chu-ru-lu
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パオズ山にブルマがやってきたのは、天下一武闘会の優勝賞金を渡すためだった。
ピッコロ大魔王を倒し、悟空は大会に優勝した。
そのままあっさりと筋斗雲に乗って姿を消した新婚二人は、賞金のことなど、 既に頭になかったらしい。 フライパン山に住む牛魔王に居場所を教えてもらい、 新婚二人の様子を見に、(からかってやろうと) かってでたのはブルマだった。





西の都からはるばるやってくると、なんと二人は既に結婚式まであげて、 二人で新居に暮らしてもう二週間というから、その気の速さに驚く。
「なあんだ。式に呼んでくれればよかったのにー」
チチはともかく、悟空とは昨日今日の付き合いでもない。折角めでたい席なのだから、 皆を呼んで、ぱーっと盛り上がるつもりでいたのだ。
なんと言っても「あの、孫君」だ。
出会った頃など、男と女の区別もつかなかった、腕っ節が強いだけの、中身は子供のまま成長した 悟空である。「結婚」という言葉が、 一番想像しにくい彼に先を越されてしまったのは少々癪ではあるのだが。それでも長い付き合いだし、 やっぱり弟のように思っていたのだから。 そんな彼の「輝かしい晴れ舞台」を、(ちょっと笑ってしまうが)この目でちゃんと見たかった。
「おっ父が、えんらく張り切っちまってなぁ」
若奥様は照れくさそうに笑って、ブルマにお茶を出した。





話を聞くところによると、武闘会が終わったその足で、 牛魔王のいるフライパン山へと向かい、次の日には式を挙げたらしい。
昔悟空の住んでいたパオズ山に来たのは、式を終えた次の日。 そのままこの人も近くに住んでいないような山の中で、水入らずの生活を送っているらしい。
一番こういうことに疎そうなのに、まさかの電撃結婚か。あーあ、ご馳走様。 ブルマは頭の中で、呟いた。





「そっかー、あの孫君がねえ」
出てくる言葉は、ほんと、それに尽きる。
「で、その孫君は?」
「修行に行ってくるって朝出てっただ」
さすがと言うか、何て言うか。 結婚しても、やることは一緒か。出されたお茶をすすりながら苦笑いを浮かべる。
「ブルマさが来るって判ってりゃ、今日は行かなかっただにな」
「連絡入れとけばよかったわねえ」
「さっき昼ごはん食べて出て行ったとこだから、夕方になるまで帰ってこねえだろうなあ」
「ま、仕方ないわね」
「何なら、夕食食ってかねえか?ご馳走作るだよ」
「うーん、ここら辺ののナイトフライング、ちょっと怖いから」
「泊まっていけばええだよ」
あはは、とブルマは笑った。
「嫌だわ。新婚さんの夜を邪魔するほど、あたしも野暮じゃあないわよ」
けらけらと笑うブルマに、チチは小首を傾げて不思議そうに笑った。
悪戯心が首をもたげる。
「ねえ、そういえば孫君。夜のほうとか大丈夫なわけ?」
「夜?」
「いやあねえ。だってさあ、ほら、修行ばっかで何にも知らなそうでしょ?」
まあ、でも、チチさんがしっかりしてそうだし。ちゃんと知ってたのか、出来たのか。 そっちの方はどうかなーなんて。 やっぱ、体力あるから凄く大変そう。
手をひらひらさせて、一人で話すブルマに、チチはますます首を傾げた。
「はあ?」
「女同士の話よお。ね、ね。やっぱり孫君も初めてだったわけでしょ?」
「何が?」
「いやだから…」
本気で話が解ってなさそうなその表情に、はたとブルマは目を見張る。まさか、ねえ。
だって孫君はともかく、チチは結婚結婚って言ってたし。
「…あの…チチさん。子作りの仕方って…勿論知ってるわよねえ」
恐々尋ねるブルマに、きょとんと目を丸くした。
「そっだらもん、当然だべ」
さも当たり前、とばかりに言い切る様子に、ほっと安心する。





