黒鷲は東の未来より舞い降りる
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普段は威丈高で人を食ったような彼ではあるが、その悪戯じみた表情が成りを潜めると、 真紅の瞳は酷く理知的な色を宿すようになる。
例えば、今。切れ長の目がやや細まり、真っ直ぐ射抜くようにこちらを見下ろす。
「お前、足元すくわれるぞ」
呆れると言うより寧ろ諭すような声音に、日本は僅かに眉を潜めた。
講義の最中、滅多に自己主張をしない日本のそれを、プロイセンは口を挟む事無く黙って聞いた。 自分なりに考えた疑問と意見と持論を最後まで耳にして、だが彼はそれをきっぱりと打ち消す。
「国際法に頼るのはよせ」
尊重するのは各々の勝手だが、あれは強者の口先でいくらでも変化する、単なる基準の一つに過ぎない。 それはどの国も周知の事実だ。
「私に法を教える貴方が、その法を否定するのですか?」
「否定はしない。だが、絶対でも無い」
お前はそれを、身を以て知った筈だ。 無理矢理押しつけられた条約に、均等の利益はあったか? 隣国の兄貴が負けたあの戦争に、大義はあったか?
「大国は自分に利があれば国際法に従うが、不利と判断すれば軍事力で実力行使する」
話し合いで全てが解決すると思うな。それが可能なのは、対等の国家同士の場合のみである。
「今のお前は小国だ」
漸く近代国家へと足を踏み入れたばかりで、まだ何も知らない子供に等しい。 それを判った上でつけ込まれた事実を忘れたのか。お前の立場に配慮した国が、果たして世界にどれだけ居た?
「小国が正道を貫くには、大国よりも強くなるしかねえ」
軍事力を至上の絶対にするつもりはない。 しかし国には、確固たる軍事力が必要だ。 大国と対等の力を持つ事によって、互いが侵略せずに主権を守り合い、 そこで初めて公明正大な国際社会が実現する。
「法を守る事こそが、法に守られる手段となり、抑制力になるのではありませんか」
「建前としてはな」
理想ではあるが、現実では無い。 哲学としては成り立つが、国家学としては単なる慰めにしかならないのが現状だ。 お前の知る世界(亜細亜)はそうだったのかもしれないが、俺の知る世界(欧州)では違う。
「道理に反します。そこまでして利を得るぐらいなら、いっそ私は…」
「じゃあ死を選ぶか?」
低い声。静かに突き刺さる真紅の瞳。 鋭い言葉では無く、その強い圧迫感に秘められた怒気に似た感情に、ぎくりと日本は身を硬くする。
「俺は、お前に死に方を教えるつもりはねえ」
ハラキリだとか、潔さとか、死に様だとか。お前の文化には、随分と自決を賛美する傾向があるようだがな。
確かに、人には人の生き方がある。それをどう選択するかは、個人の問題であり、自由だ。 だが、国である自分達は違う。
最上に優先しなくてはならない事は、「生き残る」事であり、 その為なら、法は只の足枷となり、卑怯は悪では無く、裏切りは生き残る術となる。
「お前のそれは、単なる美学だ」
その美学という名のエゴに巻き込まれ、何人の国民が死ぬと思う?
