その森には、いつもお腹を空かせている狼が住んでおりました。





森の外れの村に住む赤頭巾ちゃんは、お料理上手で、しっかり者。少々おっちょこちょいで、 早とちりな所もあるけれど、気立ても優しくて、とっても可愛らしいと評判です。
ある日。 赤頭巾は父親に頼まれて、一人でお使いに行くことになりました。森の奥に住む、 父親の武術の師匠の武天老子さまに、芭蕉扇という団扇を借りるように頼まれたのです。
おっ父のお世話になった人の所へ行くのだから、手ぶらでなんて行けねえだ。 しっかり者の赤頭巾ちゃんは、早起きしてパウンドケーキとアップルパイを作り、 ついでに葡萄酒の瓶もバスケットに詰めて、張り切って武天老子さまの元へと向かいました。





武天老子さまの家に一人で行くのは初めてですが、何度か父親と一緒に来た事があるので、 朧ながらも道は記憶に残っています。
天気の良い森の中。心地良い風を受けながら、 赤頭巾ちゃんはうきうきと歩きます。
やがて、風に吹かれて何気無く顔を上げた先の河原に、 色鮮やかな花が咲き乱れるのが見えました。
そうだ。折角だから、 お土産に花でも摘んでいこう。とても気の利く赤頭巾ちゃんはそう思い、 道を外れて河原へ降りました。
河原には、沢山の花が咲いています。赤い花、白い花、青い花。 爽やかな香りを放つ花々を、赤頭巾ちゃんは夢中で摘みました。
そして、気がつくと。
ここは、周りの風景に全く見覚えの無い場所。
ぐるりと遠くを見回しても、 さっきまで歩いていた道は何処にも見当たりません。手元に一生懸命になりすぎて、 森の道から随分離れた場所までやってきた模様です。
どうしよう。元の場所に帰るにも、 お花摘みに夢中で、此処までどうやって来たのかさえも解りません。澄み渡る空を見上げ、 赤頭巾ちゃんは途方にくれてしまいました。
心細さに、涙が滲みそうになった、その瞬間。
赤頭巾の耳に、ぐう、という妙な音が飛び込んできました。
何の音だ?大きな目を瞬きさせて、 今度は足元をきょろきょろ見回します。すると、少し離れたすぐそこに、 花に埋もれて大の字になって横たわる一人の少年がいることに気が付きました。
抜き足差し足、そおっと赤頭巾はそちらへと近付きます。少年は目を閉じたまま、 赤頭巾ちゃんが近付いても、ぴくりとも動きません。
「…おめえ、生きているだか?」
まさか、死体じゃねえだよな。
びくびくしながら、怪訝そうに真上から覗き込むと、 彼の瞳がぱちりと開きます。驚きに、びっくんと肩を揺らす赤頭巾ちゃんを一瞥して。
「…腹減った…」
彼のお腹の虫が、が盛大に鳴り響きました。





「うめえっ」
これ、すっげえうめえよなあ。
武天老子さまへ作ったお土産の数々を、 見る見るうちに食べ尽くしていく様子を、赤頭巾ちゃんは呆気に取られて見守ります。
だって、保存も利くようにと用意したそれは、かなり大きいサイズで作ったもの。 それらが全て、あっという間に少年のお腹へと消えていくのです。
「ひゃー、 美味かったーっ」
見事に全てを平らげると、至極満足そうに、彼はお腹を擦ります。 見事な食べっぷりに、赤頭巾ちゃんは思わず目を丸くしました。
「ごちそーさん、 サンキューな」
屈託無く笑う彼が何だかおかしくて、笑って首を横に振りました。 武術の修行中、空腹で動けなくなったと言ってはいるけど、それにしてもその食べっぷりは、 見ていて気持ちが良いくらいです。
「ところでおめえ、何でこんな所にいるんだ?」
この辺りは道から随分離れていて、殆ど人は入ってこない場所です。だからこそ、 周りに気を使う事無く、心置きなく思いっきり修行をしていたのに。
その質問に、 赤頭巾ちゃんはうるっと目を潤ませました。
驚いたのは彼の方です。 泣き出しそうな赤頭巾ちゃんに、慌てて宥め、落ち着かせ、頭を撫でながら、 迷子になった経緯を聞き出しました。
「ふうん…で、おめえは、 その武天老子っつーじーちゃんの所に、行かなきゃなんねえんだよな」
「…んだ」
でも、道が判らなくなってしまっただ。
見るからにしょんぼりと肩を落とす赤頭巾ちゃんに、 うーん、と彼は腕を組んで考えます。残念ながら、彼には全く聞き覚えの無い尊称です。
「じゃあ、亀仙人のじっちゃんに聞いてみっか?」
自分じゃ解らないけれど、 今修行で世話になっている物知りな師匠なら、もしかすると知っているかもしれません。
早速立ち上がるが早いか、少年は赤頭巾ちゃんの持っていたバスケットを肩に担ぎ、 もう片方の手で赤頭巾ちゃんの手を引いて、ひょいと立ち上がらせてくれます。どうやらもう、 彼の師匠の所に行くのは、決定になった模様です。
ちらりと視線を向けると、 能天気にも見える、屈託の無いにこにこ笑顔。何だか、変な人ではあるけれど。
でも。





「おら、悟空って言うんだ。おめえは?」
「…チチ」
「ふーん、そっか、チチかあ」
暖かくて大きくてしっかりしている彼の手は、縋るように握ると、 ちゃんと握り返してくれるのでした。





end.




亀仙人イコール武天老子…てな事で
2007.04.21







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