気が付けば、不思議の国に紛れ込んでいた。





ゆさゆさ。
体を揺するそれに、悟空は眉をしかめた。
「なあなあ、おきるだよ」
耳に慣れた声に、むにゃむにゃと寝返りを打つ。まだまだ、寝足りない。なあチチ、 もう少し寝かせてくれよ。薄ぼんやりした頭で、そんな事を考えていると。
「こーら、おきるだよ、うさぎさん」
うさぎさん?
呼ばれているみたいではあるのだが、 その「うさぎさん」ってのは、一体何なんだ。重い瞼を擦りながら、 まぶしく瞬きを繰り返していると。
「やーっと起きただな」
この、寝ぼすけうさぎ。
間近から覗き込む大きな瞳。見慣れたそれをぼんやりと眺めながら、 どうにも拭えない違和感の正体を分析する。
あくびをしながら半身を起こし、 改めて見慣れた瞳を覗き込んで。
「…チチ?」
そこにいるのは、 紛れも無くいつものその人。
だけど。
「何でおめえ、そんなにちっちゃくなってんだ?」
白いエプロンのついた、青いドレス、下ろした髪にヘアバンド。見慣れない服装はさておいて、 そこにいるチチは、初めて出会った頃の幼い子供の姿である。
「おら、アリスだべ」
チチ、なんて名前じゃねえだ。ぽかんとした質問に、きりっと眦を吊り上げ訴える。
とは言うものの、その顔も感じる気も、間違える事無くチチのもの。
訳も判らず、 悟空は片眉を上げ、妙な顔をして首を捻った。そのまま数秒。
「…ま、いっか」
要するに、これはアリスの姿をしたチチなのだろう。悟空はそう納得する事にした。
「なあなあ、おめえ」
可愛らしく小首を傾げ、アリスなチチは覗き込み。
「おめえ、 そんなにいそいで、どこにいこうとしてるんだ?」
投げかけられた質問に、 はっと全てを思い出す。
「そうだ、こうしちゃいられねえや」
ここは、 閻魔大王様に教えてもらった、界王様の元へと向かう一本道。不思議な空間に伸びる細いそれを、 悟空はずっと走り続けていたのだ。
こうしている間にも、時間はどんどん迫っている。 一刻も早く界王様に会って修行をしなくては、悪いサイヤ人達が地球を滅ぼしにやってくるのだ。
立ち上がり、そのまま道を走ろうとすると。
「なあ、おめえはどこにいくんだ?」
そんなに走ってばっかりで。ずっとおめえを追いかけ続けていたおらに、 ちっとも気付こうともしない。
ぎゅっと腕にしがみ付く彼女に、悟空は困ったように苦笑する。
「おら、早く界王様に会って、修行しなくちゃいけねえんだ」
「それって、 とおいんだべか?」
「さあ…」
向こうに続く、細く長い道。 どれぐらい続くか解らないけれど、でもこの先にあると聞いたから、 それを信じて向かうしかない。
「おらもいっしょにいく」
「…だめだ」
この先、 どんな危険があるか解らない。そんな場所に、チチを一緒に連れてなんて行けない。
むすうっと頬を膨らませて睨みつける彼女に、悟空は膝を付いた。
「おめえは、 おらが生きて帰るのを待っていてくれ」
でも…。
「おら、いかれぼうしやみたいに、 なりたくねえもん」
「イカレ帽子屋?」
聞きなれないその名前に問い直すと、 アリスのチチはちらりと振り返って、あちらを指差した。
こんなもの、ここにあっただろうか。 長い道のりの小さな駅の様に、そこには妙にパオズ山の自分の家に似た、小さな家があった。





そおっと窓から中を覗く。
室内の家具も、間取りも、パオズ山にある自分の家と殆ど同じだ。 不思議な心地で家の中を見回す悟空の肩を叩き、アリスチチは、台所の方を指を差した。
「ほら、あれがぼうしやだべ」
こちらに見えるその姿に、思わず悟空は身を乗り出す。
「チチっ」
艶やかな髪を纏め上げる、華奢な後姿は、間違い無くチチのもの。
いつもの動作で、慣れた手付きで料理を作っては、大皿に乗ったご馳走を、 次々とテーブルに並べてゆく。
「ぼうしやはな、こうやってパーティーの、 じゅんびをしているんだべ」
「パーティー?」
んだ。こっくりと神妙に頷いて。
「ぼうしやのだんながしんだから、そのさよならのパーティーだべ」
へっと思わず声を上げる。 ああそうか、チチはおらが死んだから、その葬式でも準備しているのかも知れない。
「でも、直ぐにドラゴンボールで生き返るけどなあ」
クリリンにもそう頼んでいるし、 神様もそのつもりで閻魔大王様に界王様に会えるようにしてくれた。そんなに悲しむ必要は無いのに。
しかし、アリスは首を横に振った。
「ちがうべ」
帽子屋の旦那さんは、 一度生き返った事はあるけれど、結局また死んでしまい、そのまま亡き人になったのだ。
「はやくつよくなりたくて、はしってばっかりのひとだったそうだべ」
誰よりも強くなりたくて、 傍に居る人にも気付かずに、前しか見ないで急いでばかりの人だった。急いで急いで、急ぎすぎて。 そうしてその最期の目的地は、この世じゃない場所になったのだ。
「なあなあ」
覗き込む黒い瞳は、真っ直ぐに悟空に向けられる。


「おめえの目的地は、一体何処だべ?」














目が覚めたのは、道の上。
むくりと体を起こすと、呑気なあくびを一つ。何だろう、 なんだか凄く、大切な夢を見たような気もするが、目が覚めたと同時に忘れてしまったようだ。
眠い目を擦りながら、細長く伸び続ける道を見やる。界王様の居る所まで、 まだまだ先は長いようだ。よっと立ち上がると、軽く体を解す。さて、休憩もしたし、 その分を取り返すためにも、急がなきゃな。
よし、と気合を入れると、悟空は道を走り出す。





さて、目的地まで、後どれぐらい?





end.




界王様の所までの、不思議な長い道のりで
2004.10.31







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