「歴史ってのはな、生き残った者だけが作る事が出来るんだよ」
それがどんなに正しい事であろうと、それがどんなに卑劣な事であろうと、 消えてしまえばそれを証明する手立ては一切失われる事になる。 後に残るのは、残った者に都合の良い伝承のみ。そこに当人の意志が介入する余地などは無い。
そして。
「自分の正義を主張できるのは、勝者のみだ」

















たまたまその記録を目にしたドイツ騎士団は、おや?と瞬きをした。
どう言う事だろう、今年に入って修道院内に作られている野菜や穀物の収穫率が、目に見えて上がっている。 天気や気候に左右されるのは当然だが、それにしても今年は冷害もあったし、 周辺地域の村や他の修道院の記録と比較をしても、この数字は少々特異であろう。
首を捻る様子に、傍に居た老齢の修道院長が気付いた。
「どうかされましたか」
「なあなあ、これっておかしくねえか?」
耕地を増やした訳でもねえのに、この数字間違ってんじゃねえの。記録を示しながらの言葉に、ああと頷く。
「農耕の見直しを図ったのですよ」
「みなおし?」
「実験を兼ねたものでしたが、予想以上に成果が上がりました」
この修道院の地域は寒冷地に程近く、肥沃とは言い難い土壌が多い。 その為、同じ畑に連続して同種の作物を植えると、どうしても土地が枯れやすい傾向がある。
なので基本的に農耕は、三つの農地を一つのグループにして、夏栽培の穀物、冬栽培の穀物、休耕地、と区分し、 ローテーションで耕作する方法を取っていた。 休耕地には家畜を放牧し、その排泄物がそのまま肥料となり、土地を肥やす事も出来る。 近辺の村やドイツ騎士団に関わりのある修道院も、ほぼ例外なくこの方法を取っていた。
しかしそれを、四つの耕地を一グループに変え、根菜類もしくは豆類の栽培を加えるようにしたのだ。
「それだけか?」
「それだけですが、確かに盲点でした」
豆や根野菜は保存が利くものも多く、しかも余ったものはそのまま家畜に与えることも可能だ。 季節によっては不足になりがちであった家畜の餌も補え、同種の作物を連続して栽培しない事により、 土地の枯渇に大幅な改善が見込まれた。 もう少し成果の如何を確認して問題が無いようなら、他の修道院や地域住民にも、この方法を指導する予定である。
「ふうん…なるほど」
「キクのお手柄ですよ」
「キクの?」
穀物の畑の作業を手伝う際、菊は修道女に耕地について問うたらしい。 どうして三つに分けるのかとの疑問に、同じ作物を連続に植えて土地を枯らせない為にと答え、 じゃあ穀物と穀物を植える間にも休ませれば、更に土に栄養を与える事が出来るのではないかと提案したようだ。
菊とそんな会話を交わした修道女が、たまたま柔軟な思考の持ち主でもあった。 幼い提案を面白がり、毎回作物を植える度に休ませたら三分の二の収穫が二分の一になると諭した所、 じゃあ同じ作物では無く別の物を植えたらどうかと返される。 別の作物なら同種の作物とは違う土の栄養を使うんじゃないか、 しかも三分の二の収穫が四分の三に増え、余った物は家畜にあげちゃえばいい。 例えば豆やかぶらなら、冬まで腐らせることも無いし、自分もとっても好きだし、 だから動物だって美味しく食べるに違いない。
無邪気な押し問答ではあったが、成程理に敵っていると感心し、正式に修道院に提言して改善を試みたのだ。 ドイツ騎士団の手元の記録は、丁度その成果が出た矢先のものである。
「彼女はとても聡明ですよ」
時々、驚くほどに機転が利いて、工夫を凝らそうとする。 真面目で、働き物で、素直で、人の嫌がるような仕事も率先してこなし、その上とても勉強家でもあった。
「最近は文字を学んでおります」
「字を?すげえ」
大人でさえ字を読める者は少なく、極僅かな聖職者か知識層に限られているのに。
「彼女は本が好きなようです」
修道女に聞きながら、聖書を読むようになったのが切欠らしい。 それから文字に興味を持つようになり、最近は拙いながらも書き方を覚え始めている。 折を見て、文字の勉強の助けになるだろう、写本の奉仕の参加も考慮していた。
孤児院は、一定の年齢を超えれば出所させる決まりになっている。 大抵の子供は、子宝に恵まれない夫婦や、労働力の必要な大農家に引き取られるが、 異民族である菊を引き取りたいと希望する者はなかなか現れない。 このままでは、菊は自分で働き、一人で生きる方法を模索しなければならないだろう。
