フェザータッチ・オペレーション
<15>





「そうか、今日はマーケットの日だったのね」
馬車の窓から見えるのは、通りに向かって集まる人出と、 その向こうに見える色とりどりのテント。それに気付いて、 エリザベータは思わず声を上げた。
今日は月に一度開催されるマーケットの日であった。 中心地にある大通りから隣接する公園まで、 大小様々な店の軒が賑やかに連なるこの蚤の市は、街の名物でもある。
ギルベルトに書類と荷物を持って来るように言われたのだが、その目的地までは、 マーケット会場となっている通りを行かねばならない。 特別急ぐ必要は無いけれど、しかしこれだけ人の集まる道では、 流石に馬車も通れないだろう。
「ここからは歩いて行きましょうか」
場所は直ぐそこだし、 皆は大丈夫?馬車の中、ちょこんと座るルートヴィッヒ、菊、フェリシアーノに首を傾げると、 寧ろ嬉しそうに三人は頷いた。





「では、先に行きます」
御者にそう告げると、 エリザベータと三人の子供達は馬車から降りた。
彼女は基本的に大らかだ。 例えばこれがローデリヒであれば、 街の人がひしめき合うマーケットの通りを、小さな子供が歩くなんて危険です…と、 (自覚ある方向音痴からの考慮もあるが)決して馬車から降りる事はない。 しかしエリザベータは、あっさりと行動に移してしまう。そんな気安さがあった。
お祭りのように賑わうマーケットを横切る冒険に、 三人の子供達は目をきらきらさせる。
「はぐれないようについて来てね」
ルートヴィッヒを先頭に、菊、フェリシアーノと、縦一列になって三人は手を繋ぐ。 そして、先を行くエリザベータの後に続いた。
今日は天気も良く、風も暖かい。先月の開催日が雨だっただけに、 その分も人が集まっているようだ。 溢れる人波にばらばらにならないように、三人は握った手に力を込めた。
マーケットの中心地が近づくにつれて、人もどんどん増えて行く。 歩けないほどではないが、幼い子供の足にはやや困難な混雑具合だ。
「ルート君、大丈夫?」
振り返るエリザベータに、ルートヴィッヒは頷く。 出来る事ならエリザベータもルートヴィッヒの手を繋ぎたいのだが、 生憎両手は書類と荷物で塞がっていた。
手を引かれながら、菊はきょろきょろと視線を彷徨わせている。 マーケットの存在は知っていたが、実際にこうしてその中を歩くのは初めてだ。
ストリートの両脇にひしめく軒には、色んな物が並んでいる。取れたての野菜や、色とりどりの花。 カーテンみたいに吊るされたくたびれた衣類、 甘い香りのする美味しそうなお菓子、 きらきら光るアクセサリーに、艶やかな食器、大きな家具や、 ガラクタみたいに謎めいたものが、無造作に陳列されている所もある。 玩具箱の様な店先の様子に、持ち前の好奇心がうずうずと刺激され、 菊は黒い瞳を瞬きさせた。
しかし、目の前にふわりと広がるそれに、視界を遮断される。
―――あ…と思った時には、もう遅かった。
咄嗟に避けようと、顔を背けたまでは良かった。 しかし両手が握られているだけにその動きは制限され、 菊の狩衣の襟元にそれが引っ掛かる。
ぶつり、とした感覚と同時に、 ひゅ、と宙を飛んだ黒い影。咄嗟に手を伸ばそうとしたけれど、 手を繋いだ状態で、それは叶わない。
思わず足を止めてしまった菊に、前で手を引いていたルートヴィッヒが振り返る。 菊の後ろからついて来ていたフェリシアーノも、 ヴェ?と首を傾げた。
「あ…ごめんね」
