Be My Fruity Baby <12/29> きりっと二人、真剣な顔でお互いを見遣る。 「抜かりありませんね、フランシスさん」 「勿論だよ、菊ちゃんこそ大丈夫?」 「大丈夫です、お任せ下さい」 視線を交わし合い、同じタイミングで頷いて、ぐっと親指を立てる。 動きやすい服装。機動的なスニーカー。両手が自由になるリュック。 そしてその片手には、狂気になりえるほどに分厚い、無数の付箋が付いたカタログ。 入場が開始される。 「行きますよ、フランシスさんっ」 「了解、菊ちゃんっ」 一斉に鬨の声が上がる。 さあ―――戦いが始まった。 世界最大のコミックイベントの名は伊達ではない。 兎に角、人、人、人。そして玉石入り混じる(但し人によっては石と玉が、正反対に入れ替わる)、 欲望と妄想と逞しい想像力が生み出した、甘美で至高の作品群。 それらが瞬く間に売買される、カオスな戦場なのである。 この年末恒例のビッグイベント、実は菊もサークル参加を申し込んではいたのだが、残念ながら敢え無く落選。 ならば今回は存分に買い物を堪能しようと、フランシスと申し合わせ、共に一般参加で参戦に来たのだ。 幸いにも、互いのジャンルは程良いレベルで被ってる。事前の綿密な打ち合わせに抜かりは無い。 目当ての神サークルの配置をチェックし、人気度や新刊状況も考慮し、二手に分かれてそれぞれ分担し、 無駄無く、効率良く、速やかに、且つエレガントに、ターゲットを次々にゲットする。 こちらのジャンルが終われば、次はあちらのジャンルへ。 このカップリングは時間が掛かるので、先にそちらのカップリングへ。 手元に持っていたチェックリストと配置を睨みながら、片手に下げた特大サイズのエコバッグへ、 ゲットしたお宝をてきぱきと収めて行く。 ちなみに書物は重量がある事を考慮して、エコバッグを二重にする事は忘れない。 首尾は上々。 目当てのエリアをひと通り回り、腕時計を見ると、良い感じに約束の時間になっていた。 時間通りに待ち合わせの場所へ向かうと、既に待っていたフランシスが、 そちらも荷物を一杯にして、笑顔でこちらに手を振っていた。 「疲れたー」 「お疲れさまー」 駅のフルーツパーラーの喫茶スペースに座り、漸く二人はほっと息をつく。 珈琲カップとパフェグラスを軽く合わせ、二人は祝杯と労いの乾杯をした。 「でも、ものすっごい充実感です」 「ほんとほんと。俺もすっごい満足」 フランシスさんのおかげで、狙っていたマイ神々の新刊、殆どゲットすることができました。 それを言うなら俺だって、菊ちゃんのお陰でお宝は殆ど手に入れることができたよー。 フランシスさんのお勧め、早速拝見しますね。菊ちゃんイチ押しの神作品も読んでみるよ。 足元に置いた大量の収穫物に、二人は目を合わせてによによと笑う。 ああ、すごく幸せです。注文した苺のパフェを一口。 蕩けんばかりの至福の笑顔を前に、フランシスも幸せな笑顔でフルーツサンドを頬張る。 「俺達って、息が合っていたと思わない?」 「もー、ばっちりですっ」 間違いなく、最強のチームワークですよ。ぐっと拳を握って同意する。 事前にミーティングをした甲斐がありました。こんなに欲しかった物が買えたのって、多分初めてですって。 本当にフランシスさんのお陰ですよ。是非とも次回参戦の際も、ご一緒をお願いしたいです。 身を乗り出して向けられるきらきらした眼差しに、うんうんとフランシスは頷いた。 やっぱり可愛い女の子の笑顔は、この世の何にも変え難い幸せだよね。 「フランシスさん、お時間は大丈夫ですか?」 小首を傾けたそれに、フランシスは苦笑する。 「ああ、うん。まだ大丈夫だよ」 ごめんね、女の子に無粋な心配させちゃって。 申し訳なさそうに眉根を寄せるフランシスに、ぶんぶんと菊は首を横に振った。 