目の前に置かれた、クラシックな形のランプ。
曇ったそのランプを軽く擦ると、 もくもくと煙が噴出しました。
そしてその中から、魔法の力を持つランプの精が現れました。





「わしは、ランプの精なのだ」
黒いマントを着たその人は、 先っぽに丸い球のついた鞭をくるりと回し、偉そうに胸を張ってにやりと笑います。
「わしが、おぬしの願いを三つだけ聞いてやろう」
さあ、おぬしの願いを言うが良い。 どんな願いでも、わしが叶えて見せるぞ。
「…ほんとうですか?」
「うむ」
「なんでもですか?」
「わしにできない事などなーい」
高々と手にした鞭を掲げ、 にょほほと笑うその姿に、楊ぜんは瞬きをします。
「さあ、おぬしの願いを言ってみよ」
促され、少し考えると、じゃあ…と楊ぜんは口を開きます。
「ぼく、 とうさまにあいたいです」
父様は、僕が良い子にしていたら、 きっと迎えに来てくれるって、師匠も言っていました。だけど、一生懸命修行をしても、 師匠の言い付けを守っても、全然父上は迎えに来てくれません。
「ぼく…このままだったら、 ちちうえのかおを、わすれてしまいそうなんです」
じんわりと涙を滲ませる楊ぜんに、 ランプの精はふむ…と頷きます。
「…解った、おぬしの父親に、会わせてやろう」
ぱっと楊ぜんは、嬉しそうに顔を上げますが。
「しかーし。おぬしの父親に会えるのは、 もう少し先になる」
「えーっ」
そんなの、会わせてくれるって言ったのに、 嘘ついたんですか。
ぶうぶうと頬を膨らませて、文句を言う楊ぜんに。
「その代わり、 おぬしが父親の顔を、絶対に忘れないようにしてやる」
それなら、良かろう?物事には、 それ相応の時期と言うものがある。今はまだ、その時期ではないのだよ。
屁理屈のようなランプの精のそれに、楊ぜんにはいまいち把握できず、不満そうな顔のまま、 それでもこくりと頷きました。





「では、もう一つの願いを言ってみよ」
楊ぜんは、何処か胡散臭そうに眺めながら。
「…じゃあ、ぼくをにんげんにしてください」
僕、人間になりたいんです。
その願いに、ランプの精は、ううむと小難しい顔をしました。
「それは、難しいのう」
「なんでもかなえてくれるって、いったじゃないですか」
だったら、叶えてください。
「…しかし、そうなると、おぬしは二度と父親に会えなくなるぞ」
それでも良いのか。
「なんでですか?」
「だって人間は、人間の親から生まれる」
つまり今の父親では、 おぬしは人間にはなれぬ。
「それでも良いのか?」
楊ぜんは眉根を寄せて、 悲しそうに下を向きます。その酷く悲しそうな顔に、ランプの精は小さな頭を宥めます。
「ではその代わり。おぬしを、人間よりも人間らしくしてやろう」
人間らしく人間に? 小首を傾げる楊ぜんに、にこりと笑って頷きます。
「人を思いやる優しさと、 何かを成し遂げようとする情熱と、そして自分らしさを兼ね備えた、人間よりも人間らしい心を、 おぬしに与えてやる」
そうすれば、おぬしは必ず、人間よりも人間らしくなるだろう。





「さあ。では、最後の願いを言ってみよ」
最後のお願い。楊ぜんは小さい頭で、 一生懸命考えます。そして、酷く真摯な眼差しで、ランプの精を見上げました。
「ぼくの、 うんめいのひとにあいたいです」
師匠が教えてくれました。お前は、いつかきっと、 全てを話して、全てを受け入れてくれる人に出会うだろう。だからそれまで、お前の本当の姿は、 ずっと秘密にしていなさいって。
「ぼく、はやくそのひとにあいたいんです」
そうすれば、こうしてずっと変化の術をしなくても良いし、皆に嘘を付かなくてもいいから。
ランプの精は、少し眩しそうに瞬きをした。そして、くるりとした巻角の乗った楊ぜんの頭に、 そっと手を乗せます。
「解ったよ」
おぬしの最期の願い、わしがきちんと叶えてやる。
その言葉に、楊ぜんは嬉しそうに笑いました。
「しかし、さっきも言った通り、 物事にはそれ相応の時期があるのだ」
「…じゃあ、ぼくはそのひとに、あえないんですか?」
目に見えて、楊ぜんは落胆する楊ぜんに。
「安心せい。おぬしの会いたい人には、 必ず会う事が出来る」
この先。もう少しおぬしが大きくなって、人間らしくなった時、 その人は必ずおぬしの前に現れるだろう。





「では、おぬしに呪文をしてやろう」
とっておきのおまじないだ。これで、 おぬしの願いは必ず叶うのだぞ。そう言いながら、垂れ下がった前髪を優しく撫でて、 ランプの精は楊ぜんの額を露にさせます。
そして、その額に、そっと唇を寄せました。





「さあ。これで、おぬしの願いは、必ず叶うだろう」
その時には、もう一度会いに来よう。
そう言い残すと、不思議なランプの精は、煙の様に姿を消してしまいました。





end.




やっぱり、貴方が運命の人だったんですね
2004.12.01







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