「あのな。悟空さ、信じられねえかも知れねえけどな」
泣き出しそうな声で前振り、 ひたむきな瞳を、隣に立つ彼に向ける。
「おら…本当は、月の世界の住人なんだべ」
満月が輝くその夜。
かぐや姫のその告白に、悟空は瞬きをした。





かぐや姫が都にやって来たのは一年前。
月の光の様に美しいと噂される彼女は、 あっという間に都で評判が広まり、邸には熱心な求婚者達が押し寄せるようになってしまう。
その騒動は日に日に大きくなってしまい、このままでは収拾がつかなくなると悟ったかぐや姫は、 婚姻には条件があると提案する事にした。
姫の提示した条件は、この世の何処かにある、 宝物を見つけてくる事。
仏の石鉢、火鼠の皮衣、蓬莱の珠の枝、龍の宝玉、 燕の子安貝、それらの宝の内一つでも持って来たならば、その者と婚姻を結ぶと言うのである。
しかしどれも、伝説上の産物としか思えない物ばかり。結局それらを持参できるものは現れず、 これでは誰も姫と婚姻なぞ出来ないではないか、そんな空気が流れる中、 一人の青年が邸にやって来た。
孫悟空と名乗るその青年が持参したのは、 竜神が持つと伝説される、龍の宝玉。
黄金に輝く水晶の中に小さな星が四つ、 慎ましやかな光を放っていた。誰もが無理だと思っていた、一番難解と思われた宝物を、 しかし彼は持って来たのである。
孫悟空は、貴族でもなく、高い身分がある訳でもない。 しかし、子供の様に素直で開けっぴろげで、純真な心の持ち主で、 姫の父親も彼をいたく気に入った。
かくして、かぐや姫は孫悟空と婚姻を果たしたのである。





しかし最近、どうもかぐや姫の様子がおかしい。
夫婦の仲は円満だ。 時折大きな喧嘩をする事もあるけれど、それでも傍で見える以上に、この二人の仲は良い。
だが、溜息をつく回数が増える。何やら物思いにふける様子が見られる。そして時々、 空に昇る月を悲しそうな目で見上げる時がある。
今夜もそうだった。
庇でぼんやりと満月を見上げるかぐや姫に、悟空は何か気に病む事でもあるのか、 尋ねてみたのだ。





「ひゃー、そうだったのかー」
普通の人ならにわかに信じがたい、 仰天するようなかぐや姫の告白に、悟空は素直に納得した。
かぐや姫が竹林で拾われた話は、 都でも有名である。何だ、月から来たのか。それで、月から竹林に落っこちた所を、 おっちゃんに拾われたのか。うんうんなるほど。
勝手に頷く悟空に、姫は視線を落とす。
「おら…もうすぐ月に帰らなくちゃなんねえんだ」
いつかは月に帰らなくてはいけない。 求婚の話が出た時に、わざと難しい条件を出したのも、 この世界に未練を残したくなかったからである。
「なあ…おめえは月に帰りてえのか?」
まじまじと見下ろしてくる悟空に、かぐや姫は首を横に振った。
最初は、 帰らなくては…と思っていた。でも、今は違う。
「おら…ずっと、ここにいてえだ」
おっかあも亡くなり、今まで大切に育ててくれたおっとうを、一人残すのも忍びない。
それに。
「おら、悟空さと一緒にいてえだ…」
ずっとずっと、一緒にいてえんだ。





「…そっかあ」
うーんと悟空は考えて。
「じゃあさ、龍の宝玉を集めてみっか?」
「へっ?」
龍の宝玉と言えば、悟空がかぐや姫との婚姻の際に見つけてきた、 あの宝物の事である。
実はこれ、たまたま悟空の祖父が持っていたものであった。
都で探している人がいると聞いて、持ち寄ったのが幸か不幸か。 まさか結婚の条件だ何て知らなかった悟空は、あれよあれよと成り行きに流され、 気がつけばかぐや姫と婚姻を果たしてしまったのである。
「おら、 知り合いに聞いたんだけどさ」
何でも龍の珠というのは、全部で七つあるらしい。 世界中に散らばったそれらを全て集め、竜神を呼び出して願いを言うと、 どんな事でも叶えてくれると言われているそうである。
「龍の宝玉を集めて、 おめえを月に行かなくてもいいように、竜神にお願いしてみっか」
あっさりと告げられたその提案に、今度はかぐや姫はぱちくりと目を丸くした。
「そっだら事…出来るだか?」
世界中に散らばる龍の珠を集めるなんて。
「さあ、解んねえけど」
でも、何もしないよりは、やってみる価値はあるだろう。





「おら、頑張って探して、見つけるからさ」
だからさ。
「おめえも、月に行っちまうなんて、 寂しい事いわねえでくれよな」
そう言って、悟空はかぐや姫の手を、離さないように、 しっかりと握りしめた。





end.




月から来た悟空さ…でも良かったかも
2004.09.28







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