打ち合わせの段階で聞いていたのだが、フランシスは今日の夕方の便で、フランスへいったん帰国するのだ。 学校の長期休暇を利用しての、里帰りらしい。 本来ならクリスマスには帰国するべきだったのだろうが、 彼的にはどうしてもこのビッグな祭典を外す事が出来なかったらしい。 流石フランシスさんです。その心意気にシビれる!あこがれるゥ! 「本当はこの後、美味しいものでも食べながら、ゆっくり菊ちゃんと語り合いたかったんだけどね」 内容は主に、今日のイベントと、ゲットした本と、滾った熱い萌え語りで。 「こちらこそお願いしたかったです」 でも、今回は仕方ないですもん。 次のお楽しみにしておきます。今度こそ受かっていたら良いんですけどね。 そうだよね、やっぱりあのジャンルで本出す訳?勿論です、新刊がっつり作りますよ。 お兄さんも手伝うからね。売り子もやらせてよ。是非お願いします。 「そうだ、忘れない内にお渡ししますね」 菊はバッグの中を探ると、取り出したそれをフランシスに差し出した。 「これ。フランシスさんに受け取って欲しかったんです」 これから飛行機に乗るのに、荷物を増やしちゃってすいません。 綺麗な青い瞳を丸くしながら受け取ったのは、白いラッピングに赤のリボンがあしらわれた小さな箱。 「菊ちゃん、なあに?これ」 「私から、今年本当にいろいろとお世話になったフランシスさんに」 クリスマスプレゼントにはちょっと遅いですけど、 お歳暮というか、お礼というか、感謝の気持ちみたいなものです。 「開けてみても良いかな」 「勿論」 頷く菊ににこりと笑うと、早速フランシスは長い指先でパッケージを開いた。 白い紙が包んでいたのは、見覚えのある果物のマークの会社のロゴの入ったプラスチックケースである。 かちりとその蓋を開くと、この有名な会社の定番商品の一つである、人気の携帯音楽プレイヤーが顔を出した。 艶やかなボディは爽やかなブルーである。 「これ…」 「あのね、フランシスさんの瞳の色に合わせました」 ほら、綺麗な青色でしょ。 秘密を打ち明けるように告げる菊に、フランシスは呆気に取られた様な顔をした。 「本当はね、自分のを買おうと思って、ネットで見ていたんですよ」 どの色が良いかなって見ている内に、この色ってフランシスさんの瞳の色に似ているなって思っちゃって。 だから、ついつい一緒に買っちゃいました。 「だから、実は色違いでお揃いなんです」 「俺のと、菊ちゃんのと?」 はい、と頷く。思わず蕩けるように笑み崩れるフランシスに。 「ちなみに、アントーニョさんは緑なんです」 トーニョさんも、瞳の色に合わせました。 あとギル兄さんと、ドイツの義弟も、色違いなんですよ。 これなら、皆でお揃いを持っていても、恥ずかしくないでしょ。 明るく告げる彼女の笑顔に、ときめいたハートが微妙な音を立てる。あ…うん、そうか、皆でお揃いなんだ。 本当は、一番新しく出たモデルにしたかったのですけど。 でも、流石にイベント前だし、似たようなものを持っているかもしれないし、 ついでにお金の無い学生だし。だから二個目で持つのに良さそうな、シャッフル機能のこのモデルにしました。 すいません。 申し訳なさそうに肩を竦める彼女に、とんでもないとフランシスは声を上げる。 「嬉しいよ、本当に、すっごく。お兄さん感激しちゃったよ」 「良かったあ。…あ、裏も見て下さい」 促され、ケースから取り出すと、裏面にひっくり返した。 小さなクリップの付いたそこには、日本語のひらがなで「ふらんしす」と刻まれている。 「ネット注文したら、刻印サービスもお願い出来るんですよ」 だからそれも、お願いしちゃいました。 えへへと得意げに笑う菊に、菊ちゃん…感極まったようにその名を呟き、フランシスは大きく息を吐いた。 