魔女と拾い猿
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「魔女集会だろ、オレも一緒に行くぞ」
 その申し出に、チチはきょとんと目を丸くした。
 珍しいこともあるもんだ。その昔、まだ見た目が幼い子供だった頃、幾度か一緒に連れて行ったこともあるが、悟空は終始退屈していたと記憶している。もう帰ろうぜ、チチの作ったもんが食いてえ、修行に行って良いか。幼子のままにぐずつく彼に、以来必要がない限り、こちらから誘う事は殆ど無かった。
 尤も、あの頃は慣れていなかったのであろう。殆ど人と接点のない田舎の山の中で、ずっと二人で暮らしていたのだ。
 なのに突然、大人数が集う場所へと連れてこられた。あの時は、初めてお目見えする尾のついた子供の姿に、集会ではそれなりに注目を集めていた。後に知った事ではあるが、実は今は滅亡したとされる戦闘種族サイヤ人の生き残り……という珍しさも相まっていたようだ。
 元より悟空は、異常なまでに気配に敏い。悪意ではないとは理解しているものの、それでも好奇の視線が煩わしいようだ。
「おら、一人でも大丈夫だけんど」
「今回は、ブルマんところなんだろ」
 だったら多分、あいつも来ているだろ。
 そう言われ、成程と納得する。それが理由だか。呆れたように笑う。
「んじゃあ、お供してけろ」
 しっかりエスコートを頼むだよ。
「おう、まかしとけ」
 にいっと口角を上げながら、悟空は手に持っていたそれを、ぱさりとチチの肩にかける。
 太い指で不器用に胸元のリボンを結ぶそれは、外出用のローブだ。黒くてシンプルなシルエットのそれは、着込んでしまえばチチの体をすっぽりと包み隠してしまう。
 きょとんとチチは小首を傾けた。
「もう暖かいから、こんなに着込む必要はねえべさ」
 今身につけるには、ちょっと季節外れでねえか?
「良いから着とけ」
 空飛んでいくんだろ、夜は結構冷えるぞ。いらねえなら、途中で脱いでしまえばいいからさ。
 まあ、そうだけど。イマイチ納得できたようなできないような。そんなチチに、悟空は行くぞと背中に手を回した。










 サバトと呼ばれる、定期的に開催される魔女集会がある。
 伝説では悪魔と乱交する、退廃的で、背徳的で、享楽的な儀式だと言われているが、実際はまるで違う。主催者やその意図によっても様々だが、基本は単なる社交パーティーと同じもの。時には、近況報告会、緊急会議、同窓会、果ては単なる飲み会や、女子会という名の井戸端会議と変わらない時さえあった。
 今回は、西の都に住まうブルマが主催だ。
 お祭り騒ぎが好きで金銭的な糸目をつけない彼女は、兎に角派手で華やかな集会を好み、いつでも嬉々として主宰を引き受ける。彼女のことだ、久しぶりの今回の集会も、魔女、魔法使い、付き添いや使い魔を含め、かなりの人数を招待しているのであろう。










