黒鷲は東の未来より舞い降りる
<12>





「黒鷲…ですか?」
きょとりと菊は目を丸くした。 聞くと、どうやら先日のポーランドの依頼の任務の際の、菊の活躍が発端らしい。
あの時菊は、動きやすく、闇夜でも目立たぬようにと、すっぽりと全身を包む忍び装束を纏っていた。 勿論、この欧州にそんなものは無い。 なので黒に程近い濃紺の布から自分で衣装を作り、六尺手拭代りに長めのストールで顔を隠していたのだ。
その際、自在に跳躍する菊の襟元から、知らずストールの両端が零れていたらしい。 動きに合わせて左右に拡がったそれが、月明かりの元、翼を広げた鳥に似たシルエットを作ったようだ。 小柄な体躯とも相俟って、人間ではない、まるで黒い翼を持つ大きな鳥…黒鷲の如く見えたとの話である。
「ドイツ騎士団には黒鷲の守護神がいる、と噂だそうだ」
ああ、確かにあの時、菊はドイツ騎士団と共に馬に乗り、彼を守っていた。 しかし黒鷲とは、また随分と大袈裟な。菊は複雑な心境のまま、曖昧に笑った。
この時代、戦場におけるこの手の語り草は、一つの浪漫なのであろう。 未来と違って正確な情報伝達を持たない時世では、こうした人伝の話は直ぐに湾曲化され、 神格化され、あっという間に伝説になってしまう。 先人の偉大なる伝承も、歴史の紐を解けば、事実は些細なものが多いのだ。
「その守護神がまさかお前とは、誰も思うまい」
並んで廊下を歩きながら、何処か誇らしげにそう話すのは、菊の所属する部隊の隊長だ。
彼は、戦火に焼かれた村で菊が拾われた際、ドイツ騎士団と共にいた騎士団員である。 あの時は青年であった彼も、現在は一部隊を任され、菊の直轄の上官となっていた。 今回の菊の武勇伝を、まるで我が子の手柄であるかのように、嬉しそうに他の騎士団員に語っていたらしい。
困ったように視線を落とす菊に、軽くその背中を叩き、貸しなさいと彼女が持っている書物を取った。 革張りのそれらは大きく、ずしりと重量がある。まだ幼い子供の身体には重かろう。
その背表紙の文字を眺めながら。
「捗っているようだな」
「はい」
招待した専門家の方々の講義は、本当に為になるものばかりで、とても勉強になります。 頷く笑顔は満足気だ。
書物は、力学や工学に関する専門書、武器に関する知識を纏めたものや、ラテン語やイタリア語の辞書である。 おぼこさが色濃い彼女には、不釣り合いなものばかりだ。 しかし、戦場で不思議な武具を駆使するよりも、そちらの方が余程似合っている。 昔からこの少女は書物を読むのが好きな、文人肌の持ち主なのだ。 先程終えた講義もそうであるが、学ぶことがとても楽しいようである。
ハンガリーから帰国後、菊はその働きを評価され、騎士団総長から直々に報奨の言葉を受けた。 何か希望があれば便宜を図るとのそれに、菊は一つだけ、意外な申し出をする。
つまり―――騎士団内における、武器製造、開発部門の設置だ。
意外な提案に、彼女を管轄する部隊の隊長を責任者にするという条件で、騎士団総長は承諾する。 簡単に受理したのは、それに対してさしたる重要性を感じていなかったからだ。
基本的に騎士団員は、己の武具は全て自分で管理し、工面している。 敢えて騎士団が補う必要は無く、その緊急性も無い。 奇妙な武器を扱うが故に調達が難しく、 彼女自身が個人的にその必要性があるのだろう…その程度の認識での容認であったのだ。
しかしその決定後、菊の行動は予想外のものであった。
まず、部隊長と相談の上、外交に明るい修道士を速やかに派遣し、 ローマにいる名高い大型武器の専門家を雇い入れる。 依頼は武器製造ではない。そのノウハウの教授だ。 そして騎士団内だけではなく、修道院や村の職人、こちらでスカウトした逸材や希望者等も広く募り、 無料の公開授業を開設し、その基本構造や仕組みを学ばせた。
菊の目的は、個人の操る武器では無い。大型武器の独自製造と、その改良であったのだ。
現在戦争において、攻城戦や砦に対して最も有効となる大型武器は投石機、カタパルトだ。 しかしそれは機動性において問題が多く、戦場へ移動させるだけでも、兵にとってはかなりの負担となる。 傭兵として戦闘に赴く事の多いドイツ騎士団にとって、大型の武器は利点よりもマイナス面の方が大きい。 なので騎士団内では、あえて需要の無い分野であった。