もしかして今って、僕のが引っ掛かっちゃったのかなあ?
ぱさりと翻ったのは、淡い色をした季節外れのマフラーだった。それを抑え、 小首を傾げてこちらを窺うのは、同じぐらいの年頃の幼い男の子。
菫色の瞳が、えへへと笑った。
色素の薄い肌と特徴のある鼻立ち、やや厚みのある体躯と、その服装の特徴。 恐らくは、ここよりももっと北の国のものだろう。
純朴そうな瞳が、物珍しそうに瞬き、へえ…と菊を見つめた。
「きみ、とってもめずらしいね」
にこりと向けられるのは、無邪気とも言える笑顔。この国で東洋人は珍しい。 彼の言葉は既に聞き慣れたものだが、しかし何故だろう、菊の目がやや険しく細めた。
「あっ、それ、とれちゃったんだ」
彼が示すのは、菊の狩衣の胸元。 首元を止めていた紐を丸く結んだ釦が、 どうやら彼のマフラーに引っ掛かって取れてしまったらしい。 狩衣の上前が、ぺらりと捲れ落ちてしまっている。
「どこに、いっちゃったのかなあ」
何処かおどおどした声を上げる彼に、 菊は結び玉が飛んで行ったであろう、あちらを見遣る。しかしこの雑踏のひしめく中、 あんな小さなものを見付けるのは困難であろう。前屈みになって探そうとするフェリシアーノに、 菊は手を引いて留め、ふるふると首を横に振った。
さらりと揺れる絹のような黒髪に、彼は目を細める。
「…いいなあ」
ぽつりとした呟き。こちらを仰ぐ菊を、にこにこと彼は見詰める。
「きみ、とってもすてきだね」
そこにあるのは、間違い無く朴訥とした笑顔。 しかし菊は顎を引き、身構えるように一歩引いた。彼にはそれが酷く不思議らしい。 どうしてそんなに警戒するの?瞳でそう訴えている。
「あ、そうだ」
声を上げると、厚手の上着のポケットを探る。 取り出した手の平に乗せられていたのは、艶やかなブローチだ。
子供の手の平にすっぽりと収まる大きさのそれは、 中央につるりと乳白色の石が収まり、 緻密に彫られた双頭の鷲の紋章が、閉じ込めたように浮かんでいる。 更にそれをぐるりと縁取るように、きらきら光る無数の青い石が装飾されていた。
やや古びたピンを、ぱちんと外して。
「じっとしててね」
距離を詰め、にこりと笑うと、酷く楽しそうに菊の襟元へと手を伸ばす。 外れた上前を引き寄せ、不器用な手つきで、菊の肌蹴た襟元にピンを差し込むが。
「きくっ?」
びくっと身を竦めた菊に、横に居たフェリシアーノが声を上げる。 襟元を抑える菊に、ルートヴィッヒは眉を潜め、きっと彼を睨みつけた。
「あ、ささっちゃった?」
どうしよう、ごめんね。おろおろと眉根を寄せて泣き出しそうな顔に、 嘘は見えない。菊は怪訝そうに首を傾ける。それに、何を読み取ったのか、 彼はにこりと笑った。
「ち、でちゃったね」
見ると菊の襟元、 狩衣の下に身につけていた白地の着物に、ぽつりと赤い点が浮かんでいる。 内側から滲んだそれは、白い小袖に酷く鮮やかだ。
菫色の瞳が、弧を描く。
「でもね、わざとじゃないんだよ」
本当だよ、信じて。
「こんどはきをつけるから」
絶対君を刺したりしないよ。 だからそのまま、動かないでね。そう言ってもう一度手を伸ばし、 今度はさっきよりも注意しながら、菊の首上をブローチで留めた。
「できた」
えへへと何処か自慢げに言うと、 両手を後ろに回して、小首を傾ける。そして、じいと菊を見つめて、ねえ、と笑った。
「それ、ずっとつけててね」
僕が君につけたものだから。ずっと、ずーっとつけててよ。
「ね?」
念押しするようなそれに返答する前に。


