ま、売れないだろうとは思っていた。
細やかな手作業は苦手だし、 己が不器用である自覚もある。実際品を見てみれば、自分だって購入を躊躇するような、 歪な出来栄えだ。
「ま、しょうがねえか」
悟空は溜息をついて、 背なに束ねて担いだ雪笠を、ちらりと肩越しに見やる。
一人所帯の年の瀬。 少しは正月準備の足しにでもなるかと、悪戦苦闘で作っては見たものの、 町へ売りに行っても見事に誰にも相手にされなかった。
「…腹減ったなあ」
今年は寂しい年明けになりそうである。ぐう、と鳴る腹を抑えながら、 雪を軋ませ家へと続く山道を歩いた。
その途中。
道標に立てられたような、 小さな祠に悟空は足を止めた。
こじんまりとしたそこには、 綺麗な顔の地蔵が奉られている。忘れ去られたような小さなものなのだが、 広い山で一人で暮らす悟空には、ずっと馴染みのあるものだ。
自分の被っていた雪笠を外し、丁寧に手を合わせる。この道を通る時、悟空はいつも、 こうしてこの地蔵に手を合わせていた。
「…あ、そうだ」
どうせ、 このまま持って帰っても仕方ねえよな。悟空は、背中に負っていた売れ残りの雪笠を一つ取ると。
「おめえ、寒そうだもんな」
そう言って、地蔵の頭に雪笠を、丁寧に乗せてやった。
「おめえも一人ぼっちだけど、良い年越し出来ればいいな」
乗せた雪笠の上から、 大きな手でぽんぽんと地蔵の頭を撫でてやった。





その夜。
扉の向こうのささやかな気配に、悟空は目を覚ませた。
風の音だろうか。 否、違う。敵意は感じられないけれど、これは確かに人の気配だ。
扉のすぐあちら側でのごそごそとした物音に、そっと布団から出ると、 悟空は音を立てずに戸口までやって来る。
深呼吸を一つ。心の中で、 いちにいの…と拍子をつけると。
「誰だっ、そこで何をしてるんだっ」
「ひゃあっ」
突然開かれた扉と怒声に、小さな体はわたわたと慌てふためき、そのまま勢い余って、 雪の中にずぼっと前のめりに埋まってしまった。
雪にまみれたまま、 おそるおそると振り返るのは、悟空と歳の差がなさそうな、見覚えのない色白の娘だった。 それでも、どこか既視感のある柔らかい輪郭に、ぱちくりと悟空は目を丸くする。
「見つかっちまっただか…」
あーあ。息をつき、のろのろと起き上がると、 彼女は面倒臭そうに髪に掛かった雪を払った。そして傍に落ちてしまっていた雪笠を、 殊更丁寧に手に取る。
「あれ…それって…」
もしかして、おらの作ったやつなのか?
網目の揃っていない、見るからに不器用な造りのそれ。こんなぶきっちょな出来の雪笠、 少なくとも悟空の記憶には一つしか思い当たらない。だが、自分の作ったものは、 町で一つとして売れなかった。この笠を持っているのは、山の麓の地蔵ぐらいだろう。
「…おめえ、お地蔵さんの笠、盗んだのか?」
悪い奴だなあ。
勝手に納得してしまう悟空に、 彼女は慌てて「違う違う」と首を振った。
「おらがその地蔵なんだべっ」
「はあ?」
「おら、おめえのくれた雪笠のお礼に来ただよ」
ほら、と示した彼女の後ろには、 米俵や餅や、野菜や、季節を外れた果物まで、小山のように盛り上がっていた。





地蔵である彼女は、チチという名らしい。
「別におら、お礼を貰うつもりで、 おめえに笠を被せたんじゃねえけどなあ」
「おらの気持ちだ」
こうして持ってきたんだし、 どうか貰ってけろ。そう言って丁寧にお辞儀をする彼女に。
「まあ、そう言ってくれるなら、 有難く貰うけどな」
何にせよ、助かる事は助かるし。素直に好意を喜ぶ悟空に、 ほっとしたようにチチも笑った。
そして、少しでも冷えた体が暖まるようにと、 悟空に差し出された椀に口をつけた所で。
「………ーっ」
ぎゅっと目を閉じて顔を顰め、 一言。
「…これ、なんだべ」
「何って…お粥だけど…」
「な、 何か…変な味しねえだか?」
「そっかあ?」
悟空は自分用によそった椀を啜ってみが、 いつも食っているものと、味に違いは感じられない。不思議そうに小首を傾げる彼に。
「おめえ。もしかして、いっつもこんなの食っているのけ?」
こっくりと頷く悟空に、 チチは額に手を当てた。
「なあ。ちょっと、おらに作らせてけろ」





「あり合せの、単なる雑煮だけんどな」
まあ、食ってみてけろ。
「ひゃー、 美味そうだなーっ」
ほっこりと立ち上がる湯気からして、先程の粥とはまるで違うそれに、 悟空は嬉々と口をつけた。そして一言。
「うんめえっ」
おら、こんな美味いもん、 今まで食った事ねえや。
そのままがつがつと雑煮を掻き込み、鍋一杯に作ったそれを、 あっという間に全て平らげてしまった。満腹でお腹を擦る悟空に、チチも満足そうに笑い、 身支度をする。
「じゃ、おらもう行くな」
あ、なあなあ。立ち上がり、 チチを戸口まで送って。
「また、来てくれよな」
おら、おめえの作った飯、 また食いてえや。
その、至極普通な口ぶりに、チチは何だか可笑しくなって、 小さく吹き出した。
全く、しょうがねえなあ。
「判っただ。また、来てやるだよ」
何だかおめえ、放っておけねえもん。


さて。
「また」が「毎日」に変わるまで、どれぐらいの時間を有するだろうか。





end.




お地蔵さんのチチさんは力持ちのようです
2003.11.22







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