しかし菊は、それらの武器の移動の際に少しでも負担を減らす為、軽量化を提案している。
近年、戦争の際、年々その武器や兵器を重視する傾向が強まっていた。 固定した領土を持たないドイツ騎士団は、その必要から機動性を重視する為、大型武器に関しては後れを取っている。 しかも、あくまで十字軍という母体の一団体に過ぎない為、教皇の後ろ盾こそ有るものの、 国家のように徴兵が叶わず、兵は常に不足し、その補充がままならない。 足りない兵の数を何らかの形で補わなくてはならない騎士団にとって、 装備や兵器で不足を埋めようとする菊の狙いは、的を得た物であろう。
しかし、果たして兵器の開発が、本当に可能なのか?
騎士団内のそんな声とは裏腹に、菊には自信があった。何せ、改良と小型化はお家芸である。 その上、ドイツ人の物造りに対する職人気質には、今も昔も多大なる信頼を寄せていた。
「研究心にとみ、職人技術にすぐれたゲルマン民族にかかれば、必ずやなしとげることでしょう」
きっぱりと言い切る菊のその言葉に背中を押され、騎士団は武器開発に本腰を入れるようになったのである。
そんな経過もあって、現在本部では、武器の講習と開発を並行して進めていた。 無料の公開講義は評判も上々で、噂が噂を呼び、自然、興味を抱く職人や技術者が集まってくる。 その相乗効果が功を成し、近頃は近隣の町や村も賑わいを見せているようだ。
提案した当人だけあり、菊も聴講している。今も、その講義を終えた所であった。
並んで回廊を歩き、中庭に差し掛かった所で、ふと二人はそちらへと目を向けた。 活気のある声が上がるそこでは、騎士団員達が熱心に剣術の訓練をしている。
それに、足を止めて。
「そういえば、また言われたよ」
にやりと笑う隊長に、菊は困ったように眉尻を下げた。 どうだ?伺うように向けられた視線には、首を横に振る。
隊長を通じ、菊は幾度と無く、騎士団の剣術と体術の指南役としての参加を求められていた。 臨時団員には破格の待遇だ。 大会で見せた剣術や、傭兵依頼の際に見せた体術が認められてのものであろう。
しかし、菊が首を縦に振る事は無かった。 あの忍びの体術は、単純に訓練で得られるようなものではない。それに。
「わたしは、剣をつかうことさえできないのですよ」
そんな人間が、指南なんてとても無理です。
実際、菊にとって、西洋の剣は扱い難い代物であった。 諸刃の剣はしっかりとした重量があり、「切る」のではなく、その重みを利用して「叩く」為の武器でもある。 剣術大会の時に扱った木刀なら兎も角、まだ幼く、小柄で、女でもある菊にとって、 大きな西洋の剣を自在に操るには、身体への負担が大き過ぎるのだ。
「お前でも扱えるような剣があればよいのだがなあ」
流石に戦場で木刀を振るうには無理があるからな。至極残念そうに隊長は首を捻る。
実は一度、菊は町の鍛冶屋に依頼し、日本刀に近い形状の剣を仕立てて貰ったこともあった。 しかし、製造法や使われる成分の違いは如何ともし難く、結局思うように扱えるような代物には至らない。 忍びのスキルを中心に体を鍛えたのには、理由があるのだ。
しかし、このトリッキーな戦い方は、あくまでゲリラ的なものであり、戦場には向かない。 いつか限界を感じる時が来るだろう。日本刀…もしくは忍刀でも有れば良いのだが。 ひっそりと溜息をついた所で。
「おい、きくっ」
ここにいたのか。回廊の向こうからやって来るのはドイツ騎士団だ。 息を切らしてぱたぱたと走って来た彼に、おおと隊長は笑って迎え、菊は姿勢を正して丁寧に腰を落とす。
「さがしたぞ。こいよ、はやく」
それに構わず、ドイツ騎士団は急かすように、ぐいと菊の腕を引っ張った。
「どうかしましたか?」
「きたのくにから、ぎょうしょうにんがきたんだけどよ」
地中海から海を渡ってやってきたらしい彼らは、東の国より珍しいものを持ってきたと言っていた。
「おまえに、どうしてもみせたいものがあるんだ」