「ルート君、菊ちゃん、フェリちゃんっ」


名を呼ぶ声に、三人ははっとそちらを仰いだ。
行き交う人混みをすり抜けながら、 慌てた顔のエリザベータがこちらに手を振っている。波の流れを逆走しながら走り寄り、 目の前に立つと、三人の顔を改めて確認し、ほうと大きく息をつく。
「もう…びっくりしたわよ」
ついさっきまでぴったり後ろについて来ていたのに、 いつの間にか居なくなっているんだもん。でも、ごめんね、気がつかなくて。
眉根を寄せるエリザベータに、三人は申し訳なさそうに顔を見合わせる。 彼女は悪くない、黙って歩みを止めたのはこちらなのだ。
「―――じゃあね」
かき消えそうなその声に、顔を上げる。くるりとこちらに向けられた背中を、 季節外れのマフラーがふわりとはためく。
人波に紛れ、彼の姿はあっという間に見えなくなった。

















街の中央通りから筋を外した通りの一角。落ち着いた佇まいのその店は、 最近バイルシュミットの出資を受けて、新しく構えたばかりの新店舗であった。
この国の西の地方は、革製品の製造と加工において優れた伝統工芸を持ち、 世界的にもその技術の評価が高い。 バイルシュミットはそこのギルドのひとつと契約して出資し、 メーカー依頼やブランドの立ち上げ、店舗や事業の拡大、 海外受注の仲介等も請け負っていた。
「よお、遅かったな」
店の入り口から入って来たエリザベータ達に、 接客用ソファに腰を下ろしていたギルベルトは、よっと立ち上げる。
道が混んでいたのよ。ああ、今日はマーケットだからな、お前の事だから歩いて来たんだろ。 悪い?悪かねえけど、坊ちゃんに頼まなくて良かったな。あいつなら、 絶対この店まで辿り着けねえぞ。
軽口を交わしながら、 彼女から受け取った書類の中身と荷物を確認した。 そして、傍にいた従業員の一人に。
「あの黒髪のチビだ、見立ててやってくれ」
得たりと従業員は了承した。事前に話は聞いていたらしい。
「お前らも菊が選ぶのを、一緒に手伝ってやれ」
じゃ、俺様はちっと仕事を済ませてくるから。 そう告げると、この店のオーナーと共に、ギルベルトは速やかに奥の執務室へと姿を消した。
それを見送った後、指名された従業員は穏やかな笑顔で、こちらにどうぞと示す。
「ほら、菊ちゃん」
とんとエリザベータに背中を押され、されるがままに菊はそちらへと足を進めた。
店内には、各革製品の商品が、綺麗にディスプレイされていた。 菊が案内されたのは、この店でも主力商品の一つである、バッグのコーナーである。
体が小さいですからね。でも男の子ですから直ぐに大きくなりますよ。 矢張り、軽いのは外せませんね。大人になっても使えるものが良いでしょう。 こういう形なら、長く使えて安心ですよ。
あれこれ説明しながら、 幾つかを菊の前に並べる。どれもやや大ぶりの旅行鞄だ。菊は小首を傾げ、 隣に立つエリザベータを見上げる。
「あいつがね、丁度良いから、菊ちゃんにも用意してやれって」
菊ちゃん、旅行用の鞄って持ってなかったでしょ。これから必要になる事もあるだろうから、 しっかりしたやつを持たせてやれ…ってあの馬鹿が言ったのよ。
「ほら、これなんかどう?」
ちょっと手に持ってみて。これもどうかな。 こっちも良いわよね。エリザベータに促されるまま、菊は一つずつ手に取ってみる。 しっくりと手に馴染む持ち手、丁寧な縫製と職人技らしいしっかりとした造りのバッグは、 どれも見た目よりもずっと軽くて持ちやすい。
薦められた中から、 更に幾つかを厳選し、眺め、手に取り、思案し、確認し、 話を聞き。時々エリザベータやフェリシアーノ、ルートヴィッヒの意見も参考にして。
そうして、最後に手に取ったものは。
「決まった?」
首を傾げて窺うエリザベータに、 こくりと菊は頷いた。