しかし、文字の読み書きを身に付ければ、近隣の町から記録係や書記としての仕事を請け負うことも出来る。 識字技能は重宝される技術だ。充分な収入も見込める仕事なので、それで生活することも充分可能であろう。
孤児院から修道院に入る子供も少なくは無かったが、 神に仕える生活は、一切の享楽や贅沢を排除し、結婚も許されず、節制と奉仕にのみ従事する生活だ。 つつましく美しくはあるが、一般的に幸せと称される生き方では無い。 菊は模範的な修道士になる要素を備えているが、出来る事ならそれは最後の選択に留めさせたい。
「最近、キクとお会いになりませんね」
まだ覚束無い歳の頃、ドイツ騎士団は随分こまめに菊に会いに行ったものだ。 孤立しがちな菊を気にかけ、一緒に遊んだり、時には悪戯をしたり、 随分と親しげに接しているのを、修道院の皆は微笑ましく見守っていた。
しかしこの所、ドイツ騎士団は菊の元へ顔を出していない。 遠征が続いていた事も原因であろうが、それだけでは無さそうだ。 今日も折角、久々にこの修道院に足を運んだにも拘らず、菊の元へ行く素振りを見せない。
「キクはとても寂しがっておりますよ」
あえてそれを口にした事はないのだが、菊は酷く落胆しているようだった。 普段そのような素振りを見せない少女なだけに、感情を抑えようとする様子が切ない。
苦笑する修道院長に、ドイツ騎士団は表情を変えず、手元の記録に視線を落とす。
「…もう、おれがいなくても、だいじょうぶだろ」
自分の拾った子供である。異民族である彼女の身上を、自分の出来うる限りの配慮をする責任があった。 しかし修道院からの話を聞くと、菊は大人しく、穏やかで、人当たりの良いその性分や、 修道士達の配慮の元で、異民族としての理不尽な差別を受けることなく、素直に育っているようである。 きっと彼女なら、このまま修道院の手助けを借りて、自分できちんと生きる事が出来るだろう。
「だったら、いい」
この先、菊は大人になるだろう。子供から少女に、少女から大人に。 だが、自分は彼女とは違う時間の流れに生きている。 平等では無い時の流れを持つ二人が、必要以上に長く時を共有するのは、互いの為にあまり良い事ではない。
静かに告げるドイツ騎士団の横顔は、その顔立ちの幼さには相容れない、酷く老成したものがあった。 あどけないとしか形容できない彼に、計り知れないその本質の片鱗が垣間見える。
しかし、まだ早かろう。情が移る前に距離を作るにしては、菊はまだまだ保護の必要な幼い子供だ。 只でさえ、孤児院で同じ様に育った子供達が一人減り、二人減りする中、 残された彼女は寂しい思いをしているに違いない。
修道院長は小さく息をついた。
「…最近、時々ですが、キクはふらりと姿を消す時があります」
尤も、今までのように修道士の手伝いは減らさず、食事の時間にはきちんと帰って来るので、 不都合や問題がある訳では無い。 しかし時折、酷くぐったりと疲れていたり、怪我をして帰ることもある。
誰かに害された様子も無く、 悪い事をしているようでは無いので、そのまま彼女の好きなようにさせてはいるのだが、やはり心配である。
「会ってやってくれませんか」
それとなく聞いてもみたが、彼女はその件については頑なに口を閉ざしていた。 余計な心配をかけまいとしているのでしょう、私達には決して何も言いません。 しかし師匠と慕う貴方になら、相談が出来るかもしれません。
「寂しいのは、お互い様かと思いますよ」
にこりと笑う修道院長に、ドイツ騎士団は複雑な顔で唇を噛締めた。





何度見てもおかしい。書庫の棚の前、記録の書を開いて、菊はその違和感に眉を潜める。
菊が居る孤児院は、女修道院が奉仕の一環として務める事業である。 この修道院は布教も兼ねて窓口が非常に広く、院内にある一部施設は、比較的自由に利用が可能であった。
その一つに、書庫がある。
近隣の修道院よりも大きいと言われるこの修道院の書庫には、神学に関する書物の他に、 ドイツ騎士団に関する記録も数多く蔵書されており、許可さえ取れば誰でも閲覧する事が出来る。
