目も眩むような照明。まるで蝶の様な足取りで、行き交う人々。眩い衣装と、装飾品。
そんなパーティー会場の華やかさに、きりっと気を引き締める。ぐっと拳を握り締め、 勇んで挑もうと足を踏み出した、その途端。
「あー、いたいたーっ」
背後から掛けられる、緊張感の無いその声に、かくりと全身が脱力した。
「おーい、チチ」
へらっと締まりの無い笑顔で手を振ってくる、既に見慣れた青年に、 チチはひっそりと溜息をついた。





彼の名前は、孫悟空と言うらしい。
ここ暫くのパーティー通いで、既にチチとは、 顔見知りになってしまった。
人並みを掻き分けて走り寄ってくる青年は、前に立つと、 にこにこ嬉しそうに笑って見下ろしてくる。それを胡乱気に見上げ、チチは腕を組んだ。
「まーた、おめえか」
毎回顔を合わせる彼を半眼で睨みつけると、大袈裟に溜息をついた。
「全く。おめえも暇だなあ」
この道楽息子が。言ってやると、ちぇっと彼は唇を尖らせる。
「何だよ、それはお互い様じゃねえか」
これだけ毎度、顔を会わせているのだ。 つまりおめえだって、おらと同じ、毎日パーティー三昧って事だろ。
「おめえと一緒にしねえでけろ」
きっぱりと言い切ると、ぷんとそっぽを向く。 拗ねたような横顔に、何となく青年は口元が綻んだ。
「おらはな、ちゃんと目的があって、 パーティーに参加してるだよ」





たった一人の肉親である父親が、事業に失敗して、大量の借金を抱えてしまったのが、 数年前。
何とかやりくりしてここまでやってこれたのだが、どうやらそろそろ、 それも限界が見えている。亡き母親の形見であるドレスが質へと流さざるを得なくなる前に、 兎に角チチは、それを纏って片っ端からセレブなパーティーへ参加していた。
とにかく。
チチの目標は「三国一の殿方ゲット」。
あまり贅沢は言わない。程よく相性が良くて、 妥協のできる容姿の持ち主ならば、ああもう、それで充分。後は財力が、カバーしてくれるだろう。
おっとう、待っててけれな。今夜こそ、三国一の(財力のある)婿殿を見つけっからな。
夢見る乙女の花嫁候補…等と甘い夢はさらさら無い。チチの考えは、 あくまでシビアで現実的だった。





「特に今日は、べジータ国の王子の遠縁に当たる、カカロット様が来るって聞いただ」
その名前に、彼はぱちくりと瞬きした。
「…良く知ってるなあ」
幼い時に諸事情で出奔されて、最近城に帰って来たと噂される人物だ。彼に関しては謎も多く、 その顔も殆ど知られていない。
「…おらな、子供の時、その人に会った事があるんだべ」
呟くような小さな声。それに、へっと、彼は目を丸くした。
「そうなんか?」
んだ。はにかんだように笑い、こくりと頷く。
「すっげえちっせえ頃だけんど、 一緒に遊んで、結婚の約束もしたんだ」
えーっと…。思わず、何かを思い出すように、 孫悟空は視線をあちらへ浮遊させる。それを気にとめる事無く、「やんだー、 こっぱずかしい」と、顔を赤くしてチチは頬を抑えた。
「まあ、 子供の遊びの約束だけんどな」
今更そんな事、彼が覚えているとは思えない。 だけどそれが、チチの淡い初恋でもあった。
初恋は実らないとは言うけれど、 それでもやっぱり、そんなロマンティックな恋物語に憧れてしまう。
恥ずかしそうに笑顔を見せるチチに、悟空はむず痒く苦笑した。





「ま、今のおらには高嶺の花かも知れねえけどな」
相手はもう、すっかり忘れているだろう。 それに、何時までも初恋を追いかけるには、今は現実問題が多く圧し掛かってくる。
目の前の人懐っこい青年を見上げ、チチはふっと笑う。
「…ま、 カカロット様の次…くらいだったら、おめえもおらの婿殿候補に加えてやってもええかもな」
あまり甲斐性は無さそうだけんどな。
悪戯っぽくにやりと笑うと、 悟空はまいったなあ、と頭を掻いた。
ふと、スローなBGMが終わり、 軽いテンポのワルツが始まった。
「…あ、これ…この曲だべ」
カカロットさと一緒に遊んだ時、二人で手を繋いで踊ったのは。
二人ともダンスなんてまともに知らなくって、大人の見よう見まねで、 飛び跳ねるように踊っていた。
「あの時、おら、ガラスの靴を履いていたんだ」
お気に入りの、きらきら光るガラスの靴。でも、踊っている時に弾みで脱げて、 それを彼が履かせてくれたんだっけ。
「…―――っああ、そっかあ」
その話に、 何やら納得したように悟空はぽん、と手を叩いた。それを不思議そうに見上げ、 小首を傾げる。
「どしただ?」
「えっ。あ、いや。何でもねえ」
それよりも。
すっとチチに手を差し出した。
「なあ、踊らねえか?」
久しぶりに、思い出のその曲を。
骨の太いその手を見つめ、肩を落としてくすりと笑うと、チチはその手を取った。





end.




悟空さに王子様は無理があるよな…
2003.06.23







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