もう、敵わないなあ。 丁寧にそれを両手に乗せ、祈るような形に、大切そうに包み込む。 「ありがとう。ずっと大切にするね」 なんてったって、大好きな菊ちゃんから貰ったものだから。お兄さんの何よりの宝物だよ。 湧き上がるように零れるのは、とびっきり甘い笑顔。 「もー、菊ちゃん、大好きだよ」 駅構内にある大型のコインロッカーから、よいしょとフランシスはスーツケースを取り出した。 がらがらとそれを引っ張りながら、二人はそれぞれのホームへと向かう階段の前で足を止め、向かい合う。 「フランシスさん、お気をつけて」 家に辿り着くまでがイベントですから。 今回のフランシスさんは、ちょっと遠いですけど。 尚、公共の場で収穫物を読むのは駄目ですよ。車内や機内等、公共の場で読むのは駄目ですよ。 大切なことなので二回言いました。 周囲の一般の客様の目と、作品を書かれた作家さんの居たたまれない気持ちを察して下さい。 それが、大人の腐女子のマナーですから。 いや、それが一番拷問に近いよ。 でも大丈夫、機内にはこんな危険物は持ち込めないからね。 流石フランシスさん、判っていらっしゃる。そこにシビれる(以下略)。 「菊ちゃんも気をつけて帰ってね」 本来なら、きちんとお兄さんが家まで送り届けるのに、ごめんね。 眉尻を下げるフランシスに、菊は大丈夫ですと笑った。 「ギル、まだアメリカから帰って来ていなんでしょ」 もー、家にいるなら呼び出して、ここまで迎えに来させるんだけどね。 ほら、日本は安全だけど、年末だけは忙しなくて、物騒な事件が多発したりするんだよね? 流石は文化学専攻。何処で知ったんですか、そんな知識。菊はくすくす笑う。 「今日は、このまま真っ直ぐ帰りますから」 まだ明るいですから平気ですよ。 それに、何と言っても、一刻でも早く手に入れたお宝に埋もれたいですし。 随分過保護とは思うのだが、気遣いの優しさは素直に嬉しい。 ご心配ありがとうございますと、丁寧に頭を下げて。 「今は父と義母が家に居ますし」 一人じゃありませんから、大丈夫です。 明日は二人共九州に出張に出掛けますけど、明後日にはドイツから義弟も来る予定ですし。 ギルベルト兄さんも大晦日に帰ってくるみたいで、両親も元旦中には家に戻れそうだと言っていました。 だから今年は、もしかすると家族全員でお正月を過ごせるかもしれません。 「そっかあ…楽しみだね」 「はいっ」 元気良く頷く仕草が微笑ましい。 きっと彼女にとって家族で過ごす初めてのそれが、本当に本当に嬉しいのだろう。 「…俺も、早くフランスから帰ってくるよ」 だから菊ちゃん、お兄さんの初詣に付き合ってよね。 我が祖国の珍しいお土産、いっぱい持ってくるからさ。 「はい、待ってます。フランシスさん」 だから道中、くれぐれもお気をつけて。 「うん、菊ちゃん…」 伸ばされた腕が、ぎゅっと菊を包み込む。 えっ、フランシスさん?突然のハグに戸惑い、思わず身を固くする。 ああ、そうですよね、あちらの挨拶ですよね。 そう納得し、それでも緊張したままの小さな体に、フランシスはくすりと笑う。 耳元で紡いだのは、流れる旋律の様な異国の言葉。 響きの印象からは、恐らくフランス語なのだろう。勿論、菊には判らない。 恐らくは別れの挨拶か、年末に告げる彼の母国特有のフレーズなのか。 「菊ちゃん、良いお年を」 来年は、もっともっとお兄さんと仲良くしてね。 曖昧な笑顔で笑う菊に、フランシスはにこりと笑って、見降ろすおでこにキスを落とした。 来年は、お兄さんも本気だしちゃおうかな。 ねえ、待っててね。菊ちゃん? 入ったお店は首都駅にある千疋なフルーツパーラー 祭典には参戦した事がないので、実態を判っておりません 2010.12.30 |