「男女が結婚して、一緒に住むようになったら出来るだよ」
ぴきっとブルマが固まった。





「…まさか…チチさん」
うーんと腕を組んで考え込む。
ちらりと伺うと、いたいけで、純真な天使の瞳でこちらを見ているじゃないか。 そういえば、彼女も筋斗雲に乗れるんだったっけ。 そんなところが「心の綺麗さ」の基準であるとは思わないが…。
「ねえ…じゃ、じゃあさ、えーっと…」
確認のため、最終質問。





「孫君との初めての時、痛かった?」
はあ?と間の抜けた声が上がる。
「悟空さ、おらに暴力なんて、ふるったことねえぞ」





うわ、お約束。決定的。
がくーっとブルマは脱力して、机に突っ伏した。 まさか。まさか二人とも、そんなところで清らかさんな夫婦だったなんて。
「どしただ、ブルマさ」
孫君は(無理矢理)ともかくとして、まさかチチさんまで。
そういえば、彼女は母親を早くに亡くして、 人の近づかないフライパン山で父親と二人で暮らしていたっけ。 父親が一人娘に、そんな教育できないわよねえ。
何だかしみじみと、それはそれで気の毒に思えてしまった。
ちらりとチチを見る。こんなに可愛いのにねえ。ま、あたしほどじゃないけどー。 いままで、男の子に言い寄られたことがないわけなさそうなんだけどなあ。





「悟空さ、優しいだよ。おらにひでえことなんて、ぜってーしねえもん」
新婚さん特有ののろけに、ブルマは引きつった笑いを浮かべる。
そりゃまあ、今はねえ。
「おらな、早くにおっ母を亡くしたろ。だからかな。 おっ父もいて、おっ母もいるっていう家庭にずっと憧れてただ」
夢見るように、どこかしみじみとした声で続ける。
「だからな、こうして結婚して自分の家庭を持てて、すんごく嬉しいだよ」
へへ、と照れくさそうに笑う。





「小せえ時の約束を守って、こうして嫁にしてくれた悟空さには、すんげえ感謝してる。 おら、悟空さと結婚できて、嬉しいだよ」





ああ。そうか。ふと、ブルマは思った。
心が綺麗というのは、不純な考えや不埒な知識を持っていない、ということだけではない。
もしかすると、こうして悟空やチチのように、子供の頃に皆が持っていたような、 「強くなりたい」とか 「好きな人と結婚して、家庭を持ちたい」とか、 ささやかでも大切に夢を持ち続けていることにも一因があるのではなかろうか。





「…チチさんさあ、孫君の事、好き」
ぽっと、チチは頬を染めた。
「やんだー。こっぱずかしいこと、聞かねえでけろよ」
両手を頬に当て、肩をすくめて首を振る。何だかこの人の反応、おもしろいなあ。
「おらあ悟空さが、その…は、初恋の人だったから」
「へーえ。初恋の相手と結婚かぁ」
「んだ」
嬉しそうな笑顔に目を細める。
「ねえ、キス、した事ある?孫君と」
チチは目を丸くして、ぽっと 顔を赤らめると俯いた。
「あ、ああ、あるだよ」
結婚式の時に。
どうやらキスは知っているらしい。
何処までの事かはわからないが。
「じゃあさ、これから毎晩、寝る前に孫君とキスしたらいいわよ」
自分の唇を指差して、ウインクする。
「は?」
「キス、嫌い?孫君とするのは嫌?」
かあ、と顔を赤くして、ふるふるとチチは首を横に振った。
べつに、その、嫌いなわけじゃない。 ただあれは、誓いの約束のためにするものだと、ずっと思っていた。
「孫君にさ、夫婦は毎晩キスするもんだって言ってさあ。ね?」
ブルマの意図が良く解らないからであろうチチは、困ったように眉をひそめる。
「あれはね、おまじないみたいなもんなのよ。夫婦仲が良くなるように」
「へー。そうだったかー」
感心したように驚く。
「しばらく試してみなさいよ。きっと、もっと孫君を近くに感じるから」
それに、と付け加える。





「新婚夫婦なら、キスなんて毎日するのが当たり前よー」
結果的に、この言葉がチチの意志を固めた。








各キャラの性格が原作とかけ離れていようとも、
それはきっと気のせいでしょう。
2001.11.24







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