールを見詰めていた。 どんな願いでも叶えてくれる、不思議な玉。 ―――どんな願いでも? 「それって…その、自分を変える事だって出来るんですか?」 きょとん、と太公望は目を見開いた。 「自分を変える?」 「その、 本質を変えるというか…本来のものを違うものに変えると言うか…」 ぼやかしたその言い分に、 太公望ははて、と小首を傾けた。 「良くは判らんが…まあ、神龍に頼めば、 何とかしてくれるのではないか?」 伝説では、なんでも願いを叶えてくれる、 と謳っておるのだし。 「しかし、自分を変えるっつーのは、変な願いだのう」 おぬし、そんなに自分の事が嫌いなのか?笑いと冗談を交えたその言葉に、 楊ぜんは苦しそうに眉根を寄せ、そして俯いてしまった。 「と言う訳で、そのドラゴンボールを、わしに譲ってくれぬか?」 覗き込む大きな瞳に、 楊ぜんは眉を潜めた。 「…でもこれは…」 師匠の大切な形見の品だ。 それに、そんな力を秘めた玉だったなんて、今まで全く知らなかったのだ。 返事を渋る楊ぜんに、ふむと太公望は息をついた。 「…のう、おぬし。 だったらわしと一緒に、ドラゴンボール探しに行かぬか?」 「えっ?」 「おぬしの願いは、自分が変わりたいのであろう?」 ならばここに居るよりも、 旅に出て、色んなものを見たり体験したりすれば、自分の中の何かが変わるかも知れぬぞ? じいっと見上げてくる大きな瞳に、楊ぜんの胸がとくんと鳴る。 「のう、一緒に行かぬか?」 差し出された小さな手。にこりと微笑む幼顔と見比べて。 そうして、楊ぜんは決意した。 end. 1.桃、2.人間になりたい、3.ずっと二人で一緒にいたい さて、最終的に二人の選んだお願いはどれでしょう 2003.12.12 |