すっと背筋を伸ばして姿勢を正した途端、場の空気が変わった。
折り目正しく頭を下げると、揃えた指先で、恭しく両手に掲げる。 凛と張り詰めた緊張感の中、一連の仕草は酷く儀礼的で淀み無く、しかし手捌きはあくまで滑らかで優雅だ。
恐らく、作法に則ったものなのであろう。 この国は、何かにつけて礼儀や作法を重んじる傾向があった。それが、こんなところにも表れている。
飾りの無い艶やかな鞘が、すらりと引き抜かれる。
現れた刀身に、プロイセンは真紅の瞳を大きく瞠った。
極限まで研ぎ澄まされた刃は、静かな刃紋を描き、内に秘められた底知れぬ凄味を予感させる。 静寂を思わせながらも、神秘的でありながらも、そこにあるのは威圧さえ含んだ圧倒的な存在感。 目に見えぬ何かが、その刃先からゆらりと沸き立つのを感じた。
その、凄烈なまでの美しさよ。
「…すげえ」
思わず…と零れた呟きに、日本は懐紙を口に咥えたまま、にこりと目で笑った。 張り詰めた空気が、そこで漸く柔らかみを帯びる。
日本刀の製造を見学したいと申し出たのは、プロイセンであった。 彼は過去、日本の使節団が訪欧した際、進物品として持参した日本刀を目にしている。 勿論、何処に出しても恥ずかしくないだけの名刀であると自負した品ではあったが、 それでもこちらの予想以上に、プロイセンはその刀に驚喜していたらしい。
日本刀は、西洋の剣とは違う。
もともと、日本には刀の製造に適した鉱物資源に乏しかった。 故にそれを補う為に、時間と手間と工夫を掛けて鋼を鍛え上げる工程を生み出し、強靭な武器へと発展を果たす。 諸外国の刀剣とは違い、鞘などの外装や装飾ではなく、刀自身に価値が見られるのも珍しい特徴だろう。
日本は咥えていた懐紙を外した。
「ご覧になりますか」
先程まで制作現場を見学していた、名立たる刀匠の手掛けた作品の一つである。 おうと頷き、プロイセンは両手を伸ばした。
刃を返し、添えた袱紗ごとゆっくりと手渡される刀剣。 ずしりとした重み。しかし西洋の剣に比べると細身で、そしてやや軽い。 掌から伝わる感覚に、ひゅうとプロイセンは息を吸う。
その柘榴色の瞳に別の光が宿り、にいとなかなかに凶悪な笑みが浮かんだ。
「興奮する」
潜在する、秘められた危うさ。 刀に込められた「気」に中てられ、煽られ、共鳴し、血が騒ぐ。目が離せない。引き込まれる。 元々、戦う為に生まれ、戦う事によって生き延びた国だ。武器に対する思い入れは強い。
隠しきれない喜色に高揚する頬に、日本は小さく笑った。
「刀は、武士の魂と言います」
作り手と持ち主の魂を宿し、魂を映す鏡となります。 強さ、形状、輝き、在り方…そのどれもが、武士の生き方そのものなのです。
「武士の魂、か」
西洋の騎士とは似ているようで異なる、封建制度の中から生まれた日本独自の身分階級。 その存在はプロイセンも知っている。 しかし、文明開化を強行した現在の日本に、武士はもう存在しない。ただ、その哲学が残るのみだ。 果たしてそれも、いつまで存在する事が出来るのであろう。
ああそうか、似ているのかもな。そんな発想に、ふっとプロイセンは自嘲するように笑った。 馬鹿か、俺は。こんな東洋の果ての文化と自分を重ねるなんて、な。
「如何されましたか」
不思議そうに伺う日本に、否とプロイセンは軽く首を振った。そして、思い出した様に向き直る。
「なあ、さっきのお前のあれって、意味があるのか?」
口に紙を咥えるのも、なんか理由があるんだろ。 どうやら日本が見せた、刀を抜くまでの一連の動作を示しているらしい。
「あれは、その…習慣のようなものでして」
我が国独自のものなので、師匠はお気になさらずともよろしいですよ。
プロイセンから見れば、武器はあくまで武器であり、それ以上でもそれ以下でも無い。しかし、日本は違った。 一振りの刀に対し、まるで命のある尊き存在に対するように、礼を踏まえ、敬意をもって接する。
それはまるで、具現とされる「武士の魂」に対するのと同等に。
「それ、教えろ」
お前の所の文化だろ。弟子に出来て、師匠に出来ねえ訳がねえ。俺様もやってやるよ。
にかりと笑うと、プロイセンは実に楽しそうに身を乗り出した。