 到着した会場は、既に人が集まり、随分盛り上がっていた。
 立食パーティー形式らしく、既に大勢の魔女や魔法使いが集い、あちらこちらでグループの輪が生まれ、賑やかな歓談で盛り上がっている。会場内に足を踏み入れたチチも、知り合いの顔を見かけると、親しげに笑顔を交わし、挨拶し、声を掛け、手を振る。悟空は腕を組み、その後ろに連れ添った。
 筋肉質で鍛えられた体と、如何にも常人ではない空気、独特の風貌を持つ彼は、特にこのような場に置いては場違い感も相まって、どうしても人目を惹く。二人が歩けばさざ波のように向けられる視線を悟空は受け流し、しかしチチと言えば全く気付いていないようだ。その事に、内心悟空は舌打ちする。
 なにせ、向けられる視線は、自分へだけとは限らない。
 如何にも正統派の美少女然としたチチとて、似たようなものであると悟空は察している。艶やかな黒髪は美しく、大きな瞳はくるりとよく動き、初々しさを残す面影でにこにこと笑顔を振り撒けば、誰しもが好感を抱くだけの愛嬌と可愛らしさがチチにはあるのだ。
 でも残念だな。チチはオレのことが大好きなんだよ。
 頬を染めてぽおっとチチを見遣る若い魔法使いに、すれ違いざま見下す角度から視線を送る。一瞬ではあるものの、充分な威圧感が込められた金の瞳に、何も知らない哀れな彼はひっと喉を鳴らせた。
 その声に疑問符を頭上に振り返ろうとするチチの視線を阻むように、悟空は細い肩を抱いた。おめえがそっちを向く必要はねえよ。それよりチチ、ほら、あそこ。
「やっほー、孫君、チチさん」
「ブルマさっ」
 いらっしゃい。美貌の彼女は、気さくに手を振って、旧友との再会を喜ぶ。
 魔女にはありがちであるが、今日の彼女はまた随分と露出度が高い衣装を身に纏っていた。デザインこそシンプルだが、胸元は大きく開き、裾が際どいミニスカートが生々しい脚線美を惜しげもなく晒している。
 色気に重きを置く彼女には似合っているのだろうが、悟空としてはチチにローブを着せて正解だったなと改めて思った。今日のチチの服は、民族色が強くて襟元こそ詰まっているもの、体のラインが出るタイトなもので、スカートのスリットもいつもより深い。先程の魔法使いもそうだが、彼女に妙な視線を向けられるのは面白くない。
「久しぶりじゃない。元気だった?」
 特に孫君、貴方呼んでもちっとも顔を見せないんだから。そう言うやつよね、アンタって。ま、今日は懐かしいメンバーが結構揃ったかもね。そうそう、あっちに18号も来ているのよ。一緒に飲みましょうよ。
 まくし立てるようにしてチチの腕を取りながら、ブルマはちらりと蠱惑的な視線を悟空に向ける。
「で、あんたはどうせ、あっち目的でしょ」
 立てた親指で示された向こうを見遣り、ぱちりと悟空は目を瞠った。自然、口角が上がる。
 チチちょっと。ええだよ。言葉を交わして軽く手を振ると、悟空は彼女をブルマに託し、その場を離れた。
 足を進めるその先は、会場の端。壁に凭れたその姿。
「よお、ベジータ」
 やっぱりおめえも来てたのか。
「貴様か」
 悟空と同じくサイヤ人の生き残りの一人でもあるベジータとは、昔は互いに殺し合う程の敵対心を抱いていたが、しかし今はすっかり打ち解けた間柄だ。
 傍目からは如何にも無関心を装ってはいるベジータが、しかし悟空の実力に関しては認めているらしい。不遜で神経質な言動が目立つ彼と、朗らかで能天気な悟空。見るからに正反対な性分ではあるが、傍で見ている以上に(間違いなくベジータは否定するであろうが)不思議とうまが合っていた。
「おーい、悟空っ」
 聞き覚えのある声で名を呼ばれ、振り返ると、予想通りの見慣れた姿に悟空はにかりと笑った。
「クリリン」
 手を振りながら駆け寄ってくる古い友人と、一緒にこちらへやって来るのは。
「こんにちは、悟空さん、ベジータさん」
「お、デンデも一緒かあ」
 こちらもまた独特の風貌と肌色を持つ、龍族の少年だ。最近聖地の神殿に上がったという小柄な彼は、二人の前で丁寧に頭を下げる。彼が来ているということは……その後ろを伺うと案の定、少し遅れてデンデの付き人である、同じく龍族のピッコロもやって来る。
 久し振りだな。丁度良かった。ピッコロは、一度ちらりとデンデと視線を合わせて。
「孫。お前少し前に、北の都へ行ったか」
「あー……そういや、行った、かな?」
 矢張りな。ピッコロはふんと鼻を鳴らす。
「その噂が神殿にまで届いて。まさかと思っていたのですが」
 北の都は、その領地を荒らさんとするフリーザ軍の猛攻を受けていた。それを、黒髪、赤い体毛、尻尾を持つ魔族らしき男が、たった一人で壊滅させたらしい……それらの特徴から、まあ間違いはないと思っていたのだが、やはりそうか。
 それにしても、たった一人であの桁違いの戦闘力を持った化け物を退治するとは。この男、更に腕っぷしを上げたらしい。
「北の都のヤードラットの人々が、お礼を言いたいようですよ」
 世界を見通すと言われる聖地の神殿で、デンデは神としての任に就き、その役目を果たしている。そこで、彼らの願いを聞いたのだろう。
「つーてもなあ」
 確かにフリーザはとんでもなく悪い奴であったが、彼を退治したのは、単に成り行き上そうなってしまっただけのこと。正直悟空としては、北の都の人々を助ける云々の意思は殆ど無かった。
「わりぃけど、適当に誤魔化しといてくれ」
 名乗るのは構わないが、以前レッドリボン軍を壊滅させた時に、妙な逆恨みを受けた経験がある。自分一人なら構わないが、チチにまで危害が及ぶ可能性は極力避けたい。
「最近、物騒な噂も聞いてっしな」
「気を付けて下さいね。皆さん」