「お、決まったのか」
「ええ、今プレートをお願いしているところ」
オーナールームから出て来たギルベルトは、ルートヴィッヒとフェリシアーノに挟まれた位置、 ソファにちょこんと腰を下ろしてジュースを飲んでいる菊を見下ろす。 どうだ、気に入ったのが見つかったか。にかりと笑うと、 小さな黒髪がことりと傾いた。
そこで、ん?と気が付く。
「何だ、そりゃ」
覗き込むのは、その襟元。 普段は蜻蛉頭で留められた首上に、見慣れないクラシカルなペンダントがつけられている。
ああとエリザベータは声を上げた。 直ぐに隣室に移動したので、さっきは気がつかなかったのか。
「ここに来る途中で、釦が引っ掛かって取れちゃったのよ」
で、通りすがりの子が、 これを代わりにつけてくれたんですって。優しい子よね。笑顔でそう話すエリザベータに、 しかしギルベルトは厳しく目を細める。
暫し、何かを思い出す様に思案して。
「外すぞ」
冷ややかな声でそう告げると、 ギルベルトは不機嫌そうに手を伸ばし、速やかにブローチを外した。 ぺろりと狩衣の襟が捲れ落ち、咄嗟にそれを押さえる菊に、 むっとエリザベータは眉を顰める。
「ちょっと。それじゃ、菊ちゃんが困るじゃない」
釦が取れちゃったから、その代わりにそのブローチで留めていたのよ。 いつもなら肩を竦めて受け流すその怒声に、しかし今回はじろりと睨み返す。
「うるせえ。針と糸ぐらい、ここにあんだろ」
革製品の店だ、 それぐらいは置いてある筈である。
そんな事よりも…とブローチを眺めながら、窓辺へと移動した。 親指と人差し指で挟み差し込むと、掲げるように太陽の光を透かせ、 片目を閉じてじいっと確認する。
「ムーンストーンのインタリオか…」
随分と凝ったものだ。 大振りのムーンストーンに裏彫りを施し、双頭鷲の紋章を石の中に浮かび上がらせている。 しかも、僅かながらムーンストーンには、六条のスター効果まで付いていた。 この石だけでも、かなりの価値があるものだろう。
顰めた顔のまま、今度は窓辺から離れ、スーツの胸ポケットからマッチを取り出した。 しゅっと音を立ててマッチを擦ると、火薬の匂いと共に火が灯る。
その揺らめく炎にペンダントを翳すと。
「…えっ?」
それを見ていた誰もが、驚きに目を瞠った。
ムーンストーンを囲むように縁取られた無数の石は、 太陽の下では確かに澄んだ紺碧色をしていた。しかし今、マッチの炎に透かして見ると、 鮮やかなローズピンクへがらりと発色を変える。
「アレキサンドライトだな」
手首の動きでふっとマッチの火を消すと、テーブルの上の灰皿に落とす。
アレキサンドライトは北の大地で採取される、かなり希少価値のある宝石だ。 光によって発色を変える特徴を持っているが、 それでもこれだけはっきりと変色するものも珍しい。
宝石やジュエリーは専門外であるが、恐らくは本物であろう。 骨董品のように随分古そうなブローチではあるが、 少なくとも、通りすがりの人にあげるような品ではない筈だ。
だが、ギルベルトが気になるのはそちらでは無くて。
「似てるんだよな、これ…」
中心部に立体的に浮かび上がる紋章は双頭の鷲。双頭鷲自体、 紋章としては特に珍しいものではない。 微妙な違いこそあれ、似たようなものはあまたにあるので、確信は持てないのだが。
「昔何かで見た、北の帝国の皇帝の紋章にそっくりだ」
現存している皇帝の物ではない。 資料も殆ど残されていないが、北の国には遥か昔、半ば伝説的な帝国が存在していたらしい。 その帝国のツァーリの紋章と、非常に似ているように思えるのだ。
「そうなの?」
もし本物だったら、それって凄いじゃない。目を丸くするエリザベータに、 ギルベルトは苦い顔をした。
「ただ、伝承があるんだよな」
「伝承?」
「北の帝国では、紋章の入った宝石を贈るのは、これからお前を自分の物にするという布告なんだとさ」
古い物語で聞いた事がある。
北の国の皇帝が、某国の美しき姫君に婚姻を申し込んだが、 あまりにも年が離れていた為に断られてしまった。しかし諦めきれない皇帝は、 せめて自分の代わりに傍に添わせて欲しいと、 姫君に紋章入りの宝石を贈った。受け取った姫君が宝石を身につけると、 我が国の印を身につけた者は全て我が物であると主張し、 北の皇帝は無理矢理姫君を手中に収めてしまった―――確かそんな流れの話である。
「北の帝国では、自分の紋章のついたものは、全部自分の物だそうだ」
まるでネームプレートのごとく、自分の物だと主張する、所有の証として使われていたらしい。 尤もこれは、単なるお伽噺かもしれない。事実は時代に変形する。 伝説や伝承なんて、得てしてそんなものだ。
「…ちょっと、考え過ぎなんじゃないの?」
エリザベータは苦笑した。 いくらなんでも飛躍し過ぎじゃなかろうか。ちらりとしか見なかったが、 これを付けてくれたのはまだ幼い子供だった。 そんな伝説を知っているとも思えない。よしんば宝石が本物だとしても、 それをすれ違っただけの東洋人の男の子に渡すだろうか。
寧ろ開催されていた蚤の市で、イミテーションと勘違いして売られていたものを、 偶々手に入れて、その価値を知らずに何気なく使った…そう考える方が、余程自然である。
「まあ、そうかもしれねえけどな」
ギルベルトは、ブローチを乗せた手の平を菊に差し出す。
「いるか?」
どっちでも良いぜ、お前の好きにしろ。
きらりと光る美しいブローチ。菊は暫しそれを見つめるが、 ひょいとギルベルトを見上げると、ふるふると首を横に振った。
よし。にやりとギルベルトは笑うと、 エリザベータにぽんとブローチを手渡した。
「南地区に孤児院があったな、そこに寄付をしろ」
「えっ、これを?」
紋章の伝承や本物か云々はさておいて、 それでもこの宝石に相当な価値がある事には変わりない。 驚く彼女に片眉を吊り上げて。
「なんだ、欲しいのか?」
だったら良いぜ、貰っておけよ。 軽く顎を突き出してそう言うと、エリザベータはうっと眉根を寄せた。 手の平に乗せられた、きらきらしたそれを暫し眺めるが。
「…判ったわ」
あんたの言うとおりにしておくわよ。深呼吸を一つ、肩を落として苦笑した。