修道女に教えて貰いながら文字を覚え始めた菊は、書庫へと足を運ぶようになり、 まだ覚束無いながらもそれらの書物に目を通していた。 通常、こんな幼い子供の利用などまずあり得ない。 しかし、彼女の熱心さと、書物に対する取り扱いの丁寧さもあり、 書庫の管理人はほぼ無条件に彼女の入館を許している。
きちんと整理されたそれらの中から菊が手に取るものは、 修道士達が現在進行形で細々と綴り続ける記録の書だ。 少しでも文字を早く覚える事は勿論、自分の身の回りの状況や欧州の情勢を知る為でもある。 そう思って読み進め、最初は疑問、次に違和感、しかし最近は確信を覚え始めていた。
日本の知る欧州の歴史と、ここで記されている歴史は、同じではない。
勿論、日本の記憶はあれど、それがデータファイルのように全てがクリアな訳ではなかった。 特に国内の歴史なら兎も角、欧州の複雑な歴史を、年代やら日付まで暗唱できる程、 はっきりと覚えている訳ではない。 しかしそれを除外して考えても、歴史的事項やそこから関連する前後の流れが、 自分の記憶とは確かに食い違っているのだ。
記録に誤りでもあるのだろうかとも思い、否と打ち消す。 彼は日記を書くのが好きだった。この俺様の、超かっこいい生き様の全てだぜ。 ふふんと不敵に笑う彼に呆れる人も多かったが、事細かな記録は、彼の性分のままに正確で、 後世においても非常に重要な資料となっていた。
確かに、歴史は時代に改変されるケースもある。 権力者の政策による都合の良い書き換えや消去は、近代以降でも繰り返されていた。 しかしこの書庫にある歴史書を見る限り、それだけではとても説明がつかない。
領土の拡大は、モンゴル帝国がそうであったように、 侵攻した土地に住まう者に税を課せ、納付させるのが広く一般的だ。 だが、ドイツ騎士団は少々違う。 広げた領土にドイツ人を入植させ、原住民をドイツ化させる、所謂東方植民を押し進めていた。
日本の記憶ではこの時代、既にドイツ騎士団はプロイセン州へと向かい、植民政策を進めていたように思う。 しかし実際の現在は、各地方の反乱を防ぐのに奔走し、その領地を広げるまでには未だ至っていない。
もしかするとこの世界は、自分が知る過去とは違う世界なのではなかろうか。
それは、菊が何度も考えた仮定だ。確認する術は無い。 寧ろ、自分の持つ過去の未来が正しいのかさえも判らないのだ、その基準さえあやふやである。
そしてもう一つ、どうしても気になる事。
ちゃり、と音を立て、襟元から首に下げていた、黒十字のネックレスを取りだす。 生まれた時に握り締めていた十字架を、菊は常に身につけるようにしていた。
これはあの時代、彼が自分に託してくれた最後の物。 そしてこの時代、彼が自分の命を救ってくれた切欠。 過去の未来でも今でも、菊にとっては何よりも大切な宝物である。
くるりと返した裏面にはドイツ語が刻まれていた。 そしてその上には四桁の数字。壁が崩れ、自由を手にし、彼ら兄弟が再統一を果たした、記念すべき数字。 それは同時に、再会し、永遠の別れとなった、苦しみの数字でもあった。
その筈なのに…そっと菊は、その数字を指でなぞる。
今、そこに刻まれた数字は、1、9、4、9。
気が付いたのは、数日前であった。 日々確認していた訳でも無いので、実際はもっと以前に変化していたのかも知れない。 菊へ捧げるというドイツ語の文字に変化は無い。只、数字のみが変わっただけである。
これは一体、どう言う事なのか―――。





「キク」
名を呼ばれた瞬間、さっと襟の内側に十字架を収めた。 振り返ると、こちらへやってくるその姿に、菊は目をまんまるくする。
「ししょうっ」
思わず上げた声の大きさに、慌てて両手で自分の口を抑える。ここは書庫室だ。 こほんという咳払いと共に向けられたあちらこちらからの視線に、菊は肩を竦めて身を縮込ませる。
目の前にやって来たドイツ騎士団と目を合わせ、ちらりと入り口近くに座る受付担当員と目を合わせ、 そのまま三人でしい…と人差し指を口元に立てた。
そうして密やかに笑い合う。
おひさしぶりです、ししょう。
そっと耳元に口を寄せ、こしょこしょと耳打ちするくすぐったさに、ドイツ騎士団は肩を揺らせて笑いを堪える。 そして今度は、菊の耳元に手を添えて、声を落として耳打ち返す。
こいよ、あっちにいこうぜ。
手に持っていた書物を元の場所に戻させると、ドイツ騎士団は菊の手をぎゅっと握って、書庫室の外へと誘う。
聞いたぞ、お前勉強してるんだってな。はい、本を読んでいます。偉いぞ、流石は俺様の弟子だぜ。 頑張れよ。ありがとうございます。
手を繋いだまま小走りで、木製の重厚な扉を抜けて、廊下を渡り、中庭へと向かう回廊までやって来ると、 二人は漸く足を止めて向かい合った。
ほわほわと笑う菊に、ドイツ騎士団は何かを探るような真剣な眼差しを向ける。 そして、菊のその小さな両手を取ると、くるりと掌を上向けにさせた。
小さな掌に刻まれるのは、マメの潰れた痕や無数の痛々しい傷。
それを曝され、はっと慌てて振り切ると、菊はその両手を背中に隠してしまった。 どうやら、手を握った時から気付かれていたらしい。ばつが悪く菊は俯く。
「そのて、どうしたんだ?」
目にしたのは一瞬だけだが、ドイツ騎士団はそれと良く似たものを知っている。 あれは、剣や槍やナイフの扱いを習い始めたばかりの騎士見習いなら、誰もが経験するものに似ていた。
「だれかに、ひどいことされたのか?」
「…ちがいます」
ふるふると首を横に振り、むずむずと唇を引き締める。 頑なに俯いたまま顔を上げない様子に、むうとドイツ騎士団はしかめっ面をした。
「ししょうのおれさまにも、いえねえのか?」
窺うような口調に滲む、隠しきれない不満の色。それに気付いた菊は、ぴくりと肩を揺らす。 違います、その、あの…泣き出しそうになりながら。
「えっと…き…きのぼりのれんしゅう、してました」
嘘ではない。半分は本当だ。それが全てでは無いけれど。
しかし、ドイツ騎士団はぱちくりと目を丸くして、なんだあと声を上げた。そっか、そうだったのか。
安心したようににかりと笑うと、そのまま菊の髪をわしわし撫でる。 さらさらの触り心地は、久しぶりだけど相変わらず俺様好みだぜ。
「だったら、おれさまがおしえてやるよ」
俺様にかかれば、どんな木でもばっちり登れるようになるぜ。 しょうがねえから、ちゃんと木登りできるようになるまでは、もっと菊に会いに来てやるよ。
「ほら、いこうぜ」
ぐいとその手を取りながら向けるドイツ騎士団の笑顔は、とても嬉しそうである。 それに菊も嬉しくなって、はい、お願いしますと、大きく頷いた。

















「本日は、ありがとうございました」
とても実のある、素晴らしいお話をお伺いする事が出来ました。
ぺこりと頭を下げる日本に、プロイセンはおうと笑った。講義が終わると、途端に砕けた空気になる。 先程までの程良く張り詰めた緊張感が和らぐと、ほっと肩の力が抜けた。
ぱたぱたと手際よく、日本は机の上の私物を片づける。 束ねた書物の上に乗せたペンが、立ち上がった際にころりと落ちた。
あ…、手を伸ばすより早く、プロイセンがそれを拾う。すいません、先ず謝る彼に、軽く溜息を一つ。 腰に手を当てて、手にした書物の一番上にそれを乗せてやった。
「なーんかお前、見てらんねえな」
ホント、危なっかしくてしょうがねえや。 片眉を吊り上げるプロイセンに、日本は困ったように苦笑し、そして唇を引き締めて、はいと頷く。
「だからこうして学びに来ました」
今はまだ、取るに足りない弱小国ではありますが、いつかは大国の皆さんに追い付く所存でおります。 見上げるその幼い顔にによっと笑い、プロイセンはその小さな頭をうしゃうしゃと撫でまわす。 よしよし。それでこそ、俺様の弟子だぜ。
「共に生き残りましょうね、師匠」
何、生意気言ってんだ。弟子の癖に、師匠の心配をするのはまだはええよ。プロイセンは不敵に唇を吊り上げる。
「バーカ。俺は今まで、何度だって消えちまいそうになってんだよ」
激動のヨーロッパ史、数多の国が生まれ、消え、統合され、吸収されてきた。 だけどプロイセンは、名を変えて、形を変えて、 何度も繰り返されたそれらの窮地を乗り越えて、こうしてしぶとく生き残って来たのだ。


「俺様は生き残るぜ、この先もずーっとな」








三圃制から輪栽式農法へ、イギリスの農業革命から
プロイセンの言葉は某ビスマルクより拝借しました
2011.05.19







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