開口一番、「腹減った」って言う相手だから、美味しいご飯をお腹一杯食べて貰えるように、 料理の下ごしらえもたんとした。神様のところでは「仙豆」ばっかり食べているって言っていたから、 栄養とボリュームたっぷりの弁当を、張り切って拵えて置いた。 何と言っても、 一年ぶりの恋人との再会である。 とっておきの服も準備しておいたし、髪だって綺麗に整えた。 エステの二週間スペシャルコースのお陰で、お肌の調子だってバッチリのはず。 そんな部分に気付いてくれるような相手では決してないのだが、それでも、 自分の中での「最高」の状態を見せておきたい。 だけど。 きらきら瞬く星空を見上げながら、チチの心は不安で一杯だった。 「悟空さ…明日はちゃんと、けえって来るんだべか…」 彦星悟空と織姫チチは、 昔は一緒に夫婦として暮らしていた。しかし夫である彦星悟空は、 「地球の平和」とやらの為に、チチを残し、天の川の向こうにある、 神様の元へと修行に行ってしまったのである。 悟空が帰ってくるのは年に一度、 七夕の日のみ。 この日だけは、普段は水の流れの激しい天の川の水位が不思議と下がり、 人が通ることが出来るのだ。 だから毎年この日に合わせ、悟空はチチの元へ一日だけ、 再会を果たす為に帰ってくる。 だけど…。 「きっと、去年の事、怒っているべ…」 去年の七夕の再会の日、チチは悟空と喧嘩をしたのだ。 きっかけはほんの些細な事だった。今思えば、随分今更な事で怒鳴ってしまって、 それを彼はへらっと笑って宥めようとした。彼にとってはいつもの調子のつもりだったのだろうが、 何だか誤魔化されたように感じてしまって。 で、結局。 「もう二度と逢いたくねえって…言っちまったからな」 はあ、と重たい溜息が漏れる。 何であんな事言っちまったんだろう。あの時は頭に血が上って、つい、 無闇にヒステリックになってしまった。 でも今は、後悔と罪悪感で一杯だ。 悟空はもともと、天然でけろりとしているし、いつまでも根に持つようなタイプでもない。 だからきっと、そんな事なんか忘れてしまって、いつもの通りに帰って来てくれるに違いない。 不安な心を押し殺し、チチはそう自分に言い聞かせていた。 突然。 背後で、ひゅん、と空を切る音がする。 ん?何だべ。意識無く振り返り、 チチはぎょっと目を丸くした。 なんと、そこに現れたのは。 「ごっ、悟空さ?」 「よお、チチ」 待ちに待った再開の相手。 一年前と変わらない、 人懐っこい笑顔で軽く手を上げた。 「久しぶりだなー、元気だったか」 いきなり現れたその姿に、大きな目を白黒させる。 「ななな、何で、 ここにおめえがいるんだべ」 前振りも無く化けて出たような登場は勿論、 再会の日である七夕は明日である。今日の水流では、天の川は人が渡れない筈だ。 へっへー、すげえだろ。 驚いて硬直したままのチチに、悟空は自慢げに笑う。 「おらな、神様ん所で、瞬間移動を教えてもらったんだ」 「瞬間移動?」 何でも、自分の行きたい所まで、瞬時に移動が出来る技術らしい。 「人の気を読み取って、そいつの所に移動する力なんだけどな」 これでも結構、 大変だったんだぞ。 未だ頭がパニックになったままのチチに、 至極嬉しそうに説明した。 「ほれ。これなら、いつだってチチの所に来れるだろう?」 おら、チチの気だったら、どんなに遠くたって直ぐわかっからなあ。 へへ、 と自慢げに言い切る彼に、チチはぽっと頬を染めてしまった。 にこにこと笑う彼のその顔に、去年の気まずさなんか微塵も伺えない。 やたらと心配して、考え込んでいた自分が、何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。 ま、 そっだな。どうせそんな奴だ。そのあっけらかん振りに、肩の力が抜けてしまった。 「どした?チチ」 ひょっこり覗き込む、一年ぶりの瞳。それを恨めしく睨みつけてやるが。 「…ま、いっか」 一つ大きく溜息をついて。 「おかえり、悟空さ」 とっておきの笑顔でそう言って、チチは力一杯、悟空の首に抱きついた。 end. 悟空さ、逆切れってしないだろうな 2004.07.05 |