カウンター奥、作業室へと続く扉がかちゃりと開いた。姿を見せたのは、 先程菊の相手をしていた店員である。 どうやら、加工を終えたらしい。
「お、出来たか」
手袋を嵌めた手で持ってきたのは、 菊の選んだキャメルカラーのトランクケースだった。しっかりした作りで、 ベルトで固定もでき、長く使えるオーソドックスなデザインの物である。
ああ、これにしたのか、良いんじゃねえの。丁寧にテーブルの上に乗せられたそれを、 ギルベルトは腰に手を当てて覗き込んだ。そして、持ち手の金具につけられた、 革製のプレートを指先ですくい、確認するとにかりと笑う。
「ほら、お前の名前だ」
ソファから立ち上がり、菊は身を乗り出してそれを覗き込む。
鞄と同じ素材で作られたネームプレートには、アルファベットで菊のフルネームが刻まれていた。 蓋をあけた鞄の内側の隅にも、同じように小さく名前が彫られている。 この店のサービスの一つだ。
菊は手を伸ばし、 自分の名前が彫られたネームプレートを指先で撫でる。 どうやらお気に召したらしい。
「大切にしろよ」
ま、さっきのブローチの代わりとでも思っておけや。
こくりと頷くと、菊はギルベルトを見上げる。きらきらとした黒い瞳に、 ギルベルトはへへっと笑うと、艶やかな黒髪をわしゃわしゃと撫で回した。








人の物、名前を書けば、俺の物
最初はフィニフティにするつもりでしたが途中で変更
宝石と露国旗が同色になる事は、後で気づきました
2010.10.09







back