 デンデは心配そうに見回した。
 レッドリボン軍やフリーザ等の魔族の影響もあり、魔女や魔法使いに対する風当たりは急激に厳しいものになっている。その上、相次いで各地から飢饉や日照り、水不足、伝染病などが流行っており、その負のエネルギーから誕生する魔物も増えていた。
「その昔、大規模な魔女狩りもあった時も、こんな感じだった」
 その当時を、ピッコロもよく覚えている。不安と恐怖で錯乱した人間は、こと集団になると簡単に理性を失う。魔の力を操る者が彼らの標的になりやすいことは、過去の歴史がそれを物語っている。
「特にお前達は、魔女についているだろう」
 ピッコロはサイヤ人の二人を見遣った。ベジータはブルマ、悟空はチチ、それぞれ主が魔女である。魔法使いと能力は等しいとは言え、特に女である魔女は風当たりが強い。一部の地方の田舎では、未だに忌み嫌われる存在とされていた。
「お前達にとってあいつらがどういう位置付けになるのか、オレには解らんがな」
 しかし少なくとも、火炙りにされるような状況を、黙って見ているような関係ではあるまい。
 ふん、如何にも忌々しそうに、ベジータは鼻を鳴らせた。くだらない。
「このオレが、人間ごときにやられる訳ないだろう」
 馬鹿馬鹿しいと吐き捨てるベジータに、デンデは困ったように目尻を下げる。苦り切った顔でクリリンも笑った。
「いやあ。確かにお前がとてつもなく強い事は認めるけどさ」
 ただ、それだけではない。違うんだ。どんなに腕っぷしが強くても、勝てない相手はいる。ごまんと。魔法使いではあるが武芸にも覚えがあるクリリンだからこそ、はっきりと断言できる。
「特にさ、ブルマさんもあれで結構美人だし、チチさんも可愛いだろ」
 突然の的外れな指摘に、ベジータと悟空は目を丸くした。片や、何を今更。片や、なに言ってんだ? 脳裏に浮かんだ疑問詞は、微妙に異なっていたが。
 仲間内ではあの一筋縄ではいかないキャラクターが先だってしまうが、しかし一般的に見て、ブルマは間違いなく、誰もが認めるような、女性的な色気を滴らせた美貌の持ち主だ。そしてチチとて同様、親しみやすい愛嬌を備えた、好感度の高い可愛らしい顔立ちをしている。
「なんていうかさ。オレも18号と一緒にいるようになって、そういうの判ったんだけどさ」
 魔女の美貌は、人を惑わす。古くからよく使われる言い回しだ。
 クリリンの場合、自分が魔法使いで18号が使い魔であるから、また立場は違う。しかし彼女もまた、冴えるような美貌の持ち主だ。そんな彼女と共にいると、今まで自分が気付かなったことも見えてくる。
 美しいというだけで、人はその存在に注目し、特別なものと認識する。それが際立っているなら、尚更だ。
「オレも、暫くは武天老子様の所へ行こうかなって考えてるんだ」
「じっちゃんの所に?」
 ああ、頷く。
 師として仰ぐ武術の仙人と名高い彼が住まうのは、人の住む大陸からぽつんとかけ離れた無人島である。あそこなら、おいそれと人間もやって来れまい。どれぐらいの期間になるかは分からないが、この機会に師の元で、己の魔法と武道を磨き直そうと思っていた。
「オレだけなら良いけど、18号もいるからさ」
 この古い親友は、彼の使い魔をとても大切にしている。ずば抜けて魔力が強く、怜悧な印象を与える容姿も美しい彼女を、まるで伴侶のように扱っていた。
 確かに魔法使いにとって使い魔は、契約を交わし、ずっと共に生き、お互いを助け合うという意味で、夫婦と呼ぶに近い存在なのかもしれない。どんなに遠くに離れていようと、呼び出せば即参上出来るという点では、それ以上の関係とも言えるだろう。
「もしなんだったら、お前も一緒に来いよ」
 武天老子様なら、きっと快く迎えてくれると思うぞ。一緒に修行しようぜ。オレじゃあ、お前の相手にはならないだろうけどな。
 ぽんと肩を叩く兄弟弟子に、悟空は腕を組んで頭を捻る。
 彼の言い分は解る。しかしどうしても解せないのは、どう考えてもチチが魔女狩りの危険にさらされる存在ではないという事実だ。
 魔力も少なく、贅沢もせず、薬草を育てて、調合薬をの依頼をこなし、慎ましやかな生活を営む。そんな彼女が人間から避難の目を向けられるなど、悟空にはどうしても想像に難い。大体魔女とは言え、彼女の能力は際立つものではない。寧ろ能力だけなら、自分の方が余程脅威になり得る力を持っているだろう。
「なんで何もしていないオレ達が、こそこそ逃げ回らなくてはいけないんだ」
 そんなバカな考えを持った人間など、どれだけ束になって掛かってこようが、オレが一瞬で返り討ちにしてやる。自信満々に言い切るベジータに、クリリンは苦笑した。
「そんな理屈が通る相手だったら良いんだけどね」
 はあ、わざとらしい溜息をひとつ。やれやれ、とクリリンは首を横に振った。





 ちら、クリリンは向こうを伺う。倣うようにベジータと悟空もそちらへと視線をやると、その先には、なにやら楽しそうに会話を交わすブルマ、チチ、18号がいた。
 三人三様にそれぞれ個性ある華やかさは、魔女たちの集う集会の中でも、身内の贔屓目を抜きに人目を惹く。その魅力を、人間は「魔性」と捉えるらしい。
「兎に角。くれぐらも油断するなよ」
 お前達が一緒なら、滅多なことにはならないと思うけど。でもブルマさんやチチさんは、お前らみたいな「強さ」はないんだからな。









DBのイケメン枠トップ3は、トランクス、17号
ピッコロさんだと信じて疑っておりません
2020.04.18







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