真紅のビロードの上。台の上に置かれていたそれを目にした瞬間、菊の目が変わった。
ふらりと足が引き寄せられ、その前に佇み、こくりと小さく息を飲む。何故、これがこの国に。 驚愕に瞬く瞳が落ち着く頃には、静かで、厳粛で、凛とした光が宿っていた。
傍らに立つ行商人に視線を向けると。
「はいけんしても、よろしいですか?」
勿論です。異国の衣装を纏った行商人は、どうぞと促す。
失礼します。姿勢を正して軽く頭を下げる奇妙な仕草の後、恭しく両の手で丁寧に掲げる。 ずしりとした確かな重みの懐かしさに目を細め、ちゃき、と小さな音を立てて、その艶のある鞘を引き抜いた。
すらりと現れる刀身に、ドイツ騎士団は息を飲んだ。
静かなさざ波を映す片刃の輝きは、込められた刀匠の念のまま、鈍く神秘的な光を湛えている。 穏やかでありながら、内に秘める凄味が、陽炎のように立ち上るのが目に見えるようだ。 薄く、儚く、しかし芯の通った輝きは、尊く、そして美しい。引きつけられた目が、離せない。
「…すげえ」
こんな剣、今まで見たことが無い。 我知らず零れるドイツ騎士団の言葉に、行商人も満足気に頷いた。
菊は懐からハンカチーフを取り出すと、刀身に添えてすっと腕を伸ばした。 視線の高さまで持ち上げ、片眼を閉じて、日光に翳してはばき元の具合を確認する。 刃零れは無い。錆も見当たらない。見事な名刀だ。
くるりと刃を返すと、今度はその柄へと視線を移した。 柄頭を握ると、担ぐように刀身を斜めに支え、右の拳で柄を握り締め、左の手首をとんとんと幾度か軽く叩く。 その振動で緩んだ目釘を慎重に引き抜くと、はばきを掴んでするりと柄を外した。 これには行商人も驚く。誰も知らなかった柄の抜き方を、どうしてこの少女が知っているのか。
柄に隠されていた茎。そこに刻みつけられていた銘に、これは…菊は小さく声を上げた。
何故、かの刀匠の銘が…しかし、年代を考えれば有り得ないことではない。 鎖国の期間こそ有ったが、しかしそれ以上の長きに渡り、日本は絹の道を使っての貿易を続けていたのだ。 その交易の中に刀剣が紛れ込む事に、決して不思議は無い。
かつての日本の知る時代には、既に失われたともされる戦国以前のロストテクノロジー。 まさか時代を越えたこんな所で、これだけの業物と巡り合う事が叶うとは。 その感慨に、胸の奥から込み上げるものがあった。
「すげえな、それ」
異国の剣については良く知らないが、それでも剣を片手に戦い続けてきた自分には判る。 極限までに鍛え上げられた確かさと、込められた気迫は、肌で感じる事が出来た。
「はい、とてもすばらしいものです」
噛み締めるように微笑む菊に、ドイツ騎士団はどきりとした。 否、もしかすると、ぎくりとしたのかもしれない。 剣を映す菊の目には、自分の全く知らない何かが映っているのであろう。 恐らくは、過去の、未来の、自分の知り得ない別の世界が。
落ち着かない心地になりながら。
「ほら。おまえが、たいかいでつかっていたのと、かたちがにているだろ」
以前開催した剣技大会の際、菊が武器として使っていたのは、手製の木刀であった。 見たことも無い形を模したそれを、ドイツ騎士団は憶えていたのだ。
以来今に至るまで、菊は剣らしき武器は使用していない。 騎士団入団の際、儀式として与えた剣こそ持ってはいるが、重みのあって扱い難いそれを、 戦闘の際でさえ殆ど携帯することが無かった。
しかし、これを目にした途端、ドイツ騎士団は判った。 これこそが、彼女の求めていたものである事を。
「おまえ、それをあつかえるか」
その剣を。
「はい」
菊は確信を持って頷いた。によっとドイツ騎士団は笑う。そうか。よし。
「こちらは、東の果てからやって来た宝物でございます」
遥か遠方の神秘の国で見つけた珍品中の珍品。他では見る事が叶わない逸品中の逸品。 しかも、これだけの物ともなると…続ける行商人の言葉を、ドイツ騎士団は片手で制す。
「かまわねえ。そっちのいいねでかってやる」
ドイツ騎士団の守護神たる、黒鷲の扱う唯一無二の剣だ。幾らであろうと、惜しくはねえよ。





