chu-ru-lu
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ころんと、悟空は大きな二人のベットに横になると。頭の後ろで腕を組み、天井を見上げた。
その隣、チチは今日洗濯した枕カバーを、枕に掛けている。太陽の匂いをいっぱいに 含んだカバーを掛け終えると。
「ほい、悟空さ」
「おう」
ぽんと放る枕を片手でキャッチして、頭の下へと潜りこませる。
「さて、寝っかー」
「そっだな」
ころりとチチも隣に寝転がると、その上からいつも悟空がぱふんと布団を掛けてきた。
そして目が合い、ふふっと二人、笑う。





そっと身を寄せ合うと、軽く唇を重ねて、すぐ離れた。





これはお約束。
ブルマがやって来た日から始まった、眠る前の 「おやすみ」の言葉と同じ挨拶。
眠る前に、面倒じゃない範囲でいいから、 キスをしてほしいとチチが頼んだのだ。理由を聞かれ、ブルマに言われた通りに 「夫婦になったらするもんだ」 というと「へー、そうなんか」と、実にあっさり承知した。
以後、とりあえずそのお約束は、 一度も破られた事が無い。結婚をしてから増えた新しいこの挨拶は、ゆったりとした 日常の生活の流れの中で、スムーズに組み込まれていった。
こんな些細な接触からでも、いつか何かを感じるだろう。
そんな ブルマの真意を判っていない二人は、無邪気そのものでその行為を繰り返している。





へへっと悟空は笑った。何?とチチは小首を傾げる。
「チチの唇って、柔らけえなあ」
くすくすとチチも笑う。
「悟空さの唇だって、柔らけえぞ」
「そっかあ?」
自分の唇に触れてみる。が、よく判らない。
比較するのに、チチの唇にも指を伸ばしてみる。チチは抵抗する事間無く、されるがまま、 悟空に唇を触れさせていた。
うーん、と唸る。
「やっぱ、よく判んねえや」
難しそうに眉を寄せる悟空に、チチは悪戯っぽく目をきらめかせた。
「わあ」
かぷりとチチが、唇に触れたままの悟空の指を、唇で挟んだのだ。慌てて悟空は指を引っ込める。
「食わねえでくれよ。おら、食っても、あんましうまくねえぞ」
ふふっとチチも笑う。
「悟空さ、食ったら硬そうだ」
常人以上に鍛え上げられた体は、全身筋肉で覆われていて、がっちりしている。 歯を立てたら、こちらの歯の方が、折れてしまいそうだ。





「チチは食ったら、うめえかもな」





「何処もかしこも、柔らけえもん」
「なんか悟空さに言われたら、ほんとに食われちまいそうだな」
チチは柔らかい。腕も、肩も、骨も。
チチ自身は天下一武闘会で勝ち抜いた実力もあり、 それなりに鍛えられた体ではあった。普通の女の子に比べると、それなりの筋肉は ついているはずである。
それでもやはり男性の体、とりわけ 悟空の体の鍛え方に比べれば、当然格段に違う。
細身で、しなやかで、柔らかくて、骨が華奢で。少し力を込めただけで、 簡単に壊れてしまいそうだ。
「でも、唇が一番柔らかそうだ」
腹這いになり、半身を肘で起こして覗き込む。そして上から,ぷにぷにと唇をつついてやった。
「悟空さも、唇だったら柔らけえな」
同じようにチチを手を伸ばし、指先で悟空の 唇をなぞった。
それに、笑いながら、先ほどの仕返しとばかりに、かぷっとチチの指先を、 上の歯と下唇とで挟む。くすぐったそうに、チチは肩をすくめて笑った。
「唇は、鍛えようがねえもんな」
指を咥えたまま、ふがふがと話す。その隙に、チチは 指を引っ込めた。そのまま引っ張られるように、悟空は上から覆い被さってくる。


そして唇を重ねてきた。


きょとん、とチチは目を丸くする。驚いたチチに、「ん?」と 悟空は笑った。
「何だ、どうした?」
「…ううん」
「あ、もしかして、これって一日一回しかやっちゃだめだったか?」
「さあ…違うとは思うけど…」
そう聞かれれば、チチも 返答に困る。あの時ブルマは、ただ単に仲良くなるおまじないだとしか 言っていなかったのだから。
ただ驚いた。
悟空が、自主的にこんな事をするなんて思わなかったのだ。
天下一武闘会のときも、腕を組まれたり、くっつかれる事をひどく嫌がっていた。 この寝る前のキスだって、「夫婦なら毎日するもんだ」って言われて、 納得させたのだ。今まで欠かさなかったのも、チチのお願いを単に律儀に守っている だけにすぎないと思っていたから。
「そっか−」
ころんと仰向けに転がる悟空を、チチは見つめる。
「…なあ、悟空さ」
「ん?」
「あのさ…めんどくさくなかっただか?毎晩…」
「いや?何でだ」
行為にしたら、ほんの数秒足らずのことである。めんどくさがる程の、何かが あるわけでもない。
「チチ、めんどくさくなったのか?」
ぷるぷるぷると、慌てて首を振った。
「そっか、良かったー」
そしてもう一度、ちゅ、とキスをする。
「おら、チチとこうするの、好きだぞ」
「…ほんとけ?」
いわゆる「仲良くなる」おまじないを好きだと思ってくれるのか? 仲良くなりたい、と思ってくれるのか?
「うーん…なんてっかさあー」
暫し悩む。そしてぽん、と手を打った。





「なんか、気持ちいいんだよなあ」





「チチはそんなことねえか?」
暫しの間。かあっとチチは、顔を赤くした。大真面目な顔でそんな事 質問され、なんと言ってよいのかわからず、きっとチチは睨みつける。
「悟空さのえっち」
返される言葉に、今度は悟空が目を丸くする。
「そっかあ?」
おらってえっちだったのかなあ。ただ、素直にそう思えるのに。 それが、亀仙人のじっちゃんと同じ、えっちなのかなあ。 だったらおらも、えっちなのかもしれないが。
しかし、そもそもえっちってなんだ?
ぷい、とチチは背を向けて、ばふっと布団の中に、頭まで潜り込んだ。 乱暴なその動作に、
「…怒ったのか?チチ」
何が怒らせる要因だったのかは判らないけど。
「しらねえ」
実はチチ自身も、よく判ってなかった。
ふう、と悟空は肩を落とす。 女ってよく判んねえなあ。
「明かり、消すぞー」
かちりとスイッチの音がして、闇が落ちた。





「悟空さ…」
「ん?」
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」









この二人だったら、こんな恥ずかしい戯れもオッケーでしょう
…やっぱり駄目?
2001.12.01







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