黒鷲は東の未来より舞い降りる
<10>





ハンガリー王宮の一角、豪華な馬車の前にて対峙する。
「なあなあ、キクはポーランドに来ればいいしー」
自分、凄いし、強いし、礼儀正しいし、頭も良いし、いっそヤーヤ付きの護衛になれば良いし。 絶対そっちの方が良いと思うんよ。何なら、このまま一緒に馬車に乗れば良いし。
「キクはドイツ騎士団なんかには勿体無いし」
「うるせえ」
があ、と歯を向くドイツ騎士団に、つーんとポーランドはそっぽを向く。
「お前、チビの癖に生意気だし」
「ちびじゃねえっ」
ポーランドに比べると、ドイツ騎士団はずっと身長も低く、まだまだ幼い。 子供の姿のまま留まった彼は、未だに目に見える成長が窺えなかった。
「俺はキクに言ってるし」
な、良い考えだと思わん?な?手を取らんばかりのポーランドに、菊は困ったように笑う。
「私は、ドイツ騎士団に忠誠をちかっております」
きっぱりと、揺るぎの無いそれ。隣を見ると、ふふんと胸を逸らせる小生意気なチビガキ。 むうっとポーランドは唇を尖らせた。ちぇーっと声を上げる。
今回の護衛でポーランドとヤドヴィガは、ハンガリーに到着する頃には、随分菊に打ち解けていた。 人見知りが激しいと言われるポーランドにしては、珍しい程に菊に入れ込んでいる。 並び立つヤドヴィガも同じであるらしい。酷く名残惜しげに、幼い姫君は菊を見上げていた。
菊は彼女の前に片膝をつく。
「ご依頼にそえず、まことに申しわけありませんでした」
胸に手を当てて項垂れる菊に、彼女は首を横に振る。受けた依頼は宵の内のハンガリー入国であった。 しかし山中での襲撃に馬車を失い、その後馬を走らせたものの、結局入国出来たのは昼を過ぎてしまったのだ。
「いえ、これでよかったのかもしれません」
自分の立場も弁えず、感情のままに動いた事を、今はとても反省しております。
幼い姫君は気丈に微笑む。その笑顔に押し隠された切ない感情に、菊は眉尻を下げた。
森の中で襲ってきた彼らは、明らかに彼女の命を狙っていた。 その事実が判った以上、ポーランドとしてもこのままにしておく訳にはいかない。 誰にも知られたくなかった訪洪ではあったが、身元を明らかにし、 身辺警護にポーランド軍を呼び寄せて、復路に着く事になった。
往路とは違う物々しい警備に守られた馬車に乗ると、二人は窓から顔を出す。
「待ってるし。いつでも来てくれたら良いし」
キクだったら俺、マジ大歓迎するもん。
「また、おあいできるとうれしいです」
ありがとうございます。幼いながらも王室らしい貴賓のある笑顔に、菊は丁寧に礼をした。
「ヤドヴィガさまにおかれましては、この先、つつがなくあるよう、心よりお祈り申し上げます」
そのやや大袈裟な口上に、ヤドヴィガは少し不思議そうに笑い、そして頷いた。





「彼女、以前はウィーンに住んでいたんだ」
幼少期、王族の血を引く娘としての教養と品格を育成すべく、彼女はハンガリーの宮廷に滞在した後、 ウィーンにも滞在していた。 オーストリア大公ヴィルヘルムとの婚約が成されたのは、その時期である。 家の取り決めた婚約ながら、彼女は幼心にも少女らしい純情で持って受け止め、その未来に夢を見ていた。
しかし、その婚約は結局破棄されてしまう。政治外交として、新たに彼女の婚約者候補が現れたからだ。 相手は彼女とは親子ほども歳の離れている、隣国リトアニアの大公である。
婚約の話は消えてしまったが、彼女にとって彼は初恋の相手であった。 その彼がオーストラリアからハンガリーにやってきたと聞いて、 彼女はひと目彼に会いたいと思った。 当然、リトアニアとの婚姻の話が進む中、彼女の行為は決して許されるものではない。 そんな彼女を不憫に思い、ポーランドが力を貸したのだ。
「ポーランドには、彼女の立場をよく思わないやつらもいるんだ」
リトアニアとの同盟を反対する派閥もある。今回山中で襲ってきた賊は、恐らくはそんな彼らの手の者だろう。
「大変ですね」
まだ彼女、あんなに幼いのに。
「まあ、王族なんて、どこもそんなもんだよ」
ヤドヴィガは確かにまだ小さいけれど、教養もあり、信心深く、人民を慕う心も持ち、とても聡明だ。 きっと良い女王になれると思うよ。 にこりと笑うハンガリーに、菊も笑顔を返し、こくりと頷いた。
その無垢な笑顔に、オリーブ色の瞳がふっと苦しそうに細められる。
「…騎士団に入ったんだな」
話はあいつから聞いていたんだけど、何だか信じられなくてさ。 俺の知っている菊ちゃんは、ちっさくって、華奢で、大人しくて、おしとやかな印象が強かったから。
まじまじと見つめるハンガリーに、菊はやや気恥ずかしく視線を落として苦笑する。
「わたしはただの臨時兵士です」
正式なものでは無く、半騎士団員、みたいなものですから。
ドイツ騎士団員は今回の依頼についての損害や、本隊との連絡について、 今はハンガリーに公邸の一室を借りて会議をしている。 その中に、菊が入る事は叶わない。それが、正式な団員と臨時団員の違いだ。
しかし実は、菊にとって非常に喜ぶべき事もあった。なんと、黒十字に刻まれた数字に変化が生じていたのだ。
少し前までは、1、9、1、8。刻まれるのは、世界で最初の世界大戦が終結した数字になっていた。 だが今は、1、9、4、9、の数字に戻っている。何が原因であるかは判らない。 もしかすると、今回の件が何らかの作用を起こしたのだとすれば、自分の力が彼の為になった様で嬉しかった。
しかしまだ、最初の数字に戻った訳ではない。それに、菊には今、密かな目標があった。
あくまで憶測であり、過剰な期待は禁物だとの自覚はある。 これは、ささやかな可能性の一つであり、己の願望にしか過ぎないのだが。
ただもしも、この数字がこのまま最初の年号まで伸びて、そして更に先の年号へと伸びる事が出来るなら。 そうすれば、もしかすると、彼は、師匠は、プロイセンは、東ドイツは、 ひょっとすると、そのまま、その姿を、ずっと、ずっと…。
そっと服の上から胸のペンダントを抑える菊に、なあ、とハンガリーは首を傾けた。
「あいつのために?」
自分を拾ってくれたドイツ騎士団の為に?
真剣な声に顔を上げると、何処か痛みを含めた瞳がそこにある。いえ、首を横に振る。
「わたしの、のぞみです」
確かに彼の為ではあるかも知れないが、何より自分がしたかったのだ。
声に迷いは無い。 そうだな、あいつはこの子の事を、大人しそうに見えて芯が強くて、そして意外に意地っ張りだって言ってたな。 かしかしとハンガリーは頭を掻く。
「前さ…あのやろーが言ってたんだ」
菊は人間だから、すぐに大きくなるよなって。
あっと言う間に成長して、大人になって。 あいつは異民族だけど、きっと大きくなったら美人になるぞ、 田舎の町の連中にはもったいないくらいにな。まあ、俺が認めた男じゃなきゃ、菊はやんねえけどな。
結婚する時には、父親みたいな気分になるんだろうな。 あいつの結婚式には、この俺様が直々に祝福を与えてやるんだ。 子供を産んだら、俺が名前を付けてやっても良いよな。んで、あいつの赤ちゃんをだっこしてやるんだ。 男の子でも女の子でも、菊にそっくりでさ。 ああ、あいつも子供の頃はこうだったんだよなー、なんて思うんだぜ、きっと。
照れくさそうに、嬉しそうに、そしてどこか寂しそうに、ドイツ騎士団はハンガリーにそう語った事があった。 恐らくそれが、彼なりの責任の取り方なのだろう。 異民族の子供を拾った事に対する重みを、ドイツ騎士団は彼なりに受け止めようとしていたのだ。
人間の命は儚く、そして短い。象徴や国にとっては、流れ星のきらめきに似て、尊い程に一瞬のものだ。 しかしその血の流れが途絶える事無く脈々と引き継がれ、自分の中にいつまでの存在し続ける事は、 国として、象徴として、何よりも変え難い喜びの一つでもあった。
「キクちゃんには、幸せになってほしかったんだと思うぜ」
あいつ馬鹿だけど、変に律儀なところがあるからな。
騎士団員と違い、臨時要因は比較的自由に騎士団を辞める事ができる。 もしかするとドイツ騎士団は、それを念頭に置いた上で、こんな形で菊を受け入れたのかもしれない。
「俺さ、キクちゃんの決心も判るけど、あいつの気持ちも分かるんだ」
菊ちゃんが自分で選んだ道だから、俺がとやかく言う権利はないけどさ。 でも、あいつのそんな気持ち、心の片隅にでも良いから憶えておいて欲しいんだ。
俯き、小さく頷く菊に、ハンガリーはにこりと笑って細い肩をぽんと叩いた。

















その顛末に、プロイセンはケセセと独特の笑い声を上げた。
成程、メッケルが言っていたのはその事だったのか。 急に帰国するとまで言い出して、何があったのかと思っていたが、まさかそんな面白い事があったとは。
「笑い事ではありませんよ」
話の流れから察するに、恐らくかの指導者は、 こちらのやる気と負けん気を奮い立たせる為に、わざと乱暴な発言をしたのだろう。 しかしこちらは、まだ世間を知らない血気盛んな学生だ。大人の理解や深読みなど出来やしない。
「いやいや、良いことじゃね?」
ドイツ一師団で日本軍を全滅させる事が出来る…等と豪語され、自国軍を軽んじられたのだ。 そりゃ反発するし、食って掛かるのは当然だろう。 それ位の元気と気概と負けん気が無けりゃ、教える側も面白くない。 何より、そんな向う見ずな情熱こそが、若さと学生の特権だろう。
「こちらは大変だったんですから」
大論争になった双方を宥め、落ち着かせ、大学の幹事が仲介に入り、何とか事なきを得た。 しかし、国辱だの、大和魂だの、渋柿親父だの、欧州恐れるに足りずだの、ならばやってみるが良いだの、 なかなか不穏な暴言も飛び交い、一時はどうなる事かと肝を冷やしたのだ。
その様子を思い出してぐったりと肩を落とす日本を、にやにや眺めながらプロイセンは饅頭を頬張る。 彼は甘いものが好きだ。日本に来て、特に饅頭がお気に召したらしい。
「上手くやっているじゃねえか」
あいつも、お前らもな。くつくつと笑うプロイセンは、何やら酷く楽しそうだ。 もう、人の気も知らないで。日本は呆れたように彼を見遣る。
尤も、確かに騒動はあったものの、雨降り後には地が固まったらしい。 熱意のある指導者として、熱心な生徒達として、互いを認め合う良好な関係を築き始めているようだ。
何より、かの指導員の講義は、非常に実のあるものである。 大学側も制限を設けず聴講を許可しているので、様々な階級や職務の者、 中には大学長までが、熱心に彼の講義に参加している程の人気だ。 それらを含め、改めてプロイセンの人選の的確さに、恐れ入る思いを噛締めている。
「さ、行くか」
もうすぐ始まるんだろ、お前の言っていた神社のお祭りの、神様に捧げる神職者のダンスは。 楽しみだな、もう何百年も続けられている伝統の行事なんだろ。やっぱお前、何気に凄いのな。
お茶を飲み干し、プロイセンは立ち上がった。ごっそーさん。 店先から掛けるドイツ語での言葉に、店の奥からはありがとうございましたの声が上がる。 互いに知らない言語である筈なのに、何故か意味は通じているようだ。
「今、車を…」
「いや、いい。歩いて行こうぜ」
どうせ、ここから近いんだろ。街の様子も見てえからな。
そのまま、店先から少し離れた所で、店の主人が慌てたように追いかけてきた。 どうやら、置いて来た代金が多くて、差額分を返しに来たらしい。 それを説明すると、プロイセンはによっと笑って肩を竦める。 顎で示すと、日本は苦笑して、貰っておくようにと主人に告げた。
頭を下げる主人に軽く手を振り、並んで歩みを再開させながら。
「お前の国って、変だよな」
普通、少なけりゃ追いかけるもんだろ。多く貰ってそれを返す為に必死に追いかけるって、どんなだよ。
初めてではない。日本に来てからプロイセンは、この遣り取りを何度も経験している。 チップのつもりで大目に置いた代金を、この国の人間は皆例外なく、律儀に返そうとするのだ。
「我が国には、欧州のようなチップの習慣が無いだけですよ」
寧ろ、憐みからの施しを受けるようで抵抗があり、人によっては拒絶感さえ示す場合もある。 適正な商品に、適正な代価を受け取り、余分は返す。そんな当たり前を変だ、なんて言われるのは心外だ。
「そういや、家に鍵を掛ける習慣もねえよな」
お前が自分の家を出る時、鍵を掛けるのを、今まで一度も見たことねえよ。しかも何だ、あの開けっ広げな家は。 塀は低いし、窓はでかいし、扉は紙で出来ているし。あれじゃ泥棒に入ってくれと言わんばかりじゃねえか。
「まあ…別に、取られて困るようなものもありませんから」
それにあの辺りは住宅地ですから、見慣れない不審者がうろうろしていれば、ご近所の方が気付きますよ。 ああ、でも最近は物騒になってきたから、気を付けないといけませんね。
のほほんと呑気なそれに、プロイセンは片眉を吊り上げた。 留学の頃から、がちがちに肩肘張っている癖に、妙な所で警戒心が薄く、 そのアンバランスさが不思議に思っていた。 しかし実際この国に足を踏み入れ、この国民に触れ、成程と納得する。 確かにここは、自分の知る欧州とは、そして今まで自分が認識していた亜細亜諸国とは、 様々な面が異なっているようだ。
プロイセンはぐるりと、周囲へと視線を巡らせた。 仕事に励む善良な商売人、刷き清められた清潔な道路、独特の繊細さが窺える建築物、きちんと整備された街並み、 そして珍しい毛唐人に、興味深そうに視線を投げてくる好奇心旺盛な人々…。
「あの…、誠にすいません」
こちらへちらちら視線を向けながら、くすくすと笑み零しつつ耳打ちをする袴姿の女学生二人組とすれ違う。 それに日本は申し訳なさそうに謝罪した。はあ?プロイセンは柄の悪い声を上げる。
「お前、何か謝るようなことでもしたのかよ」
いえ、そうではなくて、ですね。
「我が国民の、その、視線がです」
攘夷運動が活発であった頃と違い、今は外国人も多数来日し、所謂お雇い外国人も多く国内に滞在していた。 以前に比べて多く見かけるようになったとは言え、単一民族で成り立ったこの国では、 矢張り外国人は大層目を引く。 西洋でさえ珍しい色彩を持つ彼なら、尚更にだ。
「カッコ良い俺様が何処の国でも注目されるのは、当たり前じゃねえか」
元々、物珍しく向けられる視線には慣れている。しかも気にする性分ではない。 それが性質の悪い物なら兎も角、この国で向けられるそれは、純粋な好奇心である。 そこに悪意は微塵も感じなかった。
「大体、お前だってそうだっただろうが」
留学に来た当時、俺様に見惚れていたじゃねえか。見ろよ、あれと同じだ。
視線で示すのは、ちょうど通りかかった大きな商店の前。 店先に水を撒いている丁稚の少年が、珍しい瞳と髪の色を持った異人に、驚いたようにどんぐり眼を大きくしている。 ぱちりと目が合うと、彼は純朴そうな笑顔を返し、己の不躾な視線を恥じて、ぺこりと頭を下げた。
子供に対する、存外に穏やかな眼差しは、幼い弟を持つ所以だろうか。 ケセケセ笑いながら肩を揺すり、プロイセンは楽しそうに軽く手を振った。
指摘されたあの頃を思い出し、気恥ずかしく唇を引き締めながら。
「師匠は、街を歩くのが好きですね」
プロイセンに留学の際は、市街を見て回るのが好きだったこちらに付き合ってくれているのかと思っていた。 しかし、遠距離や公的な場所へ赴くなら兎も角、時間に余裕がある時、負担にならない距離、プライベートの際、 プロイセンは自らの足でこの国を歩き、その有様を見て回ろうとしている。
勿論、他国を歩き、調査する事は、国としてはとても重要な事だ。 しかし日本には、師が自分の国に興味を持ってくれているようにも思え、単純に嬉しかった。
にこにこと笑顔で見上げてくる日本を、腰に手を当て、呆れたような半眼でプロイセンは見下ろす。 バーカ。
「お前と同じ事してんだよ」
お前は一生懸命俺の国を知ろうとして、理解しようとしていただろ。 好奇心と興味のままに、自分の足であちこち歩き回るのが好きだっただろ。
それと同じだ。 もしもお前の国に行くような事があれば、今度は俺様がそれをしてやろうって、ずっと思っていたんだよ。
予想外な言葉に、日本はぽかんと口を半開きのまま、目を大きくして見上げた。 この人が、そんな事を考えて下さっていただなんて。
あまりにも真っ直ぐなその視線に、プロイセンはむず痒く視線をうろうろさせる。 何だよ、変かよ、俺がそう思うのがおかしいかよ。睨みつける目元が、仄かに赤い。
「ほら。行くぞ、じじいっ」
ぽかりと小さな頭を拳で叩く。
誤魔化すように、ずんずんと先行く大きく広い背中。痛む頭に手を当てて、呆然と突っ立ったままそれを見つめ。
そしてはっと我に返ると、慌てて日本はプロイセンを追いかけた。

















「ここにいたのか」
庭園の噴水の縁に腰を下ろす菊の姿に、ドイツ騎士団は小走りにやって来た。 立ち上がろうとするのを、軽く手で制する。
今の菊は忍び装束ではない。この地方にありきたりな、少年用の質素なシャツとハーフパンツ姿である。 こうしていると、とてもあれだけの働きをした騎士団員と、同一の人間には見えなかった。
静かな公邸の庭園、騎士団員が一室を借りて臨時会議をしている最中、 菊はハンガリーにこの庭を案内して貰っていたのだ。しかし、ぐるりと見回せど、ここには菊一人しかいない。
「ハンガリーのやろーは?」
「さっき、上司の方に呼ばれて、外されました」
ついさっきだったんですけれど。ふうん。頷きながら、きょときょとと周囲を見遣る。 会議は終わりましたか?ああと応えるその声も、何やらそぞろだ。
そして、不思議そうに首を傾げる菊の前に立つと、何やら真剣な面持ちで見つめてくる。 座っている菊は、僅かにドイツ騎士団を見上げる角度になった。
「…ききてえことがある」
「はい?」
幼い指が伸ばされる。
一番上のボタンが外れたシャツの襟元。 あっと抵抗するより早く、するりと取り出したのは、服の内側に隠していた黒十字のペンダント。
菊が何よりも大切にしているこのペンダントの事は、ドイツ騎士団もよく知っている。 この黒十字こそが、菊の命を助ける決断をさせ、「キク」という名付けの元となったのだ。 それを忘れる筈が無い。
「これ…おまえをひろったときから、ずっともってるやつだよな」
間違いねえよな。確かにこれだもんな、俺様もはっきりと憶えている。
なのに、何故。
ドイツ騎士団はくるりとその裏を返す。しまった。


「このすうじ、なんでおれのしっているのと、かわってるんだ?」





じい、と真正面から見下ろす真剣な赤い瞳。
こくりと菊は息を飲んだ。








渋柿親父に反発した生徒は退学になったそうです
2011.07.08







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