「へー、ずいぶん気前がいいんだな」





「ハンガリーっ」
「ハンガリーさん」
部屋の戸口へと振り返り、同時に声を上げる二人に、ハンガリーは気さくに笑って軽く手を上げた。
「よお」
室内に入ると、まずは菊へと向かい。
「久しぶり、キクちゃん」
この間はありがとう。噂は聞いたぜ、黒鷲の守護神。
ウインクするハンガリーに、菊は気恥かしそうにはにかんで視線を落とす。 その何処か柔らかな空気に、ドイツ騎士団は、ん?と眉を吊り上げた。
「おまえら、そんなになかよかったか?」
腕を組んで訝しがるドイツ騎士団に、ハンガリーと菊は視線を合わせ、軽く首を傾ける。 そのタイミングさえ妙に合っていて、ドイツ騎士団はむうっと唇を尖らせた。
ハンガリーを男だと思い込んでいるドイツ騎士団には、 菊の態度が同性に対する気安さからだとは、当然ながら予想だにしない。 何だよお前ら、俺様を仲間外れにするんじゃねえよ。
「ていさつにきたんなら、とっととかえれよ」
そうで無くともお前、金遣いの荒い王様で大変なんだろ。 によによと嫌な顔で笑うドイツ騎士団に、うるせえと吠えてから。
「お前の所に来たのは他でもねえ、守って欲しい場所があるんだ」
腰に手を当て、きりりとした顔で、神妙にそう告げる。
最近ハンガリーの周辺では、再び異民族の侵攻が活発になってきているらしい。 元よりその立地から、ハンガリーはトルコや騎馬民族等から、幾度となく侵攻の危険に晒されていた。 今回も、その件でドイツ騎士団に依頼に来たようだ。


「クマン族から、プルツェンラントを守ってくれ」























「なあ、お前も持っていたよな、カタナ」
「はい」
「それ、見せてくれよ。お前の剣をさ」
日本刀が武士の魂というなら、お前の魂も見てみてえ。
存外に真剣な眼差しで告げるプロイセンに、しかし日本はゆるりと首を横に振った。
「申し訳ありませんが」
珍しくはっきりとした拒絶に、面白くなさそうに唇を尖らせる。 なんだよ、ちゃんとお前ん所の作法も教えて貰っただろ。 それとも、俺様にはお前の魂は見せられないって言うのかよ。
咽喉から出かけた諸々の不満を押し留めたのは、穏やかに、しかしきっぱりと告げられたその言葉。





「自分の刀を抜くのは、敵を前にした時だけです」








ラストの台詞は、某幕末使節団から拝借
タイトルを「三本足の黒鷲〜」にしようかと
最初かなり悩んでいた…という、そんな裏